100話
ちょーーっとだけ調子がよくないときに書き上げたので、変なとことか違和感のあるとことかあったらごめんなさい。
◆
絶望的な光景。
エルツィアから情報を教えてもらってはいたが、まさか……まさか緑竜だけでなくさらに竜の群までやってくるとは、想像すらしていなかった。おそらく他の誰もがそうだったろう。
だが、窓の外に見えるは間違いなく現実。
「! お母様っ!」
思わず叫び、地下のほうへ走る。
屋敷内の者たちも外の様子に惑乱しているようだ。これならば母を連れ出すのに悶着なく済むかもしれない。
そんなことを考えながら、地下へ下りて母が軟禁されている部屋へとたどりつく。少々乱暴ぎみに扉を叩いた。
「お母様、ソリステラです!」
返事を待たずに扉を開ける。
あまりの様子に驚いてか、母が怪訝そうに目を向けてきた。しかしそれも一瞬で、すぐに真剣な面持ちに変わる。
「何が、あったの?」
「竜です! 竜の群です! お父様も連れてすぐに逃げましょう! 屋敷の者たちも混乱しているいまなら抜け出せるわ!」
「……サリビアは?」
「……!」
母の言葉に、はっとなる。そうだ、サリビアだ。彼女は今朝、自分が緑竜のことを言って外出をしないように注意したのに、「おじいさまがだいじょうぶといっていたから、おまえはだまれ」とメイドを連れて外出して――まだ、戻ってきていない。
一気に血の気が引いた。
「ま、まだ戻ってきていないわ! ど、どうしたら……!」
「探しにいきなさい。こっちはお母さんに任せて」
「そっ、そんな! お父様は病気なのよ!? なのにお母様だけに任せるなんて! それにもし屋敷の者たちに見咎められたら――」
「私だってサーヅリス家の人間です。護身程度の魔術は使えるわ。いいから、ここは任せていきなさい」
「でっ、でも!」
「ソリステラ!」
「っ!」
急に強く呼びかけられて息をつまらせる。
母はそんな自分の両肩にそっと手を置くと、とても真剣な顔でこちらの目を覗いてきた。
「いい? よく聞きなさいソリステラ。サリビアはまだ幼い子どもよ、自分の身を守る術なんて持っていないわ。メイドがついているとしても、有事の際に自棄になる人だっていないわけじゃない。もしそんな奴らの目についたら、女二人なんて格好の的よ」
「っ……!」
想像して唇を噛む。
「あなたは、少なくとも私よりは遥かに魔術が使える。ソリステラ、わかるわね?」
「………………」
「ソリステラ」
「…………わかった。サリビアは、私が守る」
決意を込めて自分がうなずくと、母はふっと微笑み優しく抱きしめてくれた。
「いい子ね」
温かい。
母の優しさが。想いが。とても温かくて……不思議と、勇気が湧いた。
「お母様、どうか無事で」
「ええ。あなたも、サリビアと合流したらすぐに緊急用の地下壕へ向かうのよ」
「わかってるわ」
街のところどころには、有事の際に隠れることができる地下壕がある。出入り口の数自体はそう多くないが、複数の出入り口が一つの壕に繋がっていて、中は大勢が隠れられるように広くなっているのだ。多少なりの腐敗対策がなされた食糧も、多くはないが備蓄されており、しばらくは飢える心配がない。
「……どうか、無事で」
「あなたも」
最後にもう一度だけ言いあって――妹を助けるべく、駆け出した。
◆
「サ、サリビアさまっ、お急ぎください!」
メイドが顔を蒼くして自分の手を引いてくる。普段であったならこんなことは無礼きわまりないが、状況が状況なので許してやろうと思った。
ただ、少し痛かったので顔をしかめてにらむ。
「おじいさまがいってたでしょ、りゅうがきてもあんずるなって。いたいからはなしなさい」
「で、ですがサリビアさまっ!」
「……なに? おじいさまのことをうたがうの?」
「っ! い、いえ、滅相もございません、失礼いたしました!」
「ふんっ……」
慌てて解放された右の手首を軽くなでさすり、メイドに向けていた顔をそっぽにやる。
さて……しかしここから離れるのには賛成だ。このままではいつ建物などの崩落に巻き込まれるかわからない。それに祖父とその言葉を信じているとはいえ、やはり多数の竜を目にしては心が落ちつかなかった。
「……ここからいちばんちかい”ちかごう”は?」
「こ、この先の路地を抜けた広場です」
「いくわよ」
「は、はい」
自分がいつもより少しだけ速めに歩きはじめると、メイドも片手に荷物袋を持ったまま追従してくる。ちなみに袋の中身は先ほど購入した服飾類だ。
どこの店もほとんどそうなのだろうが、いつも利用している服飾店もすぐに逃げ出せるようにか商品が少なかった。少しやわらかく内容が改変されていたとはいえ、竜のことは事前に触れがあったので当然だろう。
まあともかく、荷物の量は少ないのでメイドが歩きにくそうということもなかった。
「おおっ!? お嬢じゃねぇか!」
「だれっ!」
「俺だよ俺。お宅さんで世話になってる、Bランク冒険者のビーベだよ」
急にかけられた声に驚いて振り返ると、物陰からビーベが姿を現した。それから、おそらく冒険者と思われる男たちも三人。
「……こんなところでなにを?」
怪訝に思って問いかける。彼らも逃げている途中なのかとも思ったが、もしそうならどうしてあんな、上空から丸見えな隠れ方をしていたのだろうか。
「まあ、ちょいと思わぬ獲物だが、どうせこの騒ぎだ。それにもうこの国に居座る理由もねぇし、刺激物でも問題ねぇだろ」
「えもの……しげきぶつ……?」
なぜだろう。ビーベも他の男たちも、妙ににやついている。
と、不意にメイドがそっと手を取ってきた。
「……?」
不思議に思い彼女を見ると、顔を強張らせてビーベたちを睨んでいた。
――どうして。と、そう思った瞬間、メイドがはっと上を向いて叫ぶ。
「竜ですッ!」
「「「「ッ!?」」」」
ビーベたちが驚愕して空を見上げる――ぐいっ、と、メイドに取られていた左手が引かれた。わけもわからず、そのまま広場のほうへ連れ走らされる。
「なっ、ハッタリか!? くそ、待ちやがれ!」
そんなビーベの怒鳴りが聞こえると、後ろから彼らが追いかけてきた。距離はかなり近い。が、メイドがもう一方の手にある荷物をまるごと投げつけ、途中途中に置かれた木箱やごみなども倒しながら走ったため、なんとか距離が広がっていく。
この状況、自分も理解した。ビーベらが自分たちを襲おうとしていることを。
恐い。
人間の悪意というものがこんなにも恐ろしいなんて、しらなかった。恐怖心にのどが震え、呼吸がひっくひっくと乱れる。
「クソメイドがああああッ! 取っ捕まえてブチ犯すウウゥゥッ!」
「っひ……!」
メイドが悲鳴のような息を漏らす。しかし自分に目を向けると、くっとこらえるように表情を引き締めて再び前を向いた。
……と、走る先に広場が見えてくる。恐怖心の中にほんのりと希望が灯るのがわかった。
「はあっ、はあっ……も、もうすぐ、ですっ、サリビア、さま……!」
「はあっはあっはあっ……!」
返事をする余裕はない。そのまま走り続け――ついに広場へ出た。
――絶望。
広場に面する建物の上に佇んでいたそれは、ゆっくりとした動きでこちらを向いた。
「げははははっ、追いついたぜぇ! さぁて――――ぅ、うわああああああッ!?」
ビーベが後ろで叫び、尻餅をつく音。他の男たちもそれぞれおののいている。
「く、くそッ! 逃げる前に一発楽しもうと思ったのによおぉッ!」
言いながら立ち上がり、元きた道を駆け戻るビーベ。他の男たちも慌てふためき続く。
咆哮。
その次の瞬間、建物の上のそれ――赤き竜は、翼を広げて頭上に巨大な火球を生み出し、そのままビーベたちへと放った。
「う、うわあああああっ! た、だずげっ――ぎいいゃああああああああああああああああーーーーッ!!」
恐ろしい業火の爆音と、響き渡る断末魔。そして肌に届く炎熱の名残。
やがてそれらが収まって、不気味な静寂が訪れた。
いまのは、おそらく《ファイアボール》というランク1の火魔術。だが、大きさと威力が尋常ではない。あんなもの、人や並の魔物が使える域を超えすぎている。
「ぅ……ぁ、ぁぁ……!」
あまりの恐怖に全身ががくがくと震える。メイドも同様のようだった。
竜がこちらに目をやる。……わらった、気がした。
なぜだろう。と、恐怖の中で薄らそんな疑問を抱いたとき、竜は建物から羽ばたき降りて、こちらにのそりのそりと歩いてきた。
――食べられる。本能的に、そう、さとった。
だが、そんな恐怖に支配された心の中でも、祖父の言葉がよぎる。
案ずるな、と。
しかし、その言葉に反するように竜はよだれを垂らしながら距離をつめ、その大きな口を開いた――
――死ぬ。
「サリちゃんーーーーーーッッ!!」
不意に横からどこかで聞いたような声がして、次の瞬間ドンッと突き飛ばされた。床に打ちつけられる衝撃と、すぐそこでグチィッとなにかがちぎり取られる音。
「う、つ、っぅ……!」
「っ、ぅぅ……!」
並んで飛ばされたメイドとほぼ同時に上体を起こし、すぐに元いた場所に顔を向ける。
「――――え?」
まず目に映ったのは、いまさきほどの竜が何かを咀嚼している姿。さらに、その下の地面には……血溜まりに倒れるソリステラ。――――胴がほとんど、無くなっていた。
「お、ねえ……ちゃん……?」
どうして。
頭にはそれしかなかった。
どうして、ソリステラが……姉が、ああなっているんだろう。
自分をかばったから。それはわかる……けれど。
どうして姉は、自分をかばったのだろう。自分は姉にひどいことを言ったのに。
「な、んで……?」
「ソ、ソリ、ステラ、さま……?」
メイドも困惑しているようだった。彼女も自分と同じで、姉には冷たい態度をとっていたのだ。
咀嚼音が、止む。
はっと竜に目を向けると、それは血溜まりにある姉へと視線を落とし――口を開けた。
「い、や……いやああああああああああッ!!」
「サ、サリビアさま!?」
気づけば駆けだしていた。……姉のもとへと。
そのまま姉の身体に、竜からかばうようにしてかぶさる。竜がわずかに驚いたようにうなった。
「……サリ……ちゃ、ん……?」
いまにも消えてなくなりそうな姉の声が、自分の名前を呼ぶ。その瞳は虚ろなままで、中空を見つめていた。
「おねえちゃんっ! おねえちゃんっ!」
とめどなくあふれる、悲しみや絶望という感情。そして、姉との思い出。
父と母を失って心がぼろぼろになっていた自分に、朝も、昼も、夜も、優しく寄り添ってくれた姉。
毎日のように悪夢にうなされていた自分をそっと抱きしめて、いっしょに眠ってくれた姉。
天気のいい日は自分を連れ出して、微笑みかけてくれた姉。
そんな姉が、死んでしまう。……いやだ。いやだ。と、頭の中がいっぱいになる。
けれども自分には……意味もなく泣きわめき、叫ぶことしか、できなかった。
周囲が陰る。竜だ。ついに、姉も自分も食べようとしているのだろう。
もう、間に合わない。
逃げられない。
「サリビアさまぁーッ!」
メイドが叫ぶのが聞こえる。
せめて死ぬときはと、姉にいっそう強く抱きかぶさって――目を、閉じた。
ドッ――という重い衝撃音と、ヒぎゃんッ、という短くも大音の悲鳴。そしてはるか横のほうで響く崩落音。
思わず顔を上げて崩落音のほうを見ると――赤い竜が瓦礫の山に沈んでいた。それもピクリとも動く様子がない。まるで死んでいるかのように。
何が起こったのかと、そちらと反対のほうを見てみる。すると、
「――――ま、まにあったニィーッ!!」
いままさに『何かを思いきり投げた』ような姿勢の――ドワーフの少女だった。
本編100話記念ということで、ヒロインズへの質問コーナーをやります。ただその前に一つ、
ドゥムカ「あとムーのことおぼえてるかニ? もし忘れてたら64話と65話と、あと86話を読み返してみてほしいニ!」
です。
ではよろしければ↓をどうぞ!
Q 好きな食べ物は?
シルヴェリッサ「……食べ物であればなんでも」
リゼフィリア「”シャイニーミルクとセイニョの実のホワイトパイ”です」
ナーラメイア「”シャドンバログの黒血肉シチュー”」
ドゥムカ「”ゴゴロバルの尻尾焼き”だニ」
Q 趣味は?
シルヴェリッサ「……特にない」
リゼフィリア「読書ですね。知らないことを知るのはとても楽しいです」
ナーラメイア「ケガ。やつ。傷。なめる」
※訳 怪我をした者の傷をなめること
ドゥムカ「ドワーフとしてはとうぜん、酒かニー。あたらしいおつまみ探しとか楽しいニ」
Q 自分の特徴、もしくは特長を挙げるなら?
シルヴェリッサ「………………両利き」
リゼフィリア「ええと……あっ、物を読むスピードは早いほうだと思います」
ナーラメイア「血。におい。だれか。わかる」
※訳 血の匂いでそれが誰なのかわかる
ドゥムカ「んー、そうだニ……岩とか鉱床の硬さが一目でだいたいわかること、かニ」
Q 好きな色は?
シルヴェリッサ「……特には」
リゼフィリア「白です」
ナーラメイア「黒」
ドゥムカ「黄色だニ」
以上!
ありがとうございました。