109話
少し苦戦しましたが仕上がりました。
あと次話を書く前に、ドゥムカ初登場のときの二話を加筆しようかと思います。済みましたら活動報告でお知らせいたしますので、お手数ですがその際は読み返しをよろしくお願いします。
~ □ ~
フィンルフ大森林の奥地に、”エルフ”の王国がある。樹上に建てられた家々、そして小屋などが吊り橋で繋げられた街観で、完全に”エルフ”のみで構成される国家だ。
名をアルティエフラ森葉国。
ここに、とある少女が暮らしている。
緑色の長髪に、同色の瞳。
それから頭には、両端に薄緑色の花弁飾りのついたカチューシャ。後ろ髪は左右二房に分け、それぞれ半ばより少し下あたりを、薄緑の紐でしばり留めている。
すらりとした手足と小さめの胸部、そしてとがった長耳は、”エルフ”という種族の特徴を表していた。
彼女の名はエリフィナ。
母親と二人、ごく普通に日々を暮らしている、ごく普通の少女である。
「すぅ……」
気配を鎮めたまま静かに息を吸い、獲物である”スモールロップ”に意識を集中する。
大丈夫だ――こっちは樹上で、相手は地上。そして気づかれてもいない。
つまり結果を左右するのは、自分の弓の腕のみということだ。
(この距離なら大丈夫、問題ないさね)
あとは気さえ乱さずに射れば、しとめられるはずだ。と、自分に合わせてか隣の少女――リファも息を殺して”スモールロップ”を目に捉えている。ちゃんと自分が教えたことをできているようで、姉役としては嬉しいことだ。
さて――
(ここさねっ!)
”スモールロップ”が周囲を警戒して身を立たせたので、その額めがけて射かける。――当たった。
「やったっ。すごいよエリ姉、さすがだねっ」
「ふふ、ちゃんと練習すれば、リファもこれくらいできるようになるさね」
「うんっ。よぅし、はやく矢づくりの課題をクリアして、弓術も教えてもらうぞっ」
「その意気さね」
他の子の世話役とは教える順番が違うと自覚しているが、自分としては弓の扱いよりもまず矢のことを先に教えたほうが、結果的に良い弓手に育つと考えている。
ただこの国では弓の腕がある程度ないと一人前と認められないので、今のところ彼女は同年代や年下に見くびられているようだが、本人は「気にしてないから今までどおり教えてっ」と言ってくれた。なので自分も気にしないことにしている。
いずれリファが立派な弓手に育ってくれれば、それでいい。
まあ彼女はまだ80歳になったばかり。成人してわずかな自分とくらべても、ほぼ半分の年齢だ。成長する機会や時間はこれからいくらでもあるだろう。
「さ、そろそろおりて、しとめた獲物の処理をしてしまうさね。もちろん一人でできるさね、リファ?」
「うんっ、いつもどおりちゃんとできるよっ」
「ふふ、じゃあまかせるさね」
「えへへ」
優しく頭をなでてやると、リファは嬉しそうにはにかんだ。
それから地上におりて、しとめた”スモールロップ”を確認する。自分が射った矢は額の中心からまっすぐ脳天をつらぬいていた。
狩りをするのはしばらくぶりだが、にぶっていないようで安心である。
ともあれ、獲物の処理だ。
骨製の解体ナイフを手にしたリファが、”スモールロップ”にしゃがみこむ。さて、いつものように見守ろう。
「ん、しょ」
まず矢を抜き、首にナイフを入れて胴から切断する。このとき少し厄介なのが骨なのだが、うまく軟骨の部分をねらえば問題はない。リファにももちろんそれは教えており、ちゃんとできていた。
分かたれた頭のほうは特に不要なので、いずれ地に還るようにそのあたりに置いておく。他の魔物が死肉をあさるかもしれないが、それはそれで自然の流れだ。
ともあれ次に、残った胴を手頃な高さから生えている枝に縄で吊るし、血抜きをする。
で、ここで少し時間を待たねばならないわけだが――せっかくなので矢作りも見てあげようか。
「リファ、この間に矢作りも見てあげるさね」
「ほんと!? よしっ、がんばるぞっ」
胸の前で小さく両こぶしをにぎり、はりきるリファ。
自分が矢作りで彼女に課したのは、『10秒以内に一本つくれるようになる』だ。この場合つくるのは応急的な補給としての矢なので、素材も造りも簡易的である。よってこの時間制限はべつだん無理のない範囲だ。
さて、まずは素材を集めて準備をするところから。もちろん自分は見守るだけで、これもリファのやることだ。
「”アロゥギ”の枝と~……」
リファが軽くつぶやきつつ、近くの藪の低木から一本の枝を折り取った。この低木は”アロゥギ”といって、葉が少なく、まっすぐで長さ太さも矢に適した枝をもつ植物だ。植生数も多く、その都合の良さから普通の矢にも基本的にこれが使われている。
「”ヤジリノミ”と~……」
名前どおり矢尻のような形状の実。ひざよりも低い小さな木に生る実で、やはり名前どおり矢尻として使えるほど先端がするどく、扱いは注意せねばならないが非常に有用な植物だ。まあ、さすがに触れただけでケガとまではいかないのだが、危ないのは事実なので気をさいて損はない。
ちなみに普通の矢にも使えるが、自分もふくめ熟練者は骨や石をきちんと加工した矢尻の物を好んで使っている。そのほうが貫通力が高く、矢速もはやいのだ。
「”ギザリフ”の葉っ」
地面に生えているギザギザの草の葉を一枚。それなりに丈夫で、縦半分に切り分けると左右で矢羽として使えるのだ。しかも断面から染み出る葉液は、枝の表皮ににじむかすかな樹脂と反応してかたまるため、接着剤もいらない都合の良さである。
まあこれも普通の矢にも使えるが、もちろんながらきちんと手をくわえた羽には大きく劣る程度のものだ。使うとすれば応急的な補給矢か、安価な雑矢にくらいだろう。
さて、ともあれ材料の準備はこんなもので、いよいよ組み上げである。
「それじゃ、3つ数えたらはじめるさね」
「はいっ、いつでもいいよ」
「では……3、2、1、はじめ!」
自分のかけ声と同時、リファが矢の作製にはいった。
まず矢幹となる”アロゥギ”の枝の尖端を軽くナイフでととのえ、”ヤジリノミ”につき刺す。次に逆側の先端部にもナイフを入れ、弓弦につがえるためのミゾを作った。続いて”ギザリフ”の葉を半分に切り分け、左右それぞれ対称となるよう枝につけて、最後にきちんとかたまったのを確認し完成である。
で、問題の秒数は――
「9秒、合格さね」
「やったっ!? ぅぅぅやったあ、合格だぁっ!」
リファが大きくよろこび、両手をつきあげる。自分も妹分の成長が感じられ、とても嬉しく思った。
彼女の頭をなでてあげながらひとしきりいっしょによろこぶと、木々の枝葉のすきまから空を見上げる。そろそろ夕時だ。これ以上は夜行性の魔物などで危険が増すので、リファには残念だが血抜きを終えたら帰ることにしよう。
森の中を二人で歩くことしばらく、街の壁門が見えてきた。左右の見張り台の人たちもこちらに気づいたようで、軽く手をふっている。リファとそろって手をふり返しながら、そのまま門をくぐり街へと帰ってきた。
……なんだろう。どうも騒がしげだ。リファと首をかしげつつ人だかりのほうへいってみると――
家が大破していた。
どうやら支えの大枝が折れて、そのまま上にあっただれかの家も落ちてしまったらしい。
森の奥部であるここには巨木しかなく、その枝の一つ一つも建物の支えになれるほど太く強いのに、落ちたのは最近でもう3個目になるか。
少し前までこんなことは全くなかったのだが、初めて発生してここ20年ほどであきらかにふえてきている。
長老たちもこれは問題とみて調べているようだが、まだ原因すらわかっていないらしい。
「エリ姉……」
「大丈夫、きっと長老たちが原因をみつけてくれるさね」
「うん……そうだよね」
不安そうに自分の服の袖をきゅっとつかんできたリファに、頭をなでてやりながらほほえむ。すると彼女は少し安心したようで、その表情がやわらいだ。
自分だって不安はあるし、ここに集まっている人や他のみんなだってそうだろう。だが原因がわからない以上、その不安をいたずらに広めたり大きくしすぎたりするのはやめたほうがいい。と自分は考えている。
「さ、ここにいても仕方ないさね。そろそろ帰るさね」
「うん、かえろ」
そうしていつもどおりリファを彼女の家まで送り、”スモールロップ”の肉と毛皮を分けあってから自分もそのまま帰宅する。
それからはいつものように母といっしょに夕食をつくり、二人でなごやかに食べた。
「ねえエリ、明日はどうする予定なの?」
「またリファと出かけるさね。明日からはいよいよ弓の扱いを教えていくさね」
食後の休憩に二人そろってお茶を飲みつつ、いろいろと話をしながらすごす。家に残っている薬草の数だとか、ご近所が”プリックヴェスパ”と取り引きして手にいれたハチミツをわけてくれただとか、そんなことを話しているうちに外がすっかり暗くなっていた。
そろそろ弓の手入れをしなければ。
いつもやっている自分の物と、今日はリファの分もだ。彼女に弓を教えるときがきたらと前々から用意していた物で、自分の手作りである。
「ふふ」
よろこんでくれるだろうか。わたしたときにどんな顔をするのか、いまから楽しみだ。
今日は自分が手入れをするが、リファがちゃんと自分でできるよう、これも教えてやらないと。なんてことを考えながら作業を終えて、さてねようか――と、弓をおいたときだった。
家の扉をノックする音。続いて女性の声がきこえてくる。
『夜分にすまない、長老会議の使いの者だ。エリフィナという者に用があってきたのだが、いるだろうか』
長老会議の使い。そんな人がこんな時間になんの用だろう。しかも自分を名指しでなど、まったく見当もつかない。
「はいー、いま出るさねー」
返事をしつつ扉を開けると、やはり女性が立っていた。そしてもう一人、
「リファ?」
「よくわからないけど、リファもよばれたの」
首をかしげる自分に、しかしリファは困惑の表情で小さく首を横にふる。二人そろって当の女性に目をむけると、その女性は真剣な顔のまま口をひらいた。
「すまないが、詳しい話は会議所で長老たちから聞いてほしい。君たちの他にも女の子とその世話役が集められているので、一緒に来てもらえるか?」
自分たちだけではなかったらしい。理由はわからないままだが、長老たちがじきじきに会議の場によぶということは重要なことなのだろう。
リファが応えをあおぐように自分を見つめてくる。少し不安そうな彼女のその表情にほほえみをかけてから、女性にむき直ってうなずいた。
「ついていくさね」
会議所は街の中心に建てられた王宮の中にある。
この王宮も他の建物と同じで中空に建っているのだが、直接の支柱となっている木は存在しない。ではどうやって浮いているかというと、答えは魔巧器だ。この巨大な結晶型の魔巧器は、自分はおろか長老たちの親が生まれるよりもずっとずっと遠い昔から、王宮とともにすでに存在していたらしい。
で、さらにこの魔巧器、どうもとんでもない機能がついているようなのだ。仕組みもなにもかも国の誰ひとりとしてまったくわからないのだが、自己修復をしているらしいのである。
もはや女神さまが作ったとしか考えられない、この国における最高級の至宝だ。
それから、王宮とそれぞれ大きな吊り橋でつながった4本の巨木。これらには厨房やメイド用の小屋などが建てられていて、また吊り橋で各所がつなげられている。
夜で人数はそんなにだが、衛兵やらメイドやらがちらほら行き来しているのが見えた。
「リファ王宮に入るのはじめてだよ。エリ姉は?」
「私も初めてさね」
よくわからないままついてきた状況だが、リファは初めてのことに少しわくわくしているようだ。普段は自分の教えたことをきちんとおぼえようと真剣だが、やはりこういうところは年相応に子どもらしいなとほほえましくなる。
「では案内しよう、二人ともついてきてくれ」
「わかったさね」
「おねがいしますっ」
使いの女性の言葉にあまえ、後ろをついていく。4本の巨木には地上かららせん階段が巻き建てられているようで、そのうちの一つを使って上にあがった。
それからいくつかの吊り橋や足場を経由し、中央の王宮までたどりつく。
近くで見るとやはり大きい。簡単に見た目を説明すると、大きなドームと小さなドームが上下に重なった形状だ。物見塔もいくつかうかがえる。
王宮の中にはいると、そのまま廊下を歩いてとある大部屋についた。中央には円卓と、それを囲う椅子椅子。
どうやらここが会議所のようだ。言われていたとおり、自分たちの他にも女の子やその世話役と思われる少女らがいた。
と、使いの女性が長老たちに頭をさげて礼をする。
「ご苦労、下がりなさい」
「はい」
次いで長老の一人の言葉にしたがい、彼女は下がっていった。
「……さて」
また同じ長老が口をひらく。場の全員があらたまり、彼女に注目した。
長老といっても、種族柄その見た目は普通に少女である。まあさすがに自分よりは少しばかり年上の外見だが。
「皆を呼んだのは他でもない、近頃この森に起きている原因不明の異変についてだ。我ら長老会議で調査・話し合いを重ねた結果、もはや我らでは理解の及ばぬ事態であると結論がついた」
自分たちの間で動揺が広がる。長老たちはこの国のトップだ。その長老たちがお手上げと言ったのだから、民である自分たちが不安にならないわけがない。
それをわかった上で口にしたのだろうが……その意図がわからなかった。
「そこで、一つの方策をとることとなった。いや……方策と呼ぶにはあまりにも稚拙で、糸きれの如き可能性にすがるものであるが、とにかく皆にはこれに参加してもらいたい」
「詳しい説明は私からしましょう」
と、他の長老が話を引きつぐ。
「まずその前に、神獣様と星樹様に関する口伝については知っていることと思います。今回おこなうのはその双方がたのお力を乞う、というものです」
え? と、だれかが声をこぼした。無理もない。
神獣さまや星樹さまの話は何百年も昔から伝わるものだが、だれ一人として実際に見た者はいないのだ。そこにいる、とされている場所は伝わっているし、確かめにいった者ももちろんいる。が、そこはこの国よりもずっと森の奥深くであり、結局だれも戻ってはこなかった。
しかし、その神獣さまや星樹さまの力をということは……
「あなたたちには、双方がたがいらっしゃるとされる森の奥深くに赴いてもらい、口伝の一つに従って森の安寧を願う舞と祈りを捧げてほしいのです。まだ幼い子供たちまで危険な目にあわせてしまうのは、非常に心苦しいことですが……口伝に従うならば、舞は齢100~200までの少女、祈りは齢100に満たぬ童女が行わなければなりません」
「…………」「…………」
沈黙。
話はわかった。だが、糸きれのような可能性にかけるには危険が大きすぎる。他の皆もおよそ同じ考えであろう。
「強制はせぬ、あくまで我らが願う形だ。だがもはや我らには、他にまともな方法が浮かばぬ」
と、最初の長老が再び口をひらいた。さっきまでと比べて少し口調が重々しい。
「このままでは森が枯れる一方、いずれこの国も生活も崩壊してしまう。どうか頼む……子供たちよ」
そう言って長老は深く深く頭をさげた。他の長老たちも続く。
再びの沈黙。
やがてそれを破ったのは――リファだった。
「……やる」
「リファ!? 危険すぎるさねッ!」
おどろいて彼女に向きなおり、その肩をつかむ。
「でも……リファがやれば森がなおるかもしれないんでしょ? じゃあやったほうがいいよ」
「うまくいくかどうかもわからないさね!」
「他にいい方法はないんだよね」
「それは……」
長老たちがそう言ったのだ、本当にそうなのだろう。リファに返す言葉が見つからず、顔をふせる。するとリファが、自分のほほに手をそえてきた。
「あのねエリ姉、リファだってこわいよ。でもね、リファががんばって森がたすかるなら……やっぱり、やりたい」
「リファ……」
彼女とは姉役になってから20年のつきあいだ。なのに、こんなに強く育っていたことなんて気づきもしなかった。
妹分の彼女がこんなに覚悟を決めているというのに、自分はうじうじと……姉として少しなさけない気持ちになる。
「わかったさね。私も覚悟を決めていっしょにいくさね。けどリファ、父さま母さまの説得は自分でやるんさね」
「うん! ちゃんとわかってもらうよ!」
「……わたしも、行きます」
「私たちも」
「ウチらも!」
と、他の者たちも意を決した表情で自分たちの後に続く。ついにほとんどが名乗りをあげ、長老たちがまた深く頭をさげた。
「ありがとう、子供たちよ。準備を万全とするため、出発は5日後としたい。無論、護衛として充分な数の兵もつけるが、場所が場所だ。いざというときは自分たちも戦闘に参加するのだ、という心持ちでいてほしい」
皆でうなずくと、長老もまた重々しくうなずいた。
「では、会議はこれにて終了とする。皆集まってもらいご苦労だった。帰ってゆっくり休んでくれ」
そうして全員が解散し、自分もリファを家に送るべく、彼女と夜道を歩いていく。しずかな森に奏ぐ風のそよぎと、二人の足音だけが続く中、
「がんばろうね、エリ姉」
ぽつりと、リファがしずかにそう言った。緊張や覚悟などがあるのだろう。その表情は少し不安げで、しかし――どこか凛々しかった。
妹分の成長を目の当たりにしたようで嬉しくなり、彼女の頭をそっとなでる。
「エリ姉?」
「ふふ、なんでもないさね」
不思議そうに自分を見上げるリファに、優しくほほえむ。
明日から出発の日まで、あたえられた時間は短い。だがそれでも、時間がゆるすかぎりしっかり弓を教えておかねばと、心に強く決意した。