108話
◇
事態も収束し、夕暮れが顔を見せた頃。
未だいくらかの問題は残っているものの、城内も街も、いまは瓦礫の撤去など最低限の生活空間の確保に動いていた。ドゥムカもそれの手伝いに買って出て、しばらく姿を見せていない。
アーニャたちやメイドたちは、もちろん無事だ。そして従魔らも皆、怪我などはあれど五体無事である。
(……さて)
従魔といえば、そう――進化だ。保留されていた進化を行うべく、厩舎を訪れた。
ここにも多少の被害が及んだようだが、傷の具合を見たかぎり今日明日に倒壊するようなことはなさそうだ。
中へ入ると、自分に気づいた従魔たちが腰を上げたり、近くに寄ってきた。そんな傍にきたうちの幾匹かの頭に手を添えてやり、一つ二つとそれぞれ撫でる。そして扉のほうを指し示し、全員に向けて言った。
「……外へ」
「ピュイ♪」
「グュウ」
『ギヂヂ』
「くむぅ」
「~~♪」
セルリーンやルヴェラをはじめとしたリーダー格に続き、馬たちや他の従魔も順々に外へと出ていく。
まずはセルリーン。前に立たせ、彼女の進化を心に思うと、間もなくその身体が光に包まれた。
「ピュイイイイイイイィィーッ!」
内側から迸る力を解放するような、誇らしげな叫びが響き渡り、彼女の身体がその形を変えて――
――ビヂィッ……!
――身に着けていた『ボーンエッジハーネス』が、音を立てて破けた。いくつかの部片に分かたれたそれが、ポトリポトリと地に落ちる。
やがてセルリーンを包んでいた進化の光が収まると、彼女の新たな姿が露になった。
まず背面から翼が一対、つまり左右に一つずつ増えて計四つとなり、両の鎖骨から飛び出ていた細長い飾り羽も同様に一対ふえている。
そして両の側頭部から生えていた、リボンに似た形状の飾り羽。これは耳と一体になるような形に変化し、一回り大きくなっていた。それから腰の左右にもあった同形状の大きな飾り羽も、さらにもう一回り大きくなって、優美に艶めいている。
脚は強靭に、鉤爪もより鋭くなったようだ。
やはり体格は少しだけだがまた大きくなり、尾羽は一層なめらかに、そして艶やかな色合いとなっていた。
最後に体色だが、これはもうほとんど淡緑が割合を占めている。他は羽根の先端などが濃緑で、人間の身体と鳥の体部の境目あたりは、ほんのり緑が混じったクリーム色だった。
と、彼女の身体についてはいいのだが……。
当のセルリーンは、とても己の進化を喜ぶような余裕はないようだった。ただただ茫然と足元の『ボーンエッジハーネス』に顔を向けたまま、動く様子がない。
なぜ壊れたのか。
先ほどの様子から鑑みるに、おそらく進化によって体格が大きくなる際、ハーネスが許容できるサイズの限界を越えたのだろう。かなり丈夫に仕上がっていたと思うのだが、それを軽く上回るほどに『進化』という現象の力が強いのだと思われる。
見学についてきたアーニャたちやメイドらも含め、場の全員が静寂する中、やがてセルリーンの瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれた。そして、
「ピュ、ピュ……ビュイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィッ!!!!」
まるで慟哭のごとき様で天を仰ぎ、泣き叫びだす。そのまま膝を折ると、一対の翼で『ボーンエッジハーネス』の部片を胸に抱き、うずくまるように地に伏せってしまった。
彼女のその深い悲しみが、とても強く胸に伝わってくる。とにかくなだめようと歩み寄り、セルリーンの頭をそっと抱いた。
他の皆がオロオロとする中そうしていると、徐々にセルリーンの様子が落ちついてくる。
「……もう平気か?」
「ピュイ……」
自分の問いに、彼女はまだ少し沈んだ様子ながらも顔を上げ、うなずきを返してきた。その頬を優しく撫で、逆の手を彼女の翼手に添える。
「……しばらくしたら、また作る」
「! ピュイッ……!」
自分のその言葉を聞くと、少し弾みの戻った声を上げ、新たに生えたほうの双翼で抱きついてきた。どうやら元気が戻ったようで、周りの皆もほっと表情を和らげている。もう大丈夫だろう。
さて、では落ちついたところで、次は能力の確認だ。とりあえず二歩三歩だけ離れ、セルリーンに向けて『神の瞳』を発動する。
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NAME:セルリーン
○ テンペストハーピー
『風』
Lv: 85/100
HP: 979/979
MP: 458/458
STR: 617
DEF: 601
INT: 552
RES: 534
DEX: 381
SPD: 820
LUC: 405
スキル: □飛行Lv8 □空中戦闘Lv7
□風魔術Lv6 □隠密Lv4
□狩猟技術Lv5 □魔力感度Lv4
□ウィンドオーラLv2
言語: □アルティア標準語(初式)
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全体的に見て、なかなか良い具合に成長していた。しかし、スキルLvも上がっているのはいいのだが、気になるのは新しいスキルの『ウィンドオーラ』と、言語の欄に増えた『アルティア標準語(初式)』というものだ。
もしや……話せるようになったのだろうか? 試しに問いかけてみる。
「……話せるか?」
「ピュイッ! チョット、ダケ、デキル!」
「「「「「「「!?!?!?」」」」」」」
やはり話せるようになったらしい。皆が大きく口を開けて驚いている。
だが、どうも短い単語だけであまり達者には話せないようだ。初式というのはそういうことだったのだろう。
「……新しいスキルは、わかるか?」
「ピュイッ、ミセルッ! ピュウゥゥゥゥゥゥ、ッイィ!」
弾むようにうなずいたセルリーンが、少しばかり強く魔力をためて解き放つ。すると彼女の全身を風の魔力が覆い、まるで鎧のように纏わった。
「コレ、コウゲキ、モ、デキルッ! ツヨイ、スキルッ!」
なるほど。見た目からして防御にはもちろんのこと、攻撃にも使えるらしい。これはいいスキルだろう。今後もきちんと鍛練して十全に使いこなせるようになれば、戦闘の幅も広がるはずだ。
――さて、ではセルリーンはこれでよいとして、彼女の頬を一つ撫でてからルヴェラを呼ぶ。
「……ルヴェラ」
「グォオ!」
するとルヴェラが返事をし、セルリーンと交代する形で前に出てきた。そしてすぐにハッとなると、慌てた様子で己の装備を外そうとする。自分もそのつもりでいたのでそう慌てずともよいのだが、まあ気持ちはわからないでもない。
だがここで裸になると野晒しなので、彼女のその手をそっと掴んで止めた。
「グ、グォ……?」
「……中に戻るぞ」
「グォ、オ」
そのまま手を引いて厩舎に戻る。
混雑しない程度に他の皆が扉外に集まる中、オーガたちだけはそろって中に入ってきた。同族ということで何かしら思うところがあるのだろう。
ともあれ自分も手を貸してやり、ややもなく『炎鬼の闘衣』を脱がせ終えた。そしてすぐさま彼女の進化を思い、その身体を光に包ませる。
やがてそれが収まると、彼女の新たな姿が露となった。
まず目についたのは頭部の、長く大きくなった角。煌々と赤めく地色と、根元のほうにはまるで血管のように暗赤色の筋が流れている。
体格はまた半回りほど大きくなり、両肩にはそれぞれ一本ずつ、体皮が隆起した形の角が生えていた。長さは、頭部のものより少しだけ小さいくらいだろうか。
腕や脚の炎波状外殻はより鮮やかな朱色に変化し、身体中を通る紋様のような線は少し増えて、色も暗赤からほんのり赤みがかった橙色に変わっていた。
一通り確認し、また装備を着せていく。体格は少し大きくなったが特に問題はなく、ルヴェラもホッと安心していた。
布製の上衣やチューブトップはともかく、ズボンに使った革を伸縮性のある物にしたのは正解だったか。
まあとにかく問題はなかったので、続いて能力を確認すべくルヴェラを『視る』。
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NAME:ルヴェラ
○ アグナブレイズオーガ
『火』
Lv: 90/100
HP: 1139/1139
MP: 410/410
STR: 873
DEF: 791
INT: 447
RES: 401
DEX: 275
SPD: 549
LUC: 370
スキル: □格闘術Lv6 □狩猟技術Lv4
□採集Lv1 □火魔術Lv5
□魔力感度Lv4
言語: □アルティア標準語(初式)
=== =========================== ===
少し偏り気味ではあるが、やはり良い成長具合といっていいだろう。それからアルティア標準語、セルリーンに続いて彼女も習得したようだ。
また試しに問いかけてみる。
「……話せるか?」
「グ、グゥ……ハイ、オウシュ、サマ」
「「「「「おぉ~!」」」」」 アーニャたち
「「「「「おおー!」」」なのー」」 カーヤたち
問題はなかったようだ。アーニャたちやメイドたちは、今度はさほど驚いた様子もなくただただ讃えていた。
ルヴェラも単語だけの簡単なものだったが、きっと今後すこしずつ上達していくだろう。
さて次は――。
と、そこに新しく一人のメイドがやってくる。見やると、どうやら自分を担当している者だった。
彼女がきたということは、
「お取り込み中失礼致します、シルヴェリッサ様。リフィーズ陛下がお呼びでございます」
「……ん」
「皆様は、しばし御休憩なさってくださいませ」
「「「「「はーい」」」」」
「「「「「あーい」」」なのー」」
先ほどリフィーズが、「しばらくしたら呼びに行かせるわ」と彼女を傍に残らせていたので、それだろう。具体的な用は知らないが、ともあれそのメイドを伴って場を後にした。
「よく来てくれたわ、二人とも」
玉座に座すリフィーズが、そう微笑んだ。
二人とも。つまり自分と、それからドゥムカである。彼女も自分と同じ用向きで呼ばれたのだろう。
「さて……早速になるけれど、本題に入るわね。まず今回の件、やはりサイモンが全面的に関わっていたわ。簡潔に言うと、例の緑竜ディーガナルダと組んでこの国の乗っ取りを企てていたようよ」
なるほど。
以前からちょくちょくとちらついていたサイモンに対する違和感は、おそらくそれによるものだったのだろう。
もっとも、先ほどすでにリフィーズから処刑を言い渡された男だ。無論ながら小さくない怒りも残っているが、しかしもはや自分には関係のないことであるし、リフィーズともそういう話で結論がついている。ドゥムカとて特に否はないだろう。
「あれの処刑はいずれ日を改めるとして、妾が言いたいのは別のこと。……シルヴェリッサ、そしてドゥムカ」
一拍。
「大儀だったわ!」
リフィーズが言った直後。周りに整列していた騎士兵士らが、そろって武器を床に鳴らす。剣であれば鞘の先、槍であれば石突で、何度も何度も、繰り返し繰り返し。
そしてリフィーズがそっと手を挙げると、ピタリと止まった。どういった意味合いの行動なのだろうか。わからないが、とにかくリフィーズの次言を待つ。
「貴女たちがいなければ、今頃どうなっていたか……その多大な貢献を讃えて、ここに褒章を授けるわ。これから復興に向けて物資も財貨も大量に必要になってくるから、これくらいしか与える物がないのだけど……」
「……別にかまわない」
「おなじくですニ」
申し訳なさそうに少し眉尻を下げるリフィーズに、短く答える。隣のドゥムカも続いた。
自分もいまは復興を最優先にすべきだと思っているし、別に何かが欲しくてやったことではない。それはドゥムカも同じだろう。
「そう言ってくれると少し気が軽くなるわ。とはいえ、この褒章だってちゃんと役に立つのよ? この国が直営する店や施設は低価格で利用できるようになるし、他国であってもある程度の身分保証になるわ。……まあもちろん、敵対的な立場の国では見せないほうがいいけれどね」
なるほど。一応おぼえておくことにする。
自分の担当とは違うメイドが二人、それぞれ上等な献品用の木板を、自分とドゥムカに恭しく跪きながら差し出してきた。見ると木板の上にはこれも上等な布が敷かれ、そこに褒章と思われる飾りと、なにやら並々ならぬような感のする封書が乗せられている。
「あと、その書簡は冒険者ギルドへの推薦状よ。ある程度おおきな街のギルドマスターに渡せば、Sランクへの昇格試験を用意してくれるわ。合格できるかは別問題だけれど、貴女たちならさほど心配もないでしょう」
Sランクへの昇格試験。
いまのところ金銭的な問題はないので受ける必要も感じないが、一応これもおぼえておこう。
ドゥムカもそろって褒章と推薦状を受け取ると、メイド二人はそっと下がっていった。
「もちろんそれを使うかどうかは貴女たちの自由よ。さて……妾からの用はこれで済んだけれど、貴女たちの方からは何かあるかしら?」
「……ない」
「おなじくだニ」
「そう。なら二人とも、今日はもう休みなさい。最後にシルヴェリッサ。当初予定していた披露会に関する段取りだけれど、今回の件でいろいろ組み直さなくてはいけなくなったから、また連絡するまでは自由にしていていいわ」
「……わかった」
そうして謁見の間を後にし、ドゥムカと並んで廊下を歩く。
しばらくゆくと、徐にドゥムカが立ち止まり、こちらに神妙な相貌を向け口を開いた。
「シルヴェリッサさま。お話の続きをしたく思いますニ」
「……ん」
話の続き。
結局なにもわかっていないままだったので、自分もそれは望んでいた。
「では、静かな場所に移動しましょうニ」
その提案に無言でうなずき、どちらからともなく廊下の人気が全くない片隅に歩いていく。そしてそこで足を止め、周囲にだれもいないことを二人で確認すると、ようやくドゥムカが話を切り出した。
「シルヴェリッサさまが持っている過去の記憶には――おそらく作り物や乱れが混じっていますニ」
「…………どういうことだ?」
意味が理解できず、眉をひそめる。言葉の通りに受け取るなら、自分の生い立ちなどの記憶が間違っているということだろうか。
「はい。シルヴェリッサさま、あなたさまはこの世界の――、ッ!?」
「……ッ!」
突然あらわれた錆色の空穴に、ドゥムカが一瞬にして引きずりこまれた。身構えたときにはもう彼女の姿はなく、空穴もすでに消え失せている。まるで何事もなかったかのように。
半ば無意識に”ストームグリーン”を抜剣し、周囲を警戒する。……が、再びなにかが起こるような気配は、なかった。
静寂――。
「…………」
タイミングからして、何者かの意思が介在しているのは明らかであろう。つまり……ドゥムカから伝えられようとしていた『何か』、それが自分に渡らないよう妨害した、ということだ。
ドゥムカは無事、なのだろうか。せめて最悪の状態でさえなければいいのだが……。
と、
(この感覚は――ドゥムカの気配か?)
遠く遠く、おそらくこの大陸の外だろう距離から、ドゥムカの気配を感じた。最初に彼女を感じることができた距離よりも大幅に遠いが、もしかすると一度接触したことで感覚が鋭敏になっているのかもしれない。
ともあれ、彼女はとりあえず無事のようだ。
いまはすぐに合流というわけにもいかないが、とにかく無事である以上いずれまた会えるはず。全く心配しないというわけではないが、ドゥムカは間違いなく簡単にどうにかならないほどには強い。
具体的な居場所もわからないし、いま自分にできるのは彼女自身と、そして彼女との再会を信じることだけだろう。
「…………」
そんなことを考えつつも、自分の過去の記憶に疑問も抱きながら、ともあれと一人その場を後にした。
すみません。いろいろ考えた結果、物語の核心はもう少し後にすることにしました。でもドゥムカとはまた次の章で合流する予定です。大まかな流れしか詰めていないので、あくまで予定ですが。
そして次話。ついに、
???「ついに出番さねぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!」
ということです。