表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/115

13話

     ◇


(……妙にオーガが多いな)


 たった今斬り伏せたオーガを一瞥し、剣を納めるシルヴェリッサ。町に近づくにつれ、その数は増えているようだった。まるで、何かから追い立てられているかのように。


「ちょっと、ざわざわする……」

「うん……」

「いやなかんじ、するね……」

「こ、こわい……」

「だ、だいじょうぶっ、だよね……」


 幼女たちも何かを感じているらしい。獣耳や尻尾が落ち着きなさげに揺れている。

 そして、もう町の門が見えてきた頃、


「まちのほう、すごくあわててるみたいです」


 赤茶髪の犬娘がその耳をそばだて、シルヴェリッサに告げてきた。様子から察するに、相当な騒ぎが起きているらしい。


 シルヴェリッサは漠然とした胸のざわめきを感じつつ、町へと急いだ。



     ◇


 町に着いてまず目に入ったのは、荷車にいっぱいの荷を積み込む住人たちだった。皆が皆、一様に慌てている。

 さらには、真剣な表情で携行品の点検をする冒険者たち。そして”従魔刻印”付きの魔物が相当数。


 どうやらかなりの危機がこの町に迫っているらしかった。


(早々に状況を知ったほうがよさそうだな。ギルドに向かおう)


 判断したシルヴェリッサは、後続の幼女たちを気にしつつ足を早める。

 やがてギルドへ到着すると、即座にカウンターへ。職員(後輩)に問いかけた。


「……なにが起きている」

「シルヴェリッサさま。今お戻りに?」

「……そうだが」

「その魔物たちは……さすがですね。それほど時間も経っておりませんのに」


 職員(後輩)が、幼女たちの抱く魔物たちを見て言った。少々の驚きが窺える。

 しかし、今シルヴェリッサが聞きたいのはそんなことではない。


「……質問の答えは」

「失礼しました。……現在、この町には厳戒態勢が敷かれています」

「……見ればわかる」


 知りたいのはその理由だ。と、言外に急かすシルヴェリッサ。それを察したか、職員(後輩)が結論を告げる。


「原因は、”オーガ”の大量発生です。シルヴェリッサさまも、帰還途中で遭遇したことと思いますが」

「……20体は遭ったな」

「20体、ですか……よく逃げられましたね。ご無事でなによりです」

「……逃げていないが」

「……え?」


 シルヴェリッサのその一言に、職員(後輩)は暫し呆けた。……余談であるが、彼女の普段を知る他職員たちは、初めて見るその様子に大層驚いていたという。

 そんな珍しい態度をすぐに改め、職員(後輩)はシルヴェリッサに問うてくる。


「あの、それはどういった意味でしょうか?」

「……特殊な意味はないが」

「え、っと……つまり、オーガ20体全てを倒した、と?」

「……そう言っている」

「――――」


 また暫しフリーズした職員(後輩)だったが、一瞬で真剣な表情で復活。そのまま「少々お待ちください」と言い残し、地下へと降りていった。

 近くにいた職員や冒険者たちがざわめき出す。


   「オーガを単独で20体!?」

   「あ、ありえねぇ、でたらめだ!」

   「そ、そうだ! 大体、ガキ5人にハーピーまで連れてるじゃねえか!」

   「だとしてもオーガ20体よ!? 異常だわ!」

   「だからでたらめだ、つってんだろ!」

   「な、なんでそんなにムキになってんのよ!」

   「あ、そういえばアンタたち、あの銀髪ひとに絡んでた奴らじゃない!」

   「「「ぐっ!」」」


(絡まれた? わたしが? ……ああ、そういえば)


 冒険者登録の際、周りで喚く輩がいたことを思い出すシルヴェリッサ。どうでもいいので忘れていたし、今も興味がないので考えるのを止めた。


 やがて職員(後輩)が戻ってくる。さらに真剣な表情となっていた。


「お待たせいたしました、シルヴェリッサさま。ギルド長からお話があるそうです。こちらへ」

「…………」


 いきなりなんだ、と思ったが、シルヴェリッサはついていくことにした。ギルド長などという仰々しい者が呼んだというなら、それなりの理由があるのだろう。と思ったからである。


 1人で来るように、とのことだったので、幼女たちとハーピーを置いていった。ハーピーはかなりごねたが、なんとか”命令”で言うことを聞かせる。少しばかり不本意であったシルヴェリッサだが、仕方がないのでそうしたのだ。


 地下へ降りると、「回」の字型のフロアであった。中央の四角部分内側は、大きな厨房となっている。ここで冒険者たちに出す料理を作るらしい。とはいえそれほど器材はない。本当に簡単な料理のみ出しているようだった。

 そしてシルヴェリッサは「回」の字外縁部にあたる壁、そこに連なった部屋のうち一番奥側の一室に通される。


「はじめまして、シルヴェリッサさん。呼び出しに応じてくれてありがとう。ここのギルド長をしているラモーデという者です」


 迎えたのは紳士的な声音の、初老の男。口元の白髭が印象的で、人の良さそうな雰囲気を纏っていた。ローブ型の執務官服を着て、部屋中央の応接机についている。


「……話はなんだ」

「単刀直入も良いですが、まずは現状把握をして頂きたい」

「……わかった」

「結構。では、”オーガ”の大量発生の件は聞いていますかな?」

「……さっき」

「町周辺だけで、ざっと100体はいるとの報告を受けました。しかしこの町にはBランク以下の冒険者しかおらず、壊滅的被害が予想されます」


 そこで、とラモーデは一呼吸置き、


「”オーガ”を20体も倒したという貴女に、ぜひ防衛戦の最前線を担って頂きたい」

「…………それだけか?」

「もちろん、働きに応じてそれ相応の報酬を出しますよ。……リーナスくん」

「はい」


 リーナスと呼ばれた職員(後輩)が、待機していた入り口付近から前へ出る。相も変わらず礼儀正しい。


「シルヴェリッサさんのランクアップの準備をしておいてください」

「了解しました」

「…………」


 シルヴェリッサが聞きたかったのは「自分がやる仕事はそれだけか?」ということだったのだが。しかし他にも任せたいことがあるなら言ってくるだろう、とシルヴェリッサは判断し黙っていた。


「では、受けてくださる、という認識で良いでしょうか?」

「……ん」


 ラモーデの最終確認に頷くシルヴェリッサ。この機会に新しい剣の購入を考える。


(さっき捕獲した魔物分の報酬で買えるだろう)


 そう予想し、執務室を後にした。



     ◇


 報酬をもらうため、職員に聞いた場所へやってきたシルヴェリッサ。

 そこは豪勢な邸宅であった。


 石造の土台と鉄柵でできた外壁と鉄柵門。それをくぐると、左右対称の煌びやかな噴水付庭園。

 本邸までまっすぐ伸びた通路。中頃でもう2方向、左右一直線に別れている。俯瞰で見ると、綺麗な十字型となる通路だ。

 その鏡写しの庭園はトピアリーでできた迷路となっているようで、それぞれ入り口は十字通路の付け根部分となるらしい。出口は噴水広場の花園だ。


 なんとも手の込んだ庭である。

 シルヴェリッサはこの時点で、気がかなり萎えていた。……もっとも、元から気分は低い方なのだが。


「「「「「ご、ごめんくださーい!」」」」」


 そんな彼女の代わりに、幼女たちが家の者を呼ぶ。シルヴェリッサの役に立ちたくて仕方がないようだ。


「ピュイー」


 ハーピーの方は変わりないが。

 ふと、シルヴェリッサは思った。


(こいつ、そういえば名前がなかったな。……この5人の名も聞いていなかったか)


 他人と接することのなかったシルヴェリッサには、そんな基本的なことが身に付いていなかった。


(あとでハーピーに名付けをして、5人の名も聞かなくてはな)


 そう1人で思っていると、やがて本邸からメイドが出てくる。どうやら依頼に来ていた者――リタのようだ。

 こちらに気づくと、早足で門を開けにきた。シルヴェリッサは開いた門をくぐり、幼女5人をリタの前にやる。抱かれた魔物を見せるためだ。


「……魔物5匹、報酬をもらいたい」

「かしこまりました。聞いていた通り、すばらしい捕獲精度とスピードでございますね。では、少々お待ちくだ――」


   「まものさんがまいりましたのねっ!!」


 本邸の扉を開け放ち、薄ベージュ髪の幼い少女が駆け出てきた。ふわりと緩いウェーブの巻き髪に、少々フリルのついた茶色基調のコルセットドレス。腿まで覆うストッキングにパンプスという走りにくい格好で、懸命に駆け寄ってくる。


「お嬢様っ、はしたのうございます!」


 それを見たリタが慌ててその幼女を窘める。けれども彼女は止まらなかった。そのまま走ってこちらへ来てしまう。


「まっ、まものさんっ、か、かわいいですわぁ~」

「ふわわわっ」

「ちょ、ちょっとっ」

「あうあう」

「はうぅ……」

「おお?」


 幼女5人ごと、それぞれの抱く魔物を抱きしめるお嬢様。急にそんなことをされた幼女たちが、5者5様にあわてふためく。

 すぐさまリタがお嬢様を引き剥がした。


「も、申し訳ございません、お客様に失礼を」

「……平気か」

「「「「「は、はい」」」」」

「……問題ない」

「本当に失礼いたしました。お嬢様、こちらのお客様方にご挨拶なさってくださいませ」


 お嬢様はリタに軽く揺すられると「……ハッ」と正気に戻った。こほん、とシルヴェリッサたちに向き直り、


「ごめんあそばせ、おみぐるしいところをおみせしてしまいました。あたくし、シェニア・シェーランドともうしますわ。いご、おみしりおきを」


 スカートの両端をつまみ上げ、片足を後ろにずらして優雅に一礼する。この歳にして、これほど品のある所作での礼は大したものなのだが、シルヴェリッサは、


(妙な仕草だな)


 としか思わなかった。優雅とは正反対の生であったのだから、無理もないことである。

 しかし幼女5人はそうではなく、向けられた礼節に相応で返そうとした。


「「「「「お、おみしりおき、を……?」」」」」


 結果、小首を傾げた拙い物真似になってしまう。ちなみに、手はふさがっているのでそのままだ。

 その微笑ましい姿に、リタが綻ぶ。シルヴェリッサの心中も少し暖かくなった。


「あたくし、あなたがたとおともだちになりたいですわ」


 シェニアがそう言い、幼女5人ににこり、と微笑んだ。言われた彼女たちは少々戸惑うも、すぐに笑んで肯定を返していた。

 それを横目に、シルヴェリッサがリタに再び話を振る。


「……報酬を」

「あっ、た、度々申し訳ございません。これから”従魔刻印”を刻みに参りますので、ご同行願えますか? 心苦しいのですが、報酬は”刻印”終了後ということで、どうか」


 恐らく”刻印”するまでは魔物が逃げるおそれがあるからだろう、とシルヴェリッサは頷いた。


「……わかった」

「ありがとうございます。では報酬金を持って参りますので、もうしばらくお待ちくださいませ」


 言って本邸に戻るリタ。

 暫し暇になったシルヴェリッサは、楽しそうに『可愛い魔物』談義に華を咲かせる幼女6人を眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ