106話
眠いときに仕上がりましたので、もしかしたら変な部分や違和感などあるかもしれません。もし気づきましたら教えてくださると助かります。
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もし、同じ性質のもの同士がぶつかった場合、どちらが勝り、残るか。
その答えは至極単純で、明解だ。幼い子どもであっても迷いなく答えられるだろう。
すなわち大きい方、あるいは規模の強い方であると。
たとえば、灯火と豪炎。
たとえば、流水と大波。
たとえば、小石と大岩。
たとえば、
微風と暴風――。
◇
「……《凪風》!」
「《ツイスターパイル》!」
風の力を込めた緑刃。そしてディーガナルダが生み出した、錆色の波動を纏う風の錐。
衝突。
刃が魔術を斬り消し――しかし残った錆色の波動に身体が傷を受ける。
先ほどから、これの繰り返しだった。
「…………」
無言で構え直す。
……それと、先日から感じている”黄岩陸”に似た気配だが、いまは街中を駆け回っているようだ。その行く先々で竜の気配が消えることがあるので、おそらく人々を助けて回っているのだと思われる。
味方、とみていいだろう。
そもそも最初に感じたときから敵である感覚は皆無だったのだが、とにかく各所に散らばっているセルリーンたちも合わせ、他の竜を任せられるのは助かる。
「フハハハハ! 本当にしぶとい小畜よ。だが、いつまで保つのだろうなぁ」
と、ディーガナルダが嗤う。その身体に傷はないが、別にこちらの攻撃が効かなかったわけではない。ただ治っただけだ。
『風』は完全にこちらが征している。それは一片の違いもない、純然たる事実だ。
問題は、あの『錆色』。
多少の傷を負わせても、瞬く間にその粒子が傷口に集まりすぐにふさいでしまうのだ。それに相手の攻撃にも例外なく混じってきて、厄介という他ない。
大技を使えば……たしかに押し切れるとは思う。
だが周囲への被害、影響などを考えると、なかなか決断ができなかった。
「ほれッ!」
「……ッ」
横薙ぎの腕撃。左手の鞘で受ける。
「フッ、まだあるぞッ!」
そこへもう一方の腕が迫る。
腕撃を受けたままの鞘を基点に、左手の力で自分の身体を押し上げた。途中で相手のその腕を斬りつける。
……だめだ。また傷が消えていく。
「無駄無駄ァッ! 《ゲイルカッター》!」
「……《緑印:ゲイルウォール》!」
巨大な四つの円風刃。
それらすべてを緑印術の風壁で受け、呑み消した。『錆色』の波動も残らず掻き消す。
「終わらんぞッ!」
「……ッ!」
体当たり。
強風を生んでそれを受け抑えつつ、相手の肩越しに身体を横転させ背後に回る。
よし、ここで……。
「……《乱疾風》!」
連続で何度も斬りつける。
袈裟。右薙。
左斬上。斬下――そして斬上。
ディーガナルダが鳴き呻き、斬撃の余波で空がかすかに震えた。
「グッ、ヌウゥ……!」
だが――やはり『錆色』が傷を消す。
(これもだめか……)
「クハハ、ハハハハハハハハァッ!」
己の傷がなくなったのを見て、ディーガナルダが高らかに嗤いだした。
「あぁ、なんと素晴らしい……この力があれば、世界を支配することとて容易かろう。あぁ、素晴らしい……素晴らしい……!」
「…………」
力に酔っている。いや、溺れているというのが正しいか。
なんにせよ、やはりここで仕留めきらねば。
しかし……そのためには高威力の攻撃で一気に沈めるしかない。が、それをすると周囲に大きな被害が及び得る。
せめてこの場所から遠く離れられればいいのだが、誘うのを失敗すればディーガナルダの注意が自分から逸れる恐れがあった。
だが……。
(このままでは消耗するだけ、か)
わずかな逡巡の後、決断する。
他に方法が思いつかない以上、なんとか誘い出すしかなかろう。
”ストームグリーン”を鞘に納め、一呼吸……全身に力を入れた。
ディーガナルダに肉薄し、その腹部に鞘を打つ。続けて蹴撃。
「グゥ、ヌッ……!?」
まだ止めない。
打つ。打つ。打つ。打ち続ける。
蹴撃も絶えず繰り返し、少しずつディーガナルダの身体を押していく。そして、
「……《飆連打》!」
「ガファッ……!?」
右薙、左薙、終に打上。強風を纏う鞘の連打。
これで城壁は、越えた。この調子で――
「鬱陶しいッ、グルォオオァッ!」
「……ッ」
右から爪の降り下ろし。
左手から右手に鞘を投げ渡し、その爪撃を受け止める。
「フンッ!」
すかさず逆の腕が迫ってきた。
風の力を込めた左手を振りかざし、風壁を発生させて防ぐ。
止めたが、まだ終わっていない。
「ッカアァアアアアーーッ!」
「……くッ、ぅ!」
息撃だ。
まともにくらい、全身に衝撃が響く。だが……それほどダメージはない。
『風』の顕現たるこの神鎧には、当然ながら『風』の爪牙で傷をつけることは不可能だ。よってこの戦闘で自分のダメージになり得るのは、直接的な物理攻撃、あるいは『錆色』のみ。
なので、いまの息撃による傷が少ないのは当然といえるだろう。
「クハハハハハハハハハッ! やはり我輩こそが『風』の王、世界の王! うぬの風など、所詮は微風よ!」
「…………」
ディーガナルダのこの様子、もしやそのことに気づいていないのだろうか。どうも強大な力に気を呑まれて、精神的な視野が狭まっているように思える。
油断している、ということだ。
その点は都合がいい。といえるだろう。
剣を抜き、十連の斬撃。
「フハハハハァ! まだ足掻くか小畜め!」
ディーガナルダはそう愉快げに笑いながら、両腕の爪で斬撃に応じてくる。が、あまい。
撃ち合いの最後で腕爪を大きく弾き、すかさず懐に入り込む。そして己の全身を独楽のように回す連続斬り。
「……《巻飃》!」
「グォオオオオァッ!?」
手応え。続けて追撃に大きく蹴りをいれる。
まだだ。さらに蹴撃、蹴撃。その巨体を押し込み続ける。
これで最初の位置からかなり離すことができた。しかし未だ下は貴族街。まだ全力は出せない。ここから一気に離し切れればいいのだが……。
(少し、本気を出すか)
いずれにせよ、時間をかけすぎればその分だけ周囲へ被害が出てくる可能性が生じてしまう。それを考えると、やはりこのままのペースでは危うい。
強引な手になってしまうが、ここは思いきるべきだろう。
判断してやや大きめに力を入れると、風が唸りをあげて集まり、剣と鞘、身体に纏わっていく。
「フンッ、その程度の風で、我輩に勝てるなどと思わんことよ!」
「…………」
ディーガナルダはそう高らかに言うと、こちらに対抗するように風の魔力を練り出した。
別にこれで勝とうと思って力を入れたわけではないが、もちろんわざわざ訂正することはしない。風を込めた剣を振るい、車輪のように回る風刃を飛ばす。
「……《飛刃風輪》!」
続けて二度、三度、四度。
「フッ、こんなもの叩き落とし――ヌゥッ!? グオァアアッ!?」
最初の風刃に腕を振り下ろしたディーガナルダだったが、触れた瞬間に大きく弾かれ、続く風刃もまとめてくらう。
風刃たちはそのまま相手の風までも巻き込み、その巨体に傷を刻みながらディーガナルダを押し込んでいった。
まだだ。
さらに自分もディーガナルダの腹部へと飛び込み、逆手持ちにした鞘で巨体を突き込む。
「グッ……! 小、癪なァァァァァァアアーッ!」
ディーガナルダの両腕がこちらを叩き落とそうと迫る。だがそれはくらわない。
全身の風を前方に一気に解放して身体を後方へ飛ばし、その際に剣で薙ぎの一撃。
「ヌグッ!? ――小畜がアアアアアアアアァァァァーッ!」
咆哮。
『錆色』に呑まれてから、ディーガナルダが取り乱したのはこれが初めてだ。精神的な余裕が無くなったともとれるが……さて、どうだろうか。
ちらと下を見ると、どうやら商業区。それも庶民街の少し手前あたりまでは、とりあえず離せたようだ。
「グルォオオオオオオオオーーッ!」
と、ディーガナルダの突進による腕撃を鞘で受け止める。
「オオオオオオオオオオオォォォォーーッ!」
さらに続く追撃。応じて捌いていく。
爪を剣で受け。
蹴りは鞘で叩き落とす。
尾が薙がれればその上をなぞるように身を回して躱し。
そんな攻防を、何度も何度も繰り返した。
「小畜がァッ! 小畜めがァアッ!」
「…………」
憤然と繰り返される連撃。一つ一ついなしながら、隙を見て巨体を押し込む。
そうしていると、やがて互いに大きく弾き合い、攻防が止んだ。
静寂、睨み合う。
「……小畜、うぬは何者だ。この力を以てして、何故倒れぬ。何故屈さぬッ!」
ディーガナルダが、少し落ち着きを取り戻したようだ。だがこちらが一向に怯まないことに焦りが沸いたらしい。
その纏う空気にも、いささか迷いのような乱れが見えた。
「挙げ句この我輩に風で傷を付けるなど……小癪ッ、どこまでも小癪なりッ!」
「……《飆連打》!」
「グヌォオオァッ!」
取り乱しを隙と見て、再び鞘の連打を見舞う。これで――庶民街に入った。ここを越えれば街の外、あと一息だ。
「グルゥゥゥッ! またしても我輩に――ヌゥ?」
と、ディーガナルダが何かに気づいたように首と目を巡らせる。そしてこちらの後方、城のほうを見て目を細めた。
これは……、
(気づかれたか)
それを肯定するようにディーガナルダがくつくつと嗤い出した。
「クククッ、なるほどのう……我輩を遠ざけようとしておるな? 何が狙いかは知らんが、我輩が気づいた以上もはやそれはならんぞ」
「…………」
「クハハハハハハハッ! 悔しいか、悔しいであろう? 残念であったのう!」
こちらの狙いを見破ったのが相当に嬉しいのか、先ほどまでと打って変わって機嫌が良くなっている。
しかし、たしかに気づかれた以上はここまでよりも労が要りそうだ。下手をすると街の外まで出せないかもしれない。
だが、やはりここで全力の大技を放てば下に被害が及ぶおそれがある。なのでこのまま離し切るしかなかった。
「……《巻飃》!」
「グッ! フンッ、懲りぬかァッ!」
「……ッ」
身体を回す連続斬りをくらわせるが、途中で尾の薙ぎにより払われてしまった。さらに位置を移動され、城側に少しだけ寄り戻ってしまう。
これは……思ったよりも苦しいかもしれない。
周りを気にせず戦える場所であったらと、苦々しく唇を噛んだ。
いっそ眼下の部分だけでも”ストームグリーン”の力で覆い守るかとも考えたが、狭くない範囲を十全に防護しようとなると、今度は大技の制御と威力に不安が出る。
なんとか離し切らねば。
力を込めて連続斬りを繰り出す。
「……《乱疾風》!」
「くどいわッ!」
浅い。いくつかいなされた。
それに……また移動されて城側に近づいてしまう。
「フハハハハッ! うぬが攻撃する度に逆戻り。さあ、どうする? 続けてもよいが、遊び疲れたならばその時がうぬの最後となるぞ」
「…………」
もう、周囲への影響に目をつむり、全力を出すしかないのだろうか。いや、だが――
――”地”の気配。
見やると――ドワーフがいた。少女だ。
空下にて鎚らしき物を掲げながら、膨大な量の地の魔力を練って街の上に広げていっている。
なんだ? と思う間もなく、ディーガナルダが息を吸う音がした。
息撃にそなえて強く構える。
あのドワーフの少女。先日から感じていた、”黄岩陸”に似た気配の正体のようだが、とりあえず彼女のことは後だ。
「カアアアアアアアアァァァァァァーーッ!」
「……ッ、ぅ……!」
風の息撃。
相変わらず風によるダメージはないが、これだけ力を込めた攻撃だと『錆色』の威力も大きかった。かなりの衝撃を受けてしまう。
数秒を耐え、防ぎきった。
ちらと、視界の下端に黄色い膜のような何かが現れる。視線を移せば、そこには視界いっぱいの街を覆うほどの、巨大な黄色い魔力壁が二重に張り広げられていた。
「――こぼれ玉くらいなら、受けきりますニッ!」
ドワーフの少女がこちらに叫ぶ。
なるほど。
なぜ自分の懸念がわかったのかは不明だが、たしかにあの規模の防壁なら、直撃させない限り問題はなさそうだ。
全力。
正真正銘の全力を以て、風の力を練り上げる。
腕に。
脚に。
身体に。
鞘に。
剣に。
絶大な量の風の力が集まり、凝縮されていく。
「フ、フハハハ。また風か。しかし隙だらけぞッ!」
と、ディーガナルダが突撃してくる。
ただ、さすがに普通ではない量の『風』の力だとわかるのか、少し戸惑いを感じる笑いだった。
「グルォァアアアッ!」
爪撃。
しかし――避けはしない。力を溜め続ける。
「ヌッ? な、なぜ避けぬ……ええい、生意気なッ!」
次ぐ追撃もすべて無視し、ただ強く強く、全身に『風』を巡らせ続けた。左手の鞘に纏わった膨大な風はやがて刃と化し、右手と合わせて双剣となる。
そして――
「……《嵐刃颶皇斬》ッ!」
逆手持ちにした鞘刃と、もう片手の剣。
ふたつの刃による超威力の斬撃を刻みつける。
薙ぎに。
斬上に。
斬下に。
一つ振るうごとに空が鳴き、大地が震えた。
「ギャゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッ!?」
ディーガナルダの絶叫。
斬撃の余波による魔力壁の軋み。
それらが響く中、やがて終の一撃へ。
両の肩口から斜に瞬刃――交差斬り。
轟く断末魔。
刹那の沈黙の後、ディーガナルダの身体が、芥となって朽ちていく――――『錆色』の波動が、虚空へと消え失せていった。その際、
――ヌ……ヮ……ハ……ハ……ハ……ハ……ハ……ッ……
低く厭わしい、何かの嗤い声のようなものが、薄らと聴こえた気がした……。
※ 以下、本編とは関係ありません。
シルヴェリッサ「……ハッピーバレンタイン」
リゼフィリア「ハッピーバレンタインです!」
ナーラメイア「ハピ。バレ」
ドゥムカ「ハピバレだニ!」
???「ハッピーバレンタインさね」
ドゥムカ「いや、だからお前だれだニ……」
たぶん次かその次くらいには登場します……。