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グレイブオブメモリー

作者: 兎島

「なあ、あんたはそれでも信じられる?」


 吐く息がふわりと緩やかな線を描いて、踊るように上へと登っていった。

 ――白。眼前には、なんにも言わない漠然とした白が広がっていた。

 人工的な建物のひとつもなければ、山も、生き物どころか草木の葉のかけらすらも落っこちちゃいない。

 あるのは、天と地とを境界づける一本の線だけだった。それは遥か遠くを流れるように引かれていて、俺はなんだか落ち着かない気持ちになる。

 ひらりと、柔らかいものが鼻を撫でた。

 顔を上げる。白い花びらのようなものが、さくらみたいにひらひらと舞い落ちてくるのが見えた。

 ああ、ゆきか、と、知らず呟いている。冷たくはない。ただ肩や手のひらに付くと幻みたいに消えて、あとは感触だけが残った。

「ここは、どこなんだろうな」

 まるで他人事みたいな独り言だった。ゆきはどんどん降り積もって、やがては真っ白い地面を覆い尽くしていった。

 空が、微かな灰色をはらんでいる。

 柔らかくなった地面に腰掛け、俺はそろそろ冷静に現在の状況を分析し始めることにした。

 まずは、ここは一体どこなのかということ、そして、俺はどうしてここに来なければならなかったのかということ。

 ゆきの上に指を滑らせ、俺の名前を書いてみる。

『アイカワユキヒラ』

 そういえば自分の名前にもゆきがついていたなあ、と、何とはなしに思った。ゆきひら、という名前は、母がつけた。響きが柔らかくて気に入ったのだという。俺が生まれたのも、雪の降る朝のことだったのだそうだ。

 ああ、明日、英単語のテストがあるんじゃなかったっけ。まずい、勉強してないや。帰ったらしなきゃなあ――って、まぁそれもここから出られたらの話だけどね。出られなかったら、一生受けなくたっていいのだ。多分。

 ちかりと、地面が淡く光った気がした。

 俺は大きく目を見開いて、地面を見た。ちかちかと不定期にあたりの地面が光を放つ。ゆきの下から来ているみたいだった。

 慌ててゆきを払って、掘り返した。すると、さっきまで真っ白に染まっていた地面が、きらきらと光る鏡のように俺の顔を映し出していた。

「どうなってるんだ……」

 言い終わるか否かのところで、ぐにゃりと俺の鏡像が滲んだ。ぼんやりと、何かの映像が浮かび上がってくる。

「なあ、おれとお前、いとこらしいぜ! 知ってた?」

 はしゃいだ様子の少年の顔がアップで映し出される。

 どこか聞き覚えのある声がそれに応えた。声変わりなんてまだ程遠い、俺の声だ。

「うん、知ってたよ。俺も母さんからこないだ聞いたとこだけど」

「なんだよー! 毎日会ってたってのに、教えてくれたっていいじゃん!」

 むくれた顔で彼は応えて、唇を尖らせた。(あずま)だ。いとこの東。はじめは何も知らないで仲良くなって、後からいとこだと分かった。というのも、俺の父と彼の母とはあまり相性が良くなかったらしく、七歳になるまでは正月だって顔を合わせたことがなかったのだ。

 ぷつり、と彼の顔が消え、何も映らなくなる。

 入れ替わるようにして、今度は後方から音がした。

 赤っぽい光のちらつくあたりのゆきを払い除け、地面を覗く。やっぱりそこにはスクリンのように映像が映っていて、今度は人がいなかった。

 青々とした木々。その下に、コンクリートで舗装された歩道があった。どうやら建物の中、窓から覗き込んでいるようだ。

「こら、相原!」

 怒るというよりは呆れた様子の声が響く。顔を戻すと、しかめっつらの教師がこちらを見下ろしていた。

「前の問題の答えを言ってみろ」

「……x=三、y=二分の一です」

「…………あんまりぼんやりしてると平常点から引くぞ、ばかもんが」

 理系は得意だ。

 中、高と一緒だった三つ後ろの席の東が小さくはやし立てるように口笛を吹いた。

 これはもう高校二年生の時だ。数ヶ月ほどしか経っていないからよく覚えている。

 映像はまだ終わらなかった。一度ぐにゃりと歪んで、今度はスーパーマーケットの風景へと変わっている。ふむ、家に帰ったのはいいものの、母親に買い物を頼まれたのだろうと推測した。現実、今でもよく頼まれる。

 ここまでくると流石に分かる。

 これは、僕の記憶だ。正確には思い出、なのかも知れないが――本当に全てが正確かどうかなんて、確かめようがない。

 だとしたらこの奇妙な世界は、夢――なんだろうか?

「ほら、立てよ……。お母さんもう行っちゃっただろ」

「やだ! やだ!」

 小学一年生か保育園年長か、ってあたりの男の子と、三歳くらいの女の子がいた。女の子はなんかキャラクターのおもちゃつきのお菓子みたいなのを握り締めていて、兄ちゃんらしき男の子がそれを手放させようとしている。おおかた親に駄目とか言われて、だだをこねているんだろう。兄ちゃんも大変だなあ、と思った。

 女の子はそこまで大きな声を上げるわけではなかったが、はっきりと「いや」と何度も言い、ほっぺたは真っ赤になって、涙でぐしょぐしょだった。兄ちゃんは何となく大人びた表情を浮かべてローテンションにおもちゃの箱を掴んでいるのだが、だんだん嫌になってきたんだろう、ちょっと涙目になりかけていた。

 そのまま通り過ぎるのかと思いきや、どういうわけか視界がぐっと下がった。

「どうしたの」

 それが自分の声だと気づくのに、ちょっと時間がかかった。

 え、こんなこと、あったんだっけ。うわあ何でだろ、全然覚えていないやとパニックになる俺をよそに、画面はちょっと傾いた。恐らく首を傾げたんだろう。

「……妹が、お母さんとおれの言うことを聞かないんだ。これ、戻せって言っても戻さないし」

 六角柱の箱には、『セボンスター』と書かれていた。あ、これあれだ、なんかアクセサリー入ってるやつだよ、これくらいの歳なら欲しがるだろうなあ、と、俺は他人事感丸出しで考える。

「君はさ、どうしてもこれが欲しいの?」

 『俺』が聞くと、女の子は力強く首を振った。縦に、何度も。そりゃあ欲しいだろ。あんなにだだこねてたんだから。

「はるちゃんもね、あおいちゃんもね、みさちゃんだって、みんな持ってるの。かばんにいっぱい。ナカはいっこでいいの。いっこでいいから、どうしてもほしいの」

 ナカ、って、名前だよな。漢字にすると菜花とかだろうか。まあ、愛称って可能性もあるけど。

「そっか。これってさ、色々あるじゃん。ナカちゃんはどれが欲しい?」

 全種類揃った写真を示すと、ナカは迷うことなくその中のひとつを指さした。

「これ? この、月のかたちのやつ?」

「うん」

「よし、じゃあ念じて選びな。どうせならいくつか選んでもいいよ」

「ちょっと、やめてよ。お母さんに怒られて困るのはおれなんだから」

 嬉々として選び始めた彼女の横で、困りきった様子で男の子が言った。

「まあ、いいじゃん。この様子じゃ今までも買ってもらえなかったんだろ」

 たかだか百五円のお菓子なんだから、ひとつくらい買ってやればいいのに。まぁ人は人、うちはうちだから何とも言えないが。

「あんたのやってることは、ジコマンゾクだよ」

 いきなりそんなことを言われてびっくりした。へえ、こんな幼い子でも「自己満足」なんて言葉を知ってるのか。舐めてた。

 どう返す、過去の俺、と構えていたら、男の子の顔が不機嫌そうに曇った。

「なにがおかしいの」

 おい、何笑ってんだよ過去の俺。こういう時笑われると結構腹立つぞ。

「そうだな、俺はもしかしたら、自己満足のために君らを利用してるのかも知れない。だけどさ、俺はこの年になって思うんだ。欲しいものが手に入るうちは、特にあんなに小さなうちはだよ、周りの人間は少しでも、それを手に入れさせてあげる努力をするべきなんじゃないかって。もちろん全部じゃないよ。五回に一回くらいでいい。そうして、喜ばせてあげるべきだ。あの子が嬉しそうだったら、君だってほんのちょっとは嬉しいだろ?」

 男の子は俺をじっと見つめた。意志の強そうな瞳をしていた。年の割にきりりとした顔つきをしていて、生意気にもこれは成長したら男前になるぞとくだらないことを考えた。

「きっと大きくなったら分かるよ。いつかね、どんなに欲しがったってそれが手に入らないような時が来るんだ。それはとてもつらくて、苦しい。きらきらしたペンダントひとつで笑顔になれるのがどれだけ幸せなことなのか、君はまだ知らないだけなんだ」

 結局ナカはひとつだけ箱を選んだ。俺はそれを買ってやった。

 中身は、ナカが欲しいと祈ったものとは違っていた。ラメが入ったクリアタイプの貝殻の中に、ピンクのイルカが入ったペンダントだった。

「どうする? もうひとつ、欲しい?」

 じっとペンダントを見つめているナカに尋ねると、彼女は首を横に振った。そうして俺を見上げて、笑う。

「ううん。なか、これがいちばんになった。もう、これじゃないのなんていらないの。これが一つあったら、なか、なんにもいらない」

 咲いたばかりの花みたいな笑顔だった。唐突に雲の切れ間から現れた太陽に照らされたような、あたたかな気持ちになれた。

 俺に気を遣った訳ではないのだと思う。彼女はにこにこしながらペンダントを首にかけると、兄ちゃんの手を握った。

 なぜかぼんやりとした顔つきで俺を見ていた彼は、はっとして妹の顔を見、「ナカ、この人にありがとうって言いなよ」と言った。

「ありがとう」

「ありがとう、ございました」

 ナカにかぶせるように、彼も礼を言っておじぎをする。

 どこかぶっきらぼうなその振る舞いを、俺は前もどこかで見たような気がした。

「どういたしまして。兄妹仲良くどうぞ」

 最後におどけて言ってみせると、ナカはにっこりと笑った。

「あっ、いたー!」

 唐突に女の人の声が聞こえた。ものすごい速さで走り寄ってくる。

「ナカ! ちーくん! どうしてお母さんについてこなかったの!?」

 眉をハの字にして、でもすごい剣幕で詰め寄る母親に、二人はたじたじになる。

「ナカが動かなかったんだよ……。それで、この人がお菓子を買ってくれたから」

 ちーくん(笑)の発言により、俺の存在がようやく認められる。しゃがみこんでいた母親は素早く立ち上がり、深々とおじぎをした。

「ごめんなさい、うちの子が……。百五円でしたよね? 返します」

「あー、いいです、いいです。なんか俺も見ててわくわくしたし」

 しつこく百五円を渡そうとしてくる母親をかわして、俺は二人に手を振った。ナカは満面の笑みで手を振り返してくれたが、ちーくんは動かなかった。彼らに背を向ける直前に彼のつないでいない右腕が動いたような気もしたが、気のせいだろう。

 背後でかすかに「あのお菓子ね、お母さん、こないだ買ったのよ。渡すのを忘れてたんだけど」「えー!!!」って声が聞こえて、視界がちょっと揺れた。そりゃ、笑ってしまう。

 ぷつん、とまた、映像が消える。なんだか俺自身の視界が暗くなった気がした。

 気のせいじゃ、なかった。

 シロクマが目の前にいた。

「――え?」

 唐突な自分以外の生き物の登場に、俺は思わず声をあげた。恐らくまだ子供なんだろう。からだが小さい。

 そいつは何やら興奮した様子で足をばたばたさせると、前足の爪をがつんとぴかぴかの地面に突き立てた。

 ぴきぴきと音を立てて、地面にヒビが入り、割れる。その向こうは、なんにもない真っ暗闇だった。

 慌ててその場を退く。シロクマは再び地面を割ろうとする。途端に、強烈な痛みが頭を襲った。

「っ……!?」

 シロクマは俺を攻撃した訳ではない。それなのに、まるで割れるような痛みががんがんと響く。

 さっきみたナカの笑顔に、俺を見送るちーくんの瞳に、ぴしりとヒビの入る様子が脳裏に浮かんだ。

「おい、やめろ! やめてくれ」

 シロクマは小さく吠えると、俺に突進した。たまらず仰向けに倒れこむと、シロクマの姿はパソコンに映った画面が揺らぐようなラグを纏って揺らぎ始めた。

 そうして今度は、ペンギンの姿へと変わる。

『あんたは、嘘だらけの世界に住んでる』

 機械じみた無機質な声が響いた。

 ペンギンは嘴をぱこぱこと動かすと、俺の上から降り、ぽてぽてと俺から数歩離れた。

『ここは、あんたに嘘を吐かない場所。あんたが、本当のあんたでいられる所。嘘つきな世界に戻る方法を、俺は知ってる。でも、あんたはきっとそこへは帰りたがらない』

「ごめん、意味が分からない」

 割れた地面を見つめると、俺の顔が映った。

 そして、はっとする。

 それは、どう若く見積もっても高校生の顔ではなかった。二十歳は超えているだろう青年の顔だ。

『それがほんとのあんただよ、ゆきひら』

「どういうことだ」

『だからさっきから言ってるだろ。あんたは嘘つきな世界に住んでる』

 ちかりと、光が横切った。再び、何かの映像が映し出される。

「相川ってさ、なんか変だよな。顔がいいとか女子は言うけど、オレは正直信用できない」

「えっ、あんた相川が好きなの? 趣味わる! あんなのただの変人じゃん!」

「なんかさ、あいつ、二組の女子にセクハラしてるっていう噂あるよね。まじで怖いんだけど」

「ねえ相川、率直に言わせてもらうと、あんたって自分のことしか考えてないよね。ほんと最低」

「相川って不気味だよね……」

 くるくると、人や場所が変わってゆく。高校生くらいの男女や、大学生の女の子なんかの映像が途切れ途切れに続いてゆく。そうか、これはおそらくは高校を卒業してからのおれの記憶で――。

 つまりおれは、記憶をなくしているというのだろうか。高校二年の冬以降から、現時点までの……。

 随分と評判が悪いみたいだな、と苦笑する。見覚えのない高校生の姿があるということは、高校生の時の記憶も知らずなくしているということなんだろうか? そういえば、さっきの兄妹との思い出も、俺自身の中には余韻すら残っていない。

『そんな世界に、帰りたい? 誰もあんたを必要となんかしていないのに』

 ペンギンは俺を見た。俺は座り込んだまま、何も言えなくなる。

 嘘つきな世界。どんどん記憶が抜け落ちてゆく世界。ここにいれば、これ以上幸せな記憶をなくさずにずっと見ていられるのだろう。

「そうかなあ。俺は結構好きだよ、あのひと。おもしろくない?」

 ふっと、唐突に男子の声が聞こえた。

 俺は廊下を曲がったところから、そちらをこっそりと振り返っている。

爽やかな笑みを浮かべる彼のことを、なぜか俺はよく知っているような気がした。

 ……だめだ、覚えていない……。同級生か? いや、年下だったような気がする。後輩だろうか……。

「あの子はさ、相川のこと好きらしいよ。……ね、あたし思うんだけどさ、相川ってやっぱちょっとかっこいいよね。変なのも愛嬌って感じがしない?」

「ねね、あいつがさ、相川のこと褒めてたよ。結構好きだ、って!」

「ねえ、聞いて、あいつが五組の片瀬さんに告られてさ」

「相川、あのね……」

 ぷつん、と、映像が途切れる。

「せんせい」

 柔らかな響きが耳に届く。

 振り返ると、学生服を着た、さっきの男子生徒が立っていた。

 そうだ、俺は大学を出て、高校の教師をしていた。

 照れを隠すようにうつむきがちに、彼は言った。

「先生が生きてる意味、あったよ。すっごい、あった。先生のばかみたいなとこいっぱい見てきた俺が言うんだ、間違いない」

「――――、」

 彼の名前を呼ぼうとした。そうだ、俺はきっと、何度もやつの名前を呼んだ。決して忘れたくないと思っていたから、呼んだんだ。

 あともう少しだった。でも、何も声にならない。

 彼がやっぱり幻のように消えたあと、俺は静かにペンギンの前に立った。そうして、強く抱きしめる。

「俺を、もといたところに帰してくれ」

 ペンギンの小さな体が震えて、二枚の羽がばしっべしっと何度も俺の背中を叩いた。

「記憶が抜け落ちたっていい。幸せなことを思い出せなくなってもいい。――文句を言いたいやつが、あっちにいるんだ」

 そう。是が非でも会って、伝えなければならない。

 お前のせいだよ、俺が戻ってきてしまったのは。いついなくなってもいいと思っていた俺に、無様にここにしがみつかせてしまったのはお前なんだよ。

 ――ありがとうな、と。

 ペンギンは暴れるのをやめ、俺の目を見上げた。

 俺は静かに頷く。

 すべてを照らすような、あたたかな光に包まれた。


 目を開くと、眼前には白い世界が広がっていた。

 それは恐らく病院の天井で、右に目をやると点滴の袋が見えた。

 痛みを感じて頭に手をやると、包帯が巻かれていた。

 え、なにこれ。もしかして九死に一生を得たってな状況なんですか。

「ゆきひらっ!?」

 ばたばたと騒がしい足音が響く。目を見開いた男の顔が視界に飛び込んできた。

「お~まえ~!! 心配かけさせやがってこの、ばかもんが! 今日からお前にはあだ名をつける! その無駄な美形が台無しになるくらいの小っ恥ずかしいやつをな!」

「東……」

 俺が苦笑交じりに気の置けない友人でもあるいとこの名前を呼ぶと、東は急に神妙な顔つきになった。視線をさまよわせ、やがて寂しそうな顔つきになる。

「お前……、残酷だな」

「ごめん。不意に我に返るんだ」

「いや、気にすんな。仕方がないんだ」

俺の記憶は、少しずつこぼれ落ちていく。最近のことから少しずつ。本当は自分が人生におけるどういう地点にいるのか、それすら分からない。今だって正気を取り戻した気でいるけれど、実はそれだって怪しいのだ。

この病気にかかっていると分かったのは、一年ほど前のことだったと思う。

 それから、順調に病状は進行しているようである。俺の意思とは無関係に。そして時々、何かの拍子に我に帰るのだ。それが本当にたちが悪い。

「俺はどうしたんだ?」

「信号無視した車にはねられたんだ。命に別状はなかったんだが、お前、二日間昏睡状態だったんだぞ。心配するこっちの身にもなって欲しいもんだ」

 俺がこのままいなくなってくれたら、とは、思わなかったのか。

 そんな疑問は、東の目を見た途端にたちまちかき消されてしまった。

「お前、妙なこと考えてるんじゃないだろうな」

「……まさか」

 俺は視線をそらし、窓辺に飾られた花を見やった。

「ちーくんみたいな可愛くない奴が、もうひとりいた気がするんだけどな」

 そういえば、ちーくんとあの男子生徒は、面立ちがよく似ていたような気がする。

 ……そんな偶然も、あってもいいかもしれないけれど。

「ちーくん? 誰だ、それ」

 怪訝な顔をする東に、俺は曖昧な笑みを返した。


「ねえ、あんたはそれでも信じられる?」

 この、嘘だらけの世界を。

 ペンギンの姿が揺らいで、高校生の、あの小さな女の子におもちゃを買ってやった時の俺の姿に変わった。

「ああ、信じるよ。俺は、この世界で生きていかなきゃならないんだから」

 何度騙されようと、起き上がってやる。抜け落ちそうな記憶を貪欲に集めてやる。

 だって俺は、大切な彼らのいるこの世界を、心の底から愛してしまったのだから。


雪平さんは幼少期からかなりの変わり者だった模様です。ということです。

もうどうせほっといたって寒いしめちゃくちゃ冷凍仕様にしてやるぜ……と意気込んで書きました。(嘘

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