38話
◇
翌朝。
シルヴェリッサはギルドで依頼を受けた後、さっそく皆を連れて仕事に出た。昨日の依頼数20では少し余裕があったので、今回は30にしている。
そのため報酬のほうも比例して多いのだが、Aランクの依頼を受注できるようになったのも大きな要因だ。
たった1体の魔物を討伐するだけで50000メニス。など、今までのものとは段違いの記述額だった。
しかしそのぶん難易度も高く危険であろうので、警戒は怠らないようにしておく。
それはそれとして、今回の依頼達成でもランクアップができれば、次はAランクである。つまりはSランクの依頼も受けられるようになるのだ。
もしそうなれば収入も爆発的に増え、生活も安定するだろう。
などなど、そんなことを考えながら依頼をこなしていき、ものの2時間ほどで残るは1つとなった。
最後は《エフォーフの森》方面の少し離れた位置にある、《妖毒の紫園》というエリアの調査である。ただし一歩でも入ると死の危険があるため、遠目から観察するだけでいいらしい。
まずそれを済ませてから、件のサルが消えたという《エフォーフの森》を覗くことにする。
(……地面が荒れてきたな)
ずっとずっと平原を歩いて半刻ほど。
《妖毒の紫園》の名から察するに、つまりは強力な毒に充ちたエリアなのだろう。少しずつだが、大地の荒廃が窺えた。先に進むほどに激しくなり、やがて生物の姿も全く見えなくなる。
これ以上はシルヴェリッサはともかく、他の皆が危なそうだ。今のところ苦しそうな様子はないが、ひとまず立ち止まって周囲を見渡す。すると、
(あれか……)
遠くの彼方に、禍々しい紫の森が見えた。
依頼の概要によると、”明らかな異常”が窺えなければそれで完了していいらしい。
「……戻るぞ」
「「「「「はいっ」」」」」
「「「「「おー!」」」」」
報酬額32000メニスにしてはずいぶんと簡単な気もするが、今さら考えても仕方ないのでそのまま去った。
――当然といえば当然だが、やはり報酬相応の危険はあったようだ。
シルヴェリッサたちは今、周囲を奇妙な浮遊魔物に囲まれている。
全身が黒と紫の2色で、丸い頭部には小さく捻れた長い2本角。
一見ぼろぼろの布のような物で、首から下がすっぽり隠れている。
ゆるゆると波立った長髪から覗く瞳からは、およそ生気が感じられなかった。
しかし目的がいまいちわからない。
ふわり、ふわりと周囲を回るように漂いながら、ずっとこちらを見ているのだ。まるで品定めをするかのように……。
皆がその不気味な様相と、その魔物の「クテュ……クテュ……♪」という妙な笑い声に怯える。
シルヴェリッサも少々不気味に感じたが、ともかく隙のあるうちに”神の瞳”を発動させた。
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○ ポイズンアーミナス
Lv: 23
HP: 271/271
MP: 233/233
STR: 45
DEF: 94
INT: 45
RES: 91
SPD: 88
LUC: 136
スキル: □毒撃Lv4 □痺撃Lv4
□吸生Lv4 □浮遊Lv3
□毒無効 □痺無効
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能力数値は大したものではないが、スキル欄に危険そうなものが複数あった。
と、不意に”ポイズンアーミナス”が一斉に両手を口元に添え、ふぅぅ……と薄黄色の吐息を吹きかけてくる。
シルヴェリッサ自身には何ともなかったが、ハッと皆を振り返った。
「「「「「う、ぅ……っ」」」」」
「ピ、ュゥ……!」
「グッ……!」
『ギ、ヂ……ゥ』
(毒か! くそっ!)
どうやら命を蝕む類いではなく全身を痺れさせるもののようだが、どちらにせよ攻撃であることに違いはない。
シルヴェリッサが怯んだ一瞬の隙に、”ポイズンアーミナス”たちが彼女を含む全員の顔に群がってきた。そのままそれぞれに1匹ずつ唇を合わせてくる。
「「「「「んぅ!?」」」」」
「「「「「っん!?」」」」」
「ピゥン!?」
「グ、グゥ……!」
『ギ、ヂ……!?』
(な、なんだっ……?)
あまりにも予想の範疇を越えた奇行をしてきたので、すぐに反応することができなかった。かろうじて自分の口を狙った者は躱したが……。
そして苦しそうに呻く皆の様子と、先ほど見たスキル欄から”ポイズンアーミナス”らの目的を察する。
(”吸生”……まさか!)
”生命を吸う”。
悟った瞬間シルヴェリッサは剣を抜き、周囲すべての”ポイズンアーミナス”に殺気を向ける。すると相手は「クテュ……!?」と震え上がり、我先にと次々に逃げ去ってしまった。
シルヴェリッサ自体に怯えたのか、それとも毒の効かない対象からは逃げる生態なのか。
不明なれど皆は助かったので良しとする。
その後、全員に『ヒーゼの粉薬』を使い回復させ、痺れが抜けるのを待って歩を再開した。
治療中にオセリーとキユルが「こわかったよぉ♪」と抱きついてきて、2人に嫉妬した他の皆が騒ぐという悶着があったが、元気そうだったのであまり気にしないでおく。
――エフォーフの森。
一面の淡緑に斜陽が射し込んだ情景が、息を呑むほど美しかった。
森が生きている。まさにその言葉が相応しいだろう。
シャラ……シャラ……、心地よい葉音に包まれながら、奥へと進むシルヴェリッサ。
大人数で勝手知らぬ森に入るのは危険なので、今連れているのはサルを目撃したカーヤたちだけだ。ちなみに他の皆は森の入り口で待たせている。
「っひゃー、すげぇとこだなー」 カーヤ
「ほんと、きれいだよねー」 キユル
「くうきもおいしーのだ」 クアラ
「すぅー、なのー」 ケニー
「はぁー、なのー」 コニー
後ろを歩く5名に気を配りつつ、途中で向かってきた魔物は倒し、できるだけ荒れていない道を選んでいく。
そうして歩くことおよそ半刻。そろそろ戻ろうか、とシルヴェリッサが思い始めたときだった。
――不意に感じる、黄岩陸の気配。
非常に、非常に微弱なものだったが、確かに感じる。
(”黄岩陸、戻れ”! ………………)
試しに呼びかけてみたが、どれだけ待っても反応は返ってこなかった。
上手くいくとも思っていなかったので、すぐさま気配のする方へと足先を向ける。もちろんカーヤたちを放って行くわけにはいかないので、大して速度は上げずに歩いた。
「「「「「??」」」」」
小首を傾げながらもついてくるカーヤたち。
当たり前だが、六刃の気配はシルヴェリッサにしか感じ取ることができないのだ。
(……向こうも移動している……やはり”サル”なのか?)
シルヴェリッサよりも数段速い速度で、気配はこちらに向かってきていた。間違いなく”黄岩陸”もシルヴェリッサを感じ取っている。
どんどん。どんどん。目まぐるしく距離が近づいていき、やがて――
キキッァアアアアアアアアアアァァァァッーー!!!!
そんな甲高い咆哮とともに、黄色のサルが木の枝上より跳び降りてきた。
黄一色の瞳。逆立つ全身の黄毛。
見覚えのない、濃黄色の手甲、胴甲、脚甲。
そして首に巻かれたエリマキの、その先端には――
(黄岩陸っ!)
地の力を司る、剛なる黄太刀。
紛うことなきその姿があった。
と、
キキァアアアアアアアアァァァァーーァッ!!!!
シルヴェリッサの喜びも束の間、突如としてサルが黄岩陸を振り上げ、襲いかかってくる。
「……っ! 下がれっ!」
咄嗟にカーヤたちへ叫び、剣を抜くシルヴェリッサ。
そして跳び迫り来る黄刃を受け止め――ようとして、
(っ、だめだ!)
こんな並の剣では黄岩陸と真っ向から打ち合うのは無理だ。下手をすれば一撃で折れる。
寸前にそう悟り、一歩右へずれた。刃を斜めに受けることで、なんとか流すことに成功する。
「……逃げろ!」
「「「「「は、はいっ!」」」なのー!」」
刹那の隙をつき、5人を逃がした。
サルはそんな彼女らに目もくれない。視線はずっとシルヴェリッサに向いている。
襲いかかってくる理由は不明だが、それでなくともこのまま打ち合うのはとても危険だ。
即座にそう判断し、逃げる隙を作るため様子を窺うことにした。
再び襲いくるサルの攻撃をいなしながら、思案を巡らせる。
(確かに攻撃は強力だが、理性はない。逃げること自体は簡単、か。……とすれば、問題はカーヤたちの安全だ)
彼女らさえ無事に森から出られれば、あとはシルヴェリッサ1人。本気で駆ければ必ず振り切れる。
しかしカーヤたちだけでは他の魔物に対応できない。とはいえ追いかけて彼女らのペースで逃げていたら、間違いなくこのサルに追いつかれるだろう。
(どうする……なにか手はないのか?)
そう考え耽っていると、突然ハニエスとサブライムホースたちの存在を強く感じた。
驚きつつも瞬時に悟る。『PT』の効果だ、と。
ハニエスとは途中で彼女のLv上げを思い立ち繋がったのだが、重要なのはそこではない。
もしや、と試しに心の内で「聞こえるか」と呼びかけると、肯定の反応が返ってきた。言葉で返ってきたわけではないが、なぜかわかる。
(これなら……!)
と、シルヴェリッサは状況を早々と説明していく。次に、カーヤたちと合流して森から脱出するように言いつけた。すぐさま了解の反応が返ってくる。
あとは皆に任せれば問題ないだろう。
無事に森を抜けたら報告するように伝え残し、シルヴェリッサは時間かせぎへと移った。
単調な攻撃ばかりなら、避け続けるのはさほど難しくない。
予想した通り難なく躱し続け、一刻ほど。
全員退避の報告を受けたシルヴェリッサは、全力の疾駆でサルを振り払い森を脱したのだった。