さいかい
(おいおいちょっと待て、貴族?)
「え、えーと、様付で呼んだ方がいいですかね?」
「カグヤ、君は何を言ってるんだ。そんなのは要らないし、呼び捨てで構わないぞ?」
思わず頭を抱えてしまった。エルさんには言いたい事が幾つかある。
「ええとですね……そもそもですけど、なんで大貴族の騎士様が、平凡でな宿屋で普通に食事してるんですか? それに貴族の事黙ってるなんて……」
(なんで普通の宿屋に出没してるんですか。貴方は超高級ホテルとか泊まらなきゃいけない系の人でしょ! どうして俺のベッド使ってるんだよ。間違い起きたら俺、社会的にも肉体的にも抹殺されちゃうよ。つか貴族ってふんぞり返って庶民を見下してるもんじゃないの!?)
「あの店は料理が凄く美味しいから人気があるんだぞ? あと私は貴族というフィルターにかけられて、見られる事があまり好きでは無くてな。だから身分は黙っているんだ。君だってわざとだまっている事があるだろう」
俺はエルさんから視線を外して天井を見上げる。あ、シミみっけ。
「まぁ、よく仕事で来るこの街と、テラスでは私の事は広まってしまっていたがな。あっはっは。それにしても意外だな、察しのよいカグヤなら気が付いていると思ったが」
(あっはっはじゃねぇよ。マジで心臓飛び出るかと思ったわ。つうか○っぱいや寝顔をじっくり拝見してしまったぞ。大丈夫かよ。いや駄目だろ)
「確かに、少しは貴族みたいだなとは思いましたよ? 大貴族だと思わないじゃないですか……」
「はは、エルは貴族っぽくないからのう」
「おい名家、お前もだお前も。お嬢様だろ、自分を棚に上げるんじゃねぇ」
思わず地の声でツッコミを入れてしまった。
「はっはっは。それにしてもツバメとカグヤが一緒にいる事の方が驚いたぞ。どうしたんだ?」
ツバメは晴れやかな笑顔を浮かべるとエルさんに言う。
「ふふ、実はのう。カグヤ殿がな、どーーーしても拙者と一緒に居たいと言いおってな」
(おい、お前は何を言ってる。確かに広義的には合ってるぞ。だけどな、それ勘違いコースまっしぐらな言い方だよ。ってエルさん泣きそうな顔してるぞ、どうなってんだよ!)
「ああ、こいつの戯言は無視してください。エルさんは、こいつの方向音痴知っていますか?」
俺はそう言うが、エルさんは動揺したままだった。視線が定まらずあちこちに動いている。
「ああ、そうか、そうだよな……だってあんなにカッコよくて……」
「おーい、戻ってきてくださーい」
「は、す、すまない少し動揺してしまった。ふ、二人はいつ結婚するんだ?」
(動揺しすぎだわ! 話が飛躍したぞ!)
「そんな予定はたっていませんから! 仲間ですよ仲間! それとこいつの天然と方向音痴が酷すぎるんで私が見ているだけですからね」
た、確かにずっと一緒に居たいとは思うし、一緒にいて楽しいし、でもそれだとエルさんも同じで、エリーゼにだって同じ気持ちだ。って俺は何を考えてるんだ。
「そ、そうか。そうだよな! よかった……私は少し勘違いしていたようだ」
少しどころじゃないです。てかエルさんって勘違いキャラだったか? そんな傾向なかったような気がするが……。
「拙者とカグヤ殿はもう心と心が通じ合っておる。これはひとえに――」
俺は何かを言いかけたツバメに自分の声をかぶせる。
「お前は話を混ぜ返すな!」
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しばらくして再起動したリンダさん達と話してわかった事は、どうやら初心者講習の剣士コースにエルさんが講師として参加するらしく、それでギルドに訪れたとの事。
ちなみに神都に来た理由は騎士団の仕事でらしいが、どうせならここで有休消化しようって事でここに滞在しているのだとか。え、騎士団有休あるの? 何それ超ホワイト企業じゃん。
「講習に来た人たちは驚くでしょうねぇ……。聖騎士エルネスタ様が来るって……」
これはプロサッカー選手がお忍びで地元のサッカークラブに来るようなもなのだろう。サッカー小僧はよろこぶだろうなぁ。
まぁツバメを一人残すのが少し不安だったけどエルさんがいるんだったら安心だな。
「じゃあツバメはエルさんに任せますよ?」
「ああ、それは任せてくれでいいんだがな、カグヤ? ずっと思ってたんだが、ツバメだけ呼び捨てで、私の事はさん付なのか?」
「あー、でもなんとなく気後れしちゃって……」
「実はツバメが少し羨ましくてな……やはり私の事は呼び捨てじゃ駄目か? それにもっと自然に話してもらいたい……」
普段はりりしい貴方が、体を小さくしてモジモジしながら言われてもソレは難しい。
「えっと、その……不躾じゃないですかね」
「そんなことは無い。むしろ私がそう呼んでほしいのだ」
そ、そう言われると断りずらいじゃないですか。
「……その、え、エル?」
エルさんの顔が徐々に赤く染まっていく。
「ああ、カグヤ、よろしく」
彼女の顔は緩みきっていて本当に嬉しそうだった。
俺は恥ずかしくなってエルさんから視線を外す。そして物欲しそうな目で俺を見るエリーゼに気が付いた。それを見て俺は思わず苦笑する。
「はいはい、エリーゼもな」
「べ、別に貴方がどうしても呼びたいって言うのなら……べ、別に構わないけれど……」
「ああ、呼びたい、あーよびたいなぁ」
(あ、やべ俯いた。ちょっと適当に言い過ぎたか。怒ったか、謝ろうか――)
彼女はブツブツと何かを呟く。俺はそれに耳を傾けた
「……よ、呼び捨てとかはじめて、私も呼び捨てにしていいのかな、か、かかかカグヤかな。言えるかしら……」
(――いや、謝るのは必要ないな。嬉しそうだわ)
「エリーゼ、君も私の事はエルでいいぞ?」
エリーゼは覗き込むようにエルを見つめる。
「え、その、本当に?」
「ああ、私は気にしてないからな」
勢いよく彼女は顔を伏せる。
(エリーゼよ、下向いてるけどエルフ耳真赤だから意味は無いぞ……。そんなに嬉しいのか)
「あんたたち本当に仲いいわね……ってもうこんな時間だから速くお昼取ってきなさい。エルネスタ様はどうされます?」
「ああ、カグヤ達と食べてくるよ、なに募る話もあるしな」
「ではエルネスタ様とツバメ様は後40分後ぐらいに……少し早いですけどお願いします。ああ、カグヤとエリーゼは60分後ぐらいね」
リンダさんに時間と場所を確認した俺達は冒険者ギルドを出ると道の隅にで立ち止った。
「さて、何処に行く? 俺は全然このあたり知らないからエルやエリーゼに任せたいんだが」
「あたしが飲食店に行くと思ってんの? 数年に1度行けばいい方よ?」
エリーゼよ、そんな胸を張って言わなくても。つか友達がいれば一緒に行きそうなもんだけどな。って……そっかゴメン。
「私のオススメで良ければいい店を紹介するが?」
さすがはエル、頼りになる。
「おお、エル殿のオススメか、良いではないか。行こうぞ!」
「そうだな、頼むよ。んで何処に有るんだ?」
ああ、エルさんは道に視線を移し言う。
「ここから北東にあるんだ、じゃぁ行こう」
「北東じゃな、いざ出陣ぞ!」
そうして意気揚々と歩きだそうとしたツバメ。俺はある事に気が付いて彼女の手を俺は掴む。
「か、カグヤ殿! そ、そんなに拙者と手がつなぎたかったのか……仕方がないのう」
ツバメは少しだけ嬉しそうにして、俺とつないだ手に力を込める。お前は何をのたまうんですか。はっきり言うぞ、違う。
「お前が南西に進みそうだったからだよ!」
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エルに紹介された店は少し値が張るものの、とても美味しい肉と野菜料理を出してくれるお店だった。もちろん俺は多めに注文してアイテムボックスに入れた。
マジでアイテムボックスはチートだと思います。
そして店を出た後、俺は大銀貨を数枚取り出すとツバメに渡す。
「ほら、何かあった時困るんだからもっとけ。ああ、ダンジョン行ったらその分徴収するからな。それと絶対無駄遣いするんじゃないぞ? いいか、絶対無駄遣いするんじゃないぞ?」
「そう何度も言わんでも大丈夫じゃ。ったく心配性じゃのう」
俺はツバメを無視してエルに視線を向ける。
「エル、ちゃんと見といてくれよ」
「あ、ああ。だけどそこまで言わなくても、大丈夫なんじゃないか」
エルはわかってない。ツバメはいつだって常識の斜め上を行くんだ。狙ってやってるんじゃないかって思うくらいに。それに何か起こってからは遅いんだぞ?
「ん、おお。ツバメ殿、あそこ、あそこを見るのじゃ! アマテラス茶が安いぞ! みろ1キロで驚愕の1000エルじゃ! 拙者茶に目がなくてな、ちょっと買うてくるわ」
俺は走りだそうとしたツバメの首根っこをつかむとこっちに引き寄せる。そしてジト目でエルを見つめた。ちなみにこれは俺がお金を渡してからわずか10秒の出来事である。
エルは俺に頭を下げた。
「すまんカグヤ、私が間違っていた」
「あはは……あは、あはは」
エリーゼに至っては乾いた笑いを洩らすだけだ。
エル、ツバメと別れ俺とエリーゼはリンダさんに案内された場所に移動した。
そこは日本で言うコーヒーチェーン店みたいな場所で、少し早く着いてしまった俺らはここに待機してろとの事。つうか最近のギルドはカフェが隣に設置されてるのね。
「エリーゼはなに呑む? 買ってくるよ」
「え、いいわよ。あたしツバメじゃないし」
そう言うエリーゼに俺はこれ見よがしにため息をついた。
「おいおい、エリーゼ、俺たちは友達だよな? 友達は数百エルの奢りなんて気にしない、ね?」
「そ、そうよね、友人ならよくあることよね……じゃあ」
そう言って彼女はカウンターの上にあるメニューを見る。
さっきはあんな事言ったけど、奢る奢らないはその友達に寄りけりだよな。奢られるの嫌な人もいるし。俺は奢ったり奢られたりをあまり気にしない人だが。
さすがに女の子と二人きりだったら飲み物ぐらいは奢るが。映画代金? 自分で払え。
「じゃ、じゃぁ……アーモンドアドチョコレートチップアドベリーアドホイップアドクラッシュバナナジュースのトールサイズを」
……一瞬呪文が聞こえたような。気のせいだよな?
「ごめん、覚えられなかった……もう一度言ってくれない?」
「その、アーモンドアドチョコレートチップアドベリーアドホイップアドクラッシュバナナジュースのトールサイズを」
「ってス○バかよ! なげぇんだよ!」
「ん? ス○バって?」
「ああ、いやすまない。気にしないでくれ、じゃぁ行ってくる」
俺は店員さんに言ってバナナジュースを作ってもらう。俺の分は……抹茶ミルクでいいや、抹茶最高です。その点はツバメと意気投合できそうだ。
俺は出来あがったジュースを二つ持ち彼女の元へ戻る。今更だがデートみたいだな。
「ほら、持って来たぞ」
「うわぁ、ありがとう」
嬉しそうにニッコリほほ笑むエリーゼ。彼女の前の前には山のようなクリームの乗っかった飲み物が。ここまでくると飲み物と言うか、もはやパフェに見える。
てかお礼されるよりも間違えずに注文できた事を褒めてもらいたい。
エリーゼはトレーに乗せられていたスプーンを手に取ると、クリームをすくって口に入れる。
声には出していないが、法悦の笑みを浮かべている位だ、相当美味しいのだろう。もしかしたら彼女は甘いものに目がないのかもしれない。
それから少ししてエリーゼの視線が俺の抹茶ミルクに注がれている事に気が付き、俺は彼女にカップを渡す。
「えっ」
「いいよ、全部は飲むなよ?」
「…………あの……あ、ありがとう」
絶対甘いものに目がないなこの子は。
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それからしばらくしてそいつらは現れた。
「もし、君たちが初心者講習ダンジョンコース受けるやつか?」
それはローブを着た一人の男エルフと、傷のない鎧を着た三人の子供冒険者だった。
「はい、私がそうです。カグヤと申します。それで彼女が講師の手伝いをするエリーゼです」
俺とエリーゼはローブのフードをめくって顔を出すと、子供冒険者たち一人ひとりから感情の籠った視線を向けられた。
「すげぇ美人じゃん!」
ヒュゥと口笛を拭いたのは猫族の少年だった。15歳くらいだろうか。
「……」
黙って目を見開いてるのは人間族の男の子。猫族の少年よりは年上に見える。
「ちっ」
舌打ちしたのは……ドワーフ族の女の子。あれ、俺なんかしたっけ……? ちなみに俺の胸くらいまでしか背がない。年齢は猫族と同じ15くらいかな?
「はい、私が講師のカールです。よろしくお願いします」
カールさんはエルフの男性、弓を持っているからアーチャー系かな? ちなみに髪はカールしてなくストレートだった。
「俺アルド、よろしくな、エルフのねーちゃん達、ちなみに剣士だ」
猫族はアルド君な。
「ブルーノです……一応魔法使いです」
少し暗い雰囲気の人間族はブルーノ君ね。
「あたしはビーチェ。凶戦士」
ドワーフ族の少女はビーチェと。
「はい、アルド君にブルーノ君、ビーチェちゃんね。私はバードですけど多少なら魔法は使えます。でもLVは3と低いので、皆の足を引っ張ってしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
その言葉にビーチェは目を丸くし俺を見つめる。なんか少しニヤケてるというか、モンスターの弱点を発見したゲーマーみたいな顔してるのは気のせいか?
「ってあんたレベル3? はぁ? なにそれ、そんな役立たずを連れて行けって言うの? あたしでさえLVは13なのよ!?」
「まぁまぁビーチェ、落ち着いて……」
ブルーノ君はビーチェを両手で押さえて制止させる。
「そうだぞ、ビーチェ。それにもう少しビブラートに包んで言うべきだ!」
アルド君は意味不明な事を言いながらビーチェを睨む。
「ってビブラートに包んでどうするのよ! 歌ってるわけじゃないわよ、オブラートに包みなさいオブラートに!」
「ねぇ。ビーチェ落ち着いて……。今日はただの講習だよ? 大きな危険なんてないんだから」
ブルーノ君に色々言われているが、ビーチェは止まる事がなかった。
「モンスターとは戦うでしょう? こんなのいたら守りながら戦わないといけないじゃない!?」
指さしてこんなの言われた。まぁLV10以上違うしそうも見えるかもしれない。
「でもだよビーチェ、もしかしたら将来護衛任務を受けるかもしれないんだからさそれの練習だと思えば、ね?」
何気にブルーノ君も、俺に役立たずって言っていることに気が付いてるかな? あんまり言い過ぎると俺のボルケーノが爆発しちゃうから気をつけてね。
「だからと言ってもLV3は無いでしょ、LV3は!」
まあまあ落ち着いてと講師のカールさんも仲裁に入る。ゴメンね迷惑掛けて。ちなみに俺今回ほぼ何もしてないからな。勝手にあっちが暴れてるだけだからな!
「おいおい、ビーチェ。さっきから言ってるだろ。もう少しモデラートに包んでだな……」
「だ・か・ら、オブラートだって言ってるでしょう! 中くらいの速さで包んでどうするのよ! アルドは少し黙ってなさい!」
「もういいよ……ダンジョン行こうよ……」
そんな三人の様子を見ながら、俺は小声でエリーゼに言う。
「なんだかこいつら面白いな。旅芸人かな?」
「……あんたとツバメもこんな感じよ」
えっ?




