12話
◇
翌日。
日が昇ってまもなく、シルヴェリッサは幼女たちとハーピーを連れてギルドへやってきた。カウンターへ目をやると、疎らな冒険者たちの中に異質な格好の者がいる。全体的に品のある雰囲気に、特徴的なその衣装。いわゆる”メイド”と呼ばれる職種の者だった。職員となにやら話しているようだ。
興味もないので、シルヴェリッサは依頼の物色に向かった。
(昨日の宿の3泊分くらいは稼ぎたいが……)
思いつつ、手頃な依頼を探していく。3泊分というのは、もちろん6人(+1匹)全員分の、である。
しかし、なかなか良いものが見つからない。他のボード、他のボード、と渡り歩くシルヴェリッサ。
◆
そんな彼女を、周囲の者たちは一様に見つめていた。そのあまりに美しい正銀の髪と、凛とした雰囲気に見惚れたからだ。
着ている服はボロボロだが、その見目麗しい美貌の前では些末なことであった。
「綺麗……」
「う、うん、ほんとに……」
「妖精みたい……見たことないけど……」
女性陣はその神秘的な容姿を讃える。しかし男性陣は、呆然と見惚れるあまりに何も言えなかった。
◆
当のシルヴェリッサは、自分に視線が集まっていることには気づいていた。しかしそれが、己の美貌によるものだとはわかっていない。
どちらにせよ敵意は感じなかったので、放っておくことにした。
そんなことよりも重要なのは、
(いい依頼がないな……)
シルヴェリッサの受けられる依頼の中に、高報酬の物がないことである。やはり安定して稼ぐには、ランクをある程度上げる必要があるらしい。
だがどうすればランクが上がるのか、シルヴェリッサはわからなかった。
(……カウンターで聞くか)
そう判断し、中央のカウンターへ向かう。メイドらしき者のすぐ近くだった。
「……ランクを上げたい」
「はい、えっと――ああっ! あなたはっ!」
なにやら書類作業をしていた職員は、顔を上げていきなり大声を出した。昨日にシルヴェリッサの依頼手続きをした女だ。
「先輩。お客さまが参られているんですよ?」
傍でメイドの相手をしていた職員――よく見るとシルヴェリッサの冒険者登録を担当した女だった――が、どうやら先輩らしいこの職員に注意をした。
「あ! もっ、申し訳ございません、使いの方!」
「いえ、私めのことでしたら、どうかお気になさらず」
職員(先輩)が頭を下げると、そのメイドは微笑みながらそう言った。
「……おい」
そろそろこちらにも対応してもらおう、とシルヴェリッサが声を掛ける。
「あ、ああっ、そうです! この方ですよ、使いの方! この方が”スモールロップ”の依頼を受けた方です!」
再び職員(先輩)が叫ぶ。
確かにシルヴェリッサは昨日、”スモールロップ”の捕獲依頼を受けたが。しかしそれが何だと言うのか。当の彼女は内心で首を傾げた。
そんなシルヴェリッサの許に、メイドと職員(後輩)がやってくる。そしてメイドは1呼吸置き、優雅な動きでお辞儀をしてきた。
「はじめまして。私、シェーランド家の下女をさせて頂いております、リタと申します。……あなたがシルヴェリッサ様でしょうか?」
「……そうだ」
口振りから察するに、どうやら自分を探していたらしい。何用か、と怪訝に思いながらも、シルヴェリッサは話の続きを待った。
「本日はあなた様に、シェーランド家よりご依頼をさせて頂きたく参りました。内容は”スモールロップ””プチウィーズル”、そして発見できれば”ジュエリーパピヨン”の捕獲です」
メイドがそこまで言ったところで、周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちがざわめいた。
「いやいや”ジュエリーパピヨン”は無理だろ」
「かなり希少なのよね」
「実際に見たことある人なんているのかしら」
「でもあの魔物でプロポーズされるのって、憧れるわよねー」
「「「「ねー」」」」
「…………女の考えることはわからん」
「……報酬は」
シルヴェリッサは次に、一番知りたいそれを尋ねた。どうやら”ジュエリーパピヨン”の捕獲は相当に難しいようなので、それなりに期待できそうである。
「はい。それぞれ1匹につき――”スモールロップ”は8000メニス、”プチウィーズル”は4000メニス、そして”ジュエリーパピヨン”は500000メニス。とのことです」
(……文字通り、桁が違うな)
至って冷静なシルヴェリッサ。
しかし周りはそうもいかなかった。一気にギルド内が驚愕に包まれる。
「「「「「ご、ごじゅーまん、めにす……?」」」」」
「ピュイ~」
幼女5人も呆然と呟く。ただ、ハーピーだけは変わらずシルヴェリッサに甘えた声を発していた。
「……期限は」
「3日で可能な限りを捕獲してほしい、とのことです」
「…………」
思案する。
どちらにせよ、他に高報酬の依頼はない。ならば決まりだ。
「……受けよう」
「ありがとうございます。旦那様にお伝えしておきます。ではこちらが対象の資料ですので、お受け取りください」
「……ん」
さらに起こるざわめきを尻目に、シルヴェリッサは差し出された数枚の紙を受け取る。
と、そこに職員(後輩)が補足を加えた。
「では”直接依頼”という形になりますので、ギルド側での手続きはございません。このまま依頼へ向かっていただいて結構です」
そういうことらしいので、シルヴェリッサはさっそくギルドを後にした。
◇
町の外に出てすぐさま、ハーピーたちに対象の魔物を探させた。結果、
「”スモールロップ”が3ひきに」
「”プチウィーズル”2ひき」
「すごい! まだはじめてすぐなのに!」
「か、かわいいなぁ……」
「でも”ジュエリーパピヨン”はみつかんないねー」
依頼開始から30分ほどで、すでに32000メニス分を捕獲。まだ一番の大物は見つからないが、この調子でいけば2種類分の報酬でも問題なさそうだった。
とはいえ”ジュエリーパピヨン”の金額は無視できない。シルヴェリッサは”神の庫”から資料を取り出し、再度確認する。
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〆 ジュエリーパピヨン
妖精種
〃 宝石のように透き通った美しい羽を持つ
様々な色種がおり、現在で確認されている色は
赤、青、黄、緑の4色である
その希少さ故、実際に見ることは困難
この魔物を飼うことが、高貴な者たちの間では
非常にステータスとなっている
尚、目撃場所が世界各地に広がっていることから
どのような環境にも適応するのでは、といわれている
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つまりは、この地方にはいないかもしれないし、いるかもしれない、と。
(頼りない情報だが、探してみる価値はある、か。……まずは捕まえた5匹を町に置いてこよう)
シルヴェリッサはその旨を幼女たちに伝え、平原を町に向かって歩き出した。
たまに襲ってくる魔物は全て倒し、解体せずハーピーの餌にする。22匹もいるので、餌事情が大変だ。
(そろそろ、自分たちで狩らせるようにしなければな)
1人そう思うシルヴェリッサだった。
◇
◎ セルエナ平原・東部 ウェルデの森
この日、1体の雄オーガが森に戻ってきた。
その身体は酷く傷つき、己とも敵の物とも知れぬ血にまみれ。
しかしそれでもその歩み、その双眸は揺らぎなく。
襲い来る大量の雌オーガを、己が肉体のみで屠り進む。
やがて群れを率いる雌リーダーへと辿り着いた。
最後の闘いである。
死闘。死闘。また死闘。
幾多の同胞を葬り超えたその先に、上位への進化が待つ。
だが、それまでに力尽きる者が殆どであった。
そして一定期間を過ぎれば、この特殊習性は収まってしまう。
故に今まで上位進化を果たした個体は少ない。
――しかし今、その少ない例の中に、
――更なる1体が加わろうとしていた。