24話
人間を殺したことなど、シルヴェリッサにはない。憎んだことなら数えきれぬほどあるが、殺したところで何の意味もなかったのだ。
しかし、今この場に於いては違う。
目の前にいるのは、忌むべき罪を犯せし者たちなのだ。それこそ、刑戮を免れないほどの死罪を。
手心を加えてやる必要も、ましてや意味も皆無であった。
であるならば、シルヴェリッサが容赦をする理由もまた無い。
故に、
「ぎゃああっ!!」
「う、うわあああっ!!」
「ぐぶぅっ!?」
彼女は断罪の刃と化した。
近くに立つ咎人たちを次々に葬っていく。
その様相を、アーニャたちが目も逸らさず真剣な表情で見届けていた。
人が簡単に死ぬこの世界で、彼女らは今まで生きてきたのだ。死に目を背けるほど、甘く育ってはいないのだろう。
やがてシルヴェリッサは付近を一掃し終え、どうやら首領らしき男へと向き直った。が、
「へ、へへっ、そこ動くんじゃねえぞ! これが何かわかるかっ!?」
男は叫びつつ、いつの間にか左手に持った瓶を翳す。中には薄紫の粉がさざめいていた。
当然、シルヴェリッサにはそれが何であるかわからない。
しかし録な物ではないはずだ、とその瓶の粉を見ていると、
=== =========================== ===
⇒ ポワゾの毒粉 薬品【☆3】
[品質:2]
[効果:4]
[劣化:4]
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(毒……? いや、だが……)
どれだけの劇物であるかは測れないが、シルヴェリッサに毒物の類は効かない。
この体質が生まれつき、後天的のどちらなのかは不明であるが。
とにかく、別にこれといった問題はないだろう。
判断したシルヴェリッサは、気にせず男に歩を向けた。
「お、おい! わかんねえのか! こいつはポワゾ草の粉だぞ! 命が惜しくねえのか!」
慌てた男が瓶を投げつけようと振りかぶる。
だがシルヴェリッサは尚も足を止めない。
「うわああ! 来るなっ! 来るんじゃねえ畜生がっ!」
ついに恐慌に陥った男が、勢いよく毒粉瓶を投げつけてきた。
飛び来るそれを、シルヴェリッサが斬りつける。必然的に中身の毒粉が彼女に降りかかった。
「シルヴェリッサおねえちゃん!」
「そ、そんな!」
「ポワゾのこなが!」
「イ、イヤぁ……!」
「しんじゃヤだよぉ!」
アーニャたち、そしてハーピー、オーガが嘆きの声を上げる。
されど――
「なっ、なんで……なんで効かねえんだよオォー!」
シルヴェリッサに対して毒害の心配など、杞憂以外の何物でもない。
さらに慄きを倍増させた男が、持ち手とは逆の脇腹横で短剣を構えた。
(……なにかするのか?)
密かに警戒を強めるシルヴェリッサ。
やがて、
「《気刃》ッ……!」
男が構えた短剣を横へ薙ぐように振り抜くと、剣閃から半透明な斬撃が飛び出でた。
(この世界の人間は、こんなことができるのか)
などと呑気に考えながら、シルヴェリッサは危なげなくそれを躱す。この男だけが使える芸当、という可能性もあるが、何にせよ遅いので避けるのは簡単であった。
焦った男が次々にデタラメな斬撃を飛ばしてくる。
流れ弾がアーニャたちに当たってはマズイので、シルヴェリッサはその全てを打ち落としていった。
だが思わぬ被害が生じてしまう。
「けほっ、ごほっ……!」
「み、みんなはなれて、こほっ……!」
「こ、こながかぜで、けほっ……!」
「ち、ちからがぬけて……」
「も、もう、ダメ……」
迂闊であった。
斬撃から生じた風圧が毒粉を辺りに散らしてしまったのである。そしてその毒が、一番近くにいたアーニャたちに襲いかかったのだ。
彼女らの傍にいたディグニティホースたちも、苦しそうに呻いている。
一刻も早く解毒をせねば。
少なからぬ焦燥を抱いたシルヴェリッサは、直ちに首領の男へ跳び、剣を振り抜く。
「ひっ……――」
微かな悲鳴を漏らし、その男は呆気なく事切れた。ハーピーやオーガたちの戦闘を見やるに、そちらもぼちぼち終わりそうである。
剣を収め、シルヴェリッサは急いでアーニャたちに駆け寄った。皆、息が荒く、早くも衰弱し始めている。
けれども彼女に毒の治療法などわからない。
(どうする? 一体どうすればいいっ!)
蜂魔物のリーダーも危うい状態であるのに、アーニャたちがこれでは正しい治療を施せる確証がない。
薬は購入してあるが、軽い傷用の薬なので役に立たないだろう。
『……ギヂ、ィ……』
『『『ヴヴヴヴヴヴ……!』』』
ふと、蜂魔物のリーダーが力無く触角を鳴らす。すると彼女の仲間のうち傷の浅い数匹が、応じたように四方八方の木立へ飛んでいった。
(なんだ……?)
シルヴェリッサが首を傾げてしばらく、その蜂魔物らがなにやら草を抱えて戻ってきた。
そして半数がリーダーの許へと草を持っていき、残り半数が恐々とシルヴェリッサのところへやってくる。そのまま手に持った草を各々置き、リーダーの許へ戻っていった。
どうやら分けてくれたようだが、これは何なのだろう。
疑問に思ったシルヴェリッサは”神の瞳”を発動させた。
=== =========================== ===
⇒ ヒーゼ草
[品質:3]
[劣化:1]
[腐敗:0]
⇒ デト草
[品質:2]
[劣化:1]
[腐敗:0]
=== =========================== ===
名前を見てもピンとこなかったが、この状況で持ってきたという事。
それに蜂魔物たちがリーダーの傷口に、その草を擦り付けていることから鑑みるに、恐らくこれは薬草の類であると見て間違いないだろう。
しかしあの傷に使うには、効果があまりにも薄いようだった。
そもそも薬草とは、基本的には擂り潰して使う物だと聞いたことがある。
思い出したシルヴェリッサは、”神の庫”から小鉢と擂り棒を取り出した。旅用品を揃える際、アーニャたちに勧められた物である。
まさかこんなにすぐ使用することになろうとは。
(まずは”ヒーゼ草”を)
草の山からそれを取り、小鉢に入れて擂り潰していく。
すると突然、
《――スペシャルスキル”神の手”発動》
《――生産する物の☆が上昇》
《――加えて完成品の劣化状態を固定化します》
◎
◎
◎
《――『ヒーゼの粉薬』が完成しました》
《――完成品のステータスを通知します》
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⇒ ヒーゼの粉薬 薬品【☆10(MAX)】
[品質:EX]
[効果:EX]
[劣化:0]
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思わぬところで”神の手”の詳細が判明したが、そんなことを気にしている場合ではない。
シルヴェリッサは即座に粉薬をアーニャたちの口に含ませた。
彼女らの身体が淡い薄緑の光に包まれると、その顔色がみるみる回復していく。が、
(毒は消えない、か……)
とはいえ些かの希望が見えたため、落ち着きを取り戻したシルヴェリッサ。
慌てず、しかし早々に次の可能性であるデト草を試す。
◎
◎
◎
《――『デトの粉薬』が完成しました》
《――完成品のステータスを通知します》
=== =========================== ===
⇒ デトの粉薬 薬品【☆10(MAX)】
[品質:EX]
[効果:EX]
[劣化:0]
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そしてそれをアーニャたちの口へ。
すると彼女らが再び薄緑の光に包まれ、まもなく呼吸も戻り毒が消えたようだった。まだ意識は戻らないが、すぐに回復するだろう。
効果を確認したシルヴェリッサは、ディグニティホースたちにもそれを作って飲ませていく。
やがて皆の様子が落ち着くのを認めると、次に蜂魔物のリーダーの許へと寄った。
どうやらいよいよ危険な状態であるようだ。
沈んだ様相でリーダーを見つめる蜂魔物たち。シルヴェリッサは彼女らの脇を抜け、蜂リーダーの傍らに膝をついた。
今しがた効果を確認した『ヒーゼの粉薬』を作り飲ませると、彼女の深い傷痕がみるみる塞がっていく。
蜂魔物たちが驚く中、彼女らのリーダーは一命を取り止め完全に回復した。やがて喜びに包まれた彼女たちが、一様にシルヴェリッサへ感謝と畏敬の視線を向けてくる。
「ピュイー♪」
「グウゥ」
ちょうどハーピーとオーガたちの戦闘も終わったようだ。
相当な数の人間の骸が転がっている。――と、
《――Lv差が開きすぎているため
経験値を獲得できませんでした》
《――ルヴェラのLvが16~35に上がりました》
《――上限値を越えるため
余った経験値は破棄されます》
《――”ディグニティホース”のLvが
28~45に上がりました》
《――上限値を越えるため
余った経験値は破棄されます》
◎
◎
◎
《――ルヴェラのLvが上限に達しました》
《――進化先が複数存在するため
選択されるまで進化を保留します》
《――”ディグニティホース”のLvが
上限に達しました》
《――”ディグニティホース”から
”サブライムホース”に進化します》
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なにやらルヴェラの進化先を選ばなければならないようだが、それはアーニャたちが目覚めてからでもいいだろう。
ひとまず先に、”ディグニティホース”たちの進化を見届けることにした。
毒から回復して身体を起こした”ディグニティホース”らが、進化の光に包まれる。
体躯はさらに一回り大きくなり、鬣の毛量も増えてひときわ立派に。
四肢の逆毛もより伸び、それによってさらなる品格が溢れ出ていた。
そして野性の物だった瞳には理知的な光が宿っている。
もはや並みの魔物とは一線を画する存在に感じられた。
進化の影響か、体調も全快状態になっているようだ。
無事に終わったようだが、能力値の確認は後回しにしておく。
シルヴェリッサはアーニャたちの許へ戻り、傍の木の根元に腰をおろした。
(……少し返り血が付いてしまったな)
あれだけの人間を斬ったのだから、それも当然である。
だがそれほどの量は付いていないので、洗えばすぐに落ちるだろう。
シルヴェリッサは休息のためにと木にもたれかかり、静かに瞑目した。