41話
◇
「合計1372000メニスでしたー……」
「……ん」
「あとAランクの冒険者証ですー……」
他に説明もなにもなかったが、どうやら今回もランクが上がる成果だったようだ。これでまた稼ぎも増えるだろう。
気だるげな職員から報酬と冒険者証を受け取ると、シルヴェリッサは早々に踵を返そうとする。が、カウンターの奥から飛んできた別の職員に呼び止められた。
「おっ、お待ちくださいぃーーッ!」
立ち止まり、声に振り返るシルヴェリッサ。
職員はシルヴェリッサに追いつくと、いささかの息を整えてから口を開いた。
「はあ、はあ……っ、ふうぅ……あのっ、ソウェニア王国の騎士になりませんか!?」
「……ならない」
一言で返し、改めて踵を返すシルヴェリッサ。
あまりにもすぐな答え、行動に戸惑ったアーニャたちだったが、まもなくしてちゃんと追従してくる。
職員のほうもぽかん、としていたが、やがて「……ハッ!」と我に返っていた。
「え、あ、ちょっと! せ、せめてお話しだけでも!」
そうして再び寄ってきたので、仕方なくシルヴェリッサは止まって振り返る。
「……聞くだけは聞く」
――と、一通りの事情を開いたシルヴェリッサだったが、無論ながら騎士になどなるつもりはない。そもそも誰かの言いなりになるような立場など、絶対に御免だ。
職員のほうも、再び呼び止めてくるようなことはなかった。話をしたうえ、二度目の断りということで諦めたのだろう。
~ ◇ ~
リゼフィリアたちが旅に出た、その夜。
野営の準備も終えて、彼女が就寝前の祈りを捧げているときだった。
『――リゼフィリア』
と、女神が呼びかけてきたのである。
それを聞いたリゼフィリアは、すぐさま礼を取った。
『――聞こえますか、リゼフィリア』
「はい、女神様」
「? 神子さま、どうかした~?」
「しっ! たぶん女神様だ。邪魔しちゃいけねぇって」
「な、なるほど、りょーかい」
離れた場所で休んでいたラナリッテとレイゼ。2人の気遣いに感謝しつつ、リゼフィリアは女神の次言を待った。
『――向かう場所は覚えていますね』
「はい、カユラの町でございます」
小さな炭鉱町・カユラ。
別の大陸にあるため、行くには船に乗らねばならない。生まれ育った村とアルティラルト聖教国しか知らぬリゼフィリアにとって、それはまさに未知の経験だ。
正直なところ、少し楽しみである。
『――目的地が変わりました。セブル・アムに向かいなさい』
「はい、承知いたしました」
『――もう一つ。身体に刀剣を生やした魔物の情報を、道すがら集めておきなさい』
「はい、重ねて賜りました」
そこで女神の声は途切れる。しかしリゼフィリアはしばらくの間、御声を拝聴できたことに感動していた。惚けたように中空を見、余韻に浸る。
そんな彼女にラナリッテたちが、そろぉ~っと声をかけてきた。
「……あ、あの~神子さま? もしかして、終わった?」
「だったらアタシらにも内容おしえてくんねーかなー、とか思っちゃったりなんかしてるわけだけど?」
「? なにか、あったの?」
弓の手入れをしていたネアも、中断して小首をかしげてくる。
リゼフィリアはやっと我に返り、慌てて仲間たちに向き直った。
「も、申し訳ありません。女神様のご啓示に感動いたしまして、少々惚けていました」
「うん、まあ、それはなんとなくわかったよ」
「ああ、なんかキラキラしてたしな」
「お、お恥ずかしいです……」
ラナリッテとレイゼの言葉に、顔を赤くするリゼフィリア。
そこでネアが焦れたらしく、急かしてくる。
「いいから、早くおしえるの」
「は、はい、そうですね。女神様が仰るには、『目的地をセブル・アムに変更するように』とのことです」
「セブル・アム、って……あの完全中立都市の?」
「どの国にも属さない、っていうとこだったか。けど、カユラとは大陸が変わるな」
レイゼの言う通りである。
しかし距離的に見ると近くなるので、特に問題はなかった。
「それともう一つ、『身体に刀剣を生やした魔物の情報を、道すがら集めるように』とも仰っておられました」
「なんだそりゃ。聞いたこともねーぞ、そんな魔物」
「ネアも、知らないの」
「新種かな?」
リゼフィリア自身、今まで多くの書物を読んできたが、そういった魔物の記述には覚えがなかった。今のところ新種の線が濃厚である。
「ま、とにかく船に乗るのはかわらないし、しばらくはこのまま進むってことだね」
そう締めくくったラナリッテに皆でうなずき、その後に各々寝付いていった――。
――やがて夜が明け、昇りゆく朝日。
照る陽光とともに目覚めたリゼフィリアは、寝床についたまま上半身だけを起こして手のひらを組み、最後に瞑目して祈り始めた。
サラサラと草原を撫でる、優しい風の音。
静寂に唄う清らかな曲を伴って、曙の時が緩やかに過ぎていく。
そうして二刻ほど経ったころだろうか。
仲間たちがぼちぼちと起きてきた。
「んっ、くぅぅああぁ~、っふう……神子さま、おはよう」
「はい、おはようございます、ラナリッテさん」
「ふあぁぁーあ……おう神子さん、おはよー」
「おはようございます、レイゼさん」
手短に挨拶を済ませたラナリッテとレイゼは、てきぱきと野営用の寝床を片し、それぞれ身体をほぐし始めた。やはり聖騎士だけあって寝起きはいいようだ。
しかしひきかえ、ネアは一向に目覚める気配がない。
「”シャドウ”は朝に弱いらしいからな、もう少し待ってやろうぜ」
「ええ、そうですね」
レイゼに同意するリゼフィリア。
ラナリッテにも目を向けると、微笑んでうなずいてくれた。
「では、朝食の準備をいたしましょうか」
「そうだね、じゃあボクはテーブルを用意するね」
「アタシは神子さんを手伝うな」
「はい、ありがとうございます」
3人、それぞれ必要な物を馬車へ取りにいく。
ラナリッテは各種食器と、野外用の組み立て式テーブルを。リゼフィリアとレイゼは、食材と簡易の調理器具を、荷台から取り出した。
まもなくして、リゼフィリアはレイゼとともに調理を開始する。メニューは”イグ・ベズ・サリヅ”だ。
”ククゥ”という魔物の卵を焼いたあと、いろいろな野菜と一緒に盛り付けていく。
それから”ロロブレッド”と、軽く火を加えた薄肉を他の皿に載せ、テーブルに並べた。
「――よし、できたな!」
「ええ」
「おいしそうだね~」
とそこで、匂いに釣られたのかネアが起きてくる。
「ネアも、食べるの……」
まだ少し寝ぼけ気味らしく、どこかぼーっとしていた。しかしそれは”シャドウ”の特性上、致し方のないことである。
とはいえ、どうしても年相応の子どもらしさを感じてしまい、いささか微笑ましくなる3人であった。
「――神子さまっ、回復!」
「は、はいっ、《ヒール》ッ!」
リゼフィリアが魔力を込めて唱えると、ラナリッテの身体を薄緑の燐光が包んだ。やがて彼女の傷口がみるみるふさがっていく。
「よしっ、いくよレイゼ!」
「おう! ネア、援護たのむ!」
「わかってるの。……《ツインアロー》!」
ネアが左右に放った2つの矢撃が、3体の”オーガ”の体勢を崩す。
その隙にラナリッテが長槍を振り回し、1体に飛びかかった。
「《裂甲穿》!」
叫びとともに放たれた彼女の突きが、その”オーガ”を貫いた。
続けてレイゼが大剣を振り上げ、残りのうち1体に強烈な一撃を叩き込む。
「ッりゃあああぁーー! 《重牙断》ッ!」
それによって響き渡る絶命の叫び。
こうして2体の”オーガ”が事切れ、残るは1体となった。
並みの魔物――たとえば”ゴブリン”ならばこの時点で逃げることが多いが、
「やっぱ”オーガ”が逃げるとこなんて、そうそう見れるもんじゃねーよな」
「だね。下手な人間の戦士よりよっぽど勇猛だよ」
さすがに重傷を負った場合は退くこともあるらしいが、無傷に近い状態でのそういった例はリゼフィリアも聞いたことがなかった。
などと脱線している場合ではない。残った1体が、果敢にレイゼへ殴りかかった。
咄嗟に大剣の腹で受け止めるレイゼ。だが勢いを殺し切れず、少々ながら吹き飛ばされてしまう。
「ちっ!」
「レイゼさん、危ないっ!」
追撃を狙う”オーガ”に気づき、リゼフィリアが叫ぶ。助けようとして、反射的に《光魔術》を放った。
「《ホーリーレイ》っ!」
敵に向けられた杖の先端から白光がほとばしり、一筋の光線が発生する。それはまっすぐ”オーガ”を捉え、その命を天へと還した。
相手方の全滅を確認し、各々武器を収める。
「助かったぜ神子さん、ありがとーよ」
「い、いえ、無事でなによりです……」
「ん? そのわりには、なんか元気ないね」
と、顔を覗き込んでくるラナリッテ。
「その……魔物とはいえ、命を奪ったのは生まれて初めてでしたので……」
「え? あー、そっか。神子さまは戦闘の経験、ほとんどないんだよね」
「しかたない、っていえば、しかたないよな」
「甘いの」
それまで黙っていたネアが、唐突に辛辣な言葉を漏らした。驚いた皆が反応する間もなく続ける。
「どんな生き物も、他の生き物をぎせいにして生きてるの。神子だからといって、それは変わらないの」
いつもと違ってかなり饒舌だった。
元々彼女は冒険者である。リゼフィリアにはわからないが、何かしら矜持のようなものがあるのだろう。
ともあれ、ネアの言いたいことは伝わった。
甘えるな、と。もうお前は、命のやりとりに溢れる”外”に出たのだ、と。
そう、言いたいのだろう。
リゼフィリアは彼女の言葉を胸に刻み、
「――はい、ありがとうございます、ネアさん。……もう、大丈夫です」
命のやりとりへの覚悟を、決めたのだった。