10話
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◇
「――説明は以上となります。そしてこちら、冒険者の証となるネームタグです。再発行には3000メニスが必要となりますので、失くさないようにしてくださいね。では、お疲れさまでした」
掌サイズの金属板をトレイに載せ、カウンターに置く職員。シルヴェリッサはその冒険者証を受け取り、今聞いた説明を頭でまとめる。
1.冒険者にはランクがあり、それに応じた依頼を受領可能。
2.新人はFランクから。E D C B A Sと順に上がっていく。
3.ランクが2つ離れた依頼は受領不可。
4.ただし特別にギルドの許可を得た場合は受けられる。
5.『緊急依頼』はA~Dは強制参加。S、E、Fは自己判断。
6.魔物などの素材は冒険者以外の者でもギルドに売却可能。
7.ギルド内での揉め事は禁止。喧嘩なら表で。
といった具合だ。完璧に覚えたわけではないが、ひとまずこんなところだろう。
日が沈むまではまだ少し時間がある。今日の宿代くらいは稼いでおこう、とシルヴェリッサはさっそく壁面のボードへ。貼り出された依頼書を見てみる。
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〆 ~ オーク5体の討伐 ~
場所: セルエナ平原・西部
黒葉地帯 付近
期限: なし
報酬: 700メニス
〆 ~ ゴブリンの群れの殲滅 ~
場所: セルエナ平原・全域
期限: なし
報酬: 一体につき 30メニス
〆 ~ ヒーゼ草の納品 ~
場所: 特に指定なし
期限: 本日より7日後
報酬: 100gにつき 70メニス
〆 ~ 雑貨商店の手伝い ~
場所: セルエナの町
中央通り・南 周辺
期間: 4日間
報酬: 1200メニス
〆 ~ グレーウルフ1匹の捕獲 ~
場所: 特に指定なし
条件: ♀ 幼体~成体
健康体
期限: 本日より5日後
報酬: 捕獲体の状態によって変動
1500~3000メニス程度
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本当に様々な種類の依頼があるようだ。できれば報酬額の高い物がいいのだが。
悩みながら見ていると、ふと思い至った。
(複数受ければいい話だな。目的地の近い物を、いくつか見繕うか)
結果、ちょうど良さそうな依頼書を5つ見つける。そのまま剥がして受付へ。
「え? あ、あの、失礼ですがお仲間は……?」
「……いないが」
というかいらない。とシルヴェリッサは思ったが、ここで言う必要もないので口にはしなかった。
簡潔な返答を受けた職員(登録受付時の者とは別人)は、少し引き気味で続ける。
「え、ええと、ですね。さすがに新人の方にこの数はちょっと……」
「……禁止されているのか」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「……なら早くしろ」
「で、ですが……」
「…………」
少し威圧を込めて睨むシルヴェリッサ。すると職員は「ひぃ……!」と小さく悲鳴を漏らし、あせあせと依頼の手続きを済ませた。そして依頼番号の書かれた委託証を5枚、怯えがちに渡してくる。
「こ、こち、こちらをっ……」
「……」
シルヴェリッサは委託証を受け取ると、さっさと受付を後にした。そのままギルドを出ようと足を動かしたとき、
「あっ、あのっ」
「まってください!」
なにやらみすぼらしい格好をした、数人の幼い少女たちが前に立ち塞がってきた。そのうちの3人は、一目見て普通の人間ではないことがわかる。なぜなら、
(頭に獣の耳……? ……尻尾まであるな)
その容姿が異常であったからだ。
まるで獣のそれのような耳と尾。ぴくぴく、ゆらゆら、と不規則に動いていることから、本物だとわかる。
しかし意外にも、シルヴェリッサの中に驚きは少なかった。恐らく魔物などを見ているうちに、知らず知らず耐性ができていたのだろう。
「……なんだ」
「う……」
最初に声を掛けてきた紫髪の少女に視線を向けると、彼女は怯んで後ずさった。その隣にいたあさぎ色の髪の少女が、猫耳と尻尾を逆立てながら前へ出てくる。
「お、おねがいがあります」
「…………」
普通ならここで立ち去っていたシルヴェリッサだが、今回は違っていた。
彼女たち5人の酷くボロボロな出で立ちを見たからだ。その様はあまりにも、かつての己に似ていた。虐げられ、手を差し伸べられることのなかった自分に。
シルヴェリッサはこのとき、彼女たちを放っておく選択肢が選べなかった。
「わ、わたしたちをやとってくださいっ!」
「く、くだ、さい……!」
「おねがいだよ、おねえちゃんっ!」
残りの3人も出てくる。赤茶髪の犬耳尻尾、クリーム色の兎耳尻尾、そして濃桃色の髪をした普通の人間だった。3様に恐々という表情をしている。
「……まず内容を言え」
急に「雇って」と言われても、内容がわからなければ答えようがない。
幼女たちもそれに気づいたか、慌てて説明を始めた。
「あっ、えと、”いらい”のおてつだい、します!」
「にもつとか、もちます!」
「まものの”かいたい”もできますっ」
「お、おねえちゃんのおせわも、します……」
「がんばって、いっぱいやくにたつよっ、あ、ですっ」
揃ってぺこり、と頭を下げてくる。その様相には必死さが窺えた。
(日々の糧を得るため、か……)
その幼い身を危険に曝すのは、ただただ生きるために。
そんな彼女たちの懸命な姿に、シルヴェリッサは応える。
「……こい。すぐに出る」
隣で大人しく見ていたハーピーを連れ立って、少女たちの脇を抜けた。彼女らの輝かんばかりの笑顔を横目にしながら。
◇
シルヴェリッサたちが出ていったあと、ギルド内はちょっとしたざわめきが起こっていた。今しがた冒険者になったばかりの少女が、もっと幼い少女たちを連れて依頼に向かったのだ。それに見たところ、他に冒険者の仲間もいない。
騒ぎになるのも当然であった。
(と、止めたほうがよかったんじゃ……で、でもあの人こわかったし……ああもうっ、しらない!)
先ほどそのシルヴェリッサに依頼手続きをした職員――ポーリアは、葛藤の末に不干渉を決めた。
(死んじゃっても私のせいじゃない……うん、そうよね。だってあんなこわい目で見られたんだから!)
そもそも自分の身の程を知らない冒険者は、いつ死んでもおかしくないのだ。もし今回ポーリアが依頼の手続きをしなかったとしても、近いうちにシルヴェリッサはもっと危険なことをしていただろう。
(もし無事に戻ってきたらすごいけど……っと、仕事仕事)
ポーリアはその少女のことを思考の端へやり、自分の役目へと戻った。
◇
まずは魔物解体用の刃物を用意しなければ。
そう判断したシルヴェリッサは、ギルド近くの冒険者向け雑貨店に赴く。ハーピーは表に待たせておいた。
店に入る前に、”神の庫”から銅貨の入った袋を取り出す。幼女たちが驚いていたが、軽く説明してやると落ち着いた。
扉を開き、店内へ。カウンターに直行する。
「……これで買えるナイフを」
言って、店員の女に袋ごと銅貨を渡す。サナルの村で手に入れた物だ。
シルヴェリッサはこの世界の金銭状況を知らないので、店員に任せた方が早いと考えたからである。
店員の女――シルヴェリッサより5つほど年上の緑髪が、袋から銅貨を取り出し、その数を確認した。
「ん、銅貨が8枚、800メニスだね。ちょっと待ってな……ほれ、こんなんとかどうだ?」
彼女が奥から持ってきたのは、小振りな短剣。粗末な物だが、普通に使えそうだ。
「……これでいい」
「あいよ、1本250メニスだけど、何本にする?」
「……3本」
「了解。んじゃ、これとこれ、それからこれ、と。あと、お釣りの50メニスね」
「……ん」
差し出された3本のナイフと、小さめの銅貨5枚を受け取る。小銅貨は袋に入れ、ナイフは幼女たちに渡した。
「……解体役が持っておけ」
「「「「「は、はいっ」」」」」
3人分しかないが、ひとまずこれで依頼に出ることにした。