-- ハナカゴスズメの疑問 --
こんなにも『穴があるなら入りたい』と思ったことはありません。先ほどの私は、余りに予想外が続き過ぎてどうかしてしまったようです。
「まぁまぁ、スズメさん。そんな気にしないで。私は全然気にしていないから」
そうカグヤさんは言ってくださいます。しかし私は姉のように面の皮が厚いわけではありません。気にしてしまうものは気にしてしまうんです。
私たちはショートカットを利用して8層に来ることができました(転位した先の部屋に8層と書かれていた立て札がありましたし、そうなのでしょう)。
さて、彼はそのまま8層を普通に攻略し次の階層へ向かう……と思っていましたが、そんな事は無いようです。現在彼は不自然な行動を行いながら、歩いています。
「えーっと8層は豆鬼と、足軽武者あたりだったかな?」
確かに8層に出現するモンスターはそれらも出現します。何故そんなに詳しいのでしょうか、と私は問いたいです。しかしそれよりも気になることがあります。
「あの、予測は出来るのですが……何故壁をノックしているのか教えていただけませんか?」
私はこのフロアに来てからしているそれが、気になって仕方がありませんでした。定期的に行っているそれは、まるで何かを計測しているようにも見えますし、何かに合図を送っているようにも、何かを探すようにも見えます。
「ああこれ?」
彼は足をとめその手を見つめます。私の見た限りだと十数歩進むたびに壁をノックしているようです。
「それはねっ……ん、ゴメン。ちょっと何か出てきたみたいだ」
そう言うと彼は前方を睨みつけます。
そこは曲がり角になっていました。パッと見た限りでは何もいないようですが、彼には何か見えているのでしょうか? ふと横を見てみれば、姉上が薙刀を構え戦の準備をしていました。エリーゼさんは姉上の様子を見て杖を構えます。
姉は多分モンスターの気配を察知したのでしょう。同じような光景を私は何度か見ました。もしかしたらカグヤさんも気配察知したのかもしれません。くノ一は隠密と気配察知は、他の職業の追随を許さないぐらい優れていると聞きますし。
そんな時ぬっと曲がり角から何かが現れます。私が少し見た限りでは、それはいたって普通の女性のように見えます。ですが私はアレが何だかわかります。すぐに視線をカグヤさんに向けましたが、彼は警戒を解いていないようです。少しだけ安堵しました。
彼はアレが普通の人では無く妖怪だと見抜いたのでしょう。
ちなみに初めてここの来る冒険者は、『ああ、何だ。同業者か』と思ってしまうらしいです。
ですが、それはしてはいけない間違いです。
『同業者』だなんて見てしまう人は、まず彼女をよく見てほしい。彼女はどんな格好をしていますか? 彼女は鎧ではなくローブでも無く、着物を着ています。とはいえ着物の種類によっては、身体能力強化の魔法が込められた物も存在しますが、あれには魔力が籠っているように見えません。
それに彼女は何を持っているでしょうか。
その女性の手には何も有りません。剣や杖なんかを持っていないのです。ここはダンジョンですよ? 手ぶらで来る阿呆は存在しません。
顔がこちらを向き、私たちと目線が合うとその女性はまるで口が裂けているんじゃないかと思うくらい口を広げると、眉根を下げ、とてもうれしそうにケタケタと笑いだしました。
そしてその女性は笑顔のまま、こちらに向かって走りだしました。彼はダガーを構えるとその女性に向かって早歩きで近づきます。
そしてあと数歩でその女性と接触するだろうという時でした。
彼女の首が伸びたのは。
彼女はパッと見れば町中を歩いていそうな一般人女性ですが、『ろくろ首』と呼ばれるれっきとした妖怪で、かつこのダンジョンに出現するモンスターです。また『初見殺し』とも呼ばれます。
『ろくろ首』強い妖怪ではありません。しかしその見た目のせいで、彼女の存在を知らない人は油断してしまいます。
彼女は大きく口を開き、彼に噛みつこうとします。ですが彼は最初からそれを予見していたかのように、彼女の顔にダガーを振りました。
ろくろ首は、まるでガラスを引っ掻いたように寒気がする甲高い音を上げながら、大きくのけ反ります。彼のダガーが彼女の顔に直撃したのでしょう。ろくろ首は顔を血でぬらしながらも、必死にその場で頭を振りまわしていました。それはまるで鞭のように。
彼は暴れるろくろ首を意にも返さず、彼女の懐へ入ります。そして心臓にダガーを突き立てました。
ろくろ首は一瞬体を硬直させると、まるで砂の城を崩したようにパラパラ崩れていきます。そして地面には砂の山が出来あがりましたが、それは数秒もせずに消えその場所には魔石が残りました。
「エリーゼさん。カグヤさんは姉上や、この町人にダンジョンについての情報収集をされていましたか?」
「ふえぇ? ん、な、何かしら」
何故彼女はそんなに驚いているのでしょう。まるで声をかけられるなんと思っていなかったとでも言うように。
「あの、カグヤさんはダンジョンについての情報収集をされていましたか?」
「私が見た限りではそんな事してなかったわよ」
「そうですか……ありがとうございます」
カグヤさんの知識には感嘆してしまいますが、それ以上に何故知っているのでしょうかと疑問が浮かびます。隠し通路もそうですが、魔物についてもです。彼女はこの島に来たのは初めての筈です。ですが彼は『ろくろ首』の事を知っておりました。それも『とても詳しく』。
確かにダンジョンに挑む人は、そのダンジョンについて事前に情報を集める事が多いでしょう。ですがエリーゼさんに聞く限りでは、彼は情報収集をしてしません。なのに彼は顔に攻撃を続けず、真っ先に体に向かいました。
初めて来た冒険者は顔を集中して攻撃する事が多いです。確かにそれは低階層では特に問題なく、ろくろ首を倒せることでしょう。ですが彼は顔を余り攻撃せず、すぐに体に向かいました。顔に手が届く距離に有るというのにです。
さて、彼はどうしてそんな事をするのかと思う人もいるかもしれません。ですがとても理にかなった行動です。
現にカグヤさんと同じような行動をする人が私の身近にいます。それはヤマトダンジョンの玄人でもある父上がよくする行動です。
カグヤさんは、ろくろ首には顔が再生する個体が居ることを知っていたのです。
ただ今回のような低階層に出現するろくろ首は再生致しません(私が低階層で見たことがないだけなのかもしれませんが)。
多分彼は頭が再生することを前提に行動していたのでしょう。そのため彼は顔を攻撃しましたが、目つぶしだけにとどめています。そして出来た隙を使って、弱点である心臓に攻撃しました。
これこそ、ろくろ首を『余計な手間をかけず、安全確実に倒す』ために重要な行動です。顔を攻撃して潰したとしても、再生されてしまえばかけた時間は無駄になりますから。
「あれー? 8層でろくろ首も出たかな? 30層位からだった気がするけど。まぁ久々だから忘れちゃってたかも」
カグヤさんは魔石に目もくれず。壁をノックします。
さて、彼は言いました。『久々だから忘れちゃった?』と。彼はここに来たことがある? いえ、そんなわけがありません。だって彼はこの島に来たことは初めてな筈ですし、ダンジョンに来たことも初めてな筈です。潜ったこともないはず。何を言ってるんでしょうか。
カグヤさんについて色々疑問は付きませんが、とりあえず目先のことから解決していきましょう。
「あの、敵も倒したことですし先ほどからしているノックの理由を教えていただけませんか?」
そう言って私はカグヤさんの手に向かって指をさす。彼は自分の手を見ると『ああ』とうなづきました。
「ショートカットを探しているんだよ」
ある程度想像は出来ていましたが、彼の口からそう言われるとやはり驚いてしまいます。
「やはりそうですか……」
「うーん。ショートカットのルールについて詳しく教えてあげたいんだけど……そうだね、40層が終わったらで良いかな?」
へぇ、ショートカットにもルールが有るんですね……ってちょっと待って下さい? いまなんていいました? 教えて下さる?
「ええっ、教えて下さるんですか!?」
私は思わず聞き返してしまいました。ありえません。なんと豪胆な人なんでしょう。これはヤマトダンジョンの常識を破壊する情報ですよ?
この情報をギルドのようなしかるべき場所に持っていけば、一生遊んで暮らせるだけの大金を得ることが出来るでしょう。もし私はこの情報を先にギルドに伝えてしまえば、私は大金を得てカグヤさんは莫大な儲けを逃す事になります。
私の表情を読んだのか、姉上は私の肩に手を載せた。
「スズメ、カグヤ殿はこう言う人じゃ。余り利益に関心がない」
「そうよ。カグヤってばあたしに『MP回復量上昇ポーションLV8』を何十もぽんとくれる人なんだから」
「ええっ! ポーションLV8ですって!?」
エリーゼさんの言葉に私は思わず声が裏返る。カグヤさんは能天気に『あはは~』と笑いながら壁を叩く。彼の頭はお花畑でしょうか。ポーションでLV8を何十個も所持といえば、一等地に城が立てられるくらいの金になるでしょう。いえ、今回の情報だって城を建てられるレベルですが。……それを他人にあげるですって? 信じられません。
「姉上、私はカグヤさんがどう言う人なのか、良く分からなくなってきました」
カグヤさんは何者なのでしょうか。これほどの知識と力をもっていて、お金に無関心。
姉上はニヤリと笑うと私の頭をくしゃくしゃとなでました。
「なに、ダンジョンはまだまだこれからじゃ。そのうちにスズメもカグヤ殿について知ることができるじゃろう」
そうだと良いのですが……。彼女……いえ間違えました。彼については混乱するばかりです。
不意にカグヤさんは『ああ、みっけ!』と声を上げました。そして思わず見とれてしまいそうな笑顔を浮かべ、私たちに手招きします。
その姿はうら若い女性が、ダンジョンではしゃいでいるようにしか見えませんでした。
カグヤの知識チート回はしばらく続きます。
誤字有れば報告いただければ幸いです。最近人が入れ替わったりカグヤを彼女と書いてしまうことが多発しています(頭の中で情景を描写しているせいでしょうか)。稀に忘れそうになるのですが、彼女は男です。間違えました、彼は男です。(遠い目)




