出立
「エル、そっちは終わったか?」
「ああ、大体な……それにしても結構買いこんだな?」
俺はエルから食材を受け取るとアイテムボックスにしまう。これで1か月は持つだろうか? ウチに一人大飯ぐらい……いや戦闘では頼りになるし、その言い方は間違っているか。
「食料の予備はあった方がいいだろ? アイテムボックスに入れておけば腐ることは無いんだし」
「まあ、言うとおりだな。それで玉藻前様に会うためにカグツチに行くんだろう?」
「そうだな……そのあとを全く考えてないんだけどな」
「カグツチダンジョンに行くのではないのか?」
そう言えばまだ話してい無かったか。
「いや、前にアマテラス様と話した時にカグツチには魔王が居ないって事を聞いてたんだよ。LV上げの為に潜るのはありなんだろうけどな」
「なるほどな」
そう言うとエルは顎に手を当て、澄んだ空を見上げる。つられて俺もその青い空を見上げた。
そこは雲ひとつない快晴で、先ほどから暖かい日差しが俺達に降り注いでいる。このままどこかで昼寝をしてしまうのも良いかもしれない。
「だから行くとすればヤマト、テラス、ミカヅチ。カグツチから近いダンジョンと言えばヤマト。俺の転位で楽に移動できるのはミカヅチ。時間はかかるのはテラス」
「ではテラスは後回しか?」
「いや、確かにテラスも時間がかかるが、船の移動は楽だし経験値が稼げるモンスターもいる」
船が派手に動いて俺が船酔いしなければ結構ありだと思う。イカちゃんは出てきても良い。むしろ出てこい。スタイリッシュ焼身自殺で経験値ガッポガッポ美味しいです。
「ははっ移動が楽か、確かにそう言う考えもあるな」
むしろその考えしかなかった。いちいち歩く奴の気がしれない。あ、いま俺大半の小説に喧嘩売った気がするが気のせいだろう。
「だがヤマトに行くのもな……ツバメがわざわざヤマト出てこっちまで来たのに、そこに戻るのもどうかと思ってな。移動が楽だから候補のひとつなんだが」
「確かに、そう考えるとテラス。もしくはツクヨミでも良いだろうな」
ツクヨミってテラス帝国の中じゃ最西端だろ? ここから遠すぎるんじゃ……ってそう言えばそこだけ転位門が生きてるんだったな。
「じゃぁそう考えると帝都テラスに行けばテラスダンジョンと、ツクヨミダンジョンに行けるんだな」
「そうだな。私としてはヤマトに行く方が都合がいいんだがな」
「ヤマト? なんでまた」
「実は私の仕事の話につながるのだが、私が騎士団に入っているのは知っているだろう?」
「ああ、知ってるぞ」
聖騎士様だもんな。防具も帝国の紋が付いているし。
「実は私は騎士団の中でもちょっと特殊な部署にいてな。まぁ家の所為でもあるのだが……」
「そう言えば貴族さまだったな……親しみやすすぎていつも忘れるんだが」
「ああ、親しみやすいか……そう言ってもらえれば嬉しいな」
彼女はそう言うとほほ笑むが、それにはどこか影があった。
「っとすまん少しそれた。お前は知らないかもしれない……自分で言うのもアレなんだが。その」
歯切れが悪い。多分俺あんま気にしないからスパッと喋っていいぞ?
「ウチの家は結構大きくてな」
「まぁそれの予想はついてた」
ギルドの受付が驚いていたからな。名前はリンダさんだったかな。実は名前を聞くたびあの曲思いだす。
「でな、実は私はこのテラス帝国内の人間族では、一番権力がある家で……実は陛下からも信頼も厚い」
「そこまでかよ……」
テラス帝国はエルフの女王を中心とした国でエルフ、獣人、人間、他種族が住む国である。もちろんエルフが一番人口が多い、しかし人間族も獣人族もそれなりにいる。ゲームと同じだったらだが。
「子供のころから騎士団にあこがれていた私は、皆の意見を押し切って騎士団に入ったのだ。そうしたら騎士団に圧力をかけたのか何なのかはわからないが、すぐにある部隊に回されて。それが今私のいる部隊だ」
それにしても回りくどい。結局どう言うことだってばよ。
「それで?」
「実は基本外交や情報伝達が任務の所なんだ。偉い人物が行く方が話がすんなり通るからな。私の場合は家が家だからからとても適していたのだろう」
ようやく彼女の言いたい事がわかった。とりあえず家がすげーから外交官ぴったりじゃん的に、この隊にきたってことだな。
「ヤマトに行くならハナカゴ家と領主にちょっと挨拶に行きたかったんだ。一応私は休暇が終わったら、一度帝都テラスに戻ってヤマトへ行く予定だったし。もし行くならば手間が省ける」
「……そう言えば休暇とらせまくってるが大丈夫か……?」
「なぁに、どうせお飾りみたいな団長だから大丈夫だ。それに仕事はほとんどあいさつ回りだからな。いなくなっても問題ない。家の事もあるし誰も文句は言えないだろう。ああ、もちろん必要に応じて戦闘もするが、それはほとんどない」
なるほどな。
「なんか勿体無いな、せっかく強いのに」
「だろう!」
そう言うと彼女は俺に急接近し口を開く。近い。
「上はいつもそうなんだ。何かと私を気にかけているのは分かるが、たいてい私の家の事で気にかけているだけけなんだよ。私は剣の実力だけ見れば、今は騎士団でも結構上位であるというのに勿体無いだろう? はっきり言おう。上に達つ者は見る目がない。本来ならみんなの前に立って戦う方が私の性にもあっているし、実力に見合っていると思うんだが、本当に何を考えているんだか。これは宝の持ち腐れじゃないか。そうだろう? だけどな私に下されるのは決まって人と会ってこいと言ったものばかりだ」
「……お、おう」
怒涛の言葉攻めに一歩引いてしまった。
「あ、いや。す、すまん。ちょっとたまってたみたいでな」
みたいだな。こんな時はアレだ。
「今度ゆっくり二人で酒飲むか」
「……そうだな」
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パチ、とツバメはエルにトドメの一撃を差しながら、俺に言う。
「カグヤ殿……それは何をしているんじゃ?」
エルは呆然と盤上を見つめているが、ツバメは彼女を完全放置だ。まぁいつもの事だし別にいいか。と思っていたら再起動をしたようで今度はエリーゼに対戦を挑んでいる。エリーゼさん。盤上を1色に染め上げるのは勘弁してやってください。アレは結構心に来るんだ。
「これはな無駄な事をしているかと思うが、実は違う」
俺は作り終わって固めた薬を、再度すり鉢で粉末状にしていた。それはせっかく一度作った薬を分解しているように見えるかもしれない。だが無駄ではない。
「実はこれ調合スキルを上げるためにしているんだよ」
粉末状にして硬めて粉末状にして……と繰り返しているだけなのだが、なぜかスキルは上がるのだ。
「おいおい、カグヤ殿……そんなことで本当に上がるのか?」
確かに彼女が言う事はもっともだ。ゲームでもバグかと思われたぐらいだからな。まぁゴーレム寺院と同じで仕様だったが。
「上がるから良いんだよ……気にしたら負けだ」
ちなみにこの錠剤粉末リサイクル技法と呼ばれるこの技だが、動画にされる事はなかった。地味だしね。代わりに発見者が『おれ薬でやっちゃった……』なんて紛らわしい事をSNSで呟いたせいで、自宅に警察が押しかけたとかなんとか。
「拙者もできるかのう?」
「……できるとは思うけど、やらなくていいだろ。パーティに一人できれば十分さ。だからこそ俺は薙刀スキルや刀スキルは一切あげてないし、あげる気ないし。……そこはツバメに任せてるからな」
「なるほどのう。では薬はカグヤ殿に任せろ、と言う事じゃな」
「そうだ。でも戦闘ではお前を頼りにしているからな。頼んだぞ」
ツバメは嬉しそうに笑うとどんと胸を叩く。
「なら拙者を信頼してお金を貸してくれ、茶菓子を買うてくる。なぁに一人でも平気じゃ」
「それは無理」
「それは無理ね」
「それは無理だな」
俺だけでなく横でリバーシをしていたエリーゼとエルも言う。
それだけは信頼できないわ……。
「まぁ何にせよ、ある程度ダンジョン潜ったおかげで薬もある程度たまったしな。後はダンジョンに行くだけだ」
「ふむ。出発は明日か……少し楽しみで少しさびしいのう」
多分ツバメが言っている『少しさびしい』のはビーチェ達の事であろう。ツバメとエルはビーチェに訓練を付けていたし。それにビーチェのパーティメンバーのあの猫男(ケット・シーも多少見ていたようだしな。
まあ、さびしいと言えばカンナさんもか。
「確かに少しさびしいが行かなきゃいけないしな。つかお前ら遊んでるけど準備は大丈夫だよな?」
「拙者は準備しておらんぞ。カグヤ殿がいいと言っておったのでな」
お前は別だ。だってお金与えると変なもの買いそうだし無くしそうだし。仕方がないから俺が代わりに色々買ってやったんだよ。おい、胸を張るな……。
「ツバメの今後必要そうな荷物は、俺が買いこんだから大丈夫だ……」
「あたしは大丈夫よ?」
「私もだ」
パチ、とエルが盤上に石を置く。
まぁ二人を心配しなくても大丈夫であろうが、一応、な。
「よし。じゃぁ明日朝からだからな。あまり夜更かしするなよ?」
「ああ、大丈……って。エリーゼ、まった、まっただ!」
「え?」
ぱちりと石を置くエリーゼ。もう遅い。
エルの顔は盤上と同じで真っ白だった。
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「お姉さま。もう行かれるんですね……?」
俺はエルが用意してくれた馬車の横に立つビーチェに最後の挨拶をする。またその近くにリンダさん、そしてストレートヘアのカールさん、ビーチェとパーティ組んでる二人と……あれ、さっきまでカンナさんがいた気がするけど……まあ良いか。
エリーゼはリンダさんと何か話しているが、時折こちらを見て顔を真っ赤にしているのを見るに、俺は顔を出さない方がいいだろう。
「うん、ゴメンね。途中までしか見てあげられなくて……」
「いえここまで見てくださっただけでも十分です。ありがとうございます!」
ええ子や……。最初はあんなにも敵意むき出しだったのにな。妹に欲しい。いやマジで。
「ああ、そうだ。私からビーチェちゃんにプレゼントがあったんだ」
「え?」
俺はアイテムボックスから武器屋で購入したあの斧を取り出すと、それを彼女に差しだした。
「……あ、これはっ!」
それを見たビーチェは一瞬はてなマークを浮かべていたが、すぐに俺が取り出したものが何かを理解し驚いた様子で両手をぶんぶんふった。
「前にビーチェちゃんの斧駄目にしちゃったから……こんなもので申し訳ないけど」
「お、お姉さま、こんなものいただけないです!」
「良いの良いの。高いものでもないしほら、それにけいこがんばったでしょ?」
なんどか言い合っていたが、先に折れたのはビーチェだった。彼女は凄く申し訳なさそうに斧を受け取ると、深く礼をする。
「……ありがとうございます。家宝にします!」
(頼むからそんな物を家宝にしないでくれ……)
「みんなと仲良く頑張ってね」
そう言って俺は奥にいる二人、アルドとブルーノに視線を向けると、笑いながらウインクした。
嬉しそうに手を振るアルド君、小さく礼をするブルーノ君。彼らは俺の性別をまだ知らない。それを知る日が来るかも分からない。
「カグヤ殿ーエリーゼ殿ー。どうやら準備ができた様じゃぞ!」
不意に後ろからツバメの声が聞こえる。さっきからエルとツバメに出発の準備をまかせっぱなしだった。後で埋め合わせしないとな。つかそろそろ俺も行こう。
「それじゃぁ、行ってくるね?」
「ハイ、御達者で!」
俺は軽く他の人たちに挨拶すると、エリーゼと合流し馬車に向かう。しかしどうしてかエリーゼは眼をこすっていた。
「どうした? もしかしてここに凄く愛着があったとか? 悪いな無理に連れだして……」
だとしたら本当に申し訳ない。すべて終わったらここでゆっくり暮らすのも良いかもしれない。
「違うわよ! それにこう見えても昔はツクヨミの魔法学園行ってたんだから。主席よ主席」
「うそ……?」
「その目を止めなさい……主席は本当よ?」
いや、主席は別に信じられる。なんだかんだいってこの世界で見た魔法使いの中では一番の強さだ。しかしその前がヤバい。だってあのエリーゼがツクヨミの魔法学園に行ってたんだぞ。もしかしてそこでもボッチ……、いやこれはやめよう。
「そうか、大変だったなぁ……!」
俺はエリーゼの頭を撫でる。
「何を言いたいのかわからないけど、馬鹿にされているような気がするわ……」
そう言うけど俺の手から逃げ出さないのだな。
「じゃぁどうして目をこすっているんだ?」
「ソレは……昨日ちょっと眠れなかっただけよ」
エリーゼは顔を真っ赤にして俺から顔をそらした。
俺は思わず手を止めじっと彼女の顔を見つめる。
意外だ。ツバメならありえる、とは思うがまさかエリーゼが……? 案外この旅を一番楽しみにしているのはエリーゼなのかもしれない。
俺達は馬車に乗り込もうとした時、俺は馬車の中に何かいることに気が付いた。俺は一瞬身を固め、恐る恐る中をのぞいたが、その必要は無かった。
そこにいたのは神官服を着た黒髪のエルフだったからだ。
「さあ行きましょう!」
西に向かって指を差す意気揚々なカンナさん。俺は彼女の首根っこを掴むと、馬車の外に放り出す。
なんであなたここに居るんですか。両ほほを膨らませてもダメです。お前はハムスターか、可愛くて持っていきたくなるからやめろ。
「御土産買ってそっちにいきますから我慢してください……」
「……約束ですよ」
俺は近くにいた神官服の人たちに彼女を預けると今度こそ馬車に乗り込む。
目指すはカグツチ。獣人の町だ。




