初陣
時間は2人が運命的?な出会いを果たす、少し前にさかのぼる。アトラ世界での昼の間だ。
俺は現実世界の自分がどうなっているかといった問題は一旦頭の片隅に置いておくことにした。もう、戻るのは不可能なのではないか、という思いも強くなってきた。
とにかく、まずはこの世界で生きる術を身につけなければ。この世界での適応が必要だ。もしも、仮にゲームと似たようなシステムならば、スキルや魔法、スペシャルアタックなどが使えるはずである。そう信じよう。
俺がリーダーに設定していて、今の体の主であるゼクスは吸血鬼であり、真祖という設定だ。職業はミレナと同じ剣士。ステータス面など、申し分ない強さである。
なぜ聖騎士や真祖といった大層な設定のキャラなのかというと、俺の、いわゆる血と汗と涙の結晶で集めたキャラだからだ。クエストを必死に進め、ガチャを引くのに必要なクリスタルを集め、ガチャを引きまくった。
もちろん、それだけでは,よほどの運がない限り、狙っていたいいカードは揃わない。
そこでおこなったのがーーー課金だ。現実世界では食費と少しの飲み会代でしかお金は使わなかったため、余ったお金はすべて課金していた。貯金ももうない。もちろん武器や防具に対しても同様のことをしている。そんな犠牲の元、グレーブルオンラインの最高レアであるSSRでパーティーを見事、狙っていたキャラで揃えたのだ...。
つまり、ある程度のレベルであれば、ゴブリンなどの雑魚モンスターは瞬殺のはずだ。このフィールドではあまり強いモンスターは出てこないだろう、だから大丈夫。などと勝手に安心をしている。
「ミレナよ、今ここにいない『アイツ』はユーノスか?いつ頃戻ってくる?」
ユーノスとは俺が組んでいたパーティーの4人目のキャラだ。職は魔導士。魔導士学校を首席で卒業など、詳細な設定はある。そして男キャラである。
「そうですね。本当に大丈夫?リーダー。今、食料調達をしています。だいぶ時間が経ってるのですぐ戻ってくるかと。」
「ユーノスが戻ってきたら、我らはどうするんだ?とりあえずどこを目指している?」
「すぐに出発します。次に休憩できそうな安全な場所まで。ゴーラに出られればいいんですが....」
「ゴーラとは...その...なんだ??」
「ほんっとに何も覚えていないんですか!?.......この森を抜けた先にある、ある程度大きな町です。そこで、魔王に関する情報収集と王都への安全な道、王国は今どうなっているのかなど、いろいろ調べるつもりです。慎重にいかねばなりません。ゴブリンを倒すのも大変な今の状況では危険すぎます!ああ、武器や防具も揃えないと」
少しイラついた口調で言っていたので、俺は申し訳ない気持ちになった。...にしてもゴブリンも倒すのが大変だと?何かの冗談だろう。SSRの強さであれば造作もないはずなのに。あれこれ考えてるうちに、ユーノスがテントに戻ってきた。
「食料とってきましたーー!ケンチュウや、オオムカデなどです!今夜は丸焼きで食べましょ、虫!」
「おおー!さすがユーノス!」
え、あれ食べるの.......。背筋が凍りついた。その時俺は引きつった顔をしていたのは間違いない。
「じゃあ、晩飯は虫、ということで。いきましょ!リーダー、ユーノス、...あとネア!」
「は、はい!!」
エルフのネアはやっと自分の名前が呼ばれたと、といった感じで顔を輝かせた。影薄いんだな。確かにあんまり存在感がない。ミレナの影に隠れてる感じだ。
「行こうか。装備はどこだ。」
俺がゲームで普段装備させている剣は《暗黒剣ダース》と呼ばれる派手なデザインの立派な剣だ、もちろん武器の最高レアの星5で、レベルも最大だ。ミレナ、ネア、ユーノスも最高装備にしているはずだ。ゴブリンなんて楽勝だ。
「え、そこに立てかけてあるじゃないですか。私とリーダーの《ウッドソード》。」
「ウ...ウッドソードだと!?嘘だろ!?!?」
あ、素の口調が出てしまった。しかし、動揺するのも仕方のないことである。《ウッドソード》はゲーム上、一番最弱な武器。薬草5個分くらいの値段で買える。
いくらキャラが良くても、全体的な素のステータスがよいだけで、真に攻撃力を決定するのは武器なのだ。最強のパーティーを作っていただけにこの衝撃は大きい。しかも周りを見ると、ネア、ユーノスの武器も<ウッド>系ではないか。なんたることだ。本当にこれじゃゴブリンにも勝てるかわからない。
まるで心を読んだかのように、ミレナがいった。
「なぜって、そりゃあ私たちにはこの武器しかなかったんです。武器は《アイアン》系を買うお金もないし。貧しいんですよ」
「わ...わかった。いくぞ、皆の者」
仕方なくおれは最弱武器を手に取り、立ち上がった。そうしながらふと自分の防具に目をやった。嫌な予感はしていたがーーー防具もおれが設定していなかったものだった。ゲームでは2番目に弱い<アイアン>系であった。これでは防御面も心配である。レベル1などという状態だったら、いくら最高レアのキャラであろうと危険だ。
「武器は<ウッド系>防具は<アイアン系>よくこんなので今まで生きてこれたな。」
ボソッと言った。気付かれてはいない。
「よし、では進みましょ。ユーノス、お願い。」
「わかった。発動、《サーチ》。」
《サーチ》は探索魔法の初級だ。周りに危険なモンスターがいないか、などを確認できる。ただし、範囲が狭い。もっと上級な魔法だといろいろな情報を得られる。
「大丈夫だ、危険なモンスターはいないーー。地図通り、このまま北にまっすぐ進もう。」
俺たち4人はしばらく歩いた。その間、俺はどうしてこんな状態なのか、考えていた。キャラはしっかりゲーム通りなのにもかかわらず、武器が設定通りでないのはどうにも腑に落ちない。
5分ほど考えているとーーー今となっては嫌な記憶を思い出した。ここに来る前、つまり現実世界で俺は『縛りプレイ』をしていた。
つまり、自分のプレイヤースキル、PSをあげるため、あえて『最弱』の防具や武器にしてプレイすることである。一部のゲーム廃人などがおこなう行為で俺もその一人であった。その影響か。
俺のバカやろーーーーーーー!!!!
心の中でありったけの声で叫んだ。
ーーだが。いくら『縛りプレイ』をしたところで、キャラ、武器、防具はレベルはMAXのはずである。で、あればゴブリンは問題はない。さっき、ユーノスは《サーチ》を使っていたが、もっと上級の探索魔法を使っても、問題はなかったはずだ。こちらの世界の、人格の宿ったユーノスは馬鹿なのか?それともそれしか使えないとか....。
考えを巡らせながら歩くこと30分ほど。いきなりユーノスが叫んだ。
「みんな!1匹のゴブリンの反応あり!理由は知らないが、こちらにすごい勢いで迫ってくる!」
「本当か!くそ!戦わなきゃだめか!!」
ミレナが叫んだ。
ゴブリンといえども普通は、1対4では無謀だと悟り、迫ってこないはずだ。おそらく緊急事態なのだろう。
ゴブリンはかなりのスピードで俺たちの前に、姿を現した。よく見るとよだれを垂らしていて苦しそうだ。なるほど、飢えているのか。それで俺たちを殺して食い物にしたい、ということか。
俺は少し興奮していた。ゲームでやってきた戦闘を実際におこなうのだから。だが、これはリアルな命のやり取りだ。ゲームオーバーやクリスタルで復活などというのはない。まずは俺も魔法を使えるか、だ。俺は剣士が覚える一番最弱な魔法を使ってみた。
「《ガード強化》、《アタック強化》、《回避強化》」
少し力が抜けるのと同時に、体が軽くなった。おそらくMPを消費したのだろう。次はスキルだ。
「スキル《ダーク・ブラインド》、発動」
ーーーー。何も起こらなかった。なぜだ!?いつもなら黒い光とともに発動するのに。味方全員の攻撃力を1.5倍にし、相手の防御力を20%削る強力なスキルだ....。まさかーー、縛りプレイか。そういや設定でスキルOFFにしてたな。ひどすぎる。だが。レベルは最大のはずだ。いける。
「うおおおおお!」
叫びながら俺は斬りかかった。
「いけない、リーダー!!」
ネアが叫ぶ。
俺が斬りかかるとの同時にゴブリンは持っていた棍棒で俺を『突いた』。
「なっ!ぐあ!」
ゲームでは、上から殴る、横から殴るの2パターンしかない。ゲームとは違った、より生物らしい攻撃だった。さらに、死んではいないが、かなりの衝撃で、俺は気絶しかけた。SSRのキャラでなければ、俺は確実に死んでいたといえる。
「ーーーー!レベルも1ってことか!!」
「リーダーどいて!《サモンー・ファイアーバード》!」
ネアが叫ぶと、小さな炎を纏った鳥が出現した。
「僕も加勢する。《メテオ》!」
ユーノスも叫び、小さないくつかの球を空中に出現させ、ゴブリンにぶつける。イレナもなんらかの魔法がかかった剣でゴブリンに斬りかかった。
ーーーーー1時間ほど過ぎた。俺たちのぎこちない連携攻撃、そして飢えの影響でゴブリンは血を吐きながら絶命した。俺は動揺しすぎてあまり覚えていない。だが、緊張して、魔法もうまく使えなかったこと、そしてとどめをさしたのが俺の一撃だった、ということは覚えている。
「なんであんな無茶したんですか!?!?」
ゴブリンから金目になりそうな部位を剥ぎとり、ゴブリンの屍からだいぶ離れた位置で、畳んだテントを組みたてたあと、ミレナたちにこっぴどく叱られた。俺はあまりの認識の違いに呆然としており、なんて説教されたか全然覚えていなかった。
虫の丸焼きもただただまずかった、という記憶しかない。あっという間に夜になり、みんなも疲れていたため、寝てしまった。飢えたゴブリン1体の討伐で終わってしまった。
俺のこの世界での初めての戦闘、つまり「初陣」は散々な結果に終わってしまった。俺はこのままで本当に生きていけるのか?不安でいっぱいになりながら、俺も寝ようとした。
ーーーーーその時。急に目の前が光った。
なんだか、モニターのような、ビデオ通話のような白い枠で囲まれた、画面が映し出された。その先にいるのは本当の、俺自身。木戸鋭介であった。