エンジュさんとの戦い
(どうしてこうなった)
目の前には青筋を浮かべているエンジュさん。髪、逆立ってますよ。
紫紺の道着をまとった彼は、腰に太刀がくくりつけられており戦闘準備万端といった様子だ。
(背を向けて逃げ出したい……)
が、そんな事したら即切り捨てられるだろう。
現在俺達パーティメンバーとツバメの家族は、ハナカゴ家所有の道場に来ている。理由はエンジュさん曰く、
「もちろんツバメに近づく奴をころ……ゲフンゲフン。ツバメの近くにいる男の強さを測るだけだ」
と言うことらしい。本音漏れてますよ。
逃げ出そうともしたけど、がっちり肩を掴まれてしまえば逃げる事なんて出来ない。それになぜかツバメの妹であるスズメも俺の事を逃がそうとしなかった。
彼女は現在道場の出入り口で仁王立ちしている。それもムスッとした表情で。俺は彼女に対して何かした覚えがこれっぽっちも無いのだけど。
「さあ、カグヤクン始めようか……」
一生始めたくないです。
試合の審判はツバメが務めるようで、俺とエンジュさんの間に立っていた。またエルやエリーゼは道場の隅でツグミさんと談笑している。おい、少しは俺の心配をしてくれ。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください。わ、私はツバメとは何も無いです。これっぽっちも無いんです。どうして争う必要がありますか!? 落ち着きましょう!」
そう、落ち着こう。俺たちに必要なのは話しあいだ。今のエンジュさんは頭に血が上っているだけだ。落ち着けば何も無かった事を理解してくれるはず。
と、俺の言葉にツバメはウンウン頷く。そして口を開いた。
「そうじゃのう、なにもおきんかったな」
(そうだ、ツバメ。お前が蒔いたタネだぞ、ちゃんと自分で狩り取れ!)
俺はツバメのフォローに安堵したのは一瞬だった。むしろ安堵なんかしてないで、彼女の口を塞ぐべきだった。
「まぁ強いて言えば一緒の布団で寝起きしたぐらいか?」
うわああああ! 確かにそんな日もあったけど、アレはお前が勝手に布団にもぐりこんでいるだけじゃないか!
「ハハ、今すぐ息の根を止めてやる!」
火に油を注いでしまった。これはもう駄目だ。水をかけても危ない奴だ。熱した油には水をかけちゃだめなのと一緒だ。
ツバメは俺らの様子を見ると小さくうなづく。
「ふむ、準備は出来たようじゃのう。それでは始めるぞ?」
どこが出来ているんですか。俺の心の準備が出来ていない。むしろ一生準備したくない。だけどエンジュさんは殺る気満々だ。
俺は腰を落としヘイストダガーを構える。
「はじめっ!」
初めに仕掛けたのはエンジュさんだ。大きく踏み込むと数メートルあった距離を一気につめて抜刀する。俺はヘイストダガーでその斬撃をなんとかそらすと、お返しとばかりに蹴りを入れた。
(か、硬ったいなぁ。一応俺、体術スキルはマスターしてるんだけど)
効いた様子の無いエンジュさんを見て、俺はすぐに後退する。
「思ったよりは良い蹴りじゃが、それではワシは倒せんぞ!」
エンジュさんはまた一歩前に踏み出すと、鋭い突きを放ってくる。俺は心臓めがけて突き出されるそれを間一髪で避け、ヘイストダガーをエンジュさんに振った。
エンジュさんは一歩下がることで難なくかわし、今度は刀を横薙ぎにはらう。俺はその刀を受け止めようとしたが、諦めてそらすだけにとどめた。
(力はあっちが圧倒的に上だ。だけど速さは俺の方が早い)
「どうした、お前のツバメへの思いはそんなものなのか!? そんなんじゃツバメはやれんぞ?」
ちょっとまて。何度も言ってるが、いつからそんな話になったんだ。
「いえ、私は別にツバメにプロポーズしたわけではなくてですね……」
「なにぃ! てめぇはうちの娘が遊びだったとでも言うのか!? 良い根性してんじゃねぇか!」
「そう言うわけではなくてですね、最高のパートナーと言うか、信頼できる仲間って感じなんですよ」
「なんだと、やっぱり結婚するつもりなんだな!」
だからどうしてその結論に辿り着く。0と1しかないじゃないか。お前はコンピュータか。
と無駄話している間も、俺とエンジュさんの攻防は続く。エンジュさんの面籠手狙いの斬撃、俺の回転切り、エンジュさんの足払い。だけどどちらの攻撃も決定的なダメージにはつながらず、ある意味こう着状態になっていた。
「ふむ、なかなかやるではないか。ウチの道場に通うヤツよりは骨があるようだな。だが、しかし」
エンジュさんは刀を鞘に戻すと、俺をじっと睨みつけてくる。
「これで終わりだ!」
魔力が高まるエンジュさんを見て、俺はすぐに何を使ってくるかが予想できた。
(絶対居合切りだよな……)
エンジュさんの職業は多分侍である。その侍で刀を鞘に戻し魔力を高めたと来れば居合切り以外考えられないだろう。ちなみに侍のアーツで一番の技と言えばソレだ。魔力を鞘で爆破させることで、神速の斬撃が放つその技。
相手のレベルが低ければ、簡単に視覚出来る。しかしエンジュさんと俺のステータスで考えるとそれは難しい。
俺は一歩下がると身を屈め、アーツを発動させる準備をする。
多分エンジュさんの斬撃を避けることも、受け切ることも出来ない。ならばそれ以外の一手を繰り出す必要がある。俺が使うのはもちろんアレ。覚えたばかりのアーツだが、使うしかない。
「この一撃で決めるぞ、真っ二つになるがいい」
ゆっくりと、ゆっくりとこちらに近づく。そしてある一点を過ぎた所でエンジュさんは勢い良く一歩を踏み出した。
鞘からの一閃。その動きは俺の目でさえも追い切れなかった。切れ味を特化している、神速の一撃は目の前の物を真っ二つにする。
俺だってそうだ。簡単に真っ二つになり、その体がズルりと動いた所で『ぼぅ』と煙が上がった。
「ぬ。な、何だ、手ごたえはあった筈。いやでもこの煙は? も、もしや忍びの?!」
さっきまで俺がいた場所には、真っ二つになった人形(俺をアニメデフォルメした感じの)が落ちている。そして俺はそこには居ない。
「くっ」
今頃気がついて逃げようとしても遅い。俺はエンジュさんの後ろに姿を現すと、首筋にヘイストダガーを当てた。
「私の勝ちですね」
エンジュさんは少しの間その場で静止していたが、ゆっくりと刀を地面に落した。それを見たツバメは大きくうなづく。
「勝者カグヤ!」
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試合終了後にツバメ達は俺のそばに寄ってくる。
「カグヤ殿! まさかもう『変わり身の術』を使えるようになっていたとは!? 拙者聞いておらんぞ!」
実を言えば、この『変わり身の術』はくノ一の熟練度をある程度あげていないと使うことが出来ない。だけど俺は隠密スキルとか短剣スキルとかもうマスターしているため、熟練度が急上昇したのだ。とはいえまだマスターには至っていないけど。
「転職した時点で使えていたよ」
まぁ余り転職の事は思い出したくない。くノ一とかメイドとか女性しかつくことのできない職業が表示されていて…………うっ頭痛が。
「そうか、実際にあの技を見るのは久々じゃぁ! 凄いのう」
「そうだな、私なんか初めて見たぞ」
ツバメに続けてエルがそう言う。
そして不意に俺の腹に手が当てられる。それはエリーゼの手だった。
「大丈夫だ。みがわりが全部受けてくれたからな。俺は無傷だぞ?」
「し、心配なんてしてないわよ!」
最初からあの攻撃は受け切ることもできないと分かっていた。だったらみがわりを出せば良い。これは忍者やくノ一のみが使える特殊な技で、一撃を別の人形に受けさせる技だ。ちなみに召喚されるのはデフォルメされた人形みたいなものだ。つかゲームでもこの俺そっくりの人形だったけど、この世界でもそうなんだな。多分アマ何とかの趣味なんだろうな。
不意に俺のデフォルメ人形が、ボウゥと音を立てて消え去る。
これは召喚された人形が一定時間が経過すると勝手に消える仕様の為だ。こっちでもやっぱり消えるんだね。
「認めんぞ、ワシは絶対に結婚なんざ認めんぞ!」
ぼーっと俺の人形を見ていたエンジュさんだったが、人形が消えるとの同時に我にかえり、そんな事を叫び出す。
「あらあら、アナタ、さっき負けたじゃない? それに私は結婚に大賛成だわ」
おいおい、だから結婚の話ししてないっつの。
「お、俺は本気を出して無い! も、もう一度勝負だ!」
「父上、確かに父上は鬼化しておらぬ。じゃが、それと同じようにカグヤも獣化しておらんし、何より魔法を一切使わんかったぞ?」
と、ツバメが言うとエンジュさん家族は驚いた顔で俺を見つめる。確かにエルフにしか見えないからな。獣化なんて使えるように見えないだろう。
それにしても獣化か。獣化ってアレだよな、綺麗なおねーさん召喚する魔法だよな。自分の体が女体化するなんて……そんな馬鹿なことが…………。
「カグヤ? どうしたの?」
エリーゼが心配そうな顔で俺を覗き込む。
「あ、いや、何でもない。古傷がうずいただけだ」
「ほらアナタ。ツバメは素敵な男性を連れて来たのよ、負けを認めなさい。それとこれ以上の戦闘は私が許可しません。貴方やカグヤさんが本気を出したら、この道場が持たないんだから!」
「し、しかしなぁ……そ、そうだ!」
エンジュさんは鬼の形相で俺を睨みつけるも、隣のツグミさんの笑顔の圧力にやられすこし怯え腰になった。実はエンジュさん尻に敷かれてる?
「や、ヤマトダンジョンをソロで40層まで行くことが出来たらお前を認めよう!」
残念なことに昨日でストック無くなりました。2,3日に1度更新に切り替えます。それと、誤字脱字見つけたら指摘いただければ幸いです。




