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101話

                 ~ ■ ~


「ま、まにあったニィーッ!!」


 思わず叫ぶ。


 咄嗟に地鎚グラッガレンデを投げ当てて竜は倒したが、本当に間一髪だった。もしもう少しでも遅ければ、あそこの少女二人は今ごろ生きてはいなかっただろう。

 だが……どうやら一人はすでに瀕死のようだ。もう一人のほうの幼い少女に抱かれているその姿は、遠目でもわかるほどにひどい重傷だった。まず胴がほとんどなくなっているのを見るに、どうも食いちぎられたらしい。


「っと」


 崩壊した建物に埋もれた竜の死骸から、ひゅるると飛び戻ってきたグラッガレンデを片手で受け止める。そして放心している様子の幼い少女と、それからメイドとおぼしき女性のほうに小走りで近寄っていった。


「! ぇ、あの……」

「い、いったい、何が……?」

「混乱するのは後だニ。とりあえずその重傷の子を見せるニ」


 竜が倒されたことがにわかには信じられないのか、混乱している様子の幼い少女とメイド。ひとまず二人に声をかけ、重傷の少女の傍に屈む。


 すると二人もはっとして、


「お、おねえちゃん! おねえちゃんッ! いや! しんじゃいやだよ! いや! いやああぁぁーッ!」

「ソリステラ様! わ、私にはあなた様に助けられる資格などないのに、なぜッ……!」


 少女は泣きわめき、メイドはぎゅっと爪をくい込ませた手を地につけ涙をこぼす。普通、というか当然の反応だ。


 ……しかし、この少女はまだ、――助けられる。


「……ぅ…………、っ…………」


 声にならない音を咽から漏らしながら、ソリステラと呼ばれた少女は虚ろな眼を力なく動かしている。まるでなにかを探すように。


「気をしっかり持つニ、ソリステラ。いまからお前を――助けるニ」


 自分が言うと、幼い少女とメイドが一瞬の当惑ののち、こちらに強く向き直った。


「ほっ、ほんとうに!? おねえちゃんをたすけられるの!? お、おねがいします! おねえちゃんを、おねえちゃんをたすけてください!」

「今のお言葉が真実ならば、どうかっ、どうかお願いいたします! ソリステラ様をお救いください! どうか、どうか……!」


 すがるように懇願してくるが、もとより自分もそのつもりだ。グラッガレンデを脇に置き、ソリステラに両手をかざす。そのまま多量の魔力を練り上げ、数秒かけてひとつの魔術を組み上げた。


「《エクスヒール》!」


 発動させた瞬間、薄緑の奔流のような淡い光が、強力な癒しの力を以てソリステラの全身を包み込む。そしてその光が最後に強く瞬いて消えると、


「――あ、あぁ……!?」


 完全に傷の消え失せたソリステラが、身を起こして自らの身体を触り見て、信じられないというふうに声を上げた。


「い、生きてる……私、生きてる……!?」

「ぁ……ぁぁ……ぅうああああぁぁん!」

「あぁッ、ソリステラ様……!」


 茫然とするソリステラに幼い少女が泣きつき、メイドが口元に手をやり涙を流す。


 そっとしておいてやりたいところではあるが、いまのこの街の状況ではそういうわけにもいかない。早くどこか安全な場所にこの少女たちを置かねば。


「感動するのはあとだニ。このあたりに安全なところはあるかニ?」

「! は、はい! た、助けていただいてありがとうございます! あの噴水のそばに避難用の地下壕への穴があります」

「ん、じゃあすぐに避難するニ」

「「はい!」」

「ぐす……は、はいっ」


 小走りに先導するソリステラたちについていき、彼女たちにならって噴水の傍の石畳に膝をつく。


「……ありました、ここの円のような模様に魔力を流せば」


 言いながらソリステラがひとつの石畳に手をつき、それに魔力を流した。すると、いくつかの石畳が一枚の板となる形でズズ……と瞼のように上に開く。なるほど、魔巧技術を使った仕掛けのようだ。


 中は空洞になっており、大人が身を屈めてなんとかふたり入れるくらいの大きさだった。しかしよく見ると、奥には下に向かってなだらかに整備された傾斜が続いている。


「これを滑っていけば地下壕へ出ます。サリちゃん、私はあとでいいから先にいって」

「ぁ、あの……わ、わたし、おねえちゃんに……」

「サリちゃん……。いまはまず避難しよう。話はあとで、ね」

「……はい」


 サリちゃんと呼ばれた少女が目をふせて小さくうなずく。メイドも同じように暗く目をふせていた。……どうもなにやらありそうだが、しかしそれは彼女たちの問題だ。自分がでしゃばることではあるまい。


 と、それよりも避難である。

 最初に穴の奥へと滑っていったサリちゃんに続き、ソリステラも中へと消えていった。が、残ったメイドはなぜかそれに続かない。


「どうしたニ?」

「私などは最後でようございます。先にあなた様に」

「いや、そもそもムーは……」


 言いかけて、ふと思う。この奥、地下壕にも、もしかしたら他に重傷や瀕死の者たちが逃げ込んでいるかもしれない。ならば行くべきだろう。


「ん、ムーもいくけど、まず避難しなくちゃいけないのはお前だニ。ほら、早く」

「……確かにその通りですね。わかりました。差し出口をしてしまい申し訳ありません」


 そう頭を下げてからメイドは穴の中に下り、


「入り口はもう一度魔力を流せば閉じますので、お願いいたします」


 と目礼を残して傾斜を奥へと滑っていった。


「よっと」


 続けて自分も穴の中に下りる。ドワーフなので屈まなくても余裕があった。

 滑り下りるためにグラッガレンデを抱えて座る体勢になり、入り口の板に魔力を流す。ズズ……と閉まりはじめるのを確認してから、手を使い傾斜まで身をやって、いよいよ奥へと滑り出した。


 速すぎず遅すぎず、緩やかに地中へと下りていく。小さいころにも、子ども用の野外坑場などにできた傾斜でよくこんなふうに滑って遊んだものだ。もちろん滑る用に整備されたものではなかったので途中で止まったりもしたが、友達といっしょになってきゃはきゃはと楽しんでいたのをおぼえている。


(ん……来て正解だったみたいだニ)


 徐々に聞こえだした喚き声や鳴き声が、この先にいるであろう人々の状態を悟らせる。着いたらすぐにでも治療に回ったほうがよさそうだ。


 と、やがて滑りの勢いがさらに弱まってきて、広い空間に出た。先に待っていたソリステラたちが、こちらの手を取って立たせてくれる。


「ん、ありがとうだニ」

「いえ、あの、お礼を言うのはこちらのほうです。改めて、命をお救いくださりありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 こちらの言葉に少しだけあわてて礼を述べるソリステラ。そしてサリちゃんとメイドも続いて頭を下げてくる。

 そんな彼女たちに軽くうなずいて返すと、前へ出て周囲を見回した。


   「ぐっ……ぅ、がぁ……っ!」

   「し、しっかりして! あぁ、血が……血が止まらない……!」


   「く、そ、たれ……! くそっ、たれ、がっ……!」

   「あ、相棒! ちくしょうっ、死ぬな! 死なないでくれよぉっ!」


   「は、はは……わたしの腕、なくなっちゃった」

   「止血はしたわ! しっかりしなさい! あんたは死なない、生きるの!」


   「……ぅ……ぁ……っ」

   「だ、だれか! い、妹を、妹を助けて! 助けてください!」


   「う、ぅ……っ」

   「うああああああん! おかあさんっ! おかあさんっ!」


 全体的に人自体はそれほど多くないようだが、その中に一刻を争う重傷者が幾人か見えた。うちほとんどが冒険者のようだ。きっと必死で抗戦したのだろう。


 一人一人まわっている暇はない。すぐさまその場で大量の魔力を練り上げ、先ほどよりも広く広く魔術式を組んでいく。この穴蔵全体を覆うように術式を展開し――発動。


「《エクスヒール》!」


 その瞬間、凄まじい治癒の魔力が爆発し、穴蔵を満たした。何事かと悲鳴が連なる。まあ、これは仕方あるまい。


 やがて光が収まって、数秒の静寂。


 それから徐々にざわめきが起こり、「な、治ってる! 治ってるぞ!」「腕! わたしの腕が!」「奇跡だ!」などの歓声が沸いた。

 まだ治っていない者は……と見回して探す。


「……よし、みんな回復できたみたいだニ」


 ふう、とひとつ息を吐いてソリステラたちに向き直る。やはりというべきか、彼女たちは信じられないものを見るような目をして、その顔を驚愕に染めていた。


「ぁ、あなたは……あなたは、いったい……」


 なんとか言葉を絞り出した様子のソリステラ。

 だが、今はその疑問には答えられない。現在この世界で神子とされているのは、聖女と呼ばれている一人だけだ。そこに自分が地の神子だと名乗れば、必ず混乱の種になってしまう。


 それに先ほど自分が使った《エクスヒール》は、今のアルティアに於いては確実に異常なる力だ。おそらく人間でこれを使用できる者は現在いないだろう。


 まあとにかく、力のことを正直に話すわけにはいかなかった。


「それは、悪いけどいまは言えないニ。でもきっと、いつかわかるときがくると思うニ」

「……わ、わかりました。疑問はしまっておきます。で、でもあの、せめてお名前だけでもお聞かせくださいませんか?」

「あー、そういえば名乗ってなかったかニ。ムーはドゥムカ、ドゥムカ・ワグームだニ」

「私はソリステラ・サーヅリスと申します。ドゥムカさん、私や妹のサリビアを含め、多くの人をお救いくださったこと、重ねて感謝いたします」


 ソリステラが居住まいを正し、深く腰を折る。隣ではサリちゃん――サリビアと、メイドもそれに続いた。周りの人々は先ほどまで自分たちのことで意識がいっぱいだったようだが、ちらほらとこちらの様子に気を向けてきている。


 これ以上ここにいても、自分がすることは何もない。そろそろ地上へ戻ったほうがよさそうだ。


「感謝はもう十分だニ。やることは済んだし、ムーはもう上に戻るニ」

「え、でも……」

「心配はいらないニ。それはそっちの二人に訊けばわかるニ」


 自分がそう言いながらサリビアとメイドに目を向けると、二人はそろってうなずいた。それを見たソリステラが、困惑げにこちらと彼女たちへと視線を往復させる。


「ほ、本当に、大丈夫なのですか……?」

「妹の言うこと、信じてやるニ」

「…………」


 自分が言うと、ソリステラは困惑の表情に少しの真剣さをにじませ、サリビアに向いた。そしてサリビアはなにやら後ろめたいかのような様子でその視線を受け、目を伏せてかすかにうつむく。メイドも同じような様子だが、彼女たちの間で何があったのだろうか。


「…………信じます」

「!」


 やがてソリステラが表情をやわらげてうなずくと、サリビアが少し瞠目して彼女を見上げる。ソリステラはその彼女の頭にそっと手を添え、静かに笑いかけた。そして再びこちらに向き直る。


「どうか、お気をつけて」

「ん」


 それにうなずき返してから、滑ってきた穴に戻ろうとした。


「あ、待ってください。上に戻るときは、これに掴まって上がれます」


 言いながらソリステラが、穴の横に積まれていた金属製の板のような物を地面に置く。見たところ魔巧が施されているのだと思われるが、どう使うのだろうか。


「この板は地上にあった入り口の魔巧に接続されていて、起動するとそちらに向かってゆっくり進んでいくようになっています。ここが持ち手で、こちらが足を掛けるところです」

「うつ伏せでいいのかニ?」

「あ、はい、そうです」


 グラッガレンデを背に負い直し、ソリステラに従って板に掴まる。そして彼女が板に触れて魔力を流すと、静かに起動して動き出した。


 やがて板が止まると頭上の入り口がゆっくりと開き、そこからよいしょと這い出る。また入り口を閉じてから周囲を軽く見回してみたが、先ほどと変わったところは見受けられない。だが、街中のそこかしこからおそらく戦闘音らしきものが聞こえてきていた。


(よし、急ぐニ!)


 とにかく近場からと、深い呼吸をひとつ。駆け出した。

サリビアのソリステラに対する態度の変わり方がちょっと難しかったです。違和感なかったようならいいのですが……。

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