37話
◇
『シャロトガ』に戻ったシルヴェリッサは、まず皆で風呂を済ませた。
そして今は、調べ物をするついでに食事の時間を待っている。
ずっと気になっていた光る岩の謎は、すぐに解かれた。
やはり”ペブルラーバ”にとって重要な存在であるらしい。
この岩――魔流石――が排出する魔力を糧としているのが、”ペブルラーバ”なのだ。
だが、薄紫に明滅する魔流石――高濃度の魔力に触れることで異常をきたしたこれは、彼女らにとって危険な物に変わる。
これが放出する魔力は、体内に入ると命を蝕むのだ。他の生物には影響はないが、直接に魔力を吸収する”ペブルラーバ”にとっては致命的である。
(瀕死だった理由はこれか……)
幸い死ぬ前に魔力の吸収は止めていたようだが、あのままなら外敵の危険があっただろう。シルヴェリッサが助けていなければ、その結果は想像に難くない。
それはそれとして、もう1つ興味深いことがわかった。
”ペブルラーバ”は糧とした魔力のうち、余ったものを経験値として吸収する性質があるという。ただ魔流石から得られる量はごくごく微量らしい。
ふとシルヴェリッサは疑問を浮かべる。
(魔力……わたしのものでも与えられるのか?)
おそらく魔力とはMPのことだろう。それならばシルヴェリッサはかなりの数値があったはず。
もしこれを吸収させることが可能なら、この場でLvを上げてやることが可能だ。
が、試そうにも1つ問題がある。
シルヴェリッサは魔力の扱い方など知らないのだ。とはいえ諦めるにも少々惜しい。
とりあえず訊ねてみよう。と、いつのまにか隣に座っていたオセリーに訊いた。
「……魔力とは、どう扱えばいい?」
「ほよ? うーーーん……あ、そいえば」
オセリーはそう一拍置いて、「えとねー」と続ける。
「ぼうけんしゃのひとが、『まりょくそうさ』? のれんしゅうしてるの、みたことあるよ」
「……詳しくわかるか?」
「んーと、てをこんなかんじにしてー」
言いながらオセリーは、胸の前で両手のひらを向かい合わせた。例えるなら『ボールを持っているような形』である。
続けて目をぎゅっとつむり、「ふんにぅうう!」と唸りながら力み始めた。
やがて疲れたのか、「ふひゅぅー」と息を吐いて姿勢を戻す彼女。
「みたいにやってたよー」
「……そうか」
シルヴェリッサはそう返し、礼の代わりにオセリーの頭を撫でてやった。「えへへー///」とはにかむ彼女を横目に、今聞いた方法を反芻する。
(こう、でいいのか?)
とりあえずオセリーのやっていたように、両手のひらを向かい合わせてみた。何か始まるのかと興味を持ったらしい皆が、次々に集まってくる。
気にせず目を閉じ、少し意識を集中するシルヴェリッサ。すると、なにやら身体の奥から不思議な力が溢れてきた。両手のひらから噴き出て、そのまま集束していく。
ここで目だけ開いてみた。
かざした手のひらの間で、虹色に煌めくいくつもの淡光が渦巻いている。
「「「「「……っ、……!」」」」」
「「「「「ふぅぉ~……!」」」なのー」」
「ピュピュイーっ」
「グユゥ……!」
『ギヂ、ィ……!』
その幻想的な様相に、皆がそろって見蕩れていた。……と、
「「「「「「!! ……っ、……っ」」」」」」
ペブルラーバたちが無我夢中といった様子で寄ってくる。どうやら魔力に反応したようだ。
どうせ彼女らに与えるつもりだったので、とりあえず一番先に膝に乗ってきた1匹に、そっと両手で触れてやる。……そっと優しく、したつもりだったのだが。
「っっ!! ~~っ、~~~~~~っ///!」
ペブルラーバは激しく息を乱し、悶えてしまう。やがて収まった後も、熱っぽく息を切らしていた。
(痛かっただろうか?)
などと勘違いするシルヴェリッサだったが、ペブルラーバはただ極上質の魔力に快感を覚えていただけである。
端で見ていたアーニャたち、カーヤたちは、何故か顔を赤くしながらもその様子をじぃっと見つめていた。
《――”ペブルラーバ”にMP54を与えました》
《――”ペブルラーバ”のLvが2~15に上がりました》
《――上限値を越えるため
余った経験値は破棄されます》
《――”ペブルラーバ”のLvが上限に達しました》
《――”ペブルラーバ”から
”ジェムコクーン”に進化します》
(……問題はなかったようだな)
安堵しつつ、徐々に始まる進化を見守る。何事かを察したらしい幼女ら10名も、「んっく」と息を呑んでいた。
例の如く”ペブルラーバ”を進化の光が包み、やがてその新たな姿が見えてくる。
繭状の半透明な殻に覆われた、灰色の全身。
顔だけは窺えるが、それ以外は殻で見えなかった。
そしてどうやら顔も殻と同質化しているようで、瞑目したままピクリとも動かない。
足なども殻に覆われているようだが、どういう理屈か浮遊して移動するらしい。
無事に終わった様子なので、”神の瞳”で見てみた。
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○ ジェムコクーン
Lv: 15/50
HP: 32/32
MP: 52/52
STR: 5
DEF: 3
INT: 43
RES: 40
SPD: 27
LUC: 19
スキル: □採集Lv1 □飛行Lv1
□魔力感度Lv1
=== =========================== ===
物理的能力が低く魔術的能力が高め。
なにか見たことのある能力値バランスだった。
ともかく方法もはっきりしたので、残り5匹のペブルラーバにも同じようにし、進化させていく。やる度にシルヴェリッサも加減に慣れ、最終的には1匹にMP10程度の消費に抑えられるまでになった。
このまま次なる進化までいけるか試すのもいいが、今回はそろそろ食事になりそうなので一旦ここで区切っておく。それに他にもやることがあるのだ。
プリックヴェスパのリーダー、彼女の名前を決めていなかったのである。やはり名付けの習慣がないので忘れてしまう。
先ほど出かけたときアーニャたちが話していたのだが、おかげで思い出せた。どうやら彼女らも忘れていたらしい。
とにかく立ち上がり、当のプリックヴェスパに寄った。かなり緊張されたが、例の如く直感で名前を与えてやる。
「……ハニエス」
《――従魔:プリックヴェスパの個体名が
ハニエスとなりました》
『ギヂッ? ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!』
「す、すげぇよろこんでる」 カーヤ
「めちゃとびまわってるー!」 キユル
「すごいのだ、はやいのだ!」 クアラ
「ケニーもとびたいなのー」 ケニー
「コニーもとびたいなのー」 コニー
遅れてしまったが、ちゃんと喜んでもらえたようだ。伝わるかはわからないが、詫びも兼ねて撫でてやる。
『……ギ、ヂヂヂヂィッ///!?』
「てれてるね」 アーニャ
「うん、すんごく」 イリア
「デレデレだー」 ウルナ
「か、かわいい……」 エナス
「あはは、ほんとー」 オセリー
これも喜んでもらえたようなので良しとする。
それはそれとして、今後はリーダー格への名付けは忘れないようにしなければ。
(……黄岩陸にサル、か)
焦ると危険、と結論付けたものの、やはり気になる。サルというからには森を拠点にしているのだろうが、しかしそうである保証は一切なかった。が、あながち違っているとも思い難い。
今回”エルフ”を優先したのは、この種族が植物と深い縁を持つからだ。森へ連れていけば、少なくとも安全度は増すだろう。
大会とやらで優勝しなければならないらしいが、できなければ別の手段を考えるまでだ。それに、”エルフ”無しで入る選択肢もある。
と色々思案したが、気になるものは気になるので、明日は依頼のついでに少し森を覗いてみよう。と決めるシルヴェリッサであった。