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異世界奇想曲  作者: 入栖
第零章 序曲 - プロローグ -
7/44

-- 騎士エルネスタの壮大な勘違い --


 事の起こりは鳴り響く鐘の音だった。部屋でだらだらしていた私とローゼはすぐに鎧を身につけ、武器を手に取ると部屋の外に出た。すると隣の部屋からアルバート達が顔を出した。

「よし、皆いるな。とりあえず、船長に話を聞こう」


 私達が甲板に出るとそこには船長たちと、いくらかの乗組員が棒立ちして真っすぐ海を見つめていた。


「何かあったのか?」


 私は船長に声をかけると船長は、ある一点に向かって指を差す。私達はそちらに視線を向け絶句する。

 そこには巨大なイカのモンスター『クラーケン』がいたからだ。


「た、隊長、どうします?」

 アルバートは震える声で私に尋ねる。

「船長、アレは多分逃げきれないよな」

「ええ、完全に捕捉されたようです。速度はあちらの方が上でしょう」

「戦うしかないか……お前ら、戦闘だ」

「アルバート、ローゼ、お前らは少し周りを見て他にモンスターがいないか見てきてくれ」


「船長、今日船に居る冒険者を連れてきてくれ。出来ればDランク以上の。幸いにもまだ距離が離れている。今のうちに戦力を整えるぞ」

「は、はい! お前ら、名簿見ろ、冒険者だ」


 危険だ。前回、クラーケンが現れたのは確か10年前、その時は騎士40名ほどが出て、帰ってきたのは6名だった。今はどうか?

 騎士は5人。冒険者に実力者がいなければ、この船は終わりだ。


 とそこに一人の女性、いや、男性が姿を現した。そしてクラーケンを見てポツリと呟く。


「イカちゃんじゃなイカ……」

 いつの間にか来ていたカグヤは放心した様子で、クラーケンを見つめている。

「カグヤ、来たのか。君は中で休ん……いやクラーケンの情報を知っていたら教えてくれないか。対策があればそれも」

「かまいませんが……エルさんのレベルを聞いても?」


「最近65レベルになったばかりだ。……無論、君に無茶を行っている事は解る。わからなければわからないでいい」

「うーん65レベルならなんとか、騎士団の魔法使いのレベルは教えてもらえますか?」

「ローゼが50超えていたはずだ」

 彼はふうと息を吐き、安堵した表情を浮かべる。

「ほっ。なら余裕ですね」


 はあ!? よ、余裕だと!? 彼はいまなんて言った? 以前襲われた時は騎士が30人以上乗っていたと言うのに数人を残して全滅してしまったと言うあの災害クラーケンだぞ?


「クラーケンへの対策なんですけど……あんまり人いなくていいです。むしろ多いと邪魔なので」

「なっ!」

「私と、エルさんとローゼさんが必須で、いるといいなと言う人が見張り一人と魔法使い一人。基本はこれで十分です。それ以外は邪魔なので部屋に戻してください。ちょっと私は部屋に戻って準備してきます」

 彼はそう言うと甲板から自室へ向かって歩いて行った。



 少ししてアルバート達が私の所に戻ってくる。

「隊長、クラーケン付近にイカのモンスターが数匹いる程度でモンスターは他にはいないようです」

 アルバートは暗い顔をして言う。彼は解っているのだろう、冒険者の数によっては生き残る事さえ絶望的な事が。

「どうするんですか?」

「とりあえずは冒険者だ。後は……カグヤに頼るしかなさそうだな」

「騎士様!」


 とそこに野太い男の声が響く。私が視線を向けるとそこに居たのは船長と一人のエルフだった。

「魔法使いが一人、後はほとんど低レベルや商人で……」

「そうか……」

 アルバートは顔に出さないようにしているつもりだろうが丸解りだ。顔から血の気が抜け真っ青になっている。

「その冒険者は?」

「彼です」

「……どうも。一応Dランクの魔法使いだ」


「申し訳ないが、君にも手伝ってもらうぞ。死にたくはないだろう?」

「構いませんよ……死ぬのは嫌ですからね」

「頼んだぞ私はエルネスタだ」

「私はエメリヒ……」


 とそこにバタンと看板のドアの開く音がして、私はそちらを見た。出て来たのはカグヤだった。

「エルさん、お待たせしました」


 カグヤは緑色の線が入った白いローブ、それも中に複雑な魔法陣の刻まれたものを装備し、そして足には魔法陣が刻まれた白い靴を履いていた。

 

 またローブの隙間からちらりと見える、腰につけた魔法陣の刻まれた短剣。

 ああ、見ただけでわかる。これらはすべて魔法が付与された超高級品。一般人や一般冒険者だって手の届かないはずのものだ。こんなものを所持している彼は何者なんだ?


「カグ、ヤ……」


「ほらほら、エルさん、しゃきっとしてください。だんだんクラーケンは近づいてますよ?」

 私は海に視線を向ける。もうクラーケンとの距離はほとんどなくて、数分もせずにこの船に追いつくだろう。


「そう、だな」

 いや追及はやめよう。彼だって何かしら抱えているのだろう。私だって彼に言えない事をいくつか抱えているのだから。

 そんな事よりも、今はクラーケンだ。


「そういやさっき聞きそびれたんですけど、エルさんはゲイルスラッシュ、もしくはカマイタチを使えますか?」

 ゲイルスラッシュ、またカマイタチもだが、剣で風を起こし敵を斬りつける技のことだろう。剣を使っている騎士なら50レベルを越えれば使えるだろう。


「ああ、ゲイルスラッシュなら使えるよ」

「他に使える人いますか?」

 私を除いたこのメンバーで剣を使う騎士、2人いるが最高レベルは47のアルバート。多分使えないだろう。


「騎士団には私以外、いない……」

「うーん。まあいっか。大丈夫、冒険者がいなくてもでかいのは最悪3人で何とかなりますし」

「ちょ、3人?」

 アルバートの隣に居たローゼが大声を出す。

「そうですよ、ローゼさん。私とエルさんとローゼさんの三人です」

「あ、あたしも入ってるの?」


「頼りにしてますよ。じゃぁ作戦会議です。えとそこのエルフさんは……?」

 私はエメリヒに視線を向ける。そして彼の自己紹介を始める。

「彼はDランク冒険者の魔法使いだ。名前が……」

「エメリヒ、ウィザードだ」


 エメリヒが挨拶すると嬉しそうにカグヤは笑った。

「ウィザードですか。助かります。じゃぁクラーケンが近づくとリトルクラーケンが出現するはずなので、そいつらの相手をお願いします」

「わかった」

「じゃぁ簡単に作戦を……」


「隊長!」

 彼が続きを言いかけたところでそれを遮るように声が上がる。

 声の主はアルバートの後ろに居た槍使いの騎士だった。


「彼女の言うとうりに動くんですか?」

 彼はカグヤが男なのを知らないのだろう。それと、彼が戦った事のないはずのモンスターの情報を持っている事も。

「ああ、それにすがらないと生きて帰れそうにないからな」


「ですが……隊長がいくら仲がいいとはいえ……」

「……隊長命令だ。お前は反対側の見張りに行け」

「でもっ!」

 彼が面倒になった私はアルバートに視線を向ける。

「アルバート、連れて行け」

「……わかりました」


 私だって彼にすがりたくはない。でも相手はクラーケンで、こちらの戦力は少ない。もう奇跡でも起こさない限り、生きて帰るのが不可能なのだ。


「カグヤ、続きを頼む」

 カグヤはアルバート達に視線を向けていたが、一度咳払いすると私に向き直った。

「私がクラーケン、リトルクラーケンの注意を引きます。エルさんは私の合図に合わせてゲイルスラッシュを、ローゼさんは、私が指定した場所に……火か風がいいんですけど、使えます?」

「火は私の得意魔法だわ」


「では火の魔法を……ちなみにエクスプローションは?」

「使えるけど……連発は出来ないわ。3、4発が限度」

「じゃぁ一度エルさんにエンチャントファイアを、後はファイアボールを使ってください。あ、1回だけエクスプローション用に魔力を取っといてくださいね」

「わかったわ」


 そこで黙っていたエメリヒが口を開く。

「どうやってクラーケンの注意をひくんだ? それにそんなこと出来るのか?」

「ああ、見ればわかりますよ……。イカちゃん本当に馬鹿だから」

「い、いかちゃんって」

 ローゼはクラーケンの扱いに口を引きつらせる。化物をちゃん呼ばわりだからな。彼女の反応も頷ける。私だってそうだから。


「あ、そうだ。コレを使っててください」


 彼はアイテムボックスから幾つかの瓶を取り出す。そしてエメリヒ、ローゼ、私に3個ずつ渡す。見た目はポーションだが?


 私はローゼを見つめる。ローゼは今日いる騎士団の中で唯一鑑定魔法持ちだ。

 ローゼは鑑定し終わったのか、青い顔でポーションを見つめていた。

「MP回復量上昇ポーションLV6……ですって……うそ、まさか……」

「はぁ!?」

「!?」


 私は驚いてカグヤを見つめる。どうやら驚いているのはエメリヒもだった。あまり感情を顔に出さない彼だったが今回ばかりは顔が崩れている。

 カグヤは涼しい顔で自分用にポーションを取り出し、何のためらいも無く蓋を開けグイッと飲み込む。

「あ、ああっ」

「ん? みなさんどうかしたんですか?」


「カグヤ、一つ聞かせて」

 ローゼはカグヤに近づいて鋭い目つきで問うた。

「これ本当に使って良いの?」


 そうだ、ローゼの言うとうりこのポーションは現在帝都でつくられるポーションの中でも最高級品だろう。多分、今あるこの10個をしかるところで売れば、帝都の中層区ぐらいに家を買えるレベルだ。


「あ、いいですよ? どうせいっぱいありますし。足りなくなったら言ってくださいね?」

 もう彼に何か言うのはやめよう。驚き過ぎてもうどうでもよくなった。


 私は瓶のふたを開けると、ポーションを飲み干す。ローゼとエメリヒにも無理矢理飲ませ、目前に迫っている戦いに意識を向けた。


 

+----+----+----+----+----+----+----+----+----+


 もうすでに10メートルないぐらいに、あのクラーケンが居た。

「ローゼさん、エンチャントファイアを」

 ローゼは杖を持ち上げ私にエンチャントファイアを唱える。すると私の剣に、赤い光の粒子が纏う。


 それを見届けたカグヤは腰から剣を抜く。その短剣は基本的に黒なのだが、中心に美しい緑色の線が描かれていて、彼の魔力が高鳴るのに呼応して、その光も輝きを増していった。


 カグヤはその剣を振りかぶる。

「じゃぁみなさん。行きますよ」

「ああ、頼む!」

 私の声を聞いたカグヤは勢いよく剣を振り下ろした。


「ライトっ! …………アインツ、ツヴァイ、ドライ、フィア、フュンフ、ゼックス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェーン!」


 彼が使ったのは神聖魔法のライトだった。それは光源を作る魔法で、暗い洞窟を照らすぐらいの魔法なはずなのだが……。


「なに、あの輝き? まさか、二重起動?」

 ローゼは驚きながら彼の放ったライトを見つめる。私も驚いた。あんな光り輝くライトは初めて見た。

 するとどうだろうか、クラーケンとほとんどのリトルクラーケンは彼の作り出した光源に寄っていくではないか。


「今です、ローゼさんファイアボールを、エルさんはゲイルスラッシュをイカちゃんに! エメリヒさんは周りの小さいイカちゃんを倒してください!」


 私は魔力を剣におくり振りかぶる。そして連続で斬撃を飛ばした。横ではローゼがファイアボールを飛ばす。


 私は驚いていた。本当に彼はクラーケンの意識をそらしている。彼がしている事はあのまぶしい光を放っているだけだと言うのに。


 戦闘は一方的だった。カグヤの光で釣れなかったリトルクラーケンをエメリヒが掃除して、クラーケンを私とローゼが集中攻撃する。


 はっきり言ってクラーケンはただの巨大な的だった。クラーケンはカグヤの作った光源を必死に攻撃している所為で隙だらけ。徐々に、クラーケンの体に傷か増えて行く。


 何分かして、カグヤは魔法を発動させながら、器用にも片手でポーションのふたを開ける。そして自分に振りかけた。飲む時間が惜しいのだろう。


 私も地面に転がしていたポーションを自分に振りかける。そして、詠唱しているローゼとエメリヒにもかけてやった。


 そして私は再度ゲイルスラッシュをクラーケンに放つ。

「エメリヒさん、右側お願い。ローゼさん、左側から一匹もれそう、そっちお願い」

「わかったわ! ……ファイアボール!」


 カグヤは私たちに指示を出しながら繰り返し同じ魔法を切らすことなく放ち続けている。彼の顔には汗がにじみ、銀色の髪が額に張り付いていた。

「アインツ、ツヴァイ、ドライ、フィア、フュンフ、ゼックス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェーン」


 今回の作戦の要は彼の魔法だ。彼が魔法を切らせば確実にクラーケンが襲ってくるだろう。多分彼はすごいプレッシャーを感じているはずだ。でなければあんなに汗をかいたりしない。


 私だって、隊長として隊員達の命を預かる身だ。プレッシャーはよくわかる。


 それからまた数分ぐらいしただろうか、カグヤが私たちに指示を出した。

「エメリヒさん、もう雑魚は良いです、クラーケンに。エルさんラストスパート。ローゼさんはエクスプローションを!」


「ああ」

「任せてっ」

 エメリヒもローゼも彼の指示に従い、クラーケンに向かって魔法を放つ。私もクラーケンにゲイルスラッシュを放った。


 ローゼのエクスプローションが決まった瞬間、クラーケンは力なく崩れ、そして海浮かんだままピクリとも動かなくなった。

 周りにいたリトルクラーケンは、ちりぢりになって逃げ始める。


 辺りに静寂が訪れた。


「か、勝ったのか?」

 エメリヒは呟く。

 カグヤは光魔法を消すと大きく息を吐く。そして頷いた。

「や、やったああああああああああああああ……ねぇ私生きてるよ、エル、私たち生きてる。あのクラーケンと闘って私生きてるよ!」

 ローゼは私に思い切り抱きついてくる。


「ああ、ああ、そうだ。あのクラーケンと闘って、私たちは勝ったんだ! 皆勝ったぞおおおおおおおおおおおお」

 私はローゼを抱きしめながら、湧き上がる喜びを言葉に出した。


「アマテラス様、貴方のご加護に感謝します」

 横ではエメリヒが神に祈りをささげている。その後ろから私の声を聞いた船員達が、乗っていた客が甲板に押し寄せ、抱き合う。彼らは生きている喜びをかみしめていた。



 その中、一人だけ、カグヤだけは沈黙していた。彼は息を整えながら短剣を腰にさし、そして甲板から去ろうとする。


「勝ったわ勝ったのよ、って、カグヤ? どうしたの?」

 ローゼもそれに気が付いたようでカグヤに声をかける。そしてローブからのぞく彼の顔を見て私とローゼは言葉を失った。


 彼の顔は真っ青だった。


「ゴメンナサイ、私ちょっと……少し部屋で寝ます……」

 彼はそう言うと私たちの前から消える。


 皆が生きている喜びを分かち合っている中で、私とローゼだけは心から喜ぶ事ができなかった。


 

+----+----+----+----+----+----+----+----+----+


 

 私は彼の事が気になって、皆が喜びあっている甲板から抜け出し、彼の部屋に行った。


 彼の部屋は少しだけあいていた。私は悪いと思いながらも、その隙間からこっそり中を覗き込む。

 私の部屋より少し狭い部屋の中で、彼は一人震えていた。華奢な体を抱きしめ、布団をかぶり、もともと小さかった体を更に小さくして。

 それを見た私は彼の境遇を思い出した。


(そうだ、そうだ……彼はいつ冒険者登録をしたんだって?)

(恐くて……当り前だ。彼が冒険者登録をしたのは数日前だと聞いた。それもレベルは駆けだしどころか一般平民より低いLV1。3、4歳の子供並みの強さしかないんだ)


(それなのに私は彼に、無茶な要求をした。でも彼は私を安心させるために笑いながら『余裕』なんて言葉をかけてくれた)


(恐くない訳がない。だってだ。良い装備をしていたと言っても、一回でも攻撃を食らえば彼は死んでいたかもしれない。LV1のステータスはそんなものだ……)


(ならどうして、恐いはずの彼がモンスターの前に立った?)

 私は今までの一つ一つを思い返す。すると一つの結論が浮かび上がった。

(……! わかった。それは私のせいだ……)

 私は彼にすがるような目で見ていただろう。彼から私はどう映った? 守らなければならない対象に見えたのではないか?


(騎士である私がふがいないから、彼はわざと虚勢を張って、元気づけて……)


 体全体を焼くような痛みが私を襲う。そしてなぜか胸が……胸の奥が熱くて、苦しい。

 まるで溶岩のように高温で、ヘドロのようにドロドロした物が、私の体を駆け巡る。彼を見ているだけで私の全身の血が沸騰しそうだった。


 私は彼に何も声をかける事は出来ないまま、彼の部屋を後にした。



 私は部屋に戻るとローゼは自分のベッドに座っていた。

「どうだった?」

 彼女の問いを聞いて、私は彼女から視線を外して首を振った。

「多分、相当なプレッシャーだったんだろう。彼は部屋で震えていたよ……」


 私は自分の剣を強く握る。


「私は最低だ。私がふがいないばっかりに彼を前線に立たせたんだ。聖騎士でありながら守るべき人を前に立たせたんだ」

 ローゼは私を見て心配したのか何なのか解らないけど、困った表情をしていた。


「まぁまぁ、守るべきって……。彼は冒険者なのでしょう? なら色んな覚悟は出来てるはずよ」

「…………ローゼ、知ってるか? 彼はな、数日前に冒険者登録をしたレベル1のシーフなんだ」


「ぇ? 数日前に登録? それもレベル1? ……それ本当?」

 彼女は驚愕し、顔を蒼白にし、そして沈黙した。

「そうだ。それを知って君はあのときあの場にカグヤを前に立たせられるか? 私は立たせたんだ。否。立たせてしまったんだ」


 剣を握る私の手が震え始める。


「そうなんだよ。レベル1なのにだ。それなのに彼はあの巨大で巨悪なモンスターの前に、一番前に立ってくれたんだ。絶望していた私たちの代わりにな」


 ローゼは何も言わない。ただただばつが悪そうに自分の手を握る。


「本来なら一番レベルが高くて、聖騎士である私が、ほぼ一般人である彼の前に立たなければならなかったのに」

 私は自分の剣の柄を強く握る。私にもっと力があれば、彼を前に出さなくて済んだのに。


 震える私の手に小さな手が添えられる。

「エル、そんなに自分を責めないで。責任は私にもあるわ」

 ローゼは私の手を優しく包み込むとギュッと強く握った。


「あーあ……考えれば考えるほどあたしたち、彼にやられっぱなしだったわ。ほんと、カッコいいわね」

 そうだ本当にその通りだ。


「ああ、ホントカッコよすぎだ。カグヤは……すごく男らしかったよ」



 それからしばらくして夕食の時間になると、船長が勝利したことで祝賀会を開いてくれた。だけど最も功績があって一番称えられるべき存在の彼は、部屋から出てくる事は無かった。


+----+----+----+----+----+----+----+----+----+


 私たちが彼に会えたのはアマウズメの町に着いた後だった。

 船から降りたカグヤは白いローブを羽織っていた。そして今は青白かった顔に血が戻っていて、元気そうに見える。また久々の陸地だからか、嬉しそうにジャンプしていた。


 私はカグヤに言う。

「なぁカグヤ、君は騎士団に興味は無いか?」

 カグヤは目元を下げ、少し困ったような表情をした。

「ああ、エルさんと一緒に仕事出来るなら楽しそうなのでご一緒したいんですけど、ごめんなさい。今やりたい事があって……騎士団だと、どうしてもそれは出来なくなりそうなんです」


 私は小さく息を吐く。予想していた答えだ。

「……もちろん冗談だ。あと、コレを貰ってくれないか?」

 私は懐から銀色の鏡を取り出すと彼に渡す。それは私の家の家紋が彫ってある鏡だった。

「もし、何かあったらそれを持って騎士団の私の所に尋ずねてきてくれ。大抵私は帝都に居るから」


「え、この鏡すごく高そうなんですけど……いいですよ」

 私は苦笑する。その鏡なんて君が使ったポーション一つあれば余裕で買えるものなのに。

「いいから持つんだ。出来れば、大切に扱ってくれるとうれしい、------」

 最後の『私だと思って』という言葉は掠れて声にならなかった。


「エル、そろそろ」

 ローゼに促された私は、ローゼに視線を送って頷く。

「すまない、カグヤ。もう私たちは行かなければならないようだ」

 カグヤは陸路でミカヅチへ、私は海路で港町タケミカヅチへ。もうすぐタケミカヅチ行きの船が出港する。

「ええ、エルさんのお陰ですごく楽しい日々を過ごせました。また会いたいですね」

「そうだな。私もまた会いたいよ。じゃぁ……さようなら」


 彼に背を向けると船へと向かう。


「ねぇエル。騎士団に誘ったの、冗談って言っていたけど、本気だったでしょう」

「ああ、そうだ」


 私は歩きながら、決意をする。そして隣を歩くローゼに宣言した。


「ローゼ、私は決めたよ。強くなる。今よりももっと、彼と並べるくらいに強くなる」


 彼は強い。力や魔力は圧倒的に私の方が上だけど、心が私なんかよりも何倍も強い。

 だから私は彼のように強くなる。体も心も。

 

20151219 誤字修正

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