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99話

主人公不在がしばらく続きます。たぶん。

     ◆


 なんだ、あれは。


 最初、自分の目に映る光景が、理解できなかった。

 あまりにも現実感がなく、夢でも見ているのか、そうじゃなかったら幻覚かなにかなのではないか。と、そう思えるほどに、日常とかけ離れた光景。


 街中に飛び散らばる幾頭もの――竜。竜。竜。


 赤い体色で、火を吐き散らしている者。

 青い身体で、大量の水を撒き散らす者。

 黄色の身体に魔術の岩石片を纏い、突進を繰り返す者。


 そこかしこで破壊の音が響き、自分の身体に震動が伝わってきた。




 ――現実、だ。




「っ、ぅ、ぁ……! ろ、ぺり、っ、ロペリ、姉さんっ!」


 恐怖感と戦慄が絡みつく喉で思わず叫び、駆け出す。先ほど購入した食料などは無意識に放り出していた。


 しかしそんなものに気を払っている場合ではない。

 一刻も早く店に戻り、ロペリを守らなくては。


「っ、はぁっ、はぁっ……! はぁっ、はぁっはぁっ!」


 途中、何度も足がもつれそうになるも、走り続ける。鼻腔に抜ける粉煙ふんえんの臭気が、どこまでもついてきた。


 不意に周囲の地面が陰る。その次の瞬間――


「きゃあッ!?」


 身体がフワリと抱え上げられた。同時に両耳へ響く重厚な衝撃音。

 いったい何が……、と自分を抱きかかえる存在に目を向け、絶句する。


「ッ!」


 巨大な蝶だった。身体は人に近しい形態で脚も二本あるが、腕のほうは四つもある。その四つの腕でしっかりと自分を抱きとめていた。


 一瞬こんらんして暴れようとするが、下を見て気づく。この蝶は味方だと。


 なぜなら眼下には、獲物を仕留められなかった怒りにか、抉れた地面の中心からこちらを睨み上げ咆哮する竜がいたからだ。そしてその竜は、いまにも飛び立たんとしているかのように身を屈めている。


 ――このままでは死ぬ。

 蝶に危険を知らせようとした、そのとき。


「――ギュルルゥ……?」


 ふと蝶が淡く瞬いたかと思えば、次には竜が首をかしげキョロキョロと周囲を見回したり、なにかを探るように鼻をひくつかせていた。まるで、こちらの姿を見失ったかのように。


(な、なにが起こったの……?)


 疑問したが、答えはわかるはずもなく。ただなんとなく、この蝶が何かをしたのだということは察せられた。


 やがて竜は諦めたのか、腹いせ気味に周囲の建物などを破壊しはじめる。

 ……ひとまず命は助かったようだ。


 と、蝶が自分を抱えたまま店のほうへ向かいはじめた。……どうもこの蝶、自分や店のことを知っている様子だが、どういうことだろうか。

 助けられたのは事実なので怪しむなどの感情はなかったが、なんとも腑に落ちない思いだった。


 しばらく飛行していると、やがて店が見えてくる。この辺りはどうやら破壊の手が伸びてきていないらしい。


(よかった…………あれ?)


 安堵するも、眼下に窺えた様子に首をかしげる。


 模様からして、おそらく蛾だろうか。とにかくこちらの蝶と同サイズくらいの蛾が、地上で誰かを抱きとめて……いや、あれは羽交い締めといったほうが正しいように思う。

 距離がどんどん近づいていき、さらに状況が良く見えてきた。


「って、ロペリ姉さん!?」


 羽交い締めされていたのはロペリだった。考えてみれば店の裏口すぐ前のところなのだから、彼女以外の可能性のほうが低かったか。


「っ! ク、クーッ、ナ、ちゃんッ……!」


 向こうもこちらに気づき、蛾はロペリを解放し、ロペリはそのもたつく足ながらもこちらに駆け寄ってくる。間もなく自分も地上に降ろされ、彼女へと走り抱き止めた。


「ロペリ姉さん! 無事!? どこも怪我してないっ!?」

「私、なん、か、どうでも、いい……! 私、クーナ、ちゃん、に、なに、か、あったら、って……!」

「――――」


 言葉がでない。


 この人は、こんな状態になっても他人の心配をしているのだ。


(なんて……)


 なんて温かい人なのだろう。

 なんて強い心なのだろう。


 変わっていない。昔からずっと、この人はそうだった。


「ロペリ姉さん……」


 改めて決意する。

 彼女の身体を、絶対に治そう、と。


 そのためにはまず、この場を生き残らなければ。


「おおぉーい☆」

「え? ゼビアちゃん!? い、いま、屋根から……?」

「うん、まあ気にしないでー☆」


 唐突に現れたゼビア。驚いているこちらに対し、ニコニコ笑った。

 ……しかし、こんな状況だというのになぜいつも通り明るげにいられるのだろう。


 と、なぜか蝶と蛾がゼビアにひれ伏すように頭を垂れた。

 本当に、この子は何者なのだろうか。


「えーっとね、とりあえずこれあげる☆」

「え? な、なに、これ?」


 ゼビアから徐に、茶色い液体が入った上等そうな厚い硝子瓶を渡された。おそらく薬かなにかであろうと思われるが……。


「マムちゃんの配――部下の子がね、作ってくれたの☆ たぶんそれでそっちの子の身体、ちょっとずつだけどなおると思うよ☆」

「――――え?」


 思いもかけない言葉。ロペリとそろって呆けてしまう。


 次いで内心に去来したのは、哀しみだった。

 ゼビアはおそらく自分たちを元気づけるために嘘をついたのだと、そう思ったのである。


 だがふと、こうも思った。

 もしやこのゼビアという少女とマムモムは、どこぞの凄い地位にいる人物なのではないか、と。


 考えてみれば、いくつかそういう節もあった。

 料理の大量注文。竜を出し抜く従魔の存在。この状況でも動じない胆力。


 自分のこの予想が正しいとすれば、まさかこの薬は――


「ほん、とうに……?」

「あ、うたがってるなー?☆ ぶぅ~、じゃあいま使ってみればいいじゃん~☆」


 ゼビアが拗ねたように頬をふくらませ、唇を尖らせる。


「ち、ちが、あの、疑ってるわけじゃなくてね?」

「ほんと~?☆ んー、でもやっぱり使ってみなよ☆ なおるなら早いほうがいいでしょ☆」

「う、うん。それじゃあ……」


 ついうなずいてロペリに向き直ったが、自分はこの絶望的な状況で何をしているのか。しかし、この期に及んでやっぱりやめるとは言い出しにくい。


 それになにより……。


「ク、ーナ、ちゃん……わ、私……」


 ロペリは放心したように茫然と目を見開いて、自分を見つめてくる。

 その瞳には戸惑いと、希望と、期待。そしてその希望や期待を裏切られたらという、恐怖。とにかくいろんなものがない交ぜになり、揺らめいていた。


 それに対し、自分は自然と表情を引き締め、彼女にうなずく。


「クーナ、ちゃん……」

「……やるよ、ロペリ姉さん」

「…………っ」


 ロペリは唾を飲む動作でうなずき、震える瞳をゆっくりと閉じた。


 瓶の蓋を外し、中の液体をとろりと手に取って軽くなじませる。そして、ロペリのその痛々しい肌に――塗り込んでいった。


 腕に。胸に。顔に。腹に。背に。肩に。足に――。


 やがて全身に塗り終わり、瓶の蓋を閉じる。


「……終わったよ、ロペリ姉さん」


 自分の言葉に、ロペリが目を開いて震える息を吐いた。それからおそるおそる、身体に力を入れはじめる。


 すると、


「ぁ……? ぁ、ぁあ……っ!」


 両手の指が、小さく、動いた。

 間違いない。小さくともちゃんと、彼女の意思で、動いている。


「動い、て、る……! ぅ、ぁ、ああぁぁぁっ!」


 ロペリがその場にへたりこみ、泣き崩れた。


「うんうん、その調子なら10日くらいでなおりきるんじゃないー?☆」

「ゼビアちゃん! その、あ、あの、どう感謝したらいいのか……と、とにかくありがとうっ! ほ、ほんとにっ、あ、ありが、と、ぅ……!」

「ちょっとちょっと泣かないでよクーちゃん☆ お礼ならごはんいっぱい食べさせてくれればいいから☆」

「えっ……ぐす、で、でもそんな、こんな貴重な薬なのに……」


 明らかに食事だけではお礼が足りないだろう。しかしゼビアはなおも首を横に振った。


「いいからいいから☆ マムちゃんも、もしクーちゃんがお礼とかいってきたらごはんでいいって言ってたし☆ だから、ね☆」

「いや、でも……」

「ね☆」

「だ、だけど」

「ね☆」

「わ、わかったよ」


 ついに自分が折れると、ゼビアは「うんうん☆」と満足そうにうなずいた。そして蝶に目配せをして自身を抱えさせると、こちらの頭を撫でてくる。


「いいこいいこ☆」

「えぇっと……」


 あまりにも穏やかしい時間が続いたので頭から抜けかけていたが、いまは竜が何頭も暴れている大変な状況なのだ。ハッとして全員に叫ぶ。


「こっ、こんなことしてる場合じゃないよ! 早く逃げよう! いくらそのたちでも、もし竜に囲まれたりしたら――!」

「あ、そうそう☆ クーちゃんとその子はあたしチャンが守るから、キミたちはてきとーにそうじ・・・してきて☆」

「……え?」


 自分が固まった間に、しかし蝶と蛾の魔物はすぐに飛び立っていってしまった。ゾッと身体が凍りつく。


「な、なん、で……」


 わざわざ戦力を手放した。信じられない。

 先ほどから感涙に咽いでいたロペリもこちらの状況に気づき、顔を青くさせる。


 しかし、ゼビアだけは変わらず、ニコニコしたままその辺の木箱にひょいと座った。さらにあまつさえ鼻歌まで奏ではじめる。

 何を考えているのか、呆れよりも怒りよりも、ただただ疑問だけが溢れた。





 ――咆哮。





 本能的な恐怖が瞬時に身体中を支配し、反射的にそちらを向く。竜だ。それも先ほどの。


「ぁ、ぁあ……!」

「っ……ぁ……!」


 喉から漏れる絶望。

 そんな一瞬一瞬にも、竜は吼え狂いながら迫ってくる。


 なぜだか酷く緩やかに近づいてくる暴虐の気配が、どこか心の中で幻のようにも感じられた。しかし……肌を撫でる風が、殺意が、否が応にも悟らせる。


 ここで――死ぬのだと。


 再びの咆哮。

 その、直後のことだった。


「……がまんしてるのに、そっちからこられちゃったらさー☆」


 ゼビアが小さく嘆息し、立ち上がって竜のほうに歩いていく。


 ――危ない!


 そう叫ぼうとしたときだった。

 ゼビアが魔力を纏い一瞬で魔術を作り出し、巨大な錐状の杭のような風を発生させる。


(この魔術って、《ツイスターパイル》……? い、いやでも、こんな大きさありえるの!?)


 《ツイスターパイル》という魔術自体は、まあまあ使い手がいる。しかしこんな、竜がまるまる入りそうな大きさのものなど聞いたことすらない。それに詠唱も一瞬で……目の前で見ても信じられなかった。


「えい☆」


 と、ゼビアが子どものようなかけ声で《ツイスターパイル》を放つ。放たれたそれは凄まじい風の音を唸らせながら、瞬く間に竜を呑み込んだ。

 肉と骨が千切れ、挽き裂かれる音が響く。かと思えば次の瞬間、風はきれいさっぱり消滅し、後には何も残っていなかった。




「………………」




 静寂。

 ロペリも、自分も、呆然と空を見上げることしかできなかった。やがてゼビアが「ふぅ~☆」と振り返る。


「うん、ちょっとスッキリした☆」



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