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32話

     ◇


 昨晩さくばん眠るのが一番遅かったシルヴェリッサだったが、起きるのもまた誰より早かった。

 朝日とともに目覚め、今は中央の卓にて調べものをしている。手にした書の名は『エルフ ~森とともに生ける者~』。

 すぐ先日に聞いた種族名だったので、せっかくであるし読んでみることにしたのだ。


 備え付けの書棚から見繕ったそれは、『エルフ』のことを多少雑把ざっぱに説明した書らしい。

 20~30ページほどしかなかったものの、それなりに収穫はあった。本を閉じ、頭の中で軽くまとめてみる。


   1.非常に排他的で、一生を同じ森で過ごす者も多い。

   2.しかし外界での暮らしを選ぶ者も、それなりにいる。

   3.寿命は総じて人間の10倍以上。

   4.成人すると死ぬまで容姿が老いない。

   5.森や植物と対話ができると伝えられている。

   6.非力だが、そのぶん魔力が高い。

   7.弓の扱いに長ける。


(こんなところか)


 一通り反芻すると、その中で少々興味を引かれた情報に気を向けた。

 『森や植物と対話ができる』という部分である。


 普通なら「なにを馬鹿な」と一蹴するような内容だが、不可思議な事柄が多く存在するこの世界だ。あながち嘘とも断じがたい。

 もし記述の通りなら、人からは得られないような情報も入手できるだろう。


 だが……、


(エルフと知り合うのは、少し大変そうだな)


 と結論付けたところで、ベッドからエナスがそろそろと出てきた。どうやら他の皆を起こさぬようにしているらしい。

 尻尾のほうは窺いしれないが、緊迫感からか頭部の兎耳が張ったまま固まっている。


 やがて彼女はシルヴェリッサに気づくと、おずおず寄ってきた。


「お、おはようございます……」

「……ん」


 次の書を手にシルヴェリッサがそっけなく返すと、再び沈黙が満ちる。

 そわそわ落ち着かない様子のエナス。ソファーに座るシルヴェリッサの隣へ、ちらちらと視線をやっていた。

 座りたいのなら座ればいいのだが、遠慮しているらしい。


 放っておくわけにもいかないので、シルヴェリッサは自分の隣をちょんちょんと指で示してやった。その意を察したか、エナスは恥ずかしそうにはにかみながら席につく。


 それから暫し大人しくしていた彼女だったが、シルヴェリッサが1書を読み終えるとそれを見計らって話しかけてきた。


「ほん、よめるんですか……?」

「……読めるが」


 そう答えて、すぐ気づいた。

 彼女らは字の読み書きができないのではないか、と。


 考えてみれば、それは自然なことだろう。ついこの間まで、その日を生きるのに精一杯な暮らしをしていたのだから。

 ましてやこの幼さだ。独学する余裕がなくとも、致し方のないことである。


「うらやましい、です……」

「……そうか」


 エナスの気持ちは理解できなくもないが、シルヴェリッサにはどうしてやることもできない。

 教えてやろうにも、なにをどう教えてやればいいのか見当もつかなかった。


 と、


「「「「ふぁ~……」」」」


 他の4人も起きたようだ。まだ眠そうに仲良くあくびをしながらも、よたよたとシルヴェリッサの許へ。

 そして目をこすり眠気をいささか飛ばすと、そろってペコリとお辞儀をする。


「「「「おはようございます」」」」

「……ん」

「お、おはよう……」


 シルヴェリッサに続いてエナスも返した。

 そのエナスが座っている場所を見て、4人が声を上げる。


「「「「ああーーっ!!」」」」

「ピュイっ!?」

「グゥっ!?」

『ギヂヂっ!?』


 すると、驚いたセルリーンたちが飛び起きてきた。床で寝ていた他の従魔たちも、くるまった毛布ごと飛び上がっている。


 そんな彼女らに「ご、ごめんね」と謝ったアーニャたちだったが、すぐにエナスに向き直ると「むぅ~」と頬を膨らせた。


「「「「ずるい!」」」」

「ず、ずるく、ないもん……はやおき、したんだもん……」

「「「「うぅ~……」」」」


 シルヴェリッサには、彼女らが何に揉めているのかわからなかった。が、それほど不和な雰囲気ではなさそうなので、気にせず視線を書に戻す。


 するともう切り替えたのか、アーニャたちが仲良く寄ってきた。負けじとセルリーンも続く。

 他の従魔たちはいささかの間を置きつつ集まってきた。


 どうやら皆、シルヴェリッサの調べものに興味があるらしい。

 今彼女が手にしている書の名は『最古の竜~ゼレティノール~』。この世界に於ける最古の存在、と伝えられる1匹の竜について記したもののようだ。


「……最古の竜、ゼレティノール」

「「「「「「「っ!?」」」」」」」


 シルヴェリッサが書の名を教えてやると、皆はますます興味を強くさせた。

 このまま中身を知れないのでは、あまりに哀れである。なのでシルヴェリッサは、自分のついでに皆に読み聞かせてやることにした。

 せっかくであるし他の部屋の従魔たちも集め、同階のフリースペースに向かう。





 皆の聴く準備が終わったところで、いよいよシルヴェリッサは書を開いた。

 全員に聞こえるかは不明であるが、周りに雑音などは無いのでおそらくは問題ないだろう。


   ○  ~~  ~~  ~~  ◆  ~~  ~~  ~~  ○


      遥かないにしえ 女神アルト アルティアを創造せり

      天地 大海 高らかに謳う


      やがてのち 生命 あまた誕生せり

      幾多の生命 成長し 各々同胞はらから 導く


      女神アルト あまたの生命に 祝福 もたらせり

      アルティア く栄えたる


      さらに後 ひとつの生命 誕生せり

      彼の生命 名を 《りゅう》という


      竜 他の生命 脅かし 一度ひとたびの進化

      他の生命 同胞の死 嘆きたる


      竜 復讐の火 払いて 二度ふたたびの進化

      天地 大海 き荒ぶ


      竜 他の慟哭 すすりて 三度みたびの進化

      彼の者 いつしか 《凶咆ノ覇者ゼレティノール》 と呼ばれたる


      女神アルト 怒りて 神罰 下せり

      ゼレティノール 神罰砕きて 牙を剥く


      両者のいくさ 千夜の後にも 終らず

      やがて万夜 過ぎ去りぬ


      ついに ゼレティノール 沈まれり

      彼の者 改心し 女神アルトと 和解せり


      そして幾万 幾億の 流れ経る


      彼の者ゼレティノール

      未だ世界の 何処いずこかに……――


   ○  ~~  ~~  ~~  ◆  ~~  ~~  ~~  ○




「…………」


 沈黙を以てがたりの終わりを示し、書を閉じるシルヴェリッサ。

 いわゆる伝承の類のようだが、皆は満足したような笑みを浮かべていた。アーニャたちに至っては、小さな手でぱちぱちと拍手をしている。


「りゅうさん、いまもいるのかなぁ」

「いるといいね」

「いつかあえるかな~」

「で、でも、こわいよぉ……」

「た、たぶんもう、わるいこじゃないよっ!」


 ゼレティノールとやらがどれほど強いかは知れないが、神と互角に戦ったと伝わる存在だ(女神アルトの力量も不明だが)。

 いくら数多の『邪怨じゃえん』を葬り尽くしたシルヴェリッサでも、その竜に勝てるかはわからない。


 彼女は”フォレストドラゴン”の影響で下がっていた《竜》への警戒度を、いささか上げた。

 ともあれ何にせよ、


(無為に接触する必要はないな)


 そもそも件のゼレティノールが、今も存命しているかは不明だ。


 胸の隅に留めおく程度にし、シルヴェリッサは今日の活動予定を決めるため、部屋へ戻ることにした。

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