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異世界奇想曲  作者: 入栖
第零章 序曲 - プロローグ -
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いせかいのやどや

 

 チケット売りのおっちゃんが案内してくれたのは40代ぐらいの夫婦が経営している宿だった。チケット売りのおっちゃんの知り合いらしく、彼の事を話したら少しだけ割引してくれた。おっちゃんありがと。後で礼をいいに行こう。


 俺は割り当てられた部屋に行くとベッドに腰を下ろす。

(……やっぱ硬いな、って技術の進んだ日本と比べるのは酷だろうな。とりあえず飯を食いに行くか)


 俺は立ち上がり部屋を出て階段を下りる。1階には食事ができるように机とイスが並べられ、今日泊まる冒険者や商人たち、そして純粋にここの料理を食べに来た人たちが各々食事を取っていた。


 俺はカウンターの隅っこを陣取ると、おかみさんにオススメを適当に作ってもらうよう頼んだ。

 少しして出て来たのは煮込んだ魚料理とご飯だった。魚はカレイに似ているだろうか? 平べったく、薄い。体の中心には熱が通りやすくしているのだろう、十字の切れ目がある。またその十字の切れ目からは白くプリプリの身が露出していて、それがまた食欲を誘う。


(フォークと……箸? へぇ箸もあるのか。いやご飯もあるんだ、箸もあるんだろう。それにテラス帝国は日本に近い設定だったしな。それにテラス帝国の一つ,大和なんてまさに昔の日本だったし)


 俺は目の前にあった箸でカレイもどきの身を割る。すると身から香ばしい匂いが溢れ出て、俺の鼻孔をくすぐる。

(うわぁ、マジで旨そう)


 コクリ。小さく喉を鳴らし俺は手を合わせる。

「いただきます」

 小さく呟くと俺は食事を始めた。


+----+----+----+----+----+----+----+----+----+


(やっべぇ、うまかった…………!)

 此処の料理を食べるためにに滞在期間を伸ばすのもアリだ。そう思える位に美味しかった。

 ふと周りを見渡すといつの間にかウェイトレスが一人増えていることに気が付いた。20代くらいだろうか、おかみさんと同じ赤い髪に少し垂れた目。もしかしたら娘さんなのかもしれない。気が付けばカウンター以外の席はほぼ埋まっていて、カウンターも空きの席は2つだけだ。


 俺はカウンターに居たおかみさんに声をかける。

「ごちそうさま、とても美味しかったです。滞在期間を伸ばそうかと思うぐらいに」

「そう言ってもらえると、作ってる主人も喜ぶよ。坊やは明日船でアマテラス大陸に行くんだったかい?」

 ちなみにおかみさんも俺の性別を最初は間違えた。ギルドカードですぐに気が付いたけど。 

「そうです。アマウズメまで」

「海は気をつけるんだよ。たまにモンスターが出たりするらしいからね」

 モンスターか、メインキャラならいくら出ても問題は無かったが、今はLV1だ。少しだけ不安ではある。


「私、大丈夫ですかね……」

「うーん、多分ね。ん、ちょっと待ちなさい、そう言えば明日朝一に行くんだったかい?」

「ええ、そうです」

 俺がそう言うとおかみさんはにっこり笑った。

 

「なら大丈夫だ。モンスターが出ても騎士様が倒してくれるから」

「騎士様?」


 そう言っておかみさんは俺から目線を外し、ある方向を見る。そこにはウエイターさんと、白い鎧を身に付けたエルフの男がいた。 

「ほらウチのが今お酒出したあのエルフさ、立派な鎧着てるだろう? 実はあの人はテラス王国の騎士様なんだ」


 あのイケメンか。あ、よく見るとウェイターの子顔赤くしてるし。がんばれ。上手く行ったら末永く爆発するんだぞ。

「そうだったんですか?」

「ああ、確か帝国でも有名なあの聖騎士エルネスタ様も一緒に乗るらしいから、朝一の船はモンスターが出ても安全だね」


 と会話をしていると不意に入口のドアが開き、そこから一人の女性が姿を現した。おかみさんは俺のそばから離れるとその女性の所まで歩いていく。

「いらっしゃい。おや、お久しぶりですね騎士様、アルバート様もきていますよ」


 それは思わず見惚れてしまいそうなほど美しい女性だった。肩まで伸びたつやのある金髪を一つに結い背中に流していた。蒼い目はすこし釣り上っているものの、それがまた知的に見せとてもカッコいい。

 そんな彼女はアマテラス帝国の紋が刻まれた鎧を着ており、腰には剣が釣られていた。


「ああ。久しぶりだな、ウチのが世話になってる」

「いえいえ、ウチの娘もまんざらじゃないから。速く貰うよう言ってやってくれよ」

「はは、もうすぐアイツも昇格するだろうからその時にだろう。それでも動かなかったら私が後を押すさ」

「お願いしますよ?」


「ちょっとお母さん!」

「た、隊長…………」


 顔を真っ赤にしたウェイトレスと騎士、そんな二人を見て辺りの人達は大笑いする。

(良い雰囲気の店だな……)


 俺はカウンターの奥に居た旦那さんに葡萄酒を頼む。少しして旦那さんは俺の前に葡萄酒を持ってきてくれた。

「隣よいか?」

 俺が葡萄酒を一口飲み込んだ時だった。不意に声をかけられた俺はそちらを見る。

(って、うぉぃ! さっきの騎士じゃねぇーか)

 俺は平静を装い笑いながらイスを引く。まあ開いてる席ねぇから此処来てもおかしくは無いか。


「どうぞ」

 彼女はありがとうと言って腰を下ろす。そして俺の飲んでいる物を見るとおかみさんにぶどう酒とチーズを頼んだ。

 そして俺の方をじっと見る。


「君は……商人かな?」

「いえ、一応冒険者です」

「ほう……」


 騎士様は俺のじっと見つめる。

「君みたいな女の子がな、精霊魔法使いか?」

「それも少し使えますけど、一応シーフです」


「エルネスタ様、騙されないでよ? その子男だよ?」

 エルネスタ様と呼ばれた騎士は目をまるくする。ああ、表情が可愛い。美人は何しても絵になるな。

 まぁその理論で言えば今の俺も、何しても絵になるんだろうな。

「申し遅れました、カグヤです。今日冒険者登録した素人です」

 俺はギルドカードをアイテムボックスから出すと彼女に見せる。


「……驚いた。色々と。さて、私はエルネスタと言う」

「もしかして聖騎士の?」

 明日船に一緒に乗るらしい人が聖騎士エルネスタだったはずだ。

「はは、一応その聖騎士だ。まだなったばかりだがな。それよりもだ。君は本当に男なんだな」


 俺はギルドカードをアイテムボックスにしまうと葡萄酒を飲み込む。

「そうです」

「いやここ数年で一番驚いたかもしれない。君みたいな可愛い子が男だったなんて……多分此処に居る皆は君の事女性だと思っているぞ?」


「多分そうでしょうね。だって私も自分自身が女性にしか見えないんですし」

 そう見えるように作った筈だ。ゲームでは通りすがりの男性プレイヤーにプロポーズされたくらいだ。いやそれはメインキャラの方だったか?

 そう俺が言うとエルネスタさんは体を小さくして、呟いた。

「……その、ソレは趣味で?」


「そんわけないじゃないですか? 顔が女性っぽいだけです。それに将来はちゃんと女性の方と結婚したいですし」

 趣味です。趣味でネカマをしていました。とは口が裂けても言えないな。でも女性が好きなのは本当だから問題ないだろう。


 俺がそう言うとエルネスタさんはパッと花咲く笑顔になって椅子にもたれかかる。

「はは、そうか。少し安心したよ。でも、結婚か……はぁ」

 エルネスタさんは大きくため息をつくと、天を仰ぐ。


「どうかされたんですか?」

「いや、な。最近お父様が結婚の事でうるさくてな……。まだ私なんて20と少し過ぎたばかりなのに……」

「大変そうですね」

 

「ああ、本当に誰かに代わってもらいたいぐらいだ。私は騎士団の事で忙しいのに」

 エルネスタさんはおかみさんが持って来た葡萄酒を受け取ると一口飲み込んだ。そして頼んでいたチーズを俺とエルネスタさんの中心に置く。

「よければ食べてくれ」

「ありがとうございます」


 俺はおかみさんにサラミを注文する。そしてソレが届くとチーズの横にサラミを置いた。

「……悪いな、気を使わせて」

 結婚の話を引きずっているのだろうか、エルネスタさんは重い顔で酒を飲む。その様子を見た俺は適当な会話で話をそらすことにした。


「騎士様は普段どんな事をされているんですか?」

「私の事はエルネスタで良い、そうだな……基本的には訓練と王都付近のモンスター狩りなんだが、今回はちょっと各町に回る仕事があって此処に居るんだ」


「へぇ、そうなんですか。モンスターと言うとどんなのを?」

「ゴブリンやオーク、キラービーと言ったモンスター達だよ。君も冒険者ならいずれ戦うだろうね」

「そうですね。でもそれくらいなら多分大丈夫ですよ?」

「お、君は言うね……キラービーなんかは私も最初のころは苦戦したよ? 素早い動きだからな」


 キラービーと言えば蜂のモンスターだ。こいつ含むビー系のモンスター達は大抵冷気に弱い。日本でも蜂は冷気に弱いよな。冬眠するし。

「キラービーはアレですね、水魔法で十分に体を冷やして動きが鈍ったところを攻撃すれば、すぐに終わりますよ」

「……君はよく知ってるな。大体の魔法使いは火の魔法で焼きはらおうとして失敗するんだが……」


 確かに火も有効だが、水の方が圧倒的に戦いやすい。あいつら火は避ける癖に、水はなぜか避けないから。

「私、知識だけは豊富なんですよ」

 ゲームについては歩くウィキなんて言われてたぐらいだからな。


「じゃぁ、草原にでるスライム型のモンスターが現れたらどう戦う?」

「ああ、そいつは……」


+----+----+----+----+----+----+----+----+----+


「そう、ふふっ。そこでだ、閃いた私はアーツ、一線を使ったんだ! くくっっ!」

「ぷっ。ちょっと、ククッ。ソレ、分裂するだけじゃないですか、ははは。想像しただけで腹が……腹がよじれる」


「ふふふふふ! そうなんだよ。分裂したんだ! 私は絶望したさ。これは勝てないと、こいつは魔王なんじゃないかと本気で疑ったよ。全力で逃げ出して、家に帰ったさ。そのあとで、倒し方さえ知ってればLV5の子供でも倒せるモンスターだと知った。倒し方を知った後の絶望感は凄まじかった」


「クックックッ、いや、もうやめてください……呼吸、できなくなる」

「……いや楽しいな。それにすごくうれしい。よくそんなことまで知っていたな。あまり知られていないモンスターだから、話しても誰も笑ってくれないんだ。その知識感服したよ」


「はぁはぁ。言ったじゃないですか。私、知識だけは豊富なんですよ。そのかわりエルネスタ様のように戦った事はありませんし……」

「おいおい、カグヤ、今更エルネスタ様だなんてそんな他人行儀な言葉を言うなよ! エルと呼び捨てでいい。私が許可する!」


「そんな、ソレは無理ですよ。年上じゃないですか。せめてエルさんで」

「ったく、仕方ないな。それでいいぞ」


 結論から言うと俺とエルさんは意気投合した。この人話してみると結構面白い。特に家を抜け出してモンスターを狩りに行っていた話が最高だ。腹がよじれそうなほど笑った。



「隊長、私は先に戻りますね、あまり飲み過ぎないように」

「ああ、わかったよアルバート。控えめに飲んでいくさ」

「わかりました。すみません、えと」

「カグヤです」


「カグヤどの、隊長をお願いします」

「はい、受けたまりました」


 アルバートさんは俺たちに礼をすると宿を出て行く。俺は葡萄酒を二つ頼み届いた一つをエルさんに渡した。


「そう言えばカグヤ、君は確かアイテムボックス持ちだったな」

「そうですよ」

「はは、珍しいな私が見るのは4人目だよ」

「あれそんなに少ないんですか?」

「ああ、そうだぞ。メタルバブリンを見かける位貴重だ。しかも生まれつきのギフトだからな、後天的に入手は出来ないし」


 あれ、知らんかった。そうかだから冒険者ギルドで凄く驚かれたのか。あまり人前で使わない方がいいのか?


「そうそう、それで思い出した。知り合いの冒険者がアイテムボックスもちでな、『これは俺が小石を10個縦に積み上げたら使えるようになった』なんて嘘を教えてくれて、幼い私はそれを信じてしまったのだ!」

「ぷっ! ふふふふ! そ、それどう考えてもありえないじゃないですか」

「だが、自純粋無垢な私は信じてしまったのだ! それから1週間――」


「――」

「――」

+----+----+----+----+----+----+----+----+----+


 ……頭が、体が痛い。

 俺はゆっくりと体を起こす。

 カーテンの隙間からからすこしだけ差しこんだ光の具合を見ると、多分早朝だろう。

 ああ、体が痛い。てかなんで俺床で寝てたんだ、とベッドを見て俺は昨日の事を思い出した。


(そうだ、エルさん途中で半分寝ちゃって……。部屋に空きがないっていうから、俺の部屋に入れて鎧を脱がせたら……そのまま俺のベッドに入って寝てしまったんだ)

 もちろん彼女の横に入って寝るなんてことは出来ず、俺は地面で寝ると。そりゃ体も痛い。


 俺はとりあえず自分にキュアの魔法をかける。この世界に来てから初めての魔法だったが、VRMMOと同じように、使いたい魔法をイメージし、呪文を唱える事で簡単に発動した。

 すこしして俺の体に蒼い光の粒が舞う。それと同時に頭の痛みが引いていった。

(これから時間がある時にキュアを使いまくろう。使っていれば少しづつだが水魔法と魔法回復のスキルが上がってくはず)


 俺は眠っているエルさんの顔を覗き込む。

 美しい白金髪に、整えられた細い眉毛。薄い唇からは小さく息が漏れる。左右対称なんじゃないかと思うほど均一な顔。やはり、美人だ。


 俺は頭を振って雑念を飛ばすと彼女の肩を優しくゆする。

「んんっ」

 柔らかそうな唇から小さく声が漏れる。俺は一瞬静止したものの、すぐに意識を切り替え彼女の肩をゆすった」

「エルさんエルさん起きてください」


 エルさんはまぶしそうに瞼を開けると、俺と視線が合う。すると目が大きく開き、とても驚いた表情になった。

「ああ、カグヤ……。……すまん今色々思い出した」

 エルさんは頭を押さえながらゆっくり立ち上がる。そして鎧の所まで歩こうとしていたが足取りがおぼつかない。


 俺は彼女にもキュアの魔法を唱える。蒼い光の粒を纏った彼女は驚いた様子で俺を見ていた。

「回復魔法も使えるのか……」


「たしなむ程度ですけどね。それとエルさんも朝の船でアマテラス大陸に向かうって、おかみさんに聞いていたので起こしたんですけど、速かったですかね?」

「いや、助かる。体も拭きたかったし……。それよりも、その。すまない。ベッドを占拠してしまって。それに私はお金を払った記憶がない。カグヤが払ってくれたのだろう? 返そう」


 彼女はふとことから財布を出そうとしていたので俺は手を振って制止させた。

「ああ、気にしないでいいですよ? 昨日はすごく楽しい話を聞かせてもらいましたし」

「そうか、なんか悪いな。たしか今日の船で一緒になるのだったな。その時何かおごろう」

「そうですね、じゃぁ楽しみにしてます」


 彼女が鎧を手に取る。俺はそれを見て立ち上がりドアに向かう。鎧を着るだけとは言え、着替えの時に部屋に居るのはまずいだろう。

「じゃぁ俺は井戸で顔を洗ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」


 朝早いせいか井戸まで歩いていって、出会ったのはおかみさんの娘さんだけだった。彼女は俺と目が合うとニコリと笑い礼をする。

「おはようございます、お速いんですね」

「おはようございます。早起きは癖ですね。たしか貴方はおかみさんの娘さんですよね、私、カグヤっていいます」

「ああ、ごめんなさい名乗らなくて。私はエリです」

 彼女は慣れた手つきで井戸から水を汲むと、丸い桶に水を移し俺に渡してくれた。


「ありがとうございます」

「ふふ、見た目も、声も、話し方も女性っぽいですね」

「ああ、なんかどうしても敬語になってしまうんですよ。見た目と声はどうしようもないです……」

 気楽に話せる友人相手なら、汚い言葉遣いなんだけど、それ以外は敬語を使うようになっちゃったな。それも地球でのバイトの所為か。


「それにしても凄くエルネスタ様と仲がいいんですね。あんなに楽しそうなエルネスタ様を見るのは初めてでしたので驚きました」

「初めて? うそでしょう?」

「本当ですよ! あんなまぶしい笑顔の聖騎士エルネスタ様初めて見ました。あの人に憧れてる方も多いですし、もしかしたらファンに凄く嫉妬されてるかもしれませんよ?」

「ええ、嫉妬ですか? ないですよ。多分周りから見れば、女どうし仲良く飲んでいるようにしか見えないはずですから。私の性別を知ってる人は別ですけどね」


 俺の言葉にクスッと彼女は笑う。

「確かにそうですね」



 部屋に戻ると、鎧を装備したエルさんが身だしなみを整えていた。

「戻ったか、私は騎士団に戻るよ。じゃぁ今度は船の上でかな」

「そうですね。またすぐに顔を合わせられそうですね」

「ふふ、そうだな、じゃぁまた」

 そう言って彼女は俺の部屋から出て行った。

 

20151219 修正

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