33話
◇
部屋で少し考えをまとめた結果、シルヴェリッサはまずギルドへ向かうことにした。
依頼を出したのは昨日の今日であるが、今回はそれとは別に用がある。
今の所持金は416270メニス。そして今日の分の宿賃を払えば、86270メニスになってしまう。
要するに、そろそろ稼いでおかねば心許ないのだ。
報酬の良い依頼があることを願いつつ、シルヴェリッサは今日の宿賃を払ってギルドへ足を向けた。
今回は効率重視の単独行動を選んだため、他の皆は留守番である。
シルヴェリッサが赴いたとき、ギルド内はなにやら、シン……と静まっていた。しかし人は昨日より大勢いる。
一体何事か、と彼女が眉をひそめると、
「――無礼であるぞ小娘ッ! こちらにおわす御方をどなたと心得るッ!」
中央辺りのカウンターから男の怒号が響いてきた。
ただの揉め事。であれば、シルヴェリッサには関係のないこと。
そう即座に判じ、悶着の傍観者らを抜けて掲示板へ向かう。――その際に彼女がなびかせた至上の如き甘麗な香りに、周囲は頬を朱に染め惚けていた。が、シルヴェリッサ自身にはどうでも良いし、預かり知らぬことである。
とにかく今は依頼だ。
めぼしい物がないか、ざっと目を通していく。
「あ、えっと、ごめんなさい! ワタシはただ、”エルフ”のことを……」
聞いたことのある声。
目をやってみると、つい昨日に”エルフ”を見たか、と訊ねてきた少女だった。名はたしか、モニカといったか。
どうやらそのモニカが悶着の中心らしい。
彼女と、他に3人が向かい合っている。艶やかな薄金髪の頭にティアラを戴いた、豪奢で煌めかしい濃藍ドレス姿の婦人。と、その婦人を守るように前に立つ、重厚な鎧を纏った騎士が2人。
「ええい、だまれッ! こちらにおわすはソウェニア王国が主、リフィーズ・ファル・ソウェニア女王陛下であるぞッ! 貴様のような下賤の者が……」
「ほぉん。”エルフ”、ねえ」
さらに怒気を強めた騎士を無視し、件のリフィーズ女王が頬に5指を添えて唸る。なんということのないしぐさであるが、当人の美貌ゆえか、それはこの上なく妖艶に映った。
周囲の視線が色づくも、リフィーズは気にしたふうもなく続ける。
「貴女が求める情報かはわからないけれど、いいかしら?」
「! は、はいっ、ぜひ教えてください!」
モニカが嬉しそうに何度もうなずいた。
と、護衛の騎士2人が狼狽えつつリフィーズに詰め寄る。
「なっ!? へ、陛下っ、冒険者なんぞに時間を割くことなどありませぬ!」
「そうでございます! このような下賤の者に――!」
「寄るな、暑苦しい。お前たちが妾に意見できる立場だと思っているの?」
リフィーズが鬱陶しそうに顔を背け、片手で騎士たちとの間に壁を作った。
すると騎士らは慌てて下がり、「もっ、申し訳ございません!」と跪く。
それを見たモニカがあわあわと頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ! ワタシが身分をわきまえずにお声をかけたから……」
「構わないわ。この者たちの態度が悪かったから、少し叱っただけのことよ。……そんなことより、”エルフ”のことだったわね」
「はいっ!」
パッと居住まいを正すモニカ。
そんな彼女に微笑し、リフィーズは言葉を続けた。
「2日後に中央闘技場で行われる大会のことは知っているかしら?」
「え、はい、知っていますけど……?」
「その主催に、観覧として招待されたのだけど。どうやらこの大会の優勝賞品がね、”エルフ”の奴隷らしいわよ」
「え……ええっ!?」
モニカだけでなく、周囲の傍観者らも驚愕にどよめく。
――ここまで聞いたところで、シルヴェリッサは本来の目的に戻った。
残念ながら特別に報酬の良い依頼はなかったので、以前のように複数を見繕う。周りの意識はモニカたちに向いているようで、彼女のその特異な行動に気づく者はいなかった。
計20枚の依頼書を手に、昨日に会った気だるげな職員のカウンターへ。彼女だけは悶着に興味がないようで、変わらず怠そうに頬杖をついていた。
シルヴェリッサが持ってきた大量の依頼書に少し眉をひそめたが、それも一瞬のこと。すぐに元の無気力な顔に戻り、依頼の手続きをしていく。
今回は、図らずも有益な情報を得られた。
”エルフ”に出会える可能性がある、という情報。”賞品”や”奴隷”という単語は気になるが、しかしその大会とやらには参加したほうがいいかもしれない。
「じゃあこれ委託証ですー、お気をつけてー……」
と、まとめて差し出された委託証を受け取り、シルヴェリッサはギルドを後にする。
王族などがなぜギルドに来ているのか。そんなことは、彼女にとってどうでもいいことであった。
◆
ひとしきり礼を言ってきたモニカという少女。リフィーズは彼女と別れた後、本来の目的を果たすため、改めてギルド長の部屋へ向かうことにした。
その辺にいた女性職員に取り次がせ、案内させる。
カウンターの一部を外して奥へ入り、職務に勤しむギルド職員らの脇を抜けていくと、最奥に扉があった。
「こ、こちらへ」
「ええ。ふふ、そんなに緊張しなくていいわよ?」
「き、恐縮です」
言われて尚も強張る職員に微笑みつつ、案内されるままについていく。
扉の先は、横に細長い部屋だった。左右両端に上り階段がある以外は何もない。
どちらを上っても一緒だが、今回は右を選ぶ。
2階には扉すらない、同じく細長い部屋。
上がってきた階段のすぐ隣には、3階への階段がある。反対側の向こう端も同じだった。
リフィーズは至極当然な様子で、反対側の上り階段へ向かう。
それに困惑した騎士2人と女性職員が、そろって引き止めようとした。
「「へ、陛下?」」
「あの、こちらの階段でも上がれますが……?」
女性職員の言う通り、普通はすぐ隣の階段を使うだろう。
が、リフィーズは違った。
「気にしなくていいわ。片側だけ使うのが嫌なだけよ」
せっかく作られたのだから使ってやらねば、ということである。
さて、3階に上がるともう上の階はなかった。
代わりに中央には少し華美な扉が1つ。
女性職員がノックし、
「ギ、ギルド長、おられますか? リフィーズ・ファル・ソウェニア女王陛下が、面会をご所望でございます」
言うとほどなくして、内側から「お入りください」とたおやかな女声が招く。
案内してくれた職員はそこで下がらせ、リフィーズは騎士たちに命令した。
「お前たちはここで待ちなさい」
「お、お一人で行かれるおつもりですか!?」
「危険でございます!」
ギルド長と話をするだけで、そこまで警戒する必要などなかろうに。
そもそも今回の護衛がなぜこんな暑苦しい男2人なのか。いつもなら麗しい女騎士を侍らせるのに、まったく不本意である。
まあ、理由については心当たりがないでもない。
しかし今は、ギルド長との面会が先だ。今回の収穫次第では、今後は男の護衛などなくなるだろう。
「妾だけでいい、と言ったわよ。それとも、また意見する気かしら?」
「ぐっ……出過ぎました」
「も、申し訳ございませぬ」
下がる騎士らを横目に、リフィーズは扉を開け部屋へと入る。
「ようこそいらっしゃいました。お会いできて、恐悦至極にございますわ」
迎えたのは、薄手ながらも高価そうな魔術師ローブを着た、胸の豊かな美女だった。右手に魔導杖と、額には赤い魔石が嵌められたサークレット。
腰まで伸びた赤茶の髪。両こめかみの辺りから垂れた部分はくるくると捻るように編まれ、その先端には飾り石のアクセサリーが揺れる。それら2房が、彼女の美貌に瑞々しい可憐さを足していた。
「ほぉん……」
と関心げに息を漏らすリフィーズ。
彼女は美しい女性が好きなのだ。
「わたくし、当ギルドの長を務めさせていただいております、フェローナと申しますわ」
執務机に杖を立て掛け、ギルド長がそう名乗る。
淑やかな名乗りに、リフィーズも応じた。だが自分は王族であるため、礼を取ることはしない。ただ名を言うだけである。
「妾はソウェニア王国が現主、リフィーズ・ファル・ソウェニアよ。以後、見知りおきなさい」
「はい、承知いたしました」
「跪かなくていいわ。それより、さっそく本題に移りたいの」
「はい、ではどうぞお掛けくださいませ」
促されるまま面会用の卓につくリフィーズ。フェローナが一礼し、その対面に座った。
「単刀直入だけど、美しくて強い女性を探してるの。心当たりがいれば、何人か紹介してくれないかしら?」
「それくらいなら喜んでご協力させていただきますが……もし差し支えなければ理由をお教えくださいますか?」
フェローナの質問も当然だろう。
自分でもさすがに説明不足かと思っていたので、リフィーズは答えることにした。
「今度ね、周辺諸国で集まって、親睦を深める宴が催されることになったの。それはいいのだけど……」
「はい」
「そこで『各国代表騎士の披露会』をやるそうなの。だから美しくて強い女性がほしいのよ」
「? 恐縮ですが、今いらっしゃる騎士様方では?」
と首を傾げるフェローナ。
その可愛らしいしぐさに心奮わせつつ、
「確かに男の騎士なら強い者はいくらでも持ってるわ。でも妾は、その披露会で男を出す気はないの」
「その理由――」
「美しくないからよ」
理由を訊ねられるのは予想していたので、先どって答えた。
するとフェローナが目をぱちくりさせる。
「そ、そう、ですか」
「もちろん女の騎士にも強い子はいるわ。でも、他国の代表と競えるほどではないの。皆とても可愛くて美しい子たちなのだけど」
「……なるほど、理解いたしました。王国の騎士様より強い者となると限定されますが、できる限り尽力させていただきますわ」
「褒美は取らせるから、頼むわね。――ちゅっ」
「!!??」
締めくくり立ち上がると、リフィーズは至極自然な動きでフェローナの頬に口づけた。
赤面して固まるフェローナに後ろ手を振り、部屋を後にする。
「「! 陛下っ」」
「…………はぁ」
主に気づいた騎士2人がそろって跪いてきたので、リフィーズは嘆息した。
せっかく美女と接して潤ったというのに……。
おそらくこの2人、貴族が成り上がりを狙って寄越した者だろう。
今度の披露会に出る代表騎士になれば、お家ともども国内での立場が上がる、と。
今回の護衛は、リフィーズへの自己主張として都合がよかったということだ。
「はぁ……」
もう一度ため息を吐き、護衛を連れてギルドを後にする。
(いい子が見つかればいいのだけど……祈るしかないわね)
などと考えつつ、招待された大会で探す手もあるわね、と密かに期待を寄せるリフィーズであった。




