28話
◇
周囲にちらほら緑が見え始めた頃、荒野に夜の帳が降りてきた。
月明かりの中、薄暗く冷たい空気が辺りを包む。
見通しの悪い中を進むのはさすがに危険なので、一行は夜越しをするべく準備を始めた。
セルエナで購入した焚き火用の薪を取り出し、ルヴェラの『火魔術』で火をくべる。
それから食事にしようとしたが、シルヴェリッサはそこで一つ思いついた。
『料理』である。
せっかく調理器具も買ったのだから、試しにやってみてもいいだろう。
一度たりとも経験はないが、簡単な調理くらいであれば大丈夫なはずだ。
では、とシルヴェリッサは”神の庫”から、使えそうな食糧をいくつか取り出す。
○ ビッグベアの干し肉
○ ロロブレッド
○ ククゥの卵
○ 水
(こんなところ、か)
見繕ったはいいが、これらをどう調理するかが問題である。
悩みかけたところで、アーニャたち、それから魔物――要するに皆が、嬉しそうに寄ってきた。
どうやら普通に食事を始めると思っているようなので、今からなにをするのかを説明してやる。
「……料理をする」
「え? あ、てつだいますっ」
「「「「ますっ」」」」
両こぶしを握りしめて小さくガッツポーズを作るアーニャたち。それにしてもよく息の合う5人である。
しかし手伝うと言われても、なにをどうしてもらえばいいのかわからない。
シルヴェリッサは取り出した食糧に再び目をやり、思案を始めた。
やがてセルエナの宿で出された食事を思い出す。
”ロロ”という小麦で作ったパンに、軽く焼いた獣肉と茹でた卵を挟んだ簡素な料理。
他にもキノコの入ったスープや山菜のサラダもあったが、どれもこれも美味しかった。
そしてこれらの中で一つ、目の前の材料で作れそうなものがある。
と、シルヴェリッサがそう思い至った途端、調理の手順が頭に浮かび上がってきた。
推測だが、これも”神の手”の効果によるものと予想する。
「……これをゆでる」
ともかく作る料理は決まったので、さっそくアーニャたちの手を借りることにした。
指示と一緒に10個ほどの卵と、それが全て入るくらいの鍋を渡す。さらに水と野外調理用の鍋台も同様に。
「「「「「はいっ」」」」」
元気よく返事をし、たどたどしい手つきで作業を始めるアーニャたち。
しかし鍋台を焚き火にセットしたところで、次の手順に迷っているようだ。
考えてみれば、彼女らにはもっと簡単な作業をしてもらったほうがいいかもしれない。
と判断したシルヴェリッサは、調理用の小テーブルを取り出し、そこに『ロロブレッド』がいっぱいに入ったパン籠を置いた。
アーニャたちには、この丸いパンに横側から半ばほどまで、ナイフで切れ込みを入れてもらうことにする。
「「「ピュウゥ……」」」
「「「グュ……」」」
『『『ヴヴゥ……』』』
と、魔物たちが切なげに手を腹に添えていた。
どうやら食事が待ちきれないようだが、懸命に我慢しているらしい。
最初から魔物も含めた全員分を作るつもりはなかったので、彼女らには先に食べさせることにする。
シルヴェリッサは干し肉と適当な果実を取り出し、魔物たちに与えた。
「「「ピュイッピュイ♪」」」
「「「グュウ♪」」」
『『『ヴヴヴ……♪』』』
それぞれ嬉しそうに食糧にありつく様子を見届け、作業に戻るシルヴェリッサ。
アーニャたちにも新しく指示を出し、順調に調理を進めていった。
《――スペシャルスキル”神の手”発動》
《――生産する物の☆が上昇》
《――加えて完成品の新鮮・腐敗状態を固定します》
◎
◎
◎
《――『ククゥのゆで卵』が完成しました》
《――完成品のステータスを通知します》
=== =========================== ===
⇒ ククゥのゆで卵 料理【☆10(MAX)】
[味質:EX]
[新鮮:EX]
[腐敗:0]
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殊更に特別なことはしていないのだが、”神の手”の効果でこうなってしまった。とはいえ良い結果なので気にしないでおく。
あとはこの『ゆで卵』と『干し肉』を、『ロロブレッド』の切れ込みに挟むだけだ。
アーニャたちの作業も終わりそうなので、シルヴェリッサはさっそく仕上げにかかる。
《――スペシャルスキル”神の手”発動》
《――生産する物の☆が上昇》
《――加えて完成品の新鮮・腐敗状態を固定します》
◎
◎
◎
《――『イグ・ミ・バーギ』が完成しました》
《――完成品のステータスを通知します》
=== =========================== ===
⇒ イグ・ミ・バーギ 料理【☆10(MAX)】
[味質:EX]
[新鮮:EX]
[腐敗:0]
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『ゆで卵』の殻は全て簡単に剥けた。
その際にとてつもなく良い匂いが薫ったが、この『イグ・ミ・バーギ』はそれをも遥かに凌駕している。
至上極まりないその芳しさに、アーニャたちだけでなく魔物たちまでもが食事を中断し、生唾を呑んでいた。
草食性のプリックヴェスパやサブライムホースたちをも惹き付けるとは、かなり期待できそうである。
もうアーニャらも待ちきれないようなので、シルヴェリッサはとりあえず1人に一つずつ配ってやった。そして最後に自分の分を手に取り、ひとかじり口に含む。
とたんに広がる、えもいわれぬ極上の美味。
『干し肉』から溢れ出る旨みと『ゆで卵』の深い味わい。
その二つと香ばしいパンが合わさり、絶妙な風味を醸し出している。
今まで食べたことのない、すばらしく格別な食であった。
「「「「「あ……」」」」」
「「「……」」」
と、なぜか皆が驚いたようにシルヴェリッサを見つめ、口をポカンと開けていた。
不思議に思ったシルヴェリッサは、すぐさま彼女らに問う。
「……なんだ」
「あ、えと、その……」
「き、きれいでした」
「かわいかった、です」
「わ、わらってました……」
「うんうん」
要約するに、どうやらシルヴェリッサが笑んでいたので見惚れていたらしい。
恐らく魔物たちも同様であろう。
「きれい」「かわいい」などと言われたのは初めてなので、どう反応していいのかわからなかった。
嬉しくないわけではないが、かといって喜びを感じているわけでもない。
結局、シルヴェリッサは無感動に「……そうか」とだけ返して食事に戻った。
最終的に『イグ・ミ・バーギ』は3つ余ったので、セルリーンとルヴェラに1つずつやり、残り1つは”神の庫”に仕舞っておく。
他の魔物たちが羨ましそうにしていたが、異を唱える者はいなかった。やはり野生の世界では、上の者がより良い物を手にするという理なのだろう。
セルリーンはともかく、ルヴェラもリーダーとして認識されているようだ。
「ピュイイーッ!」
「グウュッ!」
双方とも、一口食んだとたんに喜色満面といった具合となった。
どうやら魔物にとっても好ましい味らしい。
今度はプリックヴェスパやサブライムホースたちも食べられるように、果実のみを使った料理を作ってみよう。
と、1人思うシルヴェリッサであった。




