16話
◇
ギルドに足を運んだシルヴェリッサを待っていたのは、冒険者や職員たちからの賛辞の嵐だった。喝采を浴びるという人生初の経験であったが、彼女は特に何も思わずギルド長の部屋へ向かう。
部屋に入るや、ラモーデとリーナスが彼女を迎えた。リーナスは両手で厳かに何かを持っている。高そうな布を上に敷いたトレーに、小さな袋と金属板を載せた物のようだ。
「本当にありがとう、シルヴェリッサさん。しかし驚きましたよ、あれほどのオーガを単独で、しかも無傷で倒すとは。加えて進化体まで、さらには人の身で”オーガの決闘”、と。恐れ入りましたよ」
穏やかに笑むラモーデ。その斜に控えたリーナスは静かに佇んでいる。が、どこかウズウズした様子であった。
ラモーデがそれを見て困ったように苦笑する。
「リーナスくん。こんなときくらい、はしゃいでもいいと思いますよ」
「いえ、勤務中ですので」
と言いつつも、彼女はシルヴェリッサを意の込もった視線で見つめていた。手にしたトレーも微かに震えている。
「……報酬は」
だがシルヴェリッサは早いところ宿に戻りたいので、ラモーデを急かした。
「おっと、そうでした。もう用意してありますよ」
「こちらです」
待ってましたとばかりに、リーナスがその手に持つトレーを差し出す。僅かに声が上擦っていた。
そこにラモーデが報酬の内容を説明する。
「金貨10枚、100万メニス。それから約束通り、君のランクを上げておきました。本来なら一段階ずつ上がるものですが、今回はかなりの異例なので、Cランクにしてあります」
「……金額が高いな」
「貴女はそれだけの活躍をしたのですよ。さすがにBランク以上にするには正規の手順が必要なので、今回はCランク止まりでしたが」
「……どうすれば上がる」
「Bランクに、ですか? 基本は変わりませんよ。依頼をこなしていけばいいのです。しかしこの辺りのランクからは難度に壁が発生してくるので、より一層に気をつけてくださいね」
「……わかった」
納得し、シルヴェリッサはトレーから金貨袋と、Cランクの表示が入った鉄のプレートを受け取った。同時に、今まで持っていた冒険者証を返すよう言われたので渡す。
「これからはそのプレートが、シルヴェリッサさんの冒険者証になります。再発行には変わらず3000メニスが必要ですので、失くさないように気をつけてくださいね」
「……ん」
リーナスの言葉に頷き、シルヴェリッサはもう一つの用事を切り出す。
「……特殊な剣や刀の噂を知らないか」
「ふむ、そういった噂は聞きませんが……。店売りの物ではないのでしょう?」
「……違う」
「でしたら申し訳ないですが、お役に立てる情報は持ち合わせておりません。リーナスくんはどうですか?」
「残念ながら、そのような情報は耳に入っておりません」
「…………わかった」
本当に残念そうな声音のリーナスに頷き、シルヴェリッサはその場を後にする。
外で待機させていたオーガたちを連れ、アーニャたちの待つ宿に向かった。
(この町で”六刃”の情報は期待できない、か)
◇
「――で、では合計で18500メニスになります」
「……ん」
シルヴェリッサは自分とオーガ11匹分の宿賃を払い、まずはアーニャたちの部屋へ。オーガたちはフロントに待たせ、宿の2階に上がった。
目的の部屋に着き、軋む扉を開ける。
「「「「「!! おねえちゃんっ!!」」」」」
シルヴェリッサが姿を見せた瞬間、幼女5人は心配げな表情から一変し、満面の笑みで彼女に駆け寄っていった。
戦いで荒んだ心に暖かいものが灯るのを感じ、シルヴェリッサは目を閉じる。再び開くと、アーニャたちの頭を優しくぽん、ぽん、と撫でていった。
「……行水は」
「はい、もうおわりました」
「……オーガを洗う、手伝え」
「「「「「お、オーガ……?」」」」」
不安の混じった戸惑いを浮かべる幼女たちに、シルヴェリッサは事の顛末を説明する。その彼女の言葉足らずな説明でも、幼女たちは正しく理解した。それは一重に、シルヴェリッサへの敬愛が成せる業であろう。
「「「「「が、がんばります」」」」」
まだ恐々とした様子だったが、5人は小さな拳を握りしめて張り切った。そんな彼女らを連れ、シルヴェリッサはオーガの待つフロントへ。
一つの行水場に全員は入れないので、いくつかのグループに分かれる。アーニャたちが2体ずつ担当し、残った1体をシルヴェリッサが洗うことになった。
そして今、シルヴェリッサはその1体を洗っている。赤みの強い桃色の長髪で、背丈はシルヴェリッサより少し大きい。オーガは総じて人間より大きいので、これは標準サイズである。
シルヴェリッサは近くで見てわかったことだが、オーガの身体には紋様があった。いや、紋様というよりは『線』であったが。とにかく身体の主軸を中心として、左右対称に引かれている。先天的なもののようだ。
「グュ、クウゥ……」
そのオーガが怯えたような落ち着かなそうな、なんともいえない様子で身を捩る。どうやら主たるシルヴェリッサが自分の身体を洗っていることに、かなり恐縮しているらしい。
「……我慢しろ。次から自分で洗え」
「グュウ……」
今回だけ、洗い方を教えるためにシルヴェリッサがやっているのだ。
言いたいことがわかったのか、オーガが了承したように頷く。その薄紅色の瞳には、シルヴェリッサに対する畏怖と強い憧憬、敬念が入り混じっていた。
「……終わったぞ。少し待っていろ」
やがてオーガの身体を洗い終え、シルヴェリッサは次に自分を洗おうとする。と、
「……クウ、クュ」
オーガが恐々とした様子ながら、シルヴェリッサの身体を洗い始めた。拙い手つきだが、懸命としたそれにシルヴェリッサは内心で笑んだ。アーニャたちのようだな、と。
◇
全員の行水が終わり、シルヴェリッサは皆をフロントの広間に集めた。今後の方針を伝えるためである。それを知った上で皆がついてくると言うなら、今後も連れていくつもりだ。
「……ジャハール王国に行く」
前に商人男から聞いた国である。その情報元はすでに死んだが。
ともあれ王国というからには、人も大勢集まる。ひいては六刃の情報も入手できるかもしれない。
しかし行き先を聞いたアーニャたちが驚きの声を上げた。
「お、おうこく!?」
「おうこくにいけるんですかっ?」
「ど、どどどうしよう~っ」
「す、すごい、です……!」
「このまちしかしらないから、すごくたのしみ~っ!」
専らついてくる気であるようなので、シルヴェリッサは話を続ける。まずは王国までの足についてだ。フロントで聞いたところ7日はかかるそうなので、幼いアーニャたちには厳しいだろう。
「……馬車を買う」
「「「「「ばしゃ!」」」」」
結論を告げたところ、アーニャたちは一層喜んだ。が、すぐに不安そうな表情になり、代表してイリアがシルヴェリッサに尋ねる。
「お、おかねは……?」
「……ん」
シルヴェリッサはその疑問に、ギルド長から受け取った報酬金の袋を見せた。幼女5人の目が点になる。
「「「「「きんいろ、いっぱい……?」」」」」
いっぱいと言うほど枚数はないが、彼女たちは初めて見る金貨に放心していた。
「……明日、旅の準備をする」
「「「「「ひゃい……」」」」」
シルヴェリッサがそう話を締めると、アーニャたちはなんとか頷いた。
そして各々は部屋に戻り、1日を終える。
途中セルリーンが帰ってきてシルヴェリッサの布団に潜り込む、という悶着はあったが、彼女の宿賃を払ってすぐ落ち着いた。