18話
◇
”スモールロップ”を2匹、”プチウィーズル”を1匹捕まえて暫く。
2つめのゴブリンの群れを殲滅した直後、”ミークホース”たちに異変が起きた。
「ヒヒーンッ!」
「ブルルルルッ!」
落ち着きなく嘶いて、忙しなく足踏みを始めたのだ。アーニャたちもその様子に驚いている。
ハーピーやオーガたちは警戒を見せないので、シルヴェリッサは『害なし』と判断した。するとそこで、
《――”ミークホース”のLvが上限に達しました》
《――”ミークホース”から
”ディグニティホース”に進化します》
と通知された。どうやらLvが最大値まで上がると進化をするようだ。そういえば、とシルヴェリッサは思い出す。
”ストラグルオーガ”が出現したとき、周りの冒険者が『進化体』と言っていた。魔物は皆、種族差はあれ進化するものなのかもしれない。
そんなうちに、ついに”ミークホース”6頭が進化の光を纏い始める。
そのシルエットがゆっくりと形を変えていき、やがて光が収まると、
「「「「「「ヒヒィィイイーーッン!!」」」」」」
一回り大きくなった体躯に、毛量の増えた四肢の逆毛を湛えた6頭が、その姿を現した。体色も少し濃くなっている。
能力値を視てみると、
=== =========================== ===
○ ディグニティホース
Lv: 20/45
HP: 210/210
MP: 59/59
STR: 118
DEF: 97
INT: 85
RES: 69
SPD: 226
LUC: 92
スキル: □採集Lv2
=== =========================== ===
全ての数値が軒並み上がっていた。
さらにLvの最大値も増えている。もし『進化』が何度も起こり得るものなら、いずれ戦力としても期待できそうであった。
アーニャたちが”ディグニティホース”をキラキラした目で見つめている。ハーピーやオーガたちは、心なしか羨ましそうにしていた。魔物にとって『進化』とは、非常に大きな憧憬であるのかもしれない。
セルリーンもあと1戦もすれば進化に達しそうだ。
(”オーク”の数体なら単独で倒せるようになりそうだな)
密かに期待するシルヴェリッサであった。
しかし、今は魔物の捕獲が優先である。希少らしい”ジュエリーパピヨン”も狙いたいので、シルヴェリッサはこれから森へ赴くことにした。オーガたちが出てきた森だ。
まだハーピーたちの捜索網も手付かずの場所なので、赴く価値は十分にあるだろう。
◇
セルエナの東に位置するその森では、生態系が変わろうとしていた。
オーガが1体残らずいなくなったからである。つまりオーガの補食対象であった”ゴブリン”や”オーク”は、その脅威から解放されたのだ。自然、その数は爆発的に増える。
だが”ゴブリン”や”オーク”であれば、並みの冒険者たちで十分に対処できるので、問題はなかった。
要するにシルヴェリッサには塵ほどの影響もない、ということである。
「ギギァアッ!」
「ギッギィ!」
「ギシシッ!」
さっそく”ゴブリン”と遭遇。シルヴェリッサからは木々に隠れて見えないが、恐らく30体近くの群れであろう。シルヴェリッサたちの頭数24を見ても好戦的であることから、それがわかる。”ゴブリン”とは、数でしか戦力差を測れない生物なのだ。
ちなみにハーピーたちは、森の外で引き続き捜索をしている。セルリーンだけは、シルヴェリッサがその”進化”を確認するために連れていた。
「……セルリーン」
「ピュ」
「……木の上は任せる」
「ピュイ!」
元気よくピョン、と跳ねるセルリーン。
いずれ戦力とするなら今のうちに戦闘も経験させよう、とシルヴェリッサは考えたのだ。
「ギギィアッ!」
1体の”ゴブリン”が動き出し、戦闘が開始される。
シルヴェリッサはその飛び出してきた1体を蹴り飛ばし、後方の2体に直撃させた。計3体が一気に事切れる。
セルリーンがシルヴェリッサの援護をすべく行動を開始した。その鉤爪で、周囲の枝上の弓持ちゴブリンを排除していく。
その援護を受けシルヴェリッサは遠距離への憂いを消し、流れるように地上の”ゴブリン”を斬っていった。
やがて地上と枝上の”ゴブリン”が掃討され、3分と待たずに戦闘が終わった。
そして、
《――Lv差が開きすぎているため
経験値を獲得できませんでした》
《――セルリーンのLvが29~30に上がりました》
《――”ディグニティホース”のLvが
20~24に上がりました》
《――”ディグニティホース”のLvが
20~24に上がりました》
◎
◎
◎
《――セルリーンのLvが上限に達しました》
《――”ハーピー”から
”エリアルハーピー”に進化します》
セルリーンにも『進化』の時がきたようだ。
彼女は甲高く優美な鳴き声を上げ、『進化』の光に包まれた。そのシルエットが緩やかに形を変えていく。
「ピュイイイイィィイイーーッ!!」
ほどなくしてそれが収まると、淡い薄緑のオーラを纏い、セルリーンがその新たな姿を見せた。
クリーム色の翼や羽毛は、その先端部が薄緑に変色。
両鎖骨部分から生えた計2本の長羽根。それぞれ左右に首横を通り、後ろに向けて緩やかな弧を描いている。
体格も少しだけ大きくなっていた。
さらには能力値であるが、
=== =========================== ===
NAME:セルリーン
○ エリアルハーピー
Lv: 30/55
HP: 320/320
MP: 171/171
STR: 202
DEF: 186
INT: 113
RES: 107
SPD: 295
LUC: 150
スキル: □飛行Lv5 □空中戦闘Lv4
□風魔術Lv3 □隠密Lv2
□狩猟技術Lv4
=== =========================== ===
シルヴェリッサが視たところ、将来的に期待が持てそうであった。
「「「「「わあぁ……」」」」」
”ディグニティホース”のときに続き、アーニャたちが目をキラめかせる。そしてオーガたちも、先ほどと同じく羨ましそうにしていた。
「ピュイッ」
それらの視線を受け、セルリーンがふふん、と胸を張る。
ふと、シルヴェリッサは思いついた。オーガにもリーダーがいれば纏めるのも楽かもしれない、と。
そして赤桃髪のオーガが目についた。彼女と行水をした個体である。
(こいつにする、か)
本当に単なる気紛れで、シルヴェリッサは彼女をリーダーに決めた。こいつも育てなくては、と一旦の切りがついたセルリーンをPTから外す。
《――セルリーンがPTから外れました》
「ピュイッ!? ピュゥ……」
ずずぅ~ん、と沈むセルリーン。
そんな彼女を、アーニャたちが慰める。
「よしよし」
「いいこいいこ」
「おちこまないでー」
「げんき、だして……」
「げんきげんきー」
微笑ましいやり取りに心を暖かくしながら、シルヴェリッサは赤桃髪のオーガに寄った。自分たちのボスの突然の行動に、オーガたちが少し慄きつつも道を開ける。
シルヴェリッサの目的が自分だと気づいた赤桃髪が、戸惑いと怯えを見せた。
「ク、クュゥ……」
そんな彼女に、シルヴェリッサはまたも直感で名付ける。リーダーとする以上、名無しというわけにもいかないのだ。
「……ルヴェラ」
「クュ……?」
《――従魔:オーガの個体名がルヴェラとなりました》
「!! グュウッ!」
名付けられたことを理解したルヴェラが嬉しそうに鳴いた。
続けてシルヴェリッサは彼女をPTに加え、その能力値を確認する。
《――ルヴェラがPTに加入しました》
《――シルヴェリッサのスペシャルスキル効果》
《――『獲得経験値増加』が適用されます》
=== =========================== ===
NAME:ルヴェラ
○ オーガ
Lv: 11/35
HP: 129/129
MP: 14/14
STR: 103
DEF: 87
INT: 28
RES: 20
SPD: 66
LUC: 41
スキル: □格闘術Lv2 □狩猟技術Lv2
□採集Lv1 □火魔術Lv1
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物理的な能力がかなり高い。が、それ以外は軒並み低かった。
しかし潜在的な能力はなかなかである。
そこでふと、シルヴェリッサはスキル欄にある『魔術』という表記に疑問を抱いた。
これまではそれほど気にならなかったが、どういった意味の言葉なのかわからない。なのでアーニャたちに尋ねる。
「……魔術とはなんだ」
「え? えぇっと……」
「ん、ん~?」
「ど、どういったらいいのかな?」
「む、むずかしい、です……」
「うーん……」
どうやら口で説明するのは難しいようだ。後にシルヴェリッサにもわかることだが、この反応をするのも無理はない。
例えるなら、「空気とはなんだ?」と聞かれたようなものなのである。在って当然の物であり、普通はそれに対して疑問など抱かないのだ。
ならば、とシルヴェリッサはルヴェラに頼む。
「……ルヴェラ、『火魔術』が見たい」
「ク、クュ」
畏敬からか、緊張した様子でルヴェラが頷く。そして彼女は水を掬うような形で、両手を胸の前辺りに持ってきた。やがて手のひらの中にうっすらと赤いオーラが生じ、それが小さな火に変わる。そのままゆらゆらと揺らめいていた。
どうやら『魔術』とは、何も無い状態から『現象』を引き起こす能力らしい。シルヴェリッサの”六刃”にも同じような力があるので、あまり驚かなかった。
(……本来の目的に戻るか)
ひとまず疑問は解消されたので、魔物の捜索に戻る。
一行はさらに森の奥へと進んでいった。