27話
◇
竜の襲来。
それが意味するのは、『天災』である。
ただの”移動”でさえも周囲に甚大な被害を及ぼす。
もちろん種族差や個体差はあるが、”竜”とは得てしてそういう存在なのだ。
……と、宿の娘ドワーフから聞いたシルヴェリッサだったが、どうもピンとこない。
要因としては、”フォレストドラゴン”である。
あれも”竜”の一種なのだろうが非常に弱かったので、『天災』というイメージと結びつかないのだ。
まあ何にせよ、気にしてもどうなるというわけでもない。
(ラーパルジまで3日……食糧は大丈夫そうだな)
セルエナでも大量に買い込んだので、問題はなさそうであった。
それに3日とは聞いたが、サブライムホースの進行速度は相当のものである。恐らくもっと早くに到着できるだろう。
馬車への振動も増すだろうが、そこは我慢するしかない。
「あの」
と、ウルナが荷台からおずおず這い寄ってくる。
犬耳と尻尾がひこひこ揺れているのは、何か言いたいことがあるからだろう。
「ごめんなさい、です……」
「…………」
なぜこの娘たちは必要な言葉を入れず、一言だけを口にするのか。
当然シルヴェリッサには、今の「ごめんなさい」の意味はわからない。
なので例の如く黙して続きを待つ。
「ポワゾのどくで……」
(……そのことを気にしていたのか)
他の4人も沈んだ表情をしている。
どうやら迷惑をかけた、と思っているようだ。
別にシルヴェリッサとしては負担になど思っていないが、いや、しかし……
(この先なにがあるかわからない。とはいえ……)
今さらアーニャたちを見捨てるつもりなどない。が、やはり連れていると、また彼女らに危険が降りかかるだろう。
なにか、彼女らを安全に置いておけて、尚且つ「雇っている」ことになるような方法があればいいのだが……。
(…………簡単に思いつくはずもない、か)
と、シルヴェリッサが考え耽ていると、
「ご、ごめっ、なざ、いぃ……!」
ウルナが泣いてしまった。シルヴェリッサが怒っていると勘違いしたらしい。
見やると、他の4人も嗚咽をもらしている。
本人らの勘違いとはいえ、些か憐れに思うシルヴェリッサであった。
なのですぐに誤解を解いてやる。
「……考えごとをしていた。別に怒っていない」
「「「「「ぐすっ……ふえ……?」」」」」
涙目ながらも呆けた顔を見せるアーニャたち。
特に一番近いウルナの頭を、シルヴェリッサはそっと撫ぜてやった。顔は進行先を見据えたままに。
「あ……んぅ……///」
泣き腫らした顔を綻ばせてはにかむウルナ。
他の4人も、本当に怒っていないとわかったらしく、安心したように目を合わせて微笑んでいた。
……その後、セルリーンが「自分も!」と頭を差し出してきたのは言うまでもない。
それから半日。
どうも”ゴブリン”というものは生息地が広範囲に及ぶらしい。
山脈地帯をとうに抜けて荒野を進んでいるのだが、ふと遠くに”ゴブリン”の大群が見えたのだ。
少なからず身構えたシルヴェリッサであったが、どうやら向こうはこちらに気づいていないようである。
なので少し様子を窺ってみることにした。
(…………争っている、のか?)
微細な部分までは見えないが、なにやら2勢力ほどが武器を打ち合っているようだ。
『演習』などという高尚な発想は”ゴブリン”にはないだろう。
故に実戦であると見て間違いないはずだ。
まあここは見渡す限りの荒野である。
大方、食糧などを求め奪い合っているのだろう。
であれば、それはまさしく自然の摂理。
判断したシルヴェリッサは、邪魔をせぬようにそのまま遠道を通り過ぎていった。
(……そういえば、”ゴブリン”は色々な武器を扱っていたな)
ふと今までの”ゴブリン”を思い出し、その事実に気づくシルヴェリッサ。
技術的には拙いものばかりだったが、意外に柔軟な種なのかもしれない。
案外、育てれば有用になりそうだ。
(考えておくか)
頭の片隅に置いておき、進路の先を見据える。
この荒野を抜ければ、ラーパルジまではもう少しだろう。
◆
大闘技都市ラーパルジ中央部・大闘技場。
エルフの娘・スェルカは、その近隣にある奴隷商店に連れられてきた。
彼女に繋がれた首枷の鎖が、さらに強く引かれる。
「ッ! ウェ、ラバム!」
「うるさい! 何を言っているのかわからんが、黙って歩け!」
スェルカはエルフ語で「いたい、やめて!」と訴えるが、彼女の鎖を引く男には通じない。
挙げ句、彼女も自族の言語しか解せなかった。
なので男の言うことが何一つわからず、それが一層の不安となっている。
やがて目前の大きなテントの中へ引かれていくスェルカ。
なぜ自分がこんな目に合っているのか、彼女は少し前の事を思い返してみた――。
――何も思い出せない。
親の顔も、友の名も存在も、さらには住処の場所さえも。
記憶のどこを探しても、見つからなかった。
覚えているのは自分の名前だけ。
「お帰りなさいませ、店主さま」
と、いつの間にか現れていた別の男が、やはり意味のわからない言語を発した。なにか黒いローブのようなものを着ている。
「うむ。店の方は問題なかったか?」
「はい、5日で16体の奴隷が売れました」
「おお、そうか。また仕入れねばならんな」
男たちが話し始めた隙に、スェルカは恐る恐るテント内を見渡してみた。
鉄でできた檻がずらりと並んでおり、それぞれ中には人間が入れられている。
種族や年齢、性別もバラバラなようだが、ただ一つ共通点があった。
目に生気がないのである。まるで希望を諦めたかのように。
そして身に纏う服。
スェルカが着せられているものと同じであった。
間もなくしてその意味を悟り、ゾッとする。
「さて、どうだこのエルフ。上物だろう?」
「おお! やはり店主さまが見たのはエルフだったのですね!」
「だから言っただろう。この間、エフォーフの森でエルフを見たと」
「豪運、おみそれいたしました。それにしても、これはなかなか……」
片方の男がスェルカの顔を覗き込んでくる。
その視線に恐怖を煽られ、彼女は後ずさった。
しかし男たちは構う様子も見せずに会話を続ける。
「確かに凄まじいほどの上物ですね!」
「そうだろうそうだろう」
「ですが……なぜ売り物にせず、闘技大会の景品などに?」
「なに、簡単なことだ。これほどの上玉が景品となれば、目当てに集まる人々も相当な数になる」
どうやら男の1人が、もう一方の男に何かしらの説明を行っているようだ。
けれどもスェルカには話の内容がわからないので、ただ待っているしかなかった。
「そしてその景品を出したのがこの店だと広まれば……わかるだろう?」
「なるほど! そうなれば十分過ぎるほどに元が取れますね!」
「わかったなら、さっさとこいつを檻に放り込んでおけ」
「はい、おまかせを! ……さあ、こっちへ来るんだ」
スェルカの鎖がもう一方の男に手渡され、再び引かれる。
そのまま奥へ。ずっとずっと奥へと歩かされ……。
いやだ……こわい……たすけて……!
そんな心の叫びが誰かに届くはずもなく。
スェルカは果てなく暗い所へ引き摺られていった。