34話
◇
20もの委託証を”神の庫”に仕舞い、平原に出たシルヴェリッサ。
これだけの数をこなしても、『シャロトガ』一泊分の金額には満たないだろう。
しかし明日の稼ぎ分も合わせれば、十分に足りるはずだ。
ひとまず今日は、予定通り1人で稼ぐとしよう。
そしてシルヴェリッサは着々と依頼内容をこなしていき、やがて残すはあと1つとなった。
メスの”ククゥ”を捕獲する、という内容だ。
卵には世話になっているが、実際の魔物の姿を見たことはない。
だが”神の瞳”があれば問題はないだろう、とシルヴェリッサは平原を歩き回る。
(……なにかいるな)
しばらくすると、近くの背が高い草むらから謎の息づかいが聴こえてきた。
「くむぅ……くむぅ……zzZ」
どうやら寝息のようだが、妙に重低感がある。
ほぼ間違いなく魔物であると予想できたので、起こさないように草をかき分け覗いてみた。
うずくまり眠る砂岩色の巨体。”オーガ”よりもさらに一回りほど大きい。
おそらく武器と思われる大丸太を、抱き枕のように使っているようだ。無論、本来はちゃんと武器として振るっているのだろうが。
くすみの酷い茶色の髪は、短く乱雑。服の代わりなのか、巨大な双丘と股付近を隠すように獣の毛皮が巻かれていた。どうやらメスらしい。
特別に太いわけではないが細くもなく、『むっちり』という表現がふさわしい肉づきだった。
(初めて見る魔物だな)
そうして見ていると、ほどなく”神の瞳”が発動する。
=== =========================== ===
○ トロール
Lv: 21
HP: 267/267
MP: 31/31
STR: 241
DEF: 73
INT: 24
RES: 18
SPD: 159
LUC: 113
スキル: □格闘Lv3 □大棍術Lv3
□狩猟技術Lv2
□魔力感度Lv1
=== =========================== ===
かなり偏った能力値だった。守備能力は非常に低いが、代わりに物理攻撃力が桁外れである。
魔術的能力が微小であるのに、なぜ『魔力感度』のスキルを持っているのかは謎だ。
気にはなるが、別にこの魔物に用はない。
目的の”ククゥ”を探すため、シルヴェリッサはその場を後にした。
と、さらに歩き進めていくと……、
(……またなにかいるな)
いささか距離があってよくは見えないが、なにやらごく小さな灰色が転がっている。周りが緑なのですぐにわかった。
”ククゥ”の可能性もあるので、もう少し近づいて見てみる。
=== =========================== ===
○ ペブルラーバ
Lv: 2
HP: 3/11
MP: 10/10
STR: 4
DEF: 2
INT: 8
RES: 7
SPD: 3
LUC: 4
スキル: □採集Lv1
=== =========================== ===
見目から察するに、おそらくメスだろう。
灰色の芋虫に人の要素を足したような2頭身。手足は人型のもので、頭には虫のような触角があった。
しかしこの魔物、死にかけている。元より低いHP――生命力が風前の灯だ。
が、不思議なことに外傷はまったく見当たらない。
不気味だが、別に助けてはならない理由もないだろう。
判断したシルヴェリッサは、先日に作った『ヒーゼの粉薬』の樽を取り出した。
そこでやっと彼女の存在に気づいたのか、”ペブルラーバ”が弱々しく怯える。
「……逃げなくていい」
言葉を解するのかは不明だが、言って隣に寄る。が、どうやら逃げたくとも逃げる力が残っていないようだ。まあ『ヒーゼの粉薬』を使えばすぐに回復するだろう。
”ペブルラーバ”は片手に乗るほど小さかったので、そっと抱えて樽の許へ連れていく。そのまま別の手で粉薬を一掴みし、”ペブルラーバ”の口内と身体に振りかけた。
すると薄緑の光が彼女を包み、即座に命を繋ぎ止める。数瞬の後、完全に回復した。
そして困惑した様子の”ペブルラーバ”を降ろし、
「……よかったな」
微かに笑んでその場を去った。……ところまではいいのだが、
(……またか)
数歩いったところで振り返る。
赤子のような四つん這いで、”ペブルラーバ”が懸命についてこようとしていた。移動法がそれしかないのだろうが、これではとても遅すぎる。
しかし”ペブルラーバ”は諦めようとしない。
また魔物になつかれてしまった。
……いや、命を助けるなら最後まで。プリックヴェスパの件で学んだことである。
シルヴェリッサは彼女を抱いて歩くことにした。
(この魔物も、育てれば強くなる、か……?)
と、少し脱線してしまった。気持ちを依頼のほうに戻す。
安心したように身を預けくる”ペブルラーバ”を片手に、シルヴェリッサは”ククゥ”探しを再開した。
それから数分も経たず。
森との境目まできた辺りで、複数の”ペブルラーバ”が転がっていた。
先ほどと同じように粉薬をやって回復させると、やはりというべきか皆なついてくる。
最初の1匹と合わせて計6匹。片腕と両肩に別れて収まっているが、皆でなにやら森のほうを気にしているようだ。
彼女らが瀕死になっていた理由がわかるかもしれない。
そう考えたシルヴェリッサは、警戒しつつも森へと入っていった。
(あれは……岩が光っているのか?)
藪を進んでいくと、やがて草木の合間で淡く明滅する岩が見えてくる。
両腕で抱えられるくらいの大きさに、薄紫色の光。しかしこれがどういった物なのか、当然シルヴェリッサにはわからなかった。
アーニャたちがいれば訊ねたのだが、あいにくと今はいない。
よくわからぬ物に触るのは危険極まりないので、とりあえずは去ることにした。
(宿に戻ったら調べてみる、か)
不安そうに身を捩る”ペブルラーバ”たち。
少々気がかりではあるも、今はどうしてやることもできないのだ。
~ ◇ ~
アルティラルト聖教国・アルテーラ大聖堂。
聖女リゼフィリアはその場で独り、静かに立っていた。
左手に光属性の白聖杖を持ち、右手を胸に当てて目を閉じる。
(……そろそろ出立の準備が整った頃でしょうか)
先日に女神アルトより神託を賜った折、すぐに出発するつもりであった。
しかし、思ったよりも旅隊の編成に時間がかかってしまったのだ。
清廉潔白な女性聖騎士なら2名、すぐさま見つかったのだが、『なるべく年齢の低い者』には手間取った。
それもようやく昨日に発見し、今日この場に皆で集まってから発つことになっている。
と、
(来ましたね)
聖騎士2名とは一度顔を合わせているが、最後の1名とは初めてだ。
振り返り、扉が開くのを待つ。
やがて扉が開くと、
「ごめんなさい神子さま、遅くなっちゃって」
「いやー悪い悪い。尻尾の手入れに手間取っちまった」
「謝罪、するの」
1人目。
右側の前髪を髪留めで外にハネさせた、快活そうな黄緑ボブカット。
得物は長槍。
2人目。
ツンツンとハネた肩口までの薄橙の髪に、人懐っこい笑顔。
得物は大剣。肌の鱗と尾を見るに蜥蜴人らしい。
3人目。なるべく年齢の低い者。
いささかボリュームのある極薄い灰色の長髪で、淡々とした口調の灰肌。
得物は弓。体色の特徴からして、”シャドウ”という種族のようだ。
「皆様、お気になさらなくて結構ですよ。旅の前の準備は大切なことですから」
「ほんとごめんね。……じゃ、あらためて――ボクはラナリッテ、よろしくね」
「アタシはレイゼ。見ての通り、蜥蜴人だ」
「ネアは、”シャドウ”。冒険者、なの」
ラナリッテとレイゼとは先日に会っているが、ネアとは初対面である。
リゼフィリアは右手を胸に当てて、深く礼をした。
「この身は、アルティア聖教会が神子・リゼフィリアと申します。戦闘は不慣れですが、回復魔術ならおまかせください」
『光魔術』も使えるが、素人が下手に攻撃に加わるのはまずいだろう。
ともあれ、いよいよ出発だ。
ラナリッテとレイゼが、再び大聖堂の扉を開く。
そして響き渡る、待ちわびたかのような大歓声。
「神子さまああぁぁ! どうかご無事でぇぇーー!」
「がんばってーー!!」
「護衛のみんなも、しっかりねーーっ!」
「女神アルト様! ばんざーーーーいっ!!」
『『『ばんざああああぁぁーーーーーーっい!!!!』』』
リゼフィリアが神託を受け神命を賜ったことは、もう国中に知れ渡っている。どうやら見送りに集まってくれたようだ。
見渡す限り、街並み一帯を埋め尽くさんばかりの人。人。人。
確かな荒廃に向かうこの世界。
しかし、希望もまた確かに灯された。
「うひぁー、さっきも見たけどすんごいねー!」
「けはは、こりゃあ責任重大だな」
「がんばる、なの」
ラナリッテ、レイゼ、ネア。
3名とも、少なからず奮い立ったようだ。
「――はい! この身も、皆さまの希望を受け取りました!」
そうして、リゼフィリアと一行はアルティラルトを発つ。
数えきれない多くの想いを、その身に宿して――。