13話
◇
(……妙にオーガが多いな)
たった今斬り伏せたオーガを一瞥し、剣を納めるシルヴェリッサ。町に近づくにつれ、その数は増えているようだった。まるで、何かから追い立てられているかのように。
「ちょっと、ざわざわする……」
「うん……」
「いやなかんじ、するね……」
「こ、こわい……」
「だ、だいじょうぶっ、だよね……」
幼女たちも何かを感じているらしい。獣耳や尻尾が落ち着きなさげに揺れている。
そして、もう町の門が見えてきた頃、
「まちのほう、すごくあわててるみたいです」
赤茶髪の犬娘がその耳をそばだて、シルヴェリッサに告げてきた。様子から察するに、相当な騒ぎが起きているらしい。
シルヴェリッサは漠然とした胸のざわめきを感じつつ、町へと急いだ。
◇
町に着いてまず目に入ったのは、荷車にいっぱいの荷を積み込む住人たちだった。皆が皆、一様に慌てている。
さらには、真剣な表情で携行品の点検をする冒険者たち。そして”従魔刻印”付きの魔物が相当数。
どうやらかなりの危機がこの町に迫っているらしかった。
(早々に状況を知ったほうがよさそうだな。ギルドに向かおう)
判断したシルヴェリッサは、後続の幼女たちを気にしつつ足を早める。
やがてギルドへ到着すると、即座にカウンターへ。職員(後輩)に問いかけた。
「……なにが起きている」
「シルヴェリッサさま。今お戻りに?」
「……そうだが」
「その魔物たちは……さすがですね。それほど時間も経っておりませんのに」
職員(後輩)が、幼女たちの抱く魔物たちを見て言った。少々の驚きが窺える。
しかし、今シルヴェリッサが聞きたいのはそんなことではない。
「……質問の答えは」
「失礼しました。……現在、この町には厳戒態勢が敷かれています」
「……見ればわかる」
知りたいのはその理由だ。と、言外に急かすシルヴェリッサ。それを察したか、職員(後輩)が結論を告げる。
「原因は、”オーガ”の大量発生です。シルヴェリッサさまも、帰還途中で遭遇したことと思いますが」
「……20体は遭ったな」
「20体、ですか……よく逃げられましたね。ご無事でなによりです」
「……逃げていないが」
「……え?」
シルヴェリッサのその一言に、職員(後輩)は暫し呆けた。……余談であるが、彼女の普段を知る他職員たちは、初めて見るその様子に大層驚いていたという。
そんな珍しい態度をすぐに改め、職員(後輩)はシルヴェリッサに問うてくる。
「あの、それはどういった意味でしょうか?」
「……特殊な意味はないが」
「え、っと……つまり、オーガ20体全てを倒した、と?」
「……そう言っている」
「――――」
また暫しフリーズした職員(後輩)だったが、一瞬で真剣な表情で復活。そのまま「少々お待ちください」と言い残し、地下へと降りていった。
近くにいた職員や冒険者たちがざわめき出す。
「オーガを単独で20体!?」
「あ、ありえねぇ、でたらめだ!」
「そ、そうだ! 大体、ガキ5人にハーピーまで連れてるじゃねえか!」
「だとしてもオーガ20体よ!? 異常だわ!」
「だからでたらめだ、つってんだろ!」
「な、なんでそんなにムキになってんのよ!」
「あ、そういえばアンタたち、あの銀髪に絡んでた奴らじゃない!」
「「「ぐっ!」」」
(絡まれた? わたしが? ……ああ、そういえば)
冒険者登録の際、周りで喚く輩がいたことを思い出すシルヴェリッサ。どうでもいいので忘れていたし、今も興味がないので考えるのを止めた。
やがて職員(後輩)が戻ってくる。さらに真剣な表情となっていた。
「お待たせいたしました、シルヴェリッサさま。ギルド長からお話があるそうです。こちらへ」
「…………」
いきなりなんだ、と思ったが、シルヴェリッサはついていくことにした。ギルド長などという仰々しい者が呼んだというなら、それなりの理由があるのだろう。と思ったからである。
1人で来るように、とのことだったので、幼女たちとハーピーを置いていった。ハーピーはかなりごねたが、なんとか”命令”で言うことを聞かせる。少しばかり不本意であったシルヴェリッサだが、仕方がないのでそうしたのだ。
地下へ降りると、「回」の字型のフロアであった。中央の四角部分内側は、大きな厨房となっている。ここで冒険者たちに出す料理を作るらしい。とはいえそれほど器材はない。本当に簡単な料理のみ出しているようだった。
そしてシルヴェリッサは「回」の字外縁部にあたる壁、そこに連なった部屋のうち一番奥側の一室に通される。
「はじめまして、シルヴェリッサさん。呼び出しに応じてくれてありがとう。ここのギルド長をしているラモーデという者です」
迎えたのは紳士的な声音の、初老の男。口元の白髭が印象的で、人の良さそうな雰囲気を纏っていた。ローブ型の執務官服を着て、部屋中央の応接机についている。
「……話はなんだ」
「単刀直入も良いですが、まずは現状把握をして頂きたい」
「……わかった」
「結構。では、”オーガ”の大量発生の件は聞いていますかな?」
「……さっき」
「町周辺だけで、ざっと100体はいるとの報告を受けました。しかしこの町にはBランク以下の冒険者しかおらず、壊滅的被害が予想されます」
そこで、とラモーデは一呼吸置き、
「”オーガ”を20体も倒したという貴女に、ぜひ防衛戦の最前線を担って頂きたい」
「…………それだけか?」
「もちろん、働きに応じてそれ相応の報酬を出しますよ。……リーナスくん」
「はい」
リーナスと呼ばれた職員(後輩)が、待機していた入り口付近から前へ出る。相も変わらず礼儀正しい。
「シルヴェリッサさんのランクアップの準備をしておいてください」
「了解しました」
「…………」
シルヴェリッサが聞きたかったのは「自分がやる仕事はそれだけか?」ということだったのだが。しかし他にも任せたいことがあるなら言ってくるだろう、とシルヴェリッサは判断し黙っていた。
「では、受けてくださる、という認識で良いでしょうか?」
「……ん」
ラモーデの最終確認に頷くシルヴェリッサ。この機会に新しい剣の購入を考える。
(さっき捕獲した魔物分の報酬で買えるだろう)
そう予想し、執務室を後にした。
◇
報酬をもらうため、職員に聞いた場所へやってきたシルヴェリッサ。
そこは豪勢な邸宅であった。
石造の土台と鉄柵でできた外壁と鉄柵門。それをくぐると、左右対称の煌びやかな噴水付庭園。
本邸までまっすぐ伸びた通路。中頃でもう2方向、左右一直線に別れている。俯瞰で見ると、綺麗な十字型となる通路だ。
その鏡写しの庭園はトピアリーでできた迷路となっているようで、それぞれ入り口は十字通路の付け根部分となるらしい。出口は噴水広場の花園だ。
なんとも手の込んだ庭である。
シルヴェリッサはこの時点で、気がかなり萎えていた。……もっとも、元から気分は低い方なのだが。
「「「「「ご、ごめんくださーい!」」」」」
そんな彼女の代わりに、幼女たちが家の者を呼ぶ。シルヴェリッサの役に立ちたくて仕方がないようだ。
「ピュイー」
ハーピーの方は変わりないが。
ふと、シルヴェリッサは思った。
(こいつ、そういえば名前がなかったな。……この5人の名も聞いていなかったか)
他人と接することのなかったシルヴェリッサには、そんな基本的なことが身に付いていなかった。
(あとでハーピーに名付けをして、5人の名も聞かなくてはな)
そう1人で思っていると、やがて本邸からメイドが出てくる。どうやら依頼に来ていた者――リタのようだ。
こちらに気づくと、早足で門を開けにきた。シルヴェリッサは開いた門をくぐり、幼女5人をリタの前にやる。抱かれた魔物を見せるためだ。
「……魔物5匹、報酬をもらいたい」
「かしこまりました。聞いていた通り、すばらしい捕獲精度とスピードでございますね。では、少々お待ちくだ――」
「まものさんがまいりましたのねっ!!」
本邸の扉を開け放ち、薄ベージュ髪の幼い少女が駆け出てきた。ふわりと緩いウェーブの巻き髪に、少々フリルのついた茶色基調のコルセットドレス。腿まで覆うストッキングにパンプスという走りにくい格好で、懸命に駆け寄ってくる。
「お嬢様っ、はしたのうございます!」
それを見たリタが慌ててその幼女を窘める。けれども彼女は止まらなかった。そのまま走ってこちらへ来てしまう。
「まっ、まものさんっ、か、かわいいですわぁ~」
「ふわわわっ」
「ちょ、ちょっとっ」
「あうあう」
「はうぅ……」
「おお?」
幼女5人ごと、それぞれの抱く魔物を抱きしめるお嬢様。急にそんなことをされた幼女たちが、5者5様にあわてふためく。
すぐさまリタがお嬢様を引き剥がした。
「も、申し訳ございません、お客様に失礼を」
「……平気か」
「「「「「は、はい」」」」」
「……問題ない」
「本当に失礼いたしました。お嬢様、こちらのお客様方にご挨拶なさってくださいませ」
お嬢様はリタに軽く揺すられると「……ハッ」と正気に戻った。こほん、とシルヴェリッサたちに向き直り、
「ごめんあそばせ、おみぐるしいところをおみせしてしまいました。あたくし、シェニア・シェーランドともうしますわ。いご、おみしりおきを」
スカートの両端をつまみ上げ、片足を後ろにずらして優雅に一礼する。この歳にして、これほど品のある所作での礼は大したものなのだが、シルヴェリッサは、
(妙な仕草だな)
としか思わなかった。優雅とは正反対の生であったのだから、無理もないことである。
しかし幼女5人はそうではなく、向けられた礼節に相応で返そうとした。
「「「「「お、おみしりおき、を……?」」」」」
結果、小首を傾げた拙い物真似になってしまう。ちなみに、手はふさがっているのでそのままだ。
その微笑ましい姿に、リタが綻ぶ。シルヴェリッサの心中も少し暖かくなった。
「あたくし、あなたがたとおともだちになりたいですわ」
シェニアがそう言い、幼女5人ににこり、と微笑んだ。言われた彼女たちは少々戸惑うも、すぐに笑んで肯定を返していた。
それを横目に、シルヴェリッサがリタに再び話を振る。
「……報酬を」
「あっ、た、度々申し訳ございません。これから”従魔刻印”を刻みに参りますので、ご同行願えますか? 心苦しいのですが、報酬は”刻印”終了後ということで、どうか」
恐らく”刻印”するまでは魔物が逃げるおそれがあるからだろう、とシルヴェリッサは頷いた。
「……わかった」
「ありがとうございます。では報酬金を持って参りますので、もうしばらくお待ちくださいませ」
言って本邸に戻るリタ。
暫し暇になったシルヴェリッサは、楽しそうに『可愛い魔物』談義に華を咲かせる幼女6人を眺めていた。