和の島ヤマト 2
こんなに悩むのは本当に久しぶりだった。
忍術、忍法を使えるくのいちを選択するか、避けていたアサシン、怪盗を選択するか。怪盗はスキルがあまり美味しくないので論外とすると、選ぶとしたらくのいちかアサシン。
俺は最強になる、と力だけを求めていたら圧倒的に前者である。くのいちは魔法扱いの忍法が使用できるため、魔法に絶大な恩恵をもたらす俺の種族やスキル群を考えれば、こっち以外選択できない。
転職すれば更に俺が強くなれる事が確実視されるくのいち。しかし一つだけ、とてつもなく悪い事がある。
『くのいち』という名称だ。もしこれが俺のギルドカードに記載されてみろ。他人に見せられねぇ。
しかしスキル内容は忍者とほぼ変わらないのだから、目をつぶってさっさとマスターさせ転職してしまえば問題は無い。それに一瞬だけ転職してスキルを得て止めてしまっても構わないのだから。
ではアサシンにするのはどうか。確かに接近をメインとして使用するなら、盗賊で一番近接攻撃のアーツがそろっているアサシンでも良いだろう。
しかし俺のパーティはエルとツバメと言う頼りになる仲間が二人に居るから、むしろ中・後衛の戦力強化をした方がいいように思う。
忍法が使え、中衛もこなせるくのいち。完全近接特化のアサシン。
と、悩んだ末俺は断腸の思いでくのいちを選択し忍法を覚えることにした。
魔法はやっぱりは大事だよね。ついでにスキルが優秀な巫女もいつか同じようにマスターさせる。メイド? なるわけがない。俺がメイドになってどうするんですかね。メイドになるときは世界が終わる時だな。
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転職を終えた俺は今度こそツバメの家である、ハナカゴ家に向かう。エルが言うにはハナカゴ家はどうやら町の中央からやや北、ダンジョン近くにあるらしい。
エルに案内してもらいながら商店街を歩いている最中。不意にエリーゼが足を止める。
「ねえアレって何なの? 馬車にしては小さいわよね?」
そう言ってエリーゼが指さすのは、横に大きな2つの輪が並ぶ車。その隣には筋肉質の男性が立っている。
「おお、アレは人力車じゃよ。観光や移動に使用されるのじゃ」
「人力車ぁ?」
エリーゼは興味津々と言った様子でその人力車を見つめる。確かに今まで見た町には無かったな。
「ああ、そうだ。人力だ。ほら、前に人が立つ場所があるだろ? あそこに車夫って言う人が立って押すことで進むんだよ」
と俺が説明を入れると、エリーゼは『へぇ……!』と呟き、目を輝かせてじっと人力車を見つめる。
「どうせならのってみるか? エル、ツバメ、よいか?」
「私も少し乗ってみたいな……」
そう言ってエリーゼと同じように興味津々と言った様子で、人力車を見つめるエル。
「ああ、拙者の知り合いもいるしな。挨拶していこう」
そう言って歩きだすツバメの後を俺達も追った。
そこにいたのは数人の鬼族だった。ツバメは手を振りながら彼らに声をかけた。
「久しぶりでござるな、セイエモン殿!」
「んん? おんやあ、ツバメちゃんじゃねえけ! 久々じゃのう」
そう言ってニカッと笑うセイエモンさん。鬼族の象徴である角が額に生えていて、まくられた服から出ている腕は太くがっしりしている。車を引くにふさわしい、良い筋肉です。
こんにちわ、と俺達もセイエモンさん達に挨拶をする。
「おう、こんにちわ! セイエモンだ。ツバメちゃんの友人か?」
「ええ、パーティメンバーのカグヤです。してこちらがエルとエリーゼです」
俺は笑いながら礼をする。するとセイエモンさんは俺達をじっと見つめると、笑みを浮かべた。
「ほーおったまげた。えらく別嬪さんぞろいじゃ……!」
「セイエモン殿、どうせなら拙者も褒めとくれ!」
「もちろんツバメちゃんも別嬪さんにそだったなぁ! 小さい頃はちいとばかし不安だったが、成長するもんだ」
「そうかそうか!」
どうやらツバメの小さいころからの知り合いみたいだ……めちゃくちゃ仲よさそうだな。
「そいでどうした? いつものように家まで送ってほしいのか?」
「そうじゃの。今日は皆を家まで連れてってほしいのじゃ」
とツバメが言うとセイエモンさんは、俺達を一瞥し今度は人力車を見る。
「4人か、2人2人で別れてもらうがいいか?」
「ええ、構いません、えと、じゃぁ……」
と周りを見ると俺とエリーゼが近くにたのでこのペアにしてしまおう。
「ツバメとエルが一つのペアで、後私達のペアでお願いします」
「そうか、じゃあツバメ、お前はソウエモンのとこに行って来い」
「分かったのじゃ、エル殿いこう」
「ああ、実は私、何度も見たことはあったが乗るのは初めてでな、少し楽しみだ」
「なに、気にいると思うぞ!」
と、二人は和気藹々とソウエモンさんの人力車に乗り込む。
「よし、カグヤちゃん達ものんな!」
そう言われた俺達はセイエモンさんの人力車に乗り込んでいる丁度その時、エルフのカップルを載せた人力車が横を通り過ぎて行った。
楽しそうに町を見る二人組。
ゆったりとした速度で、時折町の案内もしてくれる人力車は観光に持ってこいだろう。エリーゼも楽しんでくれればよいが。
俺達がのりこむとソウエモンさんは二カッと笑う。
「なぁに、今日はツバメちゃんもいるし、特別なヤツで行くぞ?」
「特別ですか……凄く楽しみです!」
特別と言われテンションが上がる俺。何それすごそう! 特別か、わくわくが止まらない。もしかしたら面白い場所を案内してくれるのかもしれない。
「がははは、そうだ楽しみにしてろ!」
「ちなみにどんな感じなんですか?」
俺がそう聞くとセイエモンさんはツバメ達の乗った人力車を指さす。
「ほら、アレ見てればわかるぞ」
指を差されたソウエモンさんは一瞬こっちを見て手を上げると前を向き、人力車を動かす。
ゆっくり走り出す前の人力車だが、一見普通にしか見えない。ツバメもエルも楽しそうだ。
進むにつれてその人力車はゆっくりと速度を上げて……。
速度を上げて、更に速度を上げて…………あれ? まだ速度上がるの?
もしかして特別仕様ってコレ?
「ほぉ、早いなって……は、はや、は。お、おいツバメ、ちょっとこれはぁぁぁ」
加速する人力車からはエルが叫ぶ声が聞こえるが、そんなことはおかまいなしに加速していく――。
「ふははっは! ソウエモン殿、しばらく見ないうちに遅くなったのう! カメに転職したのか?」
「言うじゃねーか、ツバメちゃん!」
煽るツバメにのせられるソウエモンさん。あれ、ソウエモンさん……なんで鬼化してるんですかねぇ?
ツバメ達を乗せた人力車は、一瞬がくんと大きく車体を揺らすと、今ですら速いのに更に加速する。もうすでに彼女達の姿は見えなくなりそうだ。
「つ、ツバメ。これ以上は……き、きゃあぁぁぁぁぁぁああ!」
「……」
その様子を見ていた俺とエリーゼどちらからも言葉が出てこない。それも仕方ない。だってさ、なんだよあの速さは。おかしい。頭のネジが数本外れてないか?
そこらへんの馬なんかよりも早いぞ。いや馬を比較対象に出すのは間違いだ。自動車だよ自動車。アレが人力? しかも、あのエルが黄色い悲鳴を上げるほどだと……!? 初めて聞いたぞ!?
不意に俺は目の前にいるセイエモンさんを見つめる。既に彼は鬼化しているようで、体中から大きな魔力を発生させていた。どうやら走る準備は万端のようだ。
俺はごくりと唾を飲み込む。腕には鳥肌が立ち、背中には脂汗。
視線を辺りに移して、周りの様子をうかがう。そして俺は気が付いてしまった。人力車の横にある立て札に『超高速移動承っています』の文字が有ることに……。
「さあ、行くぞ!」
腕に力瘤を作るセイエモンさん。俺は彼に恐る恐る言ってみた。
「あ、あの。ゆ、ゆっくりじゃ駄目ですかね……?」
「おいおい、ツバメの嬢ちゃんと離れちまうぞ。なぁに安心しろ。最初は怖いかもしれんが、すーぐに楽しくなるぜ!」
分かってました。ええ、そうなるだろうと予想はしていましたよ。
「エリーゼ俺の体から離れるなよ……!」
「……ええ…………!」
ぶるぶる震えながら俺に抱きつくエリーゼ。俺は片手でしっかりエリーゼを抱き寄せると、横の肘かけをがっしり掴む。
不意にエリーゼはこんな言葉を漏らした。
「カグヤ、死ぬときは一緒よ……!」
おいエリーゼ。頼むから変なフラグを立てないでください。
「ン、どうした? ああ、大丈夫だ、俺はこの人力車団で一番早いんだ。すぐにソウエモンに追いつくさ。なに、閃光のセイエモンと呼ばれた俺を信じろ」
(んな心配はしてねえよ!)
それと一つ残念なお知らせがあります。この人力車、前の奴よりも早いらしいです。
「じゃ、いくぞ!」
グンとっ馬車が引かれ、すぐに加速する。
「ちょ、こころのじゅんびがまだ出来ていなくてですねそれで……ちょ、マジかあああ、う、うああああああ」
「きゃぁああぁぁぁ――」




