15話
◇
「ガアァァァァ!!」
「グォォォォー!!」
「ゴアァーーッ!!」
何十体もの”オーガ”たちが、どこか必死さの窺える勢いで、シルヴェリッサへと群がっていく。しかしその悉くが一太刀にて斬り伏せられていった。
絶え間なく押し寄せる鬼たちを相手取りながら、シルヴェリッサは思う。
(体格が似通っているな……雄、か?)
魔物といえど生き物だ。雌雄の差はあるはず、と彼女は予想した。
だが目の前の”オーガ”全てが雄だとして、なぜこうまで人間の領域まで集まったのか。それはわからなかった。
シルヴェリッサは己の迅攻によって”オーガ”たちが怯んだ隙に、ちらり、と肩越しから後方を見やる。彼女のハーピーたちが屍を喰らう中、他の冒険者たちが疎らにいた。どうやらシルヴェリッサの『おこぼれ』狙いのようだ。
(卑しいな……)
シルヴェリッサがそう思ったのは、彼らの様子が『生きるため仕方なく』でなく『楽して益を貪る』ようだったからだろう。
ハーピーたちも鬱陶しげな表情をしているが、餌はまだまだあるので、ひとまず食事に集中しているらしかった。
「グッ……オォオオー!!」
戦闘中に凄まじい隙を見せているシルヴェリッサに、やがて1体の”オーガ”が堪えきれず襲いかかった。
「「「オオォォーー!!」」」
「「「ガアァァアア!!」」」
「「「ゴオァアアー!!」」」
そしてその1体を皮切りに、残る壮絶な数が怒涛の如く押し寄せる。
シルヴェリッサは再び無双の刃と化した。
最初の1体の殴撃を躱し、斬る。さらに八方から跳び来る全て、それらの足を地に着かせることなく円なる一閃。その死を確認することなく中空へと跳躍。そのまま前方に着地、と同時に周囲の数体に一刃を見舞う。流れるように群れの間を駆け抜け、死を刻んでいった。
――その様子はさながら、清廉たる踊りのような。言うなれば『刃舞』とでも呼ぶべきものであった。
シルヴェリッサの舞を見た冒険者たち、さらにはハーピーまでもが、その神秘的な様に時を止めている。
銀髪を靡かせる刃の舞姫は、その後も”オーガ”たちを葬っていった。
◇
『グゴォガアァァアアアアアアアアァァーーッッ!!!!』
一体どれほど倒したか。そうシルヴェリッサが思ったとき、”それ”は現れた。
――血の如き深紅の体躯
――頭の鬣から天へと伸びる1本の凶角
――下顎から突き上がった2本の剛牙
――その瞳に宿るは強欲と闘いへの渇望
――彼の者の名は……
「す、”ストラグルオーガ”だーー!!」
「なっ、なんだと! 進化体じゃねえか!」
「なんでこんなところにいんだよ!!」
冒険者たちが騒ぎ出す。穏やかではない驚き様だった。
シルヴェリッサは彼らの様子から、”ストラグルオーガ”への警戒心を強める。すると、
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○ ストラグルオーガ
Lv: 38
HP: 302/302
MP: 73/73
STR: 255
DEF: 221
INT: 96
RES: 79
SPD: 177
LUC: 131
スキル: □格闘術Lv4 □狩猟技術Lv3
称号: □同胞殺し
=== =========================== ===
「…………」
弱い。
シルヴェリッサはどう反応すればいいのか、わからなかった。わかったにせよ、特に反応などしないが。
ともあれ、新手なのは間違いないだろう。と、シルヴェリッサは森から出現した”ストラグルオーガ”へ向かおうとした。が、まだ目の前には”オーガ”が20ほど残っている。
(まずは掃除、か……)
判断し、再び片手で剣を構えた。しかし、当の”オーガ”たちがわらわらと”ストラグルオーガ”の許へ逃げていく。
戦意なき者を屠る意味はないので、シルヴェリッサはとりあえず捨て置いた。様子を見る。
やがて逃げ帰った”オーガ”の1体を、”ストラグルオーガ”は殴り殺した。驚いた様子の”オーガ”たちを、さらに殺していく。
(臆病者には死を、か? それとも……)
”ストラグルオーガ”の後方、森の中へ目をやるシルヴェリッサ。
先ほどまでの個体より幾分華奢な”オーガ”たちの姿が見える。成体らしきものから幼体まで、その全ての胸部がふくよかだ。間違いなく雌だろう。
(自分以外に雄はいらない、といったところだな)
可能性は高い。
だがシルヴェリッサには関係ないので、黙って見ていた。
「オオオオオオォォッッーー!!!!」
やがて全ての雄個体を殺し尽くした”ストラグルオーガ”。ギラギラと闘いに餓えたような瞳を、シルヴェリッサへ向ける。
タタカエ
そう言っているように、シルヴェリッサは感じた。故に彼女は”ストラグルオーガ”に近づいていく。その想いに応えるため、ではない。
どちらにせよ相手は戦う気だろう。問答無用で襲い掛かってくる可能性が高い。ならば元より受けて立った方がいい。と、シルヴェリッサは判断したのだ。
彼女の戦意を感じたか、”ストラグルオーガ”も前へ進み来る。さらには森の中から、雌の個体たちが10体ほどそれに続いた。
そしてついに、2個の闘者が向かい合う。雌”オーガ”たちが闘場を囲うように円を作った。
冒険者たちが息を呑む。
「お、おい、あれって……」
「ああ、間違いねえ……!」
「”オーガの決闘”だ……!」
シルヴェリッサは後に聞いたことだが、これは”オーガ”が次期王者を決める際に起こす行動だった。これまでに同種以外が対象になったことはないが、シルヴェリッサの凄まじい強さに、たった今”オーガ”たちは例外を起こしたのだ。『強さ』を何より尊ぶが故に。
ハーピー、冒険者、オーガ。静まり返る中、闘場に立つ2者の間に、血腥い風が吹き抜けた。
「ヴオオォォォォオオッーー!!!!」
それを合図に、シルヴェリッサへと拳を見舞う”ストラグルオーガ”。その剛腕は岩をも容易く打ち砕くであろう。
――が、
「…………遅い」
シルヴェリッサに傷を付けるには、あまりに稚拙であった。一瞬で後ろを取った彼女の刃が、”ストラグルオーガ”の首に吸い込まれていく――
――かくして、数週間に及ぶ”オーガ”たちの動乱は
――その一撃によって終結した。
《――203p 経験値を獲得しました》
◇
最後、11体目の雌オーガに”刻印”を刻み、シルヴェリッサはルモネッタに”刻印液”を返す。心なしかぎこちない動きで受け取ったルモネッタ。液をポケットに仕舞い、おずおずとシルヴェリッサに両手を差し出した。
「あ、あの、握手してくださいませんか……?」
「…………」
意味がわからず、反応しかねるシルヴェリッサ。ようやくして理由を尋ねる。
「……なぜだ」
「い、いえその、昔から”英雄”的なものに憧れがあったもので……」
「…………ん」
ハーピーたちの件やオーガたちの件。一応ルモネッタには借りがあるので、この程度なら、とシルヴェリッサは彼女の手を握った。
(わたしが”英雄”、か……)
柄ではないな、と思うシルヴェリッサであった。元より人間のために戦うような真似は、もうたくさんである。
それはともかく、望みの叶ったルモネッタは喜色満面だった。
「ありがとうございます! うふふふっ」
そのまま彼女は、握手した手に頬擦りをする。周囲では他の職員が羨ましげにそれを見つめていた。
いつもならそこにセルリーンが加わったのかもしれない。だが彼女は今、町の外で他のハーピーたちと食事中であった。
シルヴェリッサの従魔となったオーガたちは、傍らで非常に大人しくしている。彼女らは”オーガの決闘”にて圧倒的な勝利を収めたシルヴェリッサを、自分たちの王と見なしたのだ。ハーピーたちのように敵意なくついてきて、尚且つ離れようとしないので、シルヴェリッサは仕方なく従魔として受け入れたのである。
「……もういいか」
「あ、はい! ありがとうございました、シルヴェリッサさん!」
ともあれここでの用は終えたので、シルヴェリッサは魔物取扱所を後にした。
◆
シルヴェリッサが去った後、ご機嫌なルモネッタに他の職員が群がる。
「間接握手よ!」
「えっ、あの、ちょっと!?」
「こら逃げるな!」
「つかまえろー!」
「「「「「おー!」」」」」
「い、いきゃああああー!」
その日、魔物取扱所では一種の騒乱が起きたのだった。