44話
◇
半刻ほど待った頃だろうか。
1人の女性職員が控え室にやってきて、部屋中に聞こえるような大声で話し始めた。
「出場者の皆様っ、大変お待たせいたしました! まもなく開会となりますので、只今より各試合の対戦組を発表いたします! まず第1試合は――」
なるほど、すでに全試合の組み合わせは決定しているらしい。
その場の皆が職員の発表を静聴する中、やがてシルヴェリッサの名が呼ばれた。
「第7試合! ニニム、シルヴェリッサ!」
「おー! ”ぱてんこん”にしてやるゾっ」
と、なにやら様々な武器を帯びたドワーフ娘が、少し離れた場所で意気込んでいた。彼女が対戦者のニニムらしい。
少々間違っていたが、”こてんぱん”と言いたかったのだろう。
しかし気になるのは武器のほうだ。あれだけ多様にあって、全て使いこなせるのだろうか。
まあ何にせよ、シルヴェリッサのやることは同じである。相手の力量に合わせて加減だけはしつつ、優勝を狙っていけばいい。
などと考えているうちに、試合組の発表は全て終わったようだ。
「――以上、26組となります! では第1試合に出られますお2人は、あちらの先にございますゲートの前でお待ちください!」
と、職員が入り口とは反対側にある通路を手のひらで示した。見やると、少し先に砂地とそれを照らす陽光――要するに外が見える。どうやらあそこが、シルヴェリッサたちが実際に戦う舞台のようだ。
「なお、試合の見学をご希望の方は、ゲート手前の十字路を左右どちらかにお進みください!」
職員は最後にそう言い、立ち去っていった。
ともあれ、自分の出番はまだ先である。
せっかくであるし、シルヴェリッサは他者の戦闘の観察がてら、時間を潰すことにした。
◆
「――さて、妾はどこに座ればいいのかしら?」
中央闘技場の特別観覧席にやってきたリフィーズは、そう呟きながら周りを見やる。
ちなみに今回は侍女も一緒だ。それから男騎士2人については、まあ護衛の件もあるので仕方なく連れている。
改めてこの空間を見渡すことになったが、やはり王族が案内される場所なだけはあった。そもそも他の観覧席が野ざらしであるのに対し、ここは屋根も壁もある室内なのである。さらには装飾品も豊かで、そのどれもこれもが一級の品だった。
しかしこの空間に求められる最もたる要素は、戦いの舞台が存分に観れること。が、それに関してももちろん抜かりはなかった。舞台側の壁一面はいくつかの長硝子張りになっており、舞台全体がよく見えるようになっている。
そしてその少し手前には、少々煌めかしい意匠の椅子と、手頃な高さと大きさの小卓。これらが2セット、離れて並んでいた。
「リフィーズさま、どうやらあちらのようでございます」
どうやら侍女も気づいたらしく、ほんの少し誇らしげに教えてくれた。
「ふふ、偉いわね。ありがとう」
微笑みながら礼を言うと、豪奢な絨毯の良き感触を足裏にしつつ、一方の席に座る。椅子は音も立てず、リフィーズを受け入れた。やはり相当な職人の作らしい。
小卓も、なるほど、座るとちょうどいい具合の高さと位置だった。作った者ももちろんだが、この部屋の準備をした者も良い仕事をしたものである。
コンッ コンッ
リフィーズが関心していると、なにやら扉がノックされた。
侍女に目配せすると、彼女は「心得ております」とばかりに扉のほうへ。そのまま開けることはせずに、まずは相手が誰であるかの確認をした。
「はい、どちら様でございますか?」
『おくつろぎのところ申し訳ございません、フェローナでございます』
「入りなさい」
声で本人であることはわかったので、リフィーズは直接そう言葉を掛けた。まもなくして『失礼いたします』と、ゆっくり扉が開かれる。
そこにいたのはフェローナと、意匠の美しいコルセットドレスを着た娘、それから軽鎧を纏った女性騎士2名だった。みな非常に美しい。
「あら? 貴女、ポルナージュ姫じゃない」
女性騎士を侍らせていたドレスの娘。
そのまばゆかしい淡緑の長髪と瞳、ちくちくと短めに纏めたサイドアップは見紛うはずもない。ハーフェニア響国の姫、ポルナージュ・ララ・ハーフェニアだった。
いや、そういえば彼女は、
「ごめんなさい。確か王になったのよね、貴女」
「いえ、どうかお気になさらないでリフィーズさま。まだまだポルナージュは若輩者なのですわ」
相変わらず鈴のように綺麗な声だ。にこりと可愛らしい笑みも相まって、リフィーズの心を非常に奮わせる。が、今は他国の王族にちょっかいを出す場合ではないので我慢した。
「ところで、貴女が王になったということは、あの母親に歌を認められたということよね?」
「は、はい。けれど、お母さまのお歌には敵いませんわ」
「そうねえ、確かに彼女の歌は至上のものだけど……でも、貴女だって成長しているはずなんだから、いつか必ず届くわよ」
リフィーズなりに激励をかけてやると、ポルナージュは一瞬きょとんとしながらも子供っぽくはにかんだ。
「はいっ」
(…………もうっ、可愛いわねっ!)
興奮と女欲に燃える心を、密かに歯を食いしばり抑え込むリフィーズであった。「では、ポルナージュはこちらの席ですので」ともう一方の席につく彼女を横目に、ようやっと平静を取り戻す。
ふと、フェローナが最初の位置でじっと待っているのに気づいた。王族同士の会話ということで、気を遣って待機していたらしい。
「ごめんなさいね、フェローナ。貴女の用件は何かしら?」
「はい、その……先日にロヴィスさんとご面会なされたあと、もう1名の候補の方がお話に挙がりましたが、覚えておられますでしょうか?」
「ええ。実際に会わないまま、断られてしまったけれどね」
なのでリフィーズは、その者の見目を知らないのだ。が、どうやら極上かつ至上の麗しさらしい。
ゆえに騎士の件は抜きにしても、一度はこの目にしてみたいものである。
「実はその方――シルヴェリッサさんについて、少し情報が入りました」
「ほぉん……でもそれを知ったところで、ねえ」
「もしかすると、騎士の件を飲んでもらえる可能性があります」
聞いた途端、リフィーズは勢いよく立ち上がり、フェローナを抱きしめた。
男騎士がなにやら物言おうとしたが、己の立場を思い出したのか留まったらしい。侍女は顔色一つ変えずそのまま立っている。振り向こうとしたポルナージュのほうは、女性騎士2名が「失礼致します」と彼女の目をふさいでいた。
「でかしたわフェローナ! さっそく聞かせて頂戴!」
「ーーーーッッ!?!?!?」
瞬く間に顔を灼熱させたフェローナ。落ち着かせるのに少しかかったが、なんとか話は聞けた。
「つまりその娘は特殊な刀剣を探していて、その情報に高い報酬金を設定しているのね?」
「はい。そして本日、この大会に出場するそうです」
「ほぉん、じゃあ実力のほうはすぐに確認できるわね。……でもいいの? そんな情報を話してしまって」
たしかギルドでは、依頼主の情報をみだりに話すことは禁止と聞いているが……。
「ギルド長としての権限ですので、問題はありません」
「そう、ならいいのだけど。とにかくありがとう、フェローナ」
真っ当な理由に納得し、リフィーズは最後に礼を言うと席に戻った。
「では、わたくしはこれで」
「あ、フェローナさま。案内していただいて、ありがとうございますわ」
「いえ、お役に立てて光栄でございます、ポルナージュ様」
最後にポルナージュとやり取りを交わした後、フェローナはその場を去っていった。
見送ると、リフィーズは侍女に一つ訊ねる。
「ということだけど、どう? 特殊な刀剣、心当たりはあるかしら」
「心当たり、ですか…………そういえば、侍女たちの間でとある噂が広まっておりますね」
「あら、どんな?」
「頭部の羽――冠が剣になっている、緑色の怪鳥を見たという噂です」
「ほぉん、珍しい魔物もいたものね。その剣がシルヴェリッサの探している物かはわからないけれど、交渉の材料にはなりそうだわ」
さすがにこの情報だけで、正式な騎士として従属してくれるとは思えない。が、せめて代表騎士の披露会にさえ出てくれれば、リフィーズとしては満足なのだ。
それくらいであれば、この程度の情報でも釣り合いがとれるだろう。……いや、決して代表騎士のほうが安いわけではないが、件のシルヴェリッサにとっては違うらしいので仕方がない。
「それで? その怪鳥について、他に情報はないのかしら?」
「いえ、その、あるにはあるのですが……」
交渉の材料を増やすためにリフィーズがさらに問うが、侍女は珍しく言い淀んだ。
「どうしたの? 言ってみなさい」
「は、はい。以前、王国の近郊で飛竜の死骸が発見されたことがありましたが、お記憶にございますか?」
『飛竜』という単語が出た瞬間、その場の全員が侍女に注目した。無理もない。
なぜなら”飛竜”とは――《竜種》の一角なのだ。《竜》としては下級に類するが、人間より遥かに格上なのは変わらない。その爪牙に滅んだ国も、少なくないのである。
「ええ、もちろん覚えているわ。場所はユブ湖畔の辺りだったわね。結局あれの死因はわからなかったけれど……それがどうかしたの?」
「後から聞いた話で、あくまで噂の域を出ませんが――”これ”が発見される少し前、侍女の1人が目撃していたのです」
「……何を?」
薄々勘づいたが、念のため聞いておく。
一拍置いて、侍女は再び口を開いた。
「ユブ湖畔から飛び去る、緑の巨鳥を」
「「「…………」」」
満ちる沈黙。
十中八九、その”飛竜”は件の怪鳥に殺られたのだろう。どちらが先に仕掛けたかは知りようもない。が、結果はこれ以上ないほどはっきりしていた。
やがて男騎士の2人が沈黙を破る。
「馬鹿馬鹿しい! たかだか鳥一匹に竜が殺られるなど、あり得るはずがない!」
「そうだ! おおかた”飛竜”同士の戦いに巻き込まれた、というところだろう!」
たしかにその可能性も無くはない。が、もし”飛竜”同士が戦ったとすれば、さすがに誰かしら気づくはずだ。しかしながら、そういった者がいたという話は来ていない。
いや、それにしても、
「どうしてその侍女は、妾にそのことを言わなかったのかしら」
確定ではなくとも、”飛竜”を殺したかもしれない存在を見たのなら、それは絶対にリフィーズへ報告すべきであろう。
だというのに、その者はそれをしなかった。理由によっては相応の罰を与えなくてはならない。
「……元老院の方々に止められていたそうです」
侍女の言葉を聞き、リフィーズは頭を抱えため息を吐いた。続けて、滅多にしない舌打ちをする。
「腐ったじじいの集まりがっ、国を乗っ取るために国を危険に晒すつもり!?」
害敵への対応を遅らせることで、国民からのリフィーズへの支持を落とす狙いなのだろう。
だがそのために国と民を犠牲にしては、元も子もないだろうに。
「リ、リフィーズさま、落ちついてください」
「……ありがとうポルナージュ、大丈夫よ。今ここにいない者に怒りを向けても、仕方がないわよね」
慌てて寄り添いにきてくれたポルナージュに、リフィーズは微笑みを返した。続いて侍女のほうに向き直る。
「貴女も口を止められていたのでしょう? 話してくれてありがとう」
「い、いえ、実はその、今回が好機と見てお伝えしようとしていたのですが……」
「? 何かしら?」
侍女が目を泳がせたのを不審に思い、リフィーズは首を傾げた。
「あ、あの、今まで失念しておりました……」
「……ほぉん。つまり、忘れていたのね?」
「は、はい。申し訳ありません……」
しゅん……、と犬耳と尾を垂らす侍女。
リフィーズはすっと目を細めると、そっと立ち上がり彼女の両肩を艶かしく掴んだ。ビクッと身を強張らせた侍女の耳元に顔を寄せる。
そしてとびきり妖艶に囁いた。
「今夜は、お し お き、ね……♪」
「は、はひっ……///」
侍女の尾が嬉しそうにパタパタ揺れる。やはり獣人種は感情がわかりやすい。
そこで悪戯心が湧いたリフィーズは、侍女の耳に「ふぅぅ~……」っと息を吹き掛ける。「ひゃぅんっ」とへたりこんだ彼女の頭を撫で、席へと戻った。
(こんなところで、少しやりすぎちゃったわね♪)
ちろり、と密かに舌を出すリフィーズであった。
一方、ポルナージュ側はというと。
リフィーズが侍女の肩を掴んだ辺りからずっと、女性騎士2名が見事な連携でポルナージュの目と耳をふさいでいた。




