はじめてのだんじょん
説明回。ギャグはそえるだけ。
紆余曲折あった俺たちだったが、ようやくダンジョンの入口に辿り着いた。ちなみにここに来る途中にエリーゼから初心者講習でどんな事をするか聞いたら、
「ただ説明受けて、モンスター倒しながら3層行って終わりよ」
とのこと。そりゃ数時間で終わる。
「ダンジョンには大きく分けて3つの種類があります。階段を下っていく下降型、階段を上っていく上昇型、そして今から入る転移魔法陣で移動する転移型です」
「はい!」
俺は笑いながら頷く。その後ろでは唇を尖らせたビーチェちゃんが『そんなことも知らないの?』なんていっていたけど無視だ。
せっかくカールさんが教えてくださってるのに水差すんじゃないの。俺も知ってるわ。それどころか大体のフロアボスすら把握してんだぞ?
「では早速行きましょう、フォーメーションは前衛にビーチェさんとアルド君。後衛はブルーノ君とカグヤさん」
「はい、よろしくお願いしますね、ブルーノ君」
おら笑顔とウインクのコンボじゃ! ひれ伏せ!
「あ……はい」
顔赤くししちゃって。ちょろいヒーロー……ちょろー。いや、ちょろろー。……なんて言うか尿漏れみたいだから使うのやめよう。これ絶対流行らない。
するとビーチェちゃんがものすごい怒気をはらんでこちらを睨んできた。
(あれ、もしかしてそういう関係? ならばちょっと遊ぶの控えた方が良いかもしれないな)
「じゃぁ私たちは後ろから見守っています。危険になった時以外動かないので」
そう言ってカールさんは後ろに下がる。てかエリーゼよお前は俺の隣にいていいのか? まぁカールさんが何も言わないからいいか……。
それにしてもさっきからエリーゼ全く喋らないな。そんなに苦手なのか? ……なんとかしてあげたいが、とりあえず何か思いついたら試していく事にしよう。そうしよう。
俺達はカールさんに言われたとおりフォーメーションを組み、転移魔法陣を使ってアマテラスダンジョンの中へ入っていく。
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迷宮やダンジョンと聞くと大抵の人は、暗い洞窟を想像するかもしれない。だけどこの世界においてはその想像は間違いだ。
確かに、暗くてじめじめしたダンジョンらしいダンジョンもある。たとえばアマテラス大森林の西にあるカグツチダンジョンなんかがそうだ。
しかしこの世界にはそう言った一般イメージのダンジョンは少ない。代わりに色々な種類のダンジョンがある。たとえば分岐がほとんどない一本道のダンジョンや、まるで水の神殿を歩いているように錯覚させるダンジョンや、火山を登っていくダンジョンもある。しまいには天空の城を登っていくダンジョンや大森林を歩くようなダンジョンすらある。
そんな大森林を歩くダンジョンこそ、このアマテラスダンジョンである。まるでどこかの森をさまよっているかの様に錯覚させる、この巨大な木々が生えたこの道。どこのだれとは言わないが、はぐれたら合流するのにどれくらいの時間がかかる事やら……。
また特殊なダンジョンの例として、ツバメの故郷であるヤマトダンジョンがある。ここは日本の城や忍者屋敷のような場所で、やたらトラップと宝箱が多い。また出現するモンスターも他のダンジョンと一線を画す。
「出たわ、モンスターよ!」
ビーチェちゃんは小さな体に似合わない大きな斧を手に取ると、モンスターと対峙する。
彼女の前に居たのは、同じモンスターが4匹。そいつらはファンタジー系ゲームでで良く見るゴブリン。のように見えるがすこし違う。
あれはゴブリンの体に魚の頭を取り付けたモンスター『ギョブリン』である。泣き声はギョギョギョ。
ギョブリンははっきり言って弱い。ゴブリンよりも攻撃力、知力は低く、速度も遅い。LV1でも余裕で倒せる超雑魚モンスターである。
しかし一つだけ気をつけなければならない事がある。それは、
「ビーチェちゃん避けて、水鉄砲が来る!」
口から放たれる水鉄砲だ。既に2匹を屠っていたビーチェちゃんだったが、2匹目のギョブリンを倒した瞬間、その一瞬の隙を突かれてしまった。
魚の口から放たれるそれはものすごい勢いで、ビーチェちゃんに向かって飛んで行く。そしてそれは寸分の狂いなく、ある部分に命中した。
「きゃああぁぁあああああああ」
(ああ、やってしまったか。まずいぞ)
俺は冷や汗をかく。まずい。これは非常にまずいパターンだ。
残った2匹のギョブリンはアルドとブルーノが1匹ずつ倒すが、もう遅い。
「な、なによこれぇ!」
悲痛に満ちた声が辺りに響く。ビーチェは地面にペタンと座ってうずくまった。
もちろんビーチェに怪我は無い。しかし、もっと重大なダメージを負ってしまった。
(クソが。やられてしまったか……おもらし水鉄砲)
彼女の股はギョブリンによって、濡らされてしまっていた。股間の一部分だけを狙うそれは傍から見れば粗相をしたように見えるだろう
「どういう事よ、って男どもは来るなっ!」
(パッと見俺女だからいいよな?)
「エリーゼ、ちょっと乾かすの手伝ってくれ」
俺達はビーチェの所に行くと火の魔法と風の魔法で温風を送る。
ギョブリンの攻撃は、小学生以下の子供を怪我させることもできないぐらいに威力がない。それは水鉄砲もそうだ。しかし水鉄砲の速さは違う。ダメージは無いくせに、やたら早いのだ。
そしてその水鉄砲は なぜか下半身に飛んで行く。ギョブリンは股間に水をあてると、顔を少し赤らめるので多分狙ってやってるのだと思う。へ、変態だ。
吐き出されるのもただの水のため、肉体的ダメージを受ける事はほぼ無い。無いが精神的ダメージを与えてくるモンスターである。
ちなみにギョブリンのオスは女性に対して、ギョブリンのメスは男性に対してのみ、水鉄砲を発射する。
「うああぁぁぁぁあ」
ビーチェの叫び声が響く。多分ギョブリンに合うのは初めてだったのだろう。出現するダンジョン少ないしな。
「初めて見る人はよくあることなの、ただの水だから、気にしないで……ね?」
俺の励ましに、ビーチェは俯いたまま小さくうなずいた。傷は深そうだ。
クッ。また一人、ギョブリンの被害者が出てしまったか。
こんな変態みたいなギョブリンであるが、こいつに可能性を見いだして、一生をささげるゲーマーもいる。そいつらは『ギョブラー』と呼ばれ、日本には大量発生していた。
ちなみにゲームではテイマーという職業は無いものの、モンスターは倒すことで稀に『仲間になりそうにこちらを見ている』が発生し仲間にする事ができる。
ギョブラ―はそれを利用してギョブリンの大量殺戮をおこない、ギョブリン軍団を作り上げた。
ちなみにエロイ格好のモンスター『サキュバス』にギョブリン軍団が戦う動画、『-聖戦-サキュバスにギョブリン軍団で挑んでみた-濡れ濡れパラダイス-』にはアクセスが殺到し鯖落ちするほどの人気を得たが、規制がかかって削除された。確かにアレはアウトだった。
もちろん男性だけじゃない、女性にもギョブラーはいる。ギョブリンのメスを大量に集め、男性プレイヤーに対してにPKならぬPOをしかけていた。
一部の男性は喜びながら突っ込んでいったが。もちろん俺はやってないぞ。そもそもメインキャラは女だったからな。
ちなみにオスとメスの判別方法だが、ギョブラー曰く『水を吐くところを見なくても、ヒレを見ればオスかメスかわかる』らしい。俺には全く分からない。
ギョブラーはどれだけギョブリンにささげてるんだよ……。
「ギョブリンはね、普段は口を開けてるけど、たまに閉じるの。その閉じた時が水を吐く前兆だから、しっかり見ててね。もし危なそうだったら私が声をかけるから、声が聞こえたら避けるか、武器でガードするといいわ」
攻撃は速いが前兆が解りやすく、狙う場所は1か所。そう言った理由もあって実は攻撃は回避しやすい。彼女も次からは当たらないとは思うが、俺が注意しておこう。さっき戦闘で何もしてなかったし。
「そろそろいこーぜ?」
「そうですね……ビーチェちゃん、立てる?」
「あ、ハイ……あの、すいません、ありがとうございます」
「気にしなくていいですよ。じゃぁ先に進みましょう」
俺はビーチェの手を引いて立ち上がらせると、エリーゼと一緒にブルーノのいる後衛へ。そしてブルーノに小さく耳打ちをした。
「しっかりビーチェちゃんを見てるんだよ?」
俺はブルーノが頷くのを見て、にっこり笑うことで返事を返した。
大抵のダンジョンは基本、10階層までは低レベルでも簡単に進めるようなモンスター構成になっている。その代わりに魔石を落とす事が少ないし、落としたとしても、低級の魔石ばかりで、実入りはほとんどない。
そのため1階から10階までは人気がなく、人はほとんどいない。
また、大抵のダンジョンには10階層ごとに転移装置が設置されていて、一度その10の倍数の階層まで到達するとその階まで転移出来るようになる。こう言った事も1階から10階までに人がいない理由なのだろう。
そう言っているうちに1階の探索を終了し2階へ。
「ビーチェちゃんにアルド君、2階も大抵1階と同じモンスターが出るから気をつけてね?」
濡れるだけだからあまり心配はいらないだろうが。
「はい! 攻撃タイミングも教えてもらったし、大丈夫っすよ!」
「……はい」
「ええ、頼もしいわ。よろしくお願いね」
ダンジョンは基本数階は出るモンスターがほとんど変わらない。多分ビーチェが嫌いになったであろうギョブリンも4階ぐらまで出現するだろう。
とその時、俺は前方からモンスターの気配を感じて皆に声をかける。
「ビーチェちゃんにアルド君、ストップ。北東から3匹のモンスター、多分ギョブリンがいるからこちらから仕掛けてしまいましょう。ブルーノ君? 魔法詠唱いける?」
「はい、行けます」
「じゃぁお願いね。もうすぐ来るから……」
ブルーノが魔法の詠唱を初め、アルド君は武器を構える。ビーチェも複雑な顔をしながら巨大な斧を構えた。
十数秒ほどしてそいつらは現れた。俺の予想した通りのギョブリンである。真っ先に飛んで行ったのはブルーノのファイアボールだ。1匹のギョブリンは火の玉の直撃をくらって倒れる。そして残る2体は、驚いた隙をついてビーチェとアルドが倒してしまった。少しだけビーチェの目が血走ってたような……ま、まあ気のせいだろう。
そういえば俺、何もしてないです。
その後もモンスターを屠り続け危なげなく3層まで降りる。出現したのはギョブリンだけだったし本当に楽でした。
ちなみにギョブリンには俺が女性だと認識されるらしい。エリーゼに水鉄砲放ったギョブリンが俺にも水鉄砲を放って来た。お前らも間違えるのかよ……。
俺らは3層から折り返してダンジョンから抜けると、カールさんダンジョンでの注意点を簡潔に教えてくれた。
「今回はカグヤさんがいた為、ふいうちや道に迷う事もありませんでしたけど、次回からはアルド君達の誰かがカグヤさんの代わりをしなければなりません。それかシーフ系の職業に就いた方をスカウトするのもよいでしょう」
アルド君は元気良く「はい!」と答える。
「それとダンジョン内で数日を過ごす事も増えてきます。それはダンジョンの奥深くなるほどその傾向が強いです、深くまで潜るほどマップが広くなりますからね。今回は浅い階層だけだったので荷物をほとんど持ってこなくて済みましたけど、今後は荷物が増える事を覚悟してください。はい、本日は以上です。みなさん、カードを出してください」
俺はアイテムボックスからカードを取り出すと、それを見ていたカールさんは驚愕の表情を浮かべた。
「カグヤさんはアイテムボックス持ちですか……? 魔法、モンスターの知識、シーフ系スキル。LVは低いですが、一流冒険者でも喉から手が出るほど欲しい人材でしょうね……貴方には講習必要なかったか」
俺は首を振る。全然そんなことは無い。
「そんな事ありませんよ。むしろカールさんが懇切丁寧に教えて下さったおかげで、ダンジョンについてより深く知ることができたと思っていますし」
最初は面倒だったが、ダンジョン関連でゲームとの差異があるかを確認できたからな。来てよかったとすら思える。それにロリドワーフが斧持って突撃する様は見ててほっこりだったし。もう少し見たかった。
「はは、そう言っていただければ幸いです」
そう言って彼は懐から取り出した不思議な機械でカードに処理をすると、俺に差異出した。
「今日はありがとうございました」
俺は受け取って礼をするとエリーゼの元に戻る。エリーゼ、お前空気だったよ。知り合いだけの少人数では盛り上がれるのに、知らない人だらけの大人数の時はボッチになるタイプだな。
「エリーゼ、お前は少し喋れ……」
「なんでよ? あたしモンスターにやられそうになったら手を出すだけの補助員よ、必要ないじゃない」
「……まあいいや、俺やエルやツバメはお前の味方だからな……」
「な、なによ……そんな悲しそうに言わなくても」
と話していると後ろから俺を呼ぶ声が聞こえる。
「あ、あの! カグヤさん」
「ん?」
それはブルーノ君だった。彼は一瞬ビーチェにちらりと視線を送り、俺たちに向き直る。
「あの……良ければみんな一緒に酒場で打ち上げしませんか?」
「ああ、ゴメンナサイ。行きたいんですけど、今日はねこの後仲間と合流する予定なの、次もし機会があったら……ね?」
ブルーノ君は肩を落として苦笑いをする。ゴメンね、行きたいけどツバメやエルたちに会わねばならないのだ。
「あ……はい。では機会があったら」
「ええ、よろしくね」
俺達は子供冒険者たちと別れると、冒険者ギルドのリンダさんの所へ向かって歩き出す。その道すがら俺はエリーゼにとあるお願いをした。
「ねぇエリーゼ。レベルっていくつ?」
「74だけど?」
「相談なんだけど俺の魔法だけじゃ心もとなくて……明日一緒にダンジョン行かない?」
「ダンジョン? なんでそんな面倒な所にまた行かなきゃいけないのよ。い、行かないわよ?」
ため息をつきながらめんどくさそうに言う彼女。口では行きたくなさそうに言うが、たまにちらりと期待の籠った目で見てくる。行きたいんじゃねえか。
「そんなこと言わないで、ねぇ? お願い。俺、エリーゼがいればすごく安心出来るんだよ」
「あ、安心って…………し、仕方がないわねぇ。そう言われたら付いていてあげるわよ!」
ともはやお決まりのやり取りをして、連れ出すことに成功した俺はふと思う。
エルもダンジョン一緒に来てくれないかな?
攻撃を受けてくれるメイン盾のエルに、ダメージを与える剣士のツバメ、そして遠距離攻撃と多分回復もできるエリーゼ。俺が回復、補助、攻撃、遠距離すべてできるオールラウンダー。
「よし、エルも誘ってみるか」
なんとなくだけど二つ返事で来てくれそうな気がする。
ギルドに向かって歩いていると、不意にエリーゼは俺を呼びとめる。
「どうしたエリーゼ?」
「あ、あんたにこれあげるわ」
エリーゼに渡されたのは、エリーゼの部屋で見かけた小さな小瓶だった。中には透明な液体が入ってる。
「これは?」
「香水よ」
……俺、そんなに体臭きついのかな?
俺は自分の鼻に腕を当てると匂いをかぐ。やっぱわかんねぇよな……自分の体臭……。
「ち、違うわよ、決してあんたが臭いって言ってるわけじゃないの……それ、ね。あの、私が大好きな匂いで……その、できれば付けてもらいたいなって。そう思って」
ちょっと体臭がヤバいのかと思って焦ってしまったじゃないか……。
俺は笑顔で彼女から瓶を受け取ると彼女に確認する。
「開けていい?」
顔を赤くして頷く彼女を見て俺は蓋を開ける。そして手で軽く仰ぐとバラのような香りが辺りに広がった。
はっきり言えばバラは男性向けの香りではないだろう。それに貴族っぽさのある上品な香りを俺が付けても、もしかしたら違和感があるかもしれない。でも今の俺は見た目女性だし、何よりエリーゼの好きな香りなら少し違和感があるんだとしても、ぜひつけたいし、つけようと思っている。
「ありがとう、大切に使うよ」
俺がそう言うとエリーゼは、はにかみながらほほ笑んだ。




