29話
◇
やがて一行がたどり着いたのは、高低が疎らな平原に建つ、巨大な都市であった。
この街こそが、世界中の猛者が集う大闘技都市・ラーパルジである。
大勢の人間が集まるということは、つまり治安が不安定になりやすいということだ。
ゆえに人や貨物の出入りに関して、厳重に取り締まりを行っているらしい。
要するに今現在、シルヴェリッサたちはそのチェックを受けるため、行列に並んでいる最中なのだ。
大量の魔物を連れ立っているので、当然ながらちょっとした悶着はあった。が、今はもう落ち着いている。
やはり大人しくさせていれば、警戒を解かれやすいようだ。
「――よし、通っていいぞ。次、そこの銀髪の娘!」
しばしの並列の末、シルヴェリッサの番となる。
偉そうに呼んだ憲兵の男に、何ら感情を抱くことなく前へ出た。アーニャたち、魔物らは一歩引いてその後に続く。
「かなり大量の魔物を連れているようだが、『刻印』は済んでいるのか?」
「……プリックヴェスパ以外は」
「だったら、あっちの施設で済ましてきな。その間に馬車やらの荷物は調べておく」
「……」
頷きはせず、しかし憲兵の言う通りに施設へ向かうシルヴェリッサ。
別に全員揃っていく必要はないので、連れるのはプリックヴェスパだけにしておく。
街門の外脇に備えられたその掘っ建て小屋には、木製の簡素な長テーブルと長椅子が設けられていた。
その内の適当な場所に、シルヴェリッサは腰かける。
「「「…………」」」
そんな何気ない所作の彼女に、その場にいた者たちが一様に言葉を失い見惚れていた。
冒険者風の軽鎧を纏った女。上半身をすっぽり覆う外套を着た女性商人。
優雅なドレスを召した貴婦人。さらにその連れ合いの少女まで。
うっとり、とため息を漏らす周囲をよそに、シルヴェリッサは担当と思われる女性に向けて促す。
「……『刻印』をしにきた」
「!! はっ、はい、ただ今!」
催促を受け、いそいそと準備を始める担当。
なにやら他の職員と思われる女性たちが羨ましげな空気を纏っていたが、ほどなくして『刻印』の準備は完了する。
それを確認したシルヴェリッサは、さっそくプリックヴェスパたちに『刻印』を施していった。
彼女らも何をされるか察しているようで、非常に大人しい。なのでさほどの苦労もなく作業は終了した。
ちなみにだが、プリックヴェスパの『刻印』箇所は腹部である。
《――プリックヴェスパ(※個体名なし)
が従属しました》
《――以降、PTに加える・外すことができます》
ともかくやるべきはやったので、シルヴェリッサは即座にその場を後にした。
なぜか名残惜しそうな周囲を尻目に、アーニャたちの許へと戻っていく。
◇
都市中央の大闘技場を中心とする蜘蛛の巣状に拡がった建築群。
まずシルヴェリッサは憲兵から聞いた通り、門からしばらく歩いた所にある『冒険者ギルド』へ向かった。
これだけの規模の街であれば、”六刃”の情報提供の依頼をしても無駄にはなるまい。と考えたためである。
幸いながら通りは幅が広く、馬車が3台通ってもかなり余裕があるようだ。
それはともかくとして。
予想通りではあるが、やはり大量の魔物に街中はざわめき立っていた。
別にそれ自体には何も思わないシルヴェリッサであるが、これほど目立っていては妙な者たちに絡まれるかもしれない。
――などと気にしていたが、何事もなく『ギルド』に到着した。スイング式の木扉を開き、中へ入る。
(セルエナのものとは少し違うな)
外観の大きさから、中も相当に広いと予測していたが、実際にその通りであった。
フロア中央には、奥側と手前側を分断するような長カウンター。奥はギルド職員、手前は冒険者という具合に分かたれている。
そのカウンターの少し手前、左右それぞれの壁際には踊り場付きの階段があった。続く先の2階は1階と吹き抜けになっているようだ。卓を囲んで飲み食いする冒険者たちの姿が、ちらと見える。
「「「「「ほぁ~……!」」」」」
街に入ってからというもの、アーニャたちは開いた口がふさがらないようだった。
セルエナ以外の町を知らないと言っていたので、無理もないのかもしれない。
さすがに人が大勢集う屋内に従魔全てを連れ込むわけにはいかないので、リーダー格3名の他は外に置いておいた。のだが……、
「”エリアルハーピー”!?」
「進化体よ、進化体! すごいわ!」
「育てるのに苦労したろうなあ」
「? ねえ、あの”オーガ”、ちょっと変わってない?」
「本当だ。なんだありゃ、見たことねえぞ」
「”プリックヴェスパ”も、あれ女王よね?」
「て、ていうかよぉ……ぜ、全部いい身体だよな、ぐへへ……」
「「「「「………………サイテー」」」」」
図らずながら、先まで彼女らのカムフラージュとなっていた従魔たち。
そのカムフラージュが無くなったことで、特殊個体のセルリーンたちが目立ってしまった。
けれどどうしようもないので、シルヴェリッサは気にすることもせずカウンターへ向かう。
まだ呆けていたアーニャたちが、あわてて後をついてきた。もちろんセルリーンらも続いてくる。
「あー、冒険者ギルドへようこそー……」
なにやら気だるげな職員であった。
頬杖をついていた体勢を悪びれもせず直し、怠そうに職務口上をぼやく。
アーニャたちはそのあまりの態度にたじろいでいたが、しかしシルヴェリッサの方は別段なにも思うことなく要件を口にした。
「……依頼を出したい」
「ちょっとお待ちくださいー……」
職員は変わらず怠そうにしながら、カウンターの引き出しより1枚の紙を取り出した。そして羽ペンとともにシルヴェリッサへ差し出す。
「依頼内容と報酬とー、あと備考とか書いてくださいー……」
「……ん」
受け取って、スラスラと内容を書いていく。
とりあえず最後まで記述を終えたところで、問題がないか確認をしてみた。
*** *************************** ***
〆 ~ 特殊な剣および刀の情報 ~
場所: 不問
期限: なし
報酬: 情報の質・有用性によって増やす
目安は5万~20万メニス程度
内容: 下記の目撃情報を買う
特徴: 白色の剣
黒色の刀
緑色の剣
赤色の刀
青色の剣
黄色の刀
*** *************************** ***
特に不備はないようなので、無言で職員に渡す。
「じゃあ掲示板に貼っておきますー、時々様子を見にきてくださいー……」
彼女はまだ気だるげだったが、自分の役割は最低限こなすようだ。
やるべきはやっているので、シルヴェリッサとしては不満も何もなかった。
とにかく用も終わり『ギルド』を出ようとしたところ、
「あのっ、ちょっといいですか!」
なにやら冒険者らしい女が駆け寄ってきた。
薄茶色の中袖インナーに軽鎧。短パンに膝当て。
腰に差した装飾の良い短剣と、外にハネた焦げ茶色のボブカットが特徴的だった。
「……なんだ」
面倒事の気配がしなくもなかったが、一応は耳を傾けてみることにする。
その女は表情をキラめかせ、話を続けた。
「この辺りで”エルフ”を見たことはありませんか?」
「……”エルフ”?」
「あ、えっと、種族の名前です。耳が長く尖っていて、肌が白くて美しい容姿の種族なんですけど……」
「……見ていない」
「そ、そう、ですか……」
がくり、とうなだれる冒険者の女。
今度はシルヴェリッサが彼女へ問をかけた。
「……なぜわたしに聞く」
「あ、はい。めずらしい魔物をつれていたので、なんとなく「”エルフ”も見たことありそうかも」と思って……」
つまりは単なる勘であったようだ。
もうこちらへの用向きも終わったらしいので、シルヴェリッサは今度こそ『ギルド』を後にする。
「あっ、ありがとうございました! ワタシ、モニカといいます! お礼に今度、お手伝いさせてくださいねー!」
この程度でそこまでの恩を感じるとは、大袈裟なものである。
しかしもう会うこともないだろう。と思いながら、シルヴェリッサは宿探しに向かった。