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35話

     ◇


 幸いにも”ククゥ”は非常におとなしい魔物だった。

 今は”ペブルラーバ”たちとともに、シルヴェリッサの胸に収まっている。


 見た目としては、少々長い首とギザギザの尾羽根が特徴的だった。


(これで依頼は終わりだな)


 両腕もふさがってしまったので、これ以上うろうろする必要もないだろう。

 それにあの光る岩のことも気になるし、シルヴェリッサは早々に戻ることにした。


 途中で何度か魔物に襲われたが、問題はない。すべて文字通りの”一蹴”で片づけた。




 さほど時間も要せずラーパルジに戻ると、まずはギルドへ。

 中へ入ると今朝のような静けさはなく、元の喧騒ある空気に戻っていた。


 だがどちらにせよシルヴェリッサには関係のないことなので、気にせずカウンターに歩いていく。例の気だるげな者はいなかったので、別の女性職員のところだ。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょう?」

「……依頼の報告」

「はい、では委託証をご提出いただけますか?」

「……ん」


 あらかじめ手元に用意していたので、魔物たちを降ろしてからすべて渡す。

 受け取った職員がそのとんでもない枚数に驚愕した。


「こっ、これは……まさか全てお一人で!?」

「……そうだが」


 ただならぬ様子の職員の声に、周囲が反応し視線が集まる。そしてカウンターに乗った委託証の枚数に気づいてざわめいた。


   「う、ウソだろ……」

   「なんて数なの……!」

   「Aランクでも単独じゃキツいんじゃないか、あの数……」

   「たとえPTパーティだったとしてもきびしいと思うわ」

   「それを1人でやった、って……?」

   「何者なんだ、あの女……」


 また騒がれてしまった。

 あの気だるげな職員だったなら、こうはならなかったと思う。が、いないものは仕方がない。


 とにかく報酬だ。

 シルヴェリッサが催促しようとしたところで、職員がハッと我を取り戻す。


「し、失礼しました。報酬を計算いたしますのでお待ちください」

「……ん」

「少々お時間がかかってしまいますので、”刻印”をなさるなら今のうちに済まされてはいかがでしょうか?」

「……わかった」


 もちろん”ククゥ”は依頼の魔物なので預け、6匹の”ペブルラーバ”だけを連れて魔物取扱所へ向かった。場所はギルドの向かいである。


 さほど変わったこともなく、首元に”刻印”を済ませた。

 そしてギルドに戻り、無事に報酬を受け取る。


「ではこちら、報酬の258600メニスになります。どうぞお受け取りください」

「……ん」


 確認して仕舞うと、即座に場を去ろうとした。……のだが、


「あ、お待ちください!」


 職員に呼び止められる。

 黙して向き返り続きを待った。


「規定の依頼数10を達成されましたので、Bランクにランクアップが可能です。今すぐに手続きなさいますか?」

「……ん」


 早く宿に戻って調べ物をしたいのだが、しかしそう時間を取られるようなことでもなかろう。

 それにランクを上げれば高報酬の依頼も受けられるようになる。明日の稼ぎにも良い方に響くであろうし、今のうちにやっておくことにした。


「かしこまりました。では現在の冒険者証をご提出ねがいます」

「……」


 無言で渡すと、職員が受け取り奥に持っていく。

 シルヴェリッサがそのまま待っていると、なにやら別のカウンターから騒がしいやりとりが聴こえてきた。


「なんでだめなんだよっ!」

「だから言っているでしょ。冒険者じゃないと、依頼を受けさせるわけにはいかないの」

「じゃあせめてこの”いらい”をしたひと、おしえてよ!」

「そーだそーだ!」

「ちょくせつあって”ほーしゅー”もらうのー」

「もらうのー」


 幼い少女ら5人と、女性職員が揉めている。

 どうにもこのギルドは悶着が多いらしい。


 幼女5人。アーニャたちを思い出さなくもない。

 この者たちも、身なりがかなりぼろぼろだ。身体も煤けたように汚れている。


「残念だけど私の立場上、勝手に教えるわけにはいかないの。依頼主さんの許可が取れれば、話は別だけど」

「「「「「むぐぐぅ~っ!」」」なのー」」


 悔しそうに膨れる5人。きゅぅぅ……と彼女らの腹が鳴った。

 やがてため息を吐くと、とぼとぼカウンターを離れていく。その目尻には、ほんのりと涙が浮かんでいた。


 そんな様子を見ていると、やはり以前の自分を思い出す。誰にも手を差しのべられなかった、あの頃の自分を。

 ……いささか甘いとは思うが、放っておけそうもなかった。


 そうシルヴェリッサが声をかけようとしたところ、


「あーもうっ、せっかくカネがもらえそうだったのによ!」

「ほんとほんとっ、あのばばームカつく!」

   「誰がばばーよ! 私はまだ21よ!」

「それにしても、あのおサルはなんだったのだ?」

「えりまきがヘンテコリンだったのー」

「きいろい”けん”だったのー」


 その瞬間、シルヴェリッサの頭に思考が巡る。


 きいろい”けん”。つまり『黄色い剣』。

 浮かびくる可能性は――


     砕刀・黄岩陸きのいわくが


 しかし確証はないし、もし目的のそれだったとしても、なぜ”サル”がでてくるのか……。

 今は何もわからないが、決して小さくない可能性だ。無視などできようはずもなかった。


「……おい」


 シルヴェリッサはそう即座に判じ、幼女らを引き留めた。




                ~ ◆ ~


 しばし時は遡り、ラーパルジ近辺の森の中。


 淡い黄色の燐光を放つ岩の傍らで、いくつかの存在があった。

 真っ黒な、漆黒よりなお黒い闇色の美髪をなびかせる、無感情げな表情を崩さない少女。浅黒い肌に、目の周りには痣のような黒紋様。左右でそれぞれ束ねた髪型は可憐なれど、身体特徴はおよそ人間のそれではなかった。

 彼女は光る岩の上に座し、ぼんやりと夜空を見上げている。


「グヴェルド」


 不意に、何の前触れもなく彼女がそう発した。

 グヴェルドというのは、彼女の後方で跪いている魔人の名である。


「はっ、なんでございましょう? ナーラメイア様」


 こうべを垂れたまま返ずるグヴェルド。

 女性のような細身に中性的な顔立ちだが、歴とした男である。実力も相当なもので、獄魔大陸では5指に数えられているほどだ。

 ただし女癖が非常に悪い。その証拠にグヴェルドの10歩ほど後方には、幾人もの女性魔人が彼に熱い視線を送っていた。


 だがナーラメイアにとってはどうでもいい。きちんと命令をこなしてさえくれるなら。


「冥。望む。聖女。会う」

「はっ、『人間の聖女に会いたい』ということですね?」

「女神教。断罪」

「『女神教の者どもを断罪せよ』と。フフッ、承知しました」


 グヴェルドに命令は伝わったようなので、ナーラメイアは居城へ戻ろうとゆらり立ち上がる。そして今まで座していた岩へ目を向けた。


 この岩の名は『魔流石まりゅうせき』。

 周辺広範囲の地面や植物などからごく微量ずつ魔力を吸収し、放出するという流れを常に行っている珍しい物質だ。

 その際に放つ色は魔力の属性を表しているのだが、この岩は強大な魔力を持つ魔族や魔人に触れると異常をきたすのである。


 しかし魔力の流れを制御してやれば、その心配はない。

 ナーラメイアほどになると呼吸をするように容易いことだ。現に目の前の『魔流石』は通常通り働いている。これならこの岩を必要とする魔物にも、影響は出ないだろう。


 それだけ確認すると、ナーラメイアは縮めていた蝙蝠羽を広げて飛び立っていった――。



     ◆


 ナーラメイアが去ったのを見計らい、グヴェルドは「……フンッ」と鼻をかき鳴らして立ち上がる。


「あんな小娘が”魔王”などと……まったく胸糞が悪い! 偉そうにこのグヴェルド様に指図しやがって!」


 憤慨する彼の許へ、取り巻きの魔人娘たちが我先にと寄り添っていった。

 そのうちの牛のような耳と角を持った娘が、彼の右腕に抱きつき大きな胸を押しつける。さらにそれを見た鴉娘が、負けじと逆の腕に抱きついた。しかしこちらの胸部はかなり小さい。

 悔しげに牛娘を睨む鴉娘と、優越にそれを見下す牛娘。


 完全に怒りを収めたグヴェルドが、双者に微笑みかけた。


「慰めをありがとう。フフッ、キミたちはみんな最高に可愛いよ」

「えっ……!」

「うれしい!」


 そうすると他の娘たちも抱きついてきたので、グヴェルドは彼女らを平等に受け入れる。

 皆が一方向から飛びついてきたため、よろめいて『魔流石』の根元に尻餅をついてしまった。その際に腰が触れたらしく、『魔流石』が徐々に薄紫色に明滅していく。


「あら、たいへん」

「まあ、クスクス」

「ほうっておきましょ」


 薄青い肌に鱗を持つ娘と、髪が触手で身体が粘液体の娘。そして蜘蛛の複眼を持った娘が、そろって可笑しそうに笑う。


 やがて誰からともなく衣類を脱ぎ去ろうとしたが、グヴェルドがそれを止めた。


「おっと、こんなところでキミたちの美しい素肌を晒すわけにはいかない。そういうこと・・・・・・は、またいつかじっくり楽しもうじゃないか」

「でもわたくしたちみんな、まだグヴェルドさまといたしておりません……」

「それは仕方ないさ。だってキミたちはまだ幼子なんだからね」


 5名とも見目麗しい女性の姿だが、生まれてまだ7年ほどしか経ていない。魔物から魔人に進化・・・・・・・・・した瞬間からのみをカウントするなら、平均して皆2~3歳だ。

 しかし魔人とは得てしてそういうもの。グヴェルドとて今こそ齢500を越えるが、魔人になったときから今まで、ずっとこの姿である。


「も、もう、グヴェルドさまったら。それはいわないでくださいまし」

「あはは、すまない。拗ねないでおくれ。実は熟すまで食べない主義なんだよ」


 いつも通りに宥め、グヴェルドはいつか来る成熟のとき――あと70~80年ほどか――を妄想するのだった。

 とはいえそれだけでは少々渇く。


 早く己が愛の巣で、他の娘たちと楽しみたくなった。しかし腹立たしいことに、それをじっくり楽しむには命令を済まさねばならない。


 ラーパルジには今、女神教とやらの信者であるどこぞの国王が来ているという。

 とりあえずそれを捕らえて、聖女とやらの情報を吐かせることにした。


「じゃあ、しばらくは様子を見ましょうかね」


 そう決し、グヴェルドは娘らを連れてその場から消えた。

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