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20話

     ◇


 服飾店に訪れたシルヴェリッサたち。

 ここにもシルヴェリッサの名は届いていた。


「あ、あなた様は!? ようこそいらっしゃいました!」


 彼女の姿を見た瞬間、弾丸のような速さで飛んでくる中年の男店員。揉み手をしつつ、にこやかな笑みを浮かべていた。シルヴェリッサを上客と見ているらしい。

 実際その通りと言えるのだが、シルヴェリッサとしては店員のそんな態度などどうでもよかった。


「……全員分の服を2着ずつ」

「かしっこまりましたあ! 少々お待ちくださいませ!」


 無駄に気合いの入った返事の後、店員は店の中を駆け巡って服を見繕っていく。そしてシルヴェリッサの前には30着ほど、アーニャたちの前には20着ほどの服が入った籠が置かれた。


「あ、あの……」

「こ、これは?」

「い、いっぱい」

「あう……」

「え、えっと」


 何事か理解が及ばないらしく、アーニャたちが戸惑う。

 シルヴェリッサも同じく硬直したが、すぐに復活して店員に問いかけた。


「……2着ずつ、と言ったが」

「はい? ええと、ですからこちらから選んでいただければ、と」


 そういうことか。とシルヴェリッサは納得する。

 彼女もアーニャたちも、服を買うなど初めての行為なのだ。てっきり店員が適当に2着ずつ持ってきて終わり、と思っていたのである。

 しかし、どうやら最終的には自分で選ぶようだった。


「……選べ」

「「「「「は、はいっ」」」」」


 ならば、とアーニャたちを促して自分も選びに入るシルヴェリッサ。

 アーニャたちはまだ少し戸惑いながらも、わくわくとした様子であった。


 横目に、シルヴェリッサは服を広げていく。

 1着目から激しかった。2着目も同様。3着目はより凄まじい。


(……戦闘には向かないな)


 まず全体としてフリルが多い。ひらひらとしていて動きにくそうであった。装飾も多々で邪魔邪魔しい。

 しかも籠に入った服の全てがそれだ。


 アーニャたちの方も、数段慎ましいが全て同じような服であった。十中八九、旅には向かないだろう。

 ただ彼女らは気に入ったらしく、楽しそうに選んでいた。


(旅用とは別に買ってやるか)


 思いながら、シルヴェリッサは自分の分の籠を店員に突き返す。


「……旅用の服」

「こ、これは失礼しました。すぐにお持ちします!」


 店員は籠を店の奥に仕舞い、即座に数着の服を抱えてやってきた。

 シルヴェリッサはそのうちの一着を受け取り、広げてみる。


 前立てに小さなフリルがついた、中袖の白ブラウス。

 そして、コルセットと一対になっている膝丈の茶色皮スカート。


 シンプルだが動きに制限はつかなそうであった。別にシルヴェリッサはスカートでもズボンでも拘らないので、これに決める。


「……これを2セット」

「はい! ありがとうございます!」


 他に持ってきた品が無駄になったが、店員は気にした素振りも見せずに了承する。

 アーニャたちの旅装はシンプルな無地シャツと皮ベスト、それから膝下まで覆うフレアスカートをそれぞれ2セットずつとした。

 そしてアーニャたちが気に入った服を選ぶのを待ち、シルヴェリッサは会計へ。


「あ、あれ?」

「それは……」

「わたしたちのふく、ですか?」

「じ、じゃあ……」

「これ、やめないとね……」


 アーニャたちは、シルヴェリッサがすでに全員分の服を選んだことに気づいていなかったらしい。しょんぼり、とした様子で選んだ2着を籠に戻そうとしていた。

 しかし、シルヴェリッサはそれを止める。


「……それも買う」

「「「「「ふぇ?」」」」」


 言われたことがすぐには理解できなかったらしく、アーニャたちは揃って呆けた声を出す。やがて理解に及び、一様に目を見合せた。

 代表してアーニャが恐る恐る、と口を開く。


「い、いいんです、か……?」

「…………」


 返事の代わりに、シルヴェリッサはアーニャたちの頭を撫ぜていった。


「あ……」

「……///」

「んっ……」

「あぅ……」

「えへへ♪」


 彼女らは少し驚きつつも、五者五様にはにかんだ。セルリーンがいたならば「自分もー!」とねだっていただろうが、生憎と彼女は他のハーピーたちと共に町外で待機中、というより食事中である。

 買い込んだ食糧の中には彼女らの分もあるので、シルヴェリッサはそれを与えた。ルヴェラとオーガにも同じ物をやっている。”ビッグベア”という熊魔物の肉で作った干し肉だ。ディグニティホースは適当に草を食んでいるだろう。




 次に一行は靴屋へ赴き、ごくごく普通の結び紐ブーツ全員分を購入してその場で履く。そして今まで世話になっていた靴は、その店で処分してもらった。

 これで旅の支度は全て完了である。いつでも出立はできるが、シルヴェリッサはアーニャたちをちらり、と見やった。


(今日は休ませる、か)


 平原に加えて森も歩き回ったあとであるし、子供の身では少々キツいであろう。念のため、今日はゆっくり休ませようと決めたシルヴェリッサであった。


 今回の出費は、服が22着で合計222450メニスと、ブーツ6足で6500メニス。

 よって現在の残金は、854030メニスとなった。



     ◇


「――あ、シルヴェリッサさん!」


 宿に戻った6名。

 フロントでそう声をかけてきたのは、シルヴェリッサがこの町へ訪れる前に出会ったアベカだった。隣には仲間のリーズとロシュリーもいる。


 あれから姿を見なかったが、元気でやっているようであった。シルヴェリッサにとっては関係のないことだが。

 しかしどうやら何事かの用があるらしいので、シルヴェリッサは寄ってきたアベカたちの次を待った。


「あの、この町を出るっていうのは本当なんですか?」

「……そうだが」


 不安げに尋ねくるアベカ。シルヴェリッサが肯定すると、彼女はしゅん、と俯いた。が、すぐにかぶりを振って顔を上げる。その表情は努めて明るかった。


「きっとまたいつか会えますよね! お元気で!」


 どこか吹っ切れたような様子である。そんな彼女の別れの言葉に、リーズとロシュリーも続いた。


「助けていただいて、本当にありがとうございました~……」

「この恩はいつか必ず返すわね」

「……別にいい」


 シルヴェリッサは元々、六刃の情報を聞くために助けただけだ。礼などされる謂われはない。


「そういうわけにはいかないわ。多分この町で一生冒険者やってるから、何かあればいつでも言って。……あなたたちも彼女についていくの?」

「「「「「は、はい」」」」」

「そう、あなたたちも元気でね」


 ロシュリーはアーニャたちにそう言って微笑んだ。どうやらこの5人との関係を悟ったらしい。

 ちなみに礼をする気は変わらないようだ。これ以上拒むのも面倒なので、シルヴェリッサはもう何も言わずにおく。


 その後、少しでもシルヴェリッサと一緒にいようと駄々をこねたアベカだったが、例の如くリーズとロシュリーに引きずられて帰っていった。




 セルリーンとルヴェラが戻るのを待ち、全員分の宿代15000メニスを払い行水へ。

 今回もルヴェラがシルヴェリッサを洗おうとついてきたので、そのようにさせた。そしてセルリーンはアーニャたちに洗わせる。もちろんセルリーンはルヴェラを羨ましげに見ていた。


 明日はいよいよ出立の日である。

 英気を養うため、早々に各々眠りについた。



     ◆


 月光が煌々と窓から降り注ぐ中。

 ルヴェラは隣の寝床で寝息を立てる主人を見つめる。


 彼女ら”オーガ”にとっての『王』とは、ただただ強いだけの存在であった。

 力さえあればいいのである。しかし結果、恐怖による支配が起こるのだ。

 『王』に逆らえば、最悪殺される。気まぐれで殺される者もいた。

 例え新たに『王』が立っても、それは変わらない。

 弱い”オーガ”はひたすら耐え従うしかなかった。


 けれど、目の前の『王』は違っていたのだ。

 彼女は害なき者を理由なく殺さない。

 尋常ならざる強さを持ちながらもおごりが全くないし、弱い自分たちにも食べ物を分け与えてくれる。

 気高く優しい、崇高な心を持っていた。


 そんな主を、ルヴェラは見つめる。揺るぎない憧憬の瞳で以て。

 もぞり、と主の布団で何かがうごめいた。


「ピュイィ……zzZ」


 ハーピーのセルリーンだ。どうやらすでに潜り込んでいたらしい。


「グュ……」


 主に寄り添って幸せそうに眠る彼女。

 ルヴェラは「羨ましい……」と思ってしまった。自分も一緒に、と夢想しかけてかぶりを振る。

 『王』の寝床に勝手に入るなど畏れ多いにも程がある、と。


 いや、しかし……。


「グュゥ……!」


 非常にもどかしい思いであった。本来なら、自分ごときにも与えられたこの素晴らしい寝床で満足すべきだろう。実際とても心地の良い寝床である。

 が、どうにもセルリーンが羨ましくて仕方がなかった。


「……来るか」

「クュ……!?」


 ふと主の囁き声が聞こえた。ルヴェラが驚いてそちらを見やると、主が掛け布団をペロン、と捲って見つめてきている。

 彼女の意図を察したルヴェラは、おどおど畏れながらもその隣に寄り添いにいった。


「…………」


 そんなルヴェラの頭を軽く撫ぜ、再び瞑目するシルヴェリッサ。

 いささか狭くなった寝床であるが、気にした風もない。


 やがてルヴェラも、静かに目を閉じた。

 喜びに顔を綻ばせながら……。

※ 靴を買わせ忘れていたので、服のあとに買わせました。

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