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104話

明けましておめでとうございます! 今年もどうぞよろしくお願いいたします。


さて、今回はあの子です。

     ◆


 水の馬ケルピーの背に乗り、城壁を越えてしばらく。眼下に広がる街並みの一角に、炎が燃え盛っているのが見えた。

 海に住んでいた自分には馴染みのない『火』。属性柄ほぼ脅威に感じたことはないが、このまま放っておけばまずいことくらいはわかる。


 なんとかしなければ。

 そう思って水の魔力を練ろうとしたときだった。



「グルォオオオオオオオーーッ!!」



「~ッ♪!?」

「ヒヒィンッ」


 少し離れた場所から響いてきた、竜の咆哮。本能的な恐怖に身体が怯んでしまう。ケルピーのほうも、自分よりもずっと落ち着いたものではあったが少し驚きを見せていた。


 咆哮が聴こえてきたほうに、そろって顔を向ける。すると、緑色の竜が牙を剥きながらこちらへと飛んできているのが目に入った。


 自分たちが悠々と空にいるのが気にくわなかったのか、それとも単に獲物として認識されたのか。なんにせよ、襲いかかってくるのならこちらも応戦せねばならない。もとよりそのつもりで覚悟をしてきたのだ。


 なのに……身体が、動かなかった。

 いざ目前に竜が迫っていることに頭が真っ白になって……どうすればいいのかわからない。


「ヒヒィイインッ!」

「ッ♪!」


 と、ケルピーの嘶きでハッと我に返る。頭が一気に覚め、まもなく腰の鞭を手に取った。


 そうだ。怯んでいてはいけない。自分にはあれと戦うための武器がある。仲間がいる。負けてなどなるものか。

 奮い立った気合いを胸に、鞭を片手に身構えた。


 それを見たケルピーがうなずくように「ブルル」と小さく鳴くと、その前肢を高く上げて嘶き、そして――竜へと駆ける。


「グルゥ……!」


 こちらの行動が意外だったのか少し唸った竜であったが、すぐにまた獰猛な気色に戻り速度を上げた。


 一。二。三と、瞬く間にも距離が迫る最中、魔力を練って術を組んでいく。――と思えば、もう組み上がっていた。明らかに普段より早い。

 なんというのか、自分が式を思い浮かべて魔力を流すその一連が完璧に、そして素早く誘導、および補助されたような……そんな感覚といえばいいのだろうか。


 上手く表せないが、とにかく術式は組み上がった。驚きは一瞬、そのまま発動する。


 《ウォーターレーザー》。





 ――なんだこれは。


 まず太い。太すぎる。通常自分が使う《ウォーターレーザー》の五倍、ケルピーがすっぽり収まりそうなくらいはあろうか。それが空気を唸らせるくらいに濃密な奔流となり、自分が数瞬ほうけている間にも相手に向かって一直線に伸びていく。


 竜が死んだ。


 いや、確実にそう認識したわけではないが、頭から尾まで大きく風穴が空いても生きていられるほど滅茶苦茶な生物はそういないだろう。

 とにかく竜は何かしらの反応もないまま沈黙し、そのまま滑空するような形で地に墜ちていった。


「…………」

「…………」


 満ちる沈黙。


 ご主人様から頂いたこの鞭の、なんと凄まじいことか。今の魔術に使った魔力でこれなら、全力を込めたらどうなるのか……少し、背筋が張った。

 いずれ使いこなせるよう、努力せねば。


 ゴウゴウと燃える炎の音と、立ち込める火煙かえんの臭いにやがて現実へと引き戻される。そうだ、早くあれを消し収めなければ。

 よくよく見れば、人間たちが苦しげに水の魔術で消火を試みている様子だった。しかし人数が少ないうえに手負いがほとんどで、炎の勢いを上回れていない。


 あのままではいずれ炎の侵攻に負け、やがて崩壊してしまう。


「ヒヒィン!」

「~~♪」


 ケルピーの嘶きにうなずき、一緒になって水の魔力を練り上げる。次いで災火さいかの真上をケルピーがゆっくりと回り歩くのに合わせ、練った魔力をそのまま水として放出した。もちろん威力は抑えて、だ。


 人の拳を覆えるくらい巨粒の雨のようになったが、別に下の者たちに当たったところでどうということにもなるまい。


   「お、おい、あれッ、あれ見てみろよ!」

   「う、馬が空を……いや、それより!」

   「水だぁ! 水を降らしてるぞぉ!」

   「味方だ、援軍だッ!」


 と、こちらに気づいた人間たちが喜んでいる間にも炎はどんどん収まっていき、やがて跡形もなくその姿を消した。残ったのはわずかにけぶる焦げた臭気のみで、それも湿った空気に混じって徐々に失せる気配を見せている。


 周囲に竜のいる様子もないし、ここはひとまずこれで良さそうだ。

 正直なところ、覚悟決意の後の初戦が先ほどの一瞬ということで少しばかりもやがないではなかったが、結果としては被害なく済んだのだから間違いなく最良である。


 さて、しかしどうしたものか……。

 空から見渡してみるに、どうも切羽詰まった状況の場所はなさそうだった。離れた空にちらほら見える竜も、セルリーンや他の馬魔物たちがそれぞれ善戦していてやがて勝ちそうであるし、なぜか地上のほうも破壊音などの気配がする箇所がほぼ無くなってきている。


 もしかすると自分たち以外にも竜を倒せる者が地上にいるのかもしれない。とすればもう手をやる必要がない可能性もあるが、まあかといってここでじっとしているのも違うだろう。


「~~♪」

「ヒヒンッ」


 自分がポンポン、とケルピーの首元を小さく叩くと、彼女は短く返事をするように鳴いて駆け出した。





 少しすると、やがて気になるものが視界に入る。あれは……人間の子供か。

 見たところ一人のようだが、どうやら泣きじゃくりながら何かを探している様子だ。おそらく親とはぐれたに違いない。


 騒動は収まってきているとはいえ、あのままでは危険だ。すでに気づいているかもしれないが、ケルピーにも子供の存在を報せようと首元を叩く。が、彼女は子供のほうへは視線をやらず、なぜか他の方向に向いた。


「ヒヒィン」

「♪?」


 そして逆にこちらへ何かを訴えるように嘶いたので、自分もそちらへ目を向けてみる。


 あれは、何の建物だろう。その周囲にある他の家々よりも明らかに大きい。わからないが、そこの入り口と思われる場所で、どうやら一人の女性を何人かが止めようとしているように窺えた。遠目だが、女性のほうはそこそこの傷を負っているように見える。


 襲われている……のとは違うようだ。それはなんとなくわかったが、実際にどういう状況なのかはここからでは判断がつかない。

 とりあえず子供のほうを回収して、それからあちらのほうへ行ってみれば良いか。


「~~♪」

「ヒヒン」


 自分が子供のほうへ向き直ってケルピーをポンポンと叩くと、彼女は短く返事をしてそちらへと降りていった。

 やがて十分に高度が下がってくると、その子供が何かを抱いているのが目に映る。あれは、ぬいぐるみ……どうやら”グレイウルフ”のそれのようだ。


 と、こちらに気づいた子供が短く悲鳴をこぼす。


「ぁっ……!?」


 そしてその表情を恐怖に染め、嗚咽にしゃくりあげながらガタガタと震えて後ずさる。そしてそのこわむ足をもつれさせ尻餅をついた。

 どうもこちらを敵だと思っているらしい。まあこの状況で、同族でもない者たちにいきなり遭遇すれば無理もないか。


「ゃ、やだ……やだ……ぅ、うわぁああああああん!」


 立ち去るわけにもいかず近づき続けてやがて地に降りると、その幼い少女はとうとう泣き叫んでしまった。


 自分もケルピーも言葉は話せないし、どうしたものか……。

 無理に抱えにいくわけにもいかず少しの間ケルピーと困り果てていると、ふとひらめいた。胸の前で手を組み、息を吸う。そして――唄う。



「~~~~♪ ~~♪ ~~♪」



 心が弾むような、優しくも楽しいリズム。

 傷つき、空虚となった街並みに染み渡っていく――。


「ぇぐっ……、ひぅ……?」


 やがて少女も涙を収め、徐々に唄に引き込まれてきたようだった。そしてついに、はにかむような笑顔を見せる。


「えへ……」


「~♪」

「ヒヒン」


 自分が唄い終わってケルピーをポンポンとすると、彼女はゆっくりと少女へと歩み寄っていく。少女のほうも少し首をかしげているだけで、今度は怯えていない。


 すぐ傍までいくと、ケルピーは次に四肢をそっと折って座り込んだ。続いて自分も少女に向かって「おいで」と両手を広げる。

 すると少女は少しだけ戸惑うように顔を下げ、上目でこちらを見つめてきた。


「おうまさんとにんぎょさん、わるいまものさんじゃない……?」


「ヒヒィン」

「~~♪」


「! ……じゃあ、いく」


 少女は大きく目を見開くと、また笑顔を見せて立ち上がった。そしてぬいぐるみを持ったまま近寄ってきたので、そっと抱き上げてケルピーの背に乗せる。自分の前だ。


 例の騎獣としての能力が発動して彼女の姿勢を保護しはじめたのか、少女が驚いたように自らの身体を見回していた。その頭を自分がそっと撫でるのと同時、ケルピーが嘶いて空へと駆け出す。


 「わぁ……!」と表情を喜ばせる少女。ただ、今はのんびりと空の散歩というわけにはいかない。

 ややも経たず次の目的地に迫ったので、すぐに降り立つ。


「まっ、魔物!?」

「いや待て、従魔だ。刻印がある」


「! ママっ!」

「エ、エマッ! あぁっ、良かった……良かった……ッ!」


 少女がケルピーの首横から顔を出すと、先ほど上空から見た傷負いの女性が駆け寄ってきて――少女を抱きしめた。どうやらこの女性が親だったらしい。


「はぐれた子供っていうのはその子だったのか。あんたたち、よく保護してくれたね」

「本当にな。傷負ってんのに探しにいこうとするから、止めようとしてたんだよ」

「あ、あのっ、娘を助けていただいて、ありがとうございます!」

「ママ、あのね、わたしね、おそらとんだんだよ! あとね、にんぎょさんがおうたうたってくれてね、じょーずだった!」

「もう、この子は……」


 興奮して話しはじめる少女に、母である女性が困ったように笑う。先ほど女性を止めようとしていた虎獣人の女と、普通の人間の男もはっはと小さく笑った。


「さあ、早く中へ戻ろう。手当ては済んだとはいえ、あんたはまだ安静にしてないと」

「嬢ちゃんも早く。ママを休ませてやろう」

「う、うん。ごめんなさい、ママ……わたしがグレちゃんのこと、がまんしてたら……」


 少女はそうこぼしてうつむくと、手の中のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。


「いいのよ、エマ。グレちゃんはパパがくれたお友達でしょう? ちゃんと大事にしたよって、今度パパが帰ってきたら見せてあげましょうね」

「……うん! わたしね、ドラゴンなんてこわくないよ。だってパパがぜんぶやっつけてくれるもん!」

「ええ、そうね」


 少女が言うと、母である女性はそっと微笑んで彼女の手を引き、建物の中に戻っていった。

 それに女たちも続こうとするが、ふと振り返り、


「そうだ、あんたたち。主人はどうしたんだ、近くにいないのかい?」

「~~♪」


 うなずく。


「そうか。……ねえ、回復魔術とかは使えたりしないかい? 怪我人が多くて人手が不足気味なんだ」


 なるほど。

 回復魔術は使えないが、他に傷を癒やす手段は持っている。なのでケルピーから降り、女のほうへ這い寄ってうなずいた。


「助かる! よし、ちょいと抱えさせてもらうよ」

「~~♪」


 女がそう言うので身体を預け、軽々と横抱きの状態にされる。革の鎧や手斧を装備しているあたり冒険者なのだろう、それに獣人であるし力が強いのは不思議ではない。


「男の俺が抱いたほうがよくないか?」

「魔物とはいえ女だ。女同士のほうがいいだろう」

「そ、そういうもんかねぇ……まあお前さんが平気ならいいか」


 女が男と話ながらそのまま建物に向かうと、ケルピーが短く嘶いて上空に待機しに行った。どうやら見張りをしてくれるようだ。


 建物に入る。そこそこの大きさの広間だった。

 正面の壁側には、三人ほどが並べるくらいのカウンター。上は片付いていて特に物はない。そして部屋のそこかしこには、簡素ながらも複数が座れる背もたれ付きの椅子が置かれていた。


 男が先行して、カウンターの両隣にある扉のうち右のほうに進んでいく。


「こっちに地下室があるんだ。そこに皆いる」


 と、自分を抱いている女が説明した。建物内に人の気配がないと思っていたが、そういうことだったらしい。

 先行する男に続いて奥に行く途中、ふとカウンターの内側に目がいった。


 いくつか付属している棚に、おそらく薬品と思われるものが入った大小様々な瓶が疎らに。それから何かが詰められているらしい手提げ大の袋も三つ四つ、固めて並べられている。


 なんだろうと首をかしげると、女がそれに気づいて口を開いた。


「ああ、ここは治療院なんだ。明らかに薬だけで治るような患者はカウンターで済ますから、あそこに置いてあるんだよ。あと袋の中は丸薬だ」


 なるほど、ここは治療院という場所だったようだ。納得していると、そのまま扉を潜ってベッドが複数ならんだ部屋に出た。そこの隅の床で、先行していた男が膝を突いている。


 こちらも寄っていくと、そこにある床の一部が蓋状の扉になっているのがわかった。周りはすべて木製の床なのに、そこだけどうやら金属らしい。

 男がその扉を開けると地下への階段が現れ、自分を抱えたまま女が下りていく。


「水辺に生きるあんたに地面の中は居心地わるいだろうが、すまないね」

「~~♪」


 別に少しいるくらいなら平気だ。それに身体が渇いてきたら自分で水の魔力を使って潤しているので問題ない。


 やがて階段を下りきると、また扉があった。女は両手がふさがっているので自分が開ける。

 壁や天井、床が木板で敷き詰められた、清潔ながらも簡素な部屋。床にはこれまた清潔ながらも簡素な布団が並べられていて、そこにそれぞれ怪我人が寝かせられているようだった。

 照明は多くなく、窓も当然ないので少し薄暗い。


「あ、にんぎょさんっ」


 先ほどの少女だ。母である女性もそのすぐ傍の布団に横になっている。

 少女の声に反応して部屋中の視線が疎らに集まったが、自分を抱く女は気にしたふうもなく左右を見渡した。


「さて、誰から優先に治療してもらえばいいのか……」

「~~♪」

「ん?」

「~~♪」

「降ろせばいいのかい? ほい、よと」


 床に降ろされたので、魔力を喉に集中させながら胸の前で手を組む。そして――



「《~~♪ ~~♪ ~~~~♪ ~~~~♪ ~~♪》」



 《治癒の唱歌》。

 聴いた味方の傷を少しずつ癒やす、《歌術》スキルの術だ。術者が敵と認識している者には効果がなく、《回復魔術》よりも広範囲な代わりに魔力の消耗が激しい。


 しかし、これもご主人様から頂いた鞭の力なのか、いつもより段違いに負担が軽かった。それに傷が治る速度も早い。


 部屋中の者たちが物音ひとつ立てずに聞き入る中、しばらくして歌を終える。

 そしてどれくらい沈黙が続いただろう。やがて自分を抱いていた女が、夢覚めやらぬといった様子で口を開いた。


「――い、いや。すごいな……《歌術》の中には傷を癒やすものもあるとは聞いたことがあるが、まさか使い手に会えるなんて……」


 呆然とする女に続き、徐々に他の者たちもざわざわとしはじめた。


   「か、身体が痛くなくなってる!?」

   「傷が消えてるぞ!?」

   「な、治ったーっ!」


   「にんぎょさん、すごーい!」

   「すごいすごい!」

   「にんぎょさん! にんぎょさん!」


 先ほどの少女の他、幾人かの子供たちも手をぱちぱちと叩いている。

 多くが完治したようで何よりだが、《回復魔術》と違い《歌術》では状態異常などは治せない。あくまで傷の治癒だけだ。現にまだ不調そうな顔の者も複数いる。


 けれど、自分にできるのはここまでだ。

 虎獣人の女のほうに向き、その手をついついと引きながら出入口を示す。すると女は気づいたように目を少し大きくして、


「あ、ああ、わかった。ありがとう、助かったぞ」


 と、再び自分を横抱きにして踵を返した。自分が去るとわかったのか、少女たちが少しあわてて声をかけてくる。


「にんぎょさーん、ありがとー!」

「「ありがとー!」」


「~~♪」


 その声に顔で振り返り、女の肩越しに小さく手を振った。


 ――さて、まだ逃げ遅れた者がいるかもしれない。ケルピーと合流したあとは、そういう姿がないか探すことにしよう。


シルヴェリッサ「……明けましておめでとう」

リゼフィリア「明けましておめでとうございます!」

ナーラメイア「あけ。よろ」

ドゥムカ「あけおめだニ!」

???「あけおめさね!」

ドゥムカ「いや、だれだニ?」

???「はじめましてさね。もうちょっとしたら本編にもでるから、よろしくですさね」


まあヒロインズに並んでいる時点でちょっと勘のいい人なら正体に気づいたかもしれませんが、あと数話で出す予定です。


新年ということで心機一転、頑張って書こうと思います!

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