ズレ男女
今回は豪華3本立て。
1.修羅場
僕が明美と付き合ってから、3年が経過した。
明美は僕にはもったいないほど美人で、聡明だった。
そんな明美に、僕は今まで嘘をつき続けている。
それが明美の為だったし、僕の為だったから。
でも、それももはや、限界だ。
これ以上、明美には隠し切れない。
修羅場になるのは、わかっている。全部僕の責任だ。
「明美」
僕は意を決して、彼女に話を持ち掛けた。
「なあに、まーくん」
明美はいつも通りのにこやかな笑みをたたえながら、こちらを見つめる。
「実は、僕には…」
「うん」
本当に、この台詞を言ってしまってもいいのか。
最愛の人である、明美に対して。
気まずい沈黙が流れる。
明美は戸惑ったように、こちらの様子を伺っている。
もしかしたら、今の僕の顔色を見て、真実を悟ったのかもしれない。
そう、僕には…
「妻なんていないんだ」
零れ落ちるように、ぼそりと、白状した。
そう、僕は独身なのだ。
明美には付き合う時に「不倫の関係になっちゃうけどいいかな」と念を押していた。
しかし、その念押し自体が真っ赤な嘘だったのだ。
許されるはずもない。
僕は黙って頭を下げた。
しばらくして、明美が口を開いた。
「頭をあげて、まーくん」
顔を向けると、そこには笑顔を浮かべる明美がいた。
そしてその直後に、
思い切り、顔面を殴られた。
彼女の突然の行動に、僕はバランスを崩し、床にしりもちをついた。
そして、意識もハッキリしないうちに、彼女のハイヒールのカカトが、僕の腹部に突き刺さっていた。
激痛に悶える僕に、彼女は変わらない笑顔で、しかしおぞましい声色で呪詛をまくしたてた。
「ああ?ふざけんじゃねーぞ、この糞野郎が。私はあんたが妻子持ちだっていうから、禁断の関係だ、悪くない悪くないと思って付き合ってやっていたっつーのに、妻がいないだァ?それじゃあ、ただの普通のイチャイチャカップルになっちまうだろうがァ!!」
ドスドスと、彼女のハイヒールが腹部にめり込む。
薄れゆく意識の中、僕は思った。
こりゃ、たまらんなと。
2.ペット
あるコンパで、僕は由紀ちゃんという子に一目ぼれした。
見た目はついつい守ってあげたくなっちゃう小動物系で、性格は温厚かつ、気配りの利くかわいらしい子だ。
他のコンパメンバーが雑談を繰り広げる中、僕はずっと由紀ちゃんの顔だけを見ていた。
そのコンパが終わり、僕は由紀ちゃんに声をかけた。
「ねえ、もしよかったら、もうちょっと話さない?」
「うん、いいよ~」
もう、本当にかわいらしい。
背丈が小さいから、上目遣いでこちらを見ているところなんて、それだけで抱きしめたくなる魅力がある。
しかし、どうしたもんかな。話をする…と言っても、僕はこれといって、面白い話ができるというわけでもないしな。
こういう時は、当たり障りのない話題を振ってみるのがいいだろう。
「ねえ、由紀ちゃんって、ペットとか飼ってるの?」
「うん、飼ってるよ~」
へえ、どんな動物だろう。
外見から想像すると、チワワとかかな。それともダックスフントかな。
意外に鳥類とかだったりして。
「そうなんだ、なになに?」
「ガだよ」
ふうん、ガね。
なかなか渋いところついてくるねって…
ガ!?
ガ…ガガガガガガガガ、ガ!?
ガって、えっ、それって蛾のことだよね?
昆虫の。あのチョウチョとそっくりな。
「うん、ガ」
由紀ちゃんは、何のためらいもなく、そう言い放った。
蛾なんて、ペットにする人いるんだ。
ま、まあ、蛾だってきっと、綺麗な種類もいるんだろう。
ほら、国語の教科書とかでなんかあったじゃん。綺麗なやつ。
「電灯とかに寄ってきたガをね、虫取り網でバッと捕まえるの」
聞いてもないのに、目をキラキラ輝かせながら由紀ちゃんは一人話をし始める。
「毎日毎日捕まえてくるから、部屋の中もうガばっかり」
「すごいんだよ、本当に一面茶色まみれだもん。マスクないと、とても部屋入れなくてさ」
お、おう…
心なしか、頭がくらくらしてきたぞ。
「でもガだって生き物だから、死んじゃう時もあるんだよね」
「私、とてもさみしがりやだからさ…」
そう語る由紀ちゃんの目尻には、涙がたまっている。
そうか、そうだよな。
蛾だって、立派な生き物じゃないか。
由紀ちゃんにとっては、一匹一匹が愛すべきペット達なんだ。
俺は、自分の小心を嘆いた。
由紀ちゃんは涙声になって、こう続けた。
「とっても悲しいからさ、死んじゃったガ達はみんな食べることにしてるの」
そうか。
つまり、由紀ちゃん、つまり君はそういうやつだったのか。
3.料理
「あなた~、夕ご飯出来たわよ~」
ああ、すぐ行くよ。
僕はイヤホンを外し、居間へと向かう。
見るからにジューシーそうな鶏のから揚げ。
瑞々しさが伝わるサラダ。
つややかな白飯に、弾力のある目玉焼き。
そしてデザートの温州みかんがちょこんとひとつ、かわいらしく小皿に乗っている。
うちの嫁が作る料理は最高だ。
最高の見た目通りの、最高の味を提供してくれる。
食事が終わり、僕は嫁に感謝の言葉をかける。
ポッと頬を赤らめる嫁を見て、ちょっと気をよくした僕は、食事の片づけを申し出た。
嫁も最初は、いいのいいのと言っていたが、最終的には僕に任せてくれた。
皿洗いが終わり、残りは温州みかんの皮を、生ごみ用の箱に捨てるだけだ。
…
はあ…
今日は、鶏のから揚げだったな。
と、いうことは。
生ごみ用の箱を開けると、案の定、血に塗れた鶏の生首が、こちらをキッと睨み付けている。
僕は口を手で押さえつつ、みかんの皮を生首に被せるように置いた。
ちなみに明日の夕食は、牛丼だそうだ。