22話
◇
日も傾きかけた頃。
一行はなにやら広まった場所に出た。
……そこにあった『とある物』を見て、皆一様に表情を曇らせる。
「これは……」
「ひどい……」
「うん……」
「うぅ……」
「そうだね……」
彼女たちの瞳に映るのは、焼け尽きた巨大な『巣』らしき物の残骸であった。周囲の地面も、共に火害を受けたのか禿げきっている。
そしてこの『巣』。
大きさはかなり違うが、まさしくシルヴェリッサの知る『蜂』という虫の物であった。
恐らくだが、先ほどの蜂魔物たちの巣であろう。
(拠点を失っていたのか)
故にあれだけの数で集まって動いていたらしい。
しかし妙である。
これほど巨大なものが燃え尽きる規模の火災なら、下手をすれば山一つくらいは呑み込むはずだ。が、被害は巣と、そのごく周囲の地面だけ。
作為的な凶行による痕であることは明らかだった。間違いなく人間の仕業だろう。
「ピィ……」
「グュ……」
棲みかを壊されるという意味をよく理解しているのか、ハーピーやオーガたちが悲壮な声を漏らす。
野生に生きていた者だからこそ、真に『巣』の重要性がわかるのだろう。
けれどシルヴェリッサや彼女たちでは、どうすることもできない。
この凶行を起こした者に対し静かな怒りを宿しながら、シルヴェリッサは皆を連れてその場を後にする。
付近に人里は無く、巣の周りには人間の骸も骨も無かった。
つまりここに住んでいた者たちは、人を害することもなく、自然の中でひっそりと暮らしていたのだろう。
だというのに態々ここまでの危害を加えるなど、シルヴェリッサには到底赦せなかった。
(せめて我欲による動機でないのなら、まだ許容できるのだがな……)
人間が好むらしいハチミツを狙ってのことだとしても、これは完全に過ぎたる行為であろう。
◆
蜂魔物のリーダーは、仲間を引き連れながら巣の残骸への道を戻っていた。
彼女は今、混乱している。
先ほどのニンゲンの少女は、自分たちに上等の餌を与えて去っていった。おかげで餓死は免れ些かの元気も戻ったが、しかし少女がしたその行動の意味がわからないのだ。
次に彼女と遭遇したとき、どう対応していいのか全く見当もつかない。仲間たちもどうやら困惑しているようだった。
けれど今はそんなことよりも、気を向けるべき相手が別にいる。
ニクイ。ニクイ。ニクイ。
唐突に現れ、自分たちの巣を襲撃してきたニンゲンの男たち。
当然ながら迎撃は全力で試みたが、戦闘部隊はすぐに全滅してしまった。
生き残った者たちだけでなんとか逃げのびるも、備蓄していた餌は巣の中である。新しく集めようにも、戦闘部隊がいなければ他の魔物との取り合いに勝てない。
結果としてまともに食べることもできず、餓死寸前まで追い込まれたのだ。
これを憎まずしてどうするというのか。
巣を奪った目的などは、彼女と仲間たちにとってはどうでもよかった。
◆
トゥエルヤ山脈・小洞連崖
足で登れるほどに傾斜のある、中規模な崖。
そこに複数連なった穴の一つに入っていく、なにやら荒くれ風な男たち。
各々腰に下げた雑把な武器を鳴らしつつ、奥へ奥へと進みゆく。
やがて少し先に灯った明かりが、目的地が近いことを示してきた。
そのまま男たちは最奥の広間へと入る。
「――おう、戻ったか」
そんな傲岸な態度で迎えたのは、この盗賊団を仕切るボスであった。
およそ上品とは言い難い、下卑た雰囲気を全身に纏った男である。
人殺しなど日常な盗賊たちを率いるだけのことはあり、彼自身も数えきれないほどの人数を殺してきた罪人だ。修羅場もそれなりに潜ってきている。
「ボス、旅人がいましたぜ」
「それも若い女でさァ」
「上玉そうなガキ共も連れてやした」
ここで言う上玉とは「奴隷として売れば金になる」という意味である。
報告を受けたボスが下品にニヤケた。
「そりゃいいじゃねえか! その若ぇ女は俺が美味しくいただこうかね。……で、どこに置いたんだ? 捕まえてきたんだろ?」
ボスが今にも飛び出さんばかりの勢いで見渡す。が、
「いや、それが……」
「ハーピーやらオーガも大量に連れていたんでさァ」
「全部メスで一体一体は弱そうでやしたが、向こうの方が多かったんで退きやした」
「はあ!? チッ、しゃあねえなぁ」
子分たちの弱気に内心イラッ、としつつ、ボスは軽く息を吸い、
「野郎共、準備しろッ!! 全員で出るぞッ!!」
洞窟内全体に聞こえるように言い放った。いくらオーガといえど、メスならその脅威性は低くなる。
ましてや数にものを言わせれば楽勝だろう。
忙しなく武器を手に取り、外へと出ていく子分たち。その際に他の洞窟の仲間にも伝達していき、やがて集団は数十人もの規模に至った。
「行くぞッ!!」
「「「「「オオーーッ!!」」」」」
――この場にいる全員、若い女が大量の魔物を連れている、という異常性には気づいていなかった。
◆
ちらほら襲い来るようになってきた魔物を倒しつつ、シルヴェリッサたちは山道を進んでいた。
PTに入れていたルヴェラやディグニティホースのLvも、順調に上がっていっている。
しかしシルヴェリッサは、それとは別のことに気が向いていた。
蜂魔物たちのことである。
餌を集める元気さえ出れば、自分たちで立ち直れるかと考え、サナルの実をやった。
だが、本当にそれで解決するのだろうか。
『巣』があの状態ではこの先、彼女らの生存は絶望的だろう。
ではもし、このまま彼女らが滅んでしまったなら。
自分のした行動には、一体どんな意味が残るというのか。
答えは簡単だ。
シルヴェリッサの自己満足となってしまうのである。
(……最後まで助けてやろう)
半端な手助けでは、却って相手を苦しめてしまう。
そう気づいたシルヴェリッサは立ち止まり、『巣』があった方へ振り返った。
急な停止に一同が戸惑う中、彼女は今決めたことを言葉に出す。
「……助けにいく」
「「「「「! はいっ!」」」」」
「ピュイッ!」
「グァウッ!」
皆も気になっていたらしく、一様に張り切った声を上げて気合いを入れていた。
『巣』を破壊した輩とぶつかる可能性もあるだろう。と、わかった上で。
◆
蜂魔物たちは数十分の飛行の後、巣の残骸へと戻り来た。
……戦闘部隊の死骸も、恐らく一緒に始末されたのだろう。そう思っても、自分たちでは仇を討つことなどできはしない。
たとえ挑んでも、すぐさま返り討ちにあうだけだ。
悔しさに身を震わせる蜂リーダー。
けれど今は、死んでいった仲間たちのためにも、足掻かねばならない。
とにかく生き延びるのだ。でなくては犠牲を無駄にしてしまうことになる。
「――おお? なんだ、戻ってきやがったのか」
突然響いたそんな声に、蜂魔物たちは凍りついた。
この声、忘れようはずもない。
恐る恐る、と振り返る蜂魔物たち。
そこには――
「ボス、そういやこいつらも、なかなかいい体してやすよねぇ」
「ゲヒハハハッ。ああ、確かにな! うしっ、いっちょ楽しませてもらおうや」
「へっへっへ。一度、女型の魔物とヤってみたかったんでさァ」
――仲間たちの仇である人間共が、下品かつ下劣極まりない雰囲気を纏い立っていた。