4話
◇
しばらく歩いたところで、シルヴェリッサは少し威圧を込めて振り向いた。
「ひぅ……っ」
射竦められた少女が、短く悲鳴を上げる。先ほどゴブリンから助けた少女だ。
「……なぜついてくる」
シルヴェリッサがあの場を離れてすぐに、この少女は跡を追ってきたのだ。
なんのつもりかは知らないが、付きまとわれるのはいい気分ではない。
「えっ、ええええっとそのあのっ! ち、違うんです!」
「…………」
「わ、私、この先の大樹のところへ薬草を取りにいきたくて。ぐ、偶然っ、たまたまっ、道が同じなだけですよっ!」
「…………」
であれば、そろそろ湖に着くので、そこで別れるということになる。もうすぐ日も沈む頃だ。早いところ湖で睡眠に入ろう。
目的地へ向き直ったシルヴェリッサは、歩く速度を上げた。
「あっ、待ってっ……!」
後ろの少女も変わらずついてくる。……まあ、いいだろう。もうしばらくの辛抱だ。
この少女はなぜこうも頑なに付きまとってくるのか。
一向にシルヴェリッサから離れる気配のない彼女。シルヴェリッサが立ち止まれば自分も歩を休め、シルヴェリッサが脇道に逸れればすぐさま進路を同じにし。とにかくずっとずっとついてくるのだ。
現に今も、湖に着いてしばらく経っているというのに、一向に大樹へ向かう気配がなかった。
「……目的はなんだ」
「で、ですから、大樹に薬草を取りに」
「……ならなぜ向かわない」
「そ、それはその……も、もう少し休憩してから」
「………………」
「ひぅ……」
そうこうしている内に日が暮れてしまった。
仕方がないので、もう眠ることにする。その前にもう一度だけ喉を潤そうと、湖畔に歩み寄った。……そしてこんな細かな移動にも、変わらず少女はついてくる。
「…………」
「ぐ、偶然ですっ……!」
抗議する少女を尻目に水を飲むシルヴェリッサ。続く少女。喉が渇いていたのか、シルヴェリッサよりも多めに飲んでいた。
水分も補給したので、いよいよ寝床についた。……もちろん少女もついてくる。ちなみに屍を端に眠る趣味はないので、ゴブリン共の死体からは遠く離れた位置だ。
寝具も何もないただの草の上だったが、少し柔らかくて心地いい。路地裏で寝ていた頃よりずっとマシだ。
……それはともかく、
「……なぜ隣につく」
「お、おかまいなくっ、静かにしていますのでっ」
「…………ふん」
少女を視界から外すため、反対側に寝返りを打つ。背中で「ひぅ……」と聞こえたが、無視した。
目を閉じ、神経は研ぎ澄ませたまま眠りにつく。敵が来てもすぐさま対応できるように。
きゅるるきゅうぅ~……
突然の妙音にバッ、と上体を起こし、周囲の気配を探る。
…………………………何もいない? では今の奇妙な音は――
「すっ、すみませんっ~!」
……腹の音か。静かにすると言っていたというのに。しかし生理現象なら仕方がない、か。とはいえ、これを一晩中やられてはかなわない。
そう思ったシルヴェリッサは、保管しておいた黄色の木の実を取り出した。そのまま少女に差し出す。
「……食え」
「えっ? い、今、どこから……?」
急に何もないところから出てきた木の実に、少女は驚いていた。けれど知ったことではない。
シルヴェリッサもこの現象が何なのかはわからないし、この少女に説明する義理もないのだ。
「……いいから食え」
「い、いえ、でもそれはあなたの……」
「……腹がうるさい」
「う……い、いただきます」
観念したらしい少女が、おずおずと木の実を受け取る。その実を手に取った瞬間、彼女は驚きの声を上げた。
「こっ、これはっ、サナルの実ですよね! あの大きな木を登ったんですか!?」
「……登ったが」
「に、人数は……?」
「……他にだれが見える」
「いっ、命綱はっ!?」
「……ない」
なぜそんなことを聞くのか、シルヴェリッサにはわからなかった。彼女にとってはあれくらいの木登りなど、危険でも何でもないのだ。少女が言っている命綱という発想も、当然出てくるはずがない。
シルヴェリッサとしては当然のことを答えていただけなのだが……、
「す、すごい……!」
羨望と憧憬のこもったような眼差しを向けられた。だが当のシルヴェリッサはそれを気にした風もなく、
「……さっさと食え」
ただ早く木の実を食べるように促した。言われた少女は少し慌てつつも、小さく木の実をかじる。
「んっ! お、おいしいっ! こんなにおいしいなんて知りませんでしたっ」
幸せそうにはにかむ少女に背を向け、再び横になるシルヴェリッサ。
「……食べたら寝ろ」
「はいっ、ありがとうございますっ!」
本当に嬉しそうな声を背に、「……ふん」と目を閉じた。
◇
◎ サナルの森・奥部
そこには、暴威がいた。
静かに、しかし悠然と地を踏み進む。
前に立つ者は蹴散らし、背後に立つ者はその尾で薙ぎ倒す。
周囲に己以外を赦さず。他者を排した地で王然と果実を食む。
――その暴威の名は、フォレストドラゴン。
安穏たるプラントリザードの進化変異体だった。
◇
朝、日が昇り始めた頃に目覚めたシルヴェリッサ。
横ですぅすぅ、と寝息をたてる少女を見ていたら、ふと気づいた。
(あの相手の情報を視る能力は、戦闘以外では発動していないな)
最初にその能力が発動したのは、ちょうどこの場所だった。三体のゴブリンに襲われたときだ。そして次には、この少女を助けるときの戦闘で。
戦闘でしか発動しない能力なのか、せっかくなので試すことにした。隣に寝転ぶ少女に意識を向ける。
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NAME:ベナ ♀
AGE: 18
Lv: 1
HP: 12/12
MP: 9/9
STR: 1
DEF: 2
INT: 3
RES: 2
SPD: 2
LUC: 4
スキル: □採集Lv3 □家事Lv3
□料理Lv2 □細工Lv1
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どうやら集中すれば簡単に発動するようだ。ではもう一つ、自分の能力値を視ることができるか試そう。
湖面に自身を映し見てみるか。
(……ん?)
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⇒ 水 [品質:6]
[汚染:1]
[養分:7]
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(生物以外にも有効なのか?)
表示された数値の意味は大体わかる。品質と養分は高いほど良く、汚染は低いほど安全ということだろう。しかし水の能力値は確認できたが、自分のものは視れていない。
どうしたものかと手を見つめていると、
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NAME:シルヴェリッサ ♀
AGE: 17
Lv: 83
HP: 1283/1283
MP: 1187/1187
STR: 467 (+ 16)
DEF: 396
INT: 453
RES: 415
SPD: 502
LUC: 331
スキル: □神の瞳 □神の庫
□神の手 □獲得経験値増加
□全状態異常完全無効 □言語修得高速化
□剣技能Lv10(MAX)
□刀技能Lv10(MAX)
言語: □アルティア標準語
称号: △六刃使い(凍結中) ■異界の救世姫
■邪怨の主
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簡単に表示されたことに少々拍子抜けしたが、ともあれ確認する。
スキルと呼ばれる欄にはよくわからない物が多かった。言語修得高速化、剣技能、刀技能はなんとなくわかるが、それ以外はピンとこない。いや、”神の瞳”というのはこの、視たものの情報を閲覧できる能力のことだろう。”神の庫”は、サナルの実を収納・取り出した能力のことか。
次の欄。アルティア標準語というのは、恐らくこの世界の言語と思われる。
称号という欄。”六刃使い”についた(凍結中)というのは、六刃とのつながりが途切れたことが関係しているのだろう。異界の救世姫も、まあわからないでもない。
問題は、邪怨の主という表示だ。特に悪い予感はしないが、あまり気分のいい肩書きではなかった。
戦闘力を表しているであろう数値は、ゴブリンのものと比べて超幅に高い。奴らを瞬殺できたのも納得だ。……現状で読み取れる情報はこれくらい、か。
(さて……これからどうするか)
曙のひんやりとした空気の中、シルヴェリッサは今後のことに頭を巡らせた。
※ 各ステータスにHPとMPを追記しました。