25話
◇
あれから特に悶着もなく、アーニャたちは無事に目覚めた。サブライムホースの姿を見て驚いてはいたが。
とにかく一行は今、再びジャハール王国に向けて進路をとっている。
結果的にいうと、”プリックヴェスパ”たちはシルヴェリッサについてきていた。
皆一様に彼女へ畏謝の眼差しを向けている。
(……ハーピーといい、よく魔物に懐かれるな)
苦笑しつつ、シルヴェリッサは馬車引くサブライムホースたちに目をやる。
進化によるものなのか、『命令』無しで細かな軌道修正も自己判断で行うようになったらしい。
非常に楽であった。
その分、些かの暇ができたので、シルヴェリッサはヒーゼとデトの粉薬を作っている。
今回のようなことが、また起こらないとも限らないのだ。
やがてそれぞれ樽1つ分ほどの量が完成したので、空樽2つに分けて”神の庫”に仕舞った。
(さて、あとは……)
シルヴェリッサは馬車を止めさせ、ルヴェラを降ろした。そして自分も御者台から降り、彼女へ寄っていく。進化先の選択とやらをするのだ。
アーニャたちも大分落ち着いたので、もう行っても問題ないだろう。
実際、5人ともわくわくした目で見つめてきていた。これから何をするのか、なんとなく察したらしい。
場の全員の視線が集まる中、シルヴェリッサはルヴェラに意識を向けた。
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○ オーガ
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|→ ○ ストラグルオーガ
| ≫ 通常の進化体
| 物理的な能力がさらに向上し
| 代わりに魔術能力が低下する
|
|→ ○ フレアオーガ
条件: スキル『火魔術Lv1』の習得
≫ 火属性
魔術能力が少し向上
代わりに物理能力が微低下
スキル『魔力感度Lv1』を習得する
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”神の瞳”のときのように表示されたそれを視て、シルヴェリッサは思案した。
確かに元々高い物理を強化する手もあるが、実戦では攻撃の選択肢が多いほうが絶対にいい。
ここは魔術能力の上がる”フレアオーガ”にした方がよさそうだ。
シルヴェリッサが決定すると、すぐにルヴェラが進化の光に包まれた。
ちょこん、としていた1本の黄角は赤く変色し、硬く大きく変化。
手首から先は、掌に沿って炎波状の赤外殻が覆っている。
あとは体色が少し濃くなった以外、大した変化は見られなかった。
だが全身から感じられる力は、明らかに以前より強い。
そして能力値は、
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NAME:ルヴェラ
○ フレアオーガ
『火』
Lv: 35/60
HP: 297/297
MP: 112/112
STR: 239
DEF: 211
INT: 134
RES: 120
SPD: 167
LUC: 141
スキル: □格闘術Lv2 □狩猟技術Lv2
□採集Lv1 □火魔術Lv1
□魔力感度Lv1
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なかなかの成長度合いだ。
SPD――恐らくスピード以外は、セルリーンといい勝負ができそうである。
「「「「「おおぉ~……!」」」」」
例の如く、アーニャたちが瞳をキラキラとさせていた。前々からのことであるが、彼女たちは魔物が好きなのだろう。
当のルヴェラはというと、自分の新たな力に悦びを抱いているようだった。感激したように拳を握りしめている。
『進化』は複数回に渡って起こるとサブライムホースの件で判明したので、彼女やセルリーン、他の個体の今後にも期待できそうだ。
サブライムホースといえば、彼(彼女?)らの能力値も確認せねば。
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○ サブライムホース
Lv: 45/80
HP: 447/447
MP: 133/133
STR: 219
DEF: 197
INT: 181
RES: 163
SPD: 388
LUC: 190
スキル: □採集Lv2
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それなりに戦闘もこなせそうな段階にまで成ったようだ。
けれど今のところは、馬車馬の役割に従事してもらうつもりである。
それにしても、本当に大所帯になってしまった。
こんなに魔物が多い団体で人里に近づいて大丈夫だろうか。などとシルヴェリッサは考えてしまう。
(……いや、今そんなことを気にしても仕方がないな)
すぐにかぶりを振り、彼女はあとどれだけ続くとも知れない進路へ気を戻す。
眼前にあるのは、ずっとずっと先まで伸びた木々並ぶ道――。
――ジャハール王国までは、まだまだ遠いようだった。
~ ◇ ~
――ここは、アルティラルト聖教国・アルテーラ大聖堂。
ステンドグラスが上壁一面を彩る大広間の、その最奥。
荘厳な様相に溢れた空気の中、独り跪き祈る少女がいた。
この広い空間には彼女以外の者はいない。
否、厳密に言うならば、彼女が祈りを捧げるその相手。
女神アルトもまた、この場にいる。少なくとも、今祈っている少女にとっては。
彼女――リゼフィリアは、2時間に及ぶ祈りを終え、瞑目していた瞼を開いた。
2時間ぶりの光を認めた彼女の瞳は、心地のいい眩しさに迎えられる。
そこへ、
「神子よ」
年老いた、しかし威厳ある男の声が、リゼフィリアを呼んだ。
彼女が立ち上がり振り返ると、そこには大司教が立っていた。歳に見合わない力強い目で以て、こちらを見ている。
「はい、大司教様」
「今日もまた、女神様は啓示を下さらぬか?」
「……残念ながら、そのようです」
リゼフィリアがその純白の瞳を沈ませる。
彼女はこの世界アルティアに於いて、女神アルトの声を賜れる唯一の存在だ。
初めて天啓を授かった12年前――彼女がわずか4歳だった頃、普通の村娘から一気に『神子』として奉られた。
そのとき賜った啓示こそが、「異界からの救世主の召喚」である。
女神の声が示す通りに召喚陣を描き。なぜか邪魔されたように失敗続きだった『発動』も、つい先日にようやっと成功した。
が、召喚式は成立したというのに、救世主などどこにも現れなかったのだ。
そして現在、それについての対処を仰ぐため、女神の啓示を待っているのである。
「……世がこれほど荒れているというのに、女神様は何を考えておいでなのか」
「人の身である我らには、到底理解の及ばない深謀なのでしょう」
「神子よ。信心深いのもいいが、事実として多くの人々が苦しんでおるのじゃ。……教会、この国を離れていく者たちの気持ちも、よくわかる」
「大司教様!」
女神に対する無礼な物言いに、リゼフィリアが叱責を飛ばす。
だが大司教は己の非を詫びることなく、
「我らがどれだけ祈りを捧げても、救いがもたらされない。……ならば教会など、如何ほどの意味があろうか!」
強めの口調で、己が役職にあるまじき言を発した。
リゼフィリアはその言葉に唖然とする。今、この男はなんと言った? と。
やがて意味を解した彼女が、その表情を険しいものへと変えていく。
「なんという不敬な!」
「どうとでも言え! 人を救いもせぬ神なぞ、おらぬも同じじゃ!」
「黙りなさい! それ以上の侮辱は――」
「ええい! 小娘に諭されてたまるか!」
大司教はリゼフィリアの怒言を掻き消し身を翻すと、肩を怒らせ去ってしまった。
そして広間には、神子と呼ばれる純白の少女だけが残る。
彼女は大司教の去った大扉を哀しげに見つめていたが、世のあまりの酷状を憂い、やがて天を仰いだ。
(女神様……女神アルト様。この身はどうすればよろしいのでしょうか……? どうか……どうか、お教え賜りたく存じます……!)
再び深く深く祈るリゼフィリア。
けれども女神アルトの声は聞こえてこない。
(………………また、お祈りに参ります)
彼女が諦め、その場を去ろうと踵を返したとき――
『――リゼフィリア』
「っ! め、女神様!」
頭に直接響くような、慈悲深さを感じる優しい麗声。
その鈴の如きは、まさしく女神アルトのものであった。
声の主を悟った瞬間、直ちにリゼフィリアは跪き頭を垂れる。
もし端から見れば扉に跪いているように見えるだろうが、そんなことはリゼフィリアには関係ない。拝するべき相手に礼をとっているだけだからだ。
『――リゼフィリア』
「はい、ここに」
『――シルヴェリッサという冒険者を捜しなさい。決して無礼のないよう、そして少数精鋭で向かうのです』
「神命、賜りました」
刹那の逡巡もなく、リゼフィリアは答える。
彼女にとって女神アルトは、何より優先すべき絶対の存在なのだ。加えてその役に立てるのは、至上の悦びでもある。
『――旅隊は清廉潔白な女性のみで編成しなさい。なるべく年齢の低い者を、少なくとも1人は入れると良いでしょう』
「はい、そのように」
故に、普通は首を傾げそうなその指示にも、素直に頷いた。
『――では準備ができ次第、カユラの町に向かいなさい』
「はい」
続いて承知しながらも、リゼフィリアはここで初めて疑問を抱く。
カユラの町は、ジャハール王国近辺の山肌にある小さな炭鉱町だ。なぜ王国の方ではなく、態々そちらを目指せと言うのだろうか。
女神がリゼフィリアの心を読んだのか、答えはすぐにもたらされた。
『――ジャハール王国は滅びました』
その声には、欠片の感慨もなかった。