42話
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再び『シャロトガ』へと戻ってきたシルヴェリッサは、全員分の宿賃を払ってスイートフロアを借りた。毎度のごとくざわつく周囲を無視し、3階に上がって部屋に入る。
入浴ができる時間はまだしばらく後らしいので、ジェムコクーンへの魔力付与を試すことにした。ソファに座し、昨日やったのと同じように両手を胸の前で向かい合わせる。
これだけでなにをするのか察したようで、ジェムコクーンたちがシルヴェリッサの前で順番に並んだ。
アーニャたち、カーヤたちもなぜか頬を赤くして見学しにきたが、シルヴェリッサは気にせず魔力を手に集め始める。進化でLvの上限も増えているのは確認済みのため、前回より多めになるよう意識した。
もう手馴れたもので、瞬く間に魔力が集まると、すぐに1番目のジェムコクーンに与えてやる。やはり小刻みにふるふる、と震えた彼女だったが、今回も無事に済んだらしい。と、
《――”ジェムコクーン”にMP113を与えました》
《――”ジェムコクーン”のLvが
15~50に上がりました》
《――上限値を越えるため
余った経験値は破棄されます》
《――”ジェムコクーン”のLvが上限に達しました》
《――分岐先いずれの条件も満たしていないため
進化を保留します》
どうやらジェムコクーンにも進化の分岐があるようだ。
しかし現段階では、その分岐先のどの条件も満たせていないらしい。
それはまた後で考えることにして、残りのジェムコクーンにも魔力を与えていった。昨日と違ってかなりのMPを消費したが、特に問題なく終了する。
能力値の確認のため、”神の瞳”を発動させた。
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○ ジェムコクーン
Lv: 50/50
HP: 224/224
MP: 417/417
STR: 18
DEF: 12
INT: 297
RES: 284
SPD: 202
LUC: 186
スキル: □採集Lv1 □飛行Lv2
□無魔術Lv1 □魔力感度Lv2
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○ ジェムコクーン
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|→ ○ ダイヤモンドパピヨン
| 条件(未達成): スキル『光魔術』の習得
| ≫ 光属性
| ほぼ全ての光属性攻撃が効かない
| 『無魔術』『光魔術』を除き
| 全ての魔術系スキルを失う
|
|→ ○ オニキスパピヨン
| 条件(未達成): スキル『闇魔術』の習得
| ≫ 闇属性
| ほぼ全ての闇属性攻撃が効かない
| 『無魔術』『闇魔術』を除き
| 全ての魔術系スキルを失う
|
|→ ○ ルビーパピヨン
| 条件(未達成): スキル『火魔術』の習得
| ≫ 火属性
| ほぼ全ての火属性攻撃が効かない
| 『無魔術』『火魔術』を除き
| 全ての魔術系スキルを失う
|
|→ ○ サファイアパピヨン
| 条件(未達成): スキル『水魔術』の習得
| ≫ 水属性
| ほぼ全ての水属性攻撃が効かない
| 『無魔術』『水魔術』を除き
| 全ての魔術系スキルを失う
|
|→ ○ トパーズパピヨン
| 条件(未達成): スキル『地魔術』の習得
| ≫ 地属性
| ほぼ全ての地属性攻撃が効かない
| 『無魔術』『地魔術』を除き
| 全ての魔術系スキルを失う
|
|→ ○ エメラルドパピヨン
条件(未達成): スキル『風魔術』の習得
≫ 風属性
ほぼ全ての風属性攻撃が効かない
『無魔術』『風魔術』を除き
全ての魔術系スキルを失う
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”トパーズパピヨン”。
セルエナにいた際、シェーランド家の依頼で捕まえた魔物だ。
そのときに見た資料に、確認されている”ジュエリーパピヨン”は現在4種類である、との記述があったのを覚えている。が、どうやら実際にはもう2種類いるらしい。
だが条件にある各種『魔術』の習得、シルヴェリッサにはその方法が見当もつかなかった。知らぬ間に『無魔術』なるものがスキルに追加されていたが、いつどこでどうやって得たのか、心当たりはない。
なのでいつも通り、アーニャたちに訊ねることにする。
「……魔術の習得法はわかるか?」
「「「「「しらな~い」」」なのー」」 カーヤたち
「「「「「ご、ごめんなさい……」」」」」 アーニャたち
とのことだったので、ジェムコクーンの進化はしばらく保留ということになりそうだ。
「気にするな」という意味を込め、それぞれ代表としてアーニャとカーヤの頭を軽く撫でる。
「ピュイッ、ピュイ!」
ねだりにきたセルリーンも撫でた後、シルヴェリッサは書棚へ本の物色に向かった。そして、とある一冊の書を見つける。
黒い表紙の、『呪術大全 ~正しい使用法と解呪法~』という少々厚い書だった。
いささか物騒な名前だったが、『呪い』に苦しんだ経験の濃いシルヴェリッサである。今後のことも考えると、解呪法などは知っておきたかった。
ソファに座りなおすと、集まってきた皆を横目に書を開く。
しばらくはかなり弱めな呪いの記述ばかりだったが、徐々に危険度や難易度の高い内容のものが増えてきた。少し例を挙げると、
~毒や痺などをもたらす、比較的広く普及している術~
~ある程度の力量と規定の手順が必要だが、そのぶん強力な術~
~大がかりな儀式および贄が必要とされている、現在は失われた術~
という具合のものが、それぞれ解呪法とともに記されていた。
ほとんどの強力な術の解呪には、特別な道具もしくは素材などが必要らしい。が、そういった呪いを使える者はかなり稀であるようだ。
さておき、1つ気になる呪いがあった。
”忘却の呪い”、である。
(自分の名前以外すべてを忘れさせる、か……)
とてつもなく厄介な呪いだが、解呪法を調べたところ、特別な道具はいらないようだった。
(呪いにかかった者に魔力を流す……ずいぶん簡単だな)
シルヴェリッサはそのように感じたが、記述によると普通はそうでもないらしい。そこそこ多量の魔力を必要とするので、名のある実力者が解呪に臨んでも相当に時間がかかるようだ。
「「「「「すー……すー……zzz」」」」」
「「「「「くー……くー……zzz」」」」」
ふと、そんな寝息が聴こえてくる。
見やると、アーニャたちカーヤたちが仲良く肩を寄せ合い、眠っていた。
そろそろ入浴の時間がきてもおかしくない頃だったが、別に今すぐ起こす必要もないだろう。
ただ身体は冷やさぬようにと、以前に買っておいた布を取り出して各々に掛けてやった。
ともあれ、明日は件の大会当日である。
気負うわけではないが、油断だけはしないように心決めるシルヴェリッサであった。