113話
前の更新からかなり間隔が開いてしまいました、申し訳ないです。
それと、明けましておめでとうございます!
◇
ソウェニアを発ってから数日。
陸路も終え、海路もそろそろ末といったところまできていた。
リフィーズが旅隊を軽いものにして急ぎ足を選んだこともあり、彼女が予定していたよりも早くこれているらしい。曰く「シルヴェリッサがいるんだから護衛なんて最小限でいいわ」だそうだ。
自分は代表騎士の役目が終わればリフィーズとは別れるので、彼女の帰りには同行しない。が、どうやら帰りも問題ないようだ。
というのも、もともと今回の目的の一つに、竜の襲撃で減った国の冒険者を補充する、というものがあるらしい。よって帰りにはその冒険者たちも同行するので、問題はないと。
まあ本人が言うなら、本当にそうなのだろう。
「~~♪ ~~♪」
「~~♪ ~~♪」
「~~♪ ~~♪」
と、ネレイア達が歌を求めてきた。以前と違って身内ではあるが、別に応えてやらない理由もない。ここ数日と同じように歌を返してやりながら、改めてセブル・アムでの予定を考える。
まずは数日後の、代表騎士の役目。
セルリーンの壊れた装備の新調と、馬魔物たちの馬具の身繕い。
それから、セブル・アムがアーニャ達を置いておける安全度であるかの確認と、もし納得のいく具合であれば住居の確保。
そしてもちろん、六刃の情報収集だ。
あとは――
(ドゥムカの気配、だな)
いずれ再会できる気はしていたが……まあ早い分にはいいだろう。それに何にせよ、やはり彼女とはまた話をしなければならないと思っていたのだ。
と、それはそれとして、どうにも気になる点がある。
ドゥムカと一緒に感じる一つの気配と、別にあるもう一つの気配だ。
一つは、おそらくソウェニアでわずかな間だけ感じて消えた『風』の気配。
もう一つは、どこか懐かしさを感じる『何か』が混じった、ほんのりとした『光』の気配。
どちらもドゥムカのものと非常によく似ており、やはり不思議と警戒心も湧かなかった。
……まあともかく、ドゥムカと再会すればいろいろとわかるだろう。
「相変わらず良い歌声ね、シルヴェリッサ」
リフィーズだ。海を眺める自分の横にきて、同じように手すりに寄りかかる。
何か用だろうか。
「あともう少しすればセブル・アムが見えてくるわ。……貴女との旅も、これで終わりになるのね」
と、どこか憂鬱げで、しかし微笑みをはらんだ表情でリフィーズが小さく吐息する。
「妾の船はどうだった? 快適だったかしら」
この船はどうやらソウェニア王家の所有船であるらしく、以前に自分が乗った物と比べてかなり大きかった。動力の魔巧器も高品質な物を使用しているそうで、船速も良い。
「……特に不便はない」
「そう、それはよかったわ。本当ならラーパルジへの路にもこれを使いたかったのだけど、あのときはサイモンのことがあったから、なるべく乗り物なんかは突発的に選んでいたのよ」
なるほど。
「まあそれでも、『パラズの呪香』は仕込まれてしまったわけだけど……あれは完全に妾の考えが甘かった。他の乗客には災難に巻き込む形になってしまったし、本当に面目のないことだったわ……」
「……お前の責任ではない」
「あら、慰めてくれるの?」
「……別に」
本当に、ただ事実を言っただけだ。なのだが、何やらリフィーズはとても嬉しそうな笑顔になっていく。
「ふふふふ、違ったとしても嬉しいわ。ありがとう」
「……ん」
それから静かに時を過ごすことしばらく、いよいよセブル・アムが見えてきた――。
「「「「「…………」」」」」 アーニャ達
「「「「「…………」」」」」 カーヤ達
とてつもなく驚いているようだ。大口を開けて目をむき、眼前の海上にそびえる巨大な壁を見上げている。従魔たちも同様だった。
まあたしかに無理もない。それほどまでに巨大な街、いや、都市といったほうが適切だろうか。とにかく巨大なのだ。明らかにソウェニアの首都の倍はあるだろう。
海上に壁がある理由は、おそらく海の魔物に備えてのものか。見るからに頑丈で厚い。船を入れるための門も複数、七つあり、他の大小さまざまな船が入港の順を待っている。
「ほら、そろそろ門が開くわよ」
と、リフィーズの言葉通り、七つあるうちの一際おおきい真中の門が、ゆっくりと内側に開いていく。どうやら自分たちはこの門を利用するようだ。他の船はどれも違う門のようなので、おそらく王族やら何やらの専用口なのだろう。
開いた門をくぐっていくと、とても広い船庫に通じていた。他の国の王も既に到着しているらしく、リフィーズのこの船と同じような大船がいくつも並んでいる。
一般らしき船は一つもなく、船庫の広さからしても他の門とは繋がっていないようだ。やはり特別な港口なのだろう。
ともあれ、皆を連れ立って下船する。
それにしても人や物の多い港だ。ここセブル・アムはアルティア最大の都市といわれているらしいのだが、その一端が窺える様相である。潮の匂いとともに行き交う喧騒が非常に明るく、生命の営みの気配や活気が強く感じられた。
「さ、荷物は全て運ばせるから、街へ出ましょう」
「……ん」
リフィーズに促されて船庫から出ると――視界いっぱいに大都市の様相が現れる。
街の中央に見える巨大な宮殿。
大小や形まで様々な建物群。
大通りにはいろいろな店が建ち並び、また別の通りには多くの露店が連なっている。
「す、すげー! たてものがたくさん! あのでっかいのはなんだ!?」 カーヤ
「あれはレストラン付きのホテルですね。この都市の内では中級といったところでしょうか」
「あれってなんのおにくだろ」 イリア
「”ブルルッゴ”という豚型の魔物の肉ですね。部位は足のようです」
「いしのかたまりがたくさんうってる!」 キユル
「宝石類の原石ですね。加工されていない状態の物を好む方も多いのですよ」
「あっ、おおきいいぬ!」 ウルナ
「おや、”ハンターウルフ”ですね。”グレイウルフ”の進化体です」
アーニャ達がわいわいと好奇心を繰り返し、それに対しそれぞれのメイドが答えていた。一人に一人ずつ付いているため、ほとんど彼女たちを任せられるのは正直たすかる。
……さて、
(来たか)
「「シルヴェリッサさま、おまちしておりましたニ」さね」
ドゥムカと、そしてもう一人、どうやらエルフのようだ。近くで待機していたのは感じていたのだが、自分たちが出てくるまで待っていたらしい。
とにかく二人がそろって現れ、それぞれ恭しく両手をその胸に重ね添えて頭を垂れてくる。前に見たときは両の膝も突いていたはずだが、今回は人の目があるため略したのかもしれない。
「あら、ドゥムカ? 急にいなくなっていたと思ったら、こんなところにいたのね」
リフィーズが少し驚いたようにドゥムカを見る。次いでエルフのほうに目をやると「あら、美人」と楽しそうに呟いたが、すぐに表情を本来に戻してこほんと咳払いをした。
「どうやら少し込み入ったものがありそうな様子ね。シルヴェリッサ、子供たちや従魔たちのことは妾に任せて、行ってきなさい。滞在場所は覚えているわよね?」
「……ん」
それは自分としても都合がいい。正直ドゥムカとは少しでも早くに話したかったのだ。
リフィーズに頷くと彼女もまた笑みを浮かべながら頷きを返し、アーニャ達に集まるように声をかける。
が、彼女らは従魔たちも含め少しだけ戸惑ったように自分を見てきた。心配しているわけではないようだが、まあ知らない場所に着いていきなり離れるのは初めてなので、それでだろう。
「……必ず戻る」
なるべく安心させるように微笑んでやると、彼女たちはまだわずかに後ろ髪を引かれる様子ながらも頷き、リフィーズと共に去っていった。
さて……と、ドゥムカ達へと向き直る。
「……どこで話す?」
「はい。もしかまわないのでしたら、このまま上空へ飛んで、そこでお話ししたく思いますニ」
「もちろん、あらかじめ人の目がない場所を探してありますので、まずはそちらにご案内いたしますさね」
なるほど、たしかにここで空に飛べば少なからず騒ぎになろう。納得したので静かに頷くと、ドゥムカも小さく礼をするように頷き、「では、こちらへ」と案内を始めた。エルフのほうも、自分に軽い黙礼を残して彼女と共に歩きだす。
二人について歩いていくと、やがて人気の全くない、ごく小さな路地裏のような場所に着いた。本当にかなり小さく狭い空間だが、まあ目的に不都合はない。
「ではシルヴェリッサさま、つづけてお先にまいりますニ」
「……ん」
そうして飛び上がったドゥムカ達を追い、自分も”ストームグリーン”を抜剣して後に続く。
やがて低雲を少し越えたあたりで留まると、彼女らはまた自分に例の礼式を向けてきた。ここは地上ではないので適切な表現ではないかもしれないが、今度はきちんと膝も突いている。
「シルヴェリッサさま、まずはお初にお目にかかりますさね。この身は今代の風の神子、エリフィナ・エフラと申しますさね」
風の神子。
ドゥムカは以前、己のことを地の神子と名乗っていた。おそらく関連があるのだろう。
改めて見ると、彼女エリフィナの背負う緑弓とドゥムカの黄鎚は、どこか似たような空気を纏っているように感じる。
「……それで、お前たちは何を知っている?」
「「はい」」
自分の問いに二人が顔をあげた。そして今度はドゥムカが口を開く。
「まずはシルヴェリッサさま、あなたさまの――、ッ!」
ドゥムカとエリフィナそれぞれの背後に『錆色』が見えた瞬間、彼女らを風の力で包んで保護し、その錆色の空間に力を込めた風撃をとばす。今回も同じことが起こるのではと警戒はしていたが、まさか本当に全く同じとは。
まあとにかく、今度は防げたらしい。錆色の空間が跡形もなく消え失せていく。
しかし、このタイミング……やはり何者かの介入と考えてよさそうだ。自分がドゥムカの話そうとしている『何か』を知ることが、そんなに不都合なのか、それとも他に理由があるのか……。
とりあえずまた再び同じことが起こるとも限らないので、ドゥムカとエリフィナを包む風の力はこのまま維持しておくことにする。
「「ありがとうございますニ(さね)、シルヴェリッサさま」」
ドゥムカとエリフィナが礼を述べてきた。
「こちらも今度はやりかえしてやろうとかまえていたのですが、やはりシルヴェリッサさまにはかないませんニ」
なるほど。どうやら自分がやるまでもなく、彼女たちでも対処できたらしい。まあとにかく話を続けられるのだ、細かいことはいいだろう。
「ではあらためて……シルヴェリッサさま、まずはあなたさまについて、お話ししなければなりませんニ」
「正直なところ、信じがたい話とは思いますさね。けれどこれからお話しすることはすべて、真実なのですさね」
そう言う彼女たちの表情からは、どこか必死なものを感じた。
「おそらくシルヴェリッサさまはご自分のことを、ここアルティアとは別の世界の人間である、と思っていらっしゃいますニ?」
「…………違う、というのか?」
「はい、ちがいますさね」
眉をひそめる自分の問いに、エリフィナがはっきりと頷く。だがそれでは、いったい自分は何だというのか。
……とにかく、続きを聞こう。
「あなたさまは別の世界の存在でも、人間でもございませんニ」
人間ではない。
それならば、いったい……。
「「あなたさまの真の名は――
――アルト・シルヴェリッサ。この世界を創りし創世神、女神アルトさまなのですニ」さね」
「………………」
そうして彼女たちが口にしたのは、あまりにも予想だにしがたく、そしてあまりにも――受け止めがたい内容だった。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
あと、100話記念については1月3日が終わるくらいまでには更新するつもりですので、よろしければお楽しみに。
シルヴェリッサ「……明けましておめでとう」
リゼフィリア「あけましておめでとうございます!」
ナーラメイア「あけ。よろ」
ドゥムカ「あけおめだニ!」
エリフィナ「ことよろさね!」