えりーぜのいえ にて
朝食も俺が準備しようと思っていたが、それは彼女の申し出によって止めた。曰く、
「べ、別に朝食くらい作ってあげるわよ。って勘違いしないで、昨日ご飯とお酒を奢って貰ったから、その借りを返すだけなんだからね」
と言うことらしい。そう言われてしまっては、俺としてはお願いせざるを得ない。いや、ここははっきり言おう。美女の手料理、食べたいです。
そう言う事で俺とツバメは、ダイニングのイスに座ってエリーゼさんを見ている。
ツバメはニコニコしながらおとなしく座っているが、俺は少しそわそわしている。それはなぜか。
「やっぱり下ごしらえくらい手伝わせてください、なんか座ってるだけだと落ち着かなくて」
戦闘だったら見て楽しめるけど、料理は見てるとなぜか自分も作りたくなってしまうからだ。日本の友人にはありえないと言われたが。確かにありえないかもしれん。
「そうねぇ……じゃぁそのジャガイモの皮をむいてくれる?」
俺はエリーゼさんから差し出された包丁を嬉々として受け取ると、置かれていたジャガイモを一つ手に取る。それに包丁を当てると、ジャガイモをくるくるとまわし皮を向いていく。
「……あんた、ずいぶん手慣れてるわね」
「実は私一人暮らししてた事があって、その時に料理覚えたんです」
今は昔の話になってしまったな。この世界に来たせいで、何カ月も料理してなかったけど体が覚えてるもんだね。まぁ包丁って多分短剣扱いだから、短剣スキルをマスターしていることも関係あるかもしれない。
「ほう、カグヤ殿は本当に上手いのう。どれ、拙者にも貸してみるがよい」
俺はツバメを見つめる。おい、大丈夫か? 大丈夫なのか?
「なんじゃカグヤ殿。凄く嫌そうな顔をして。こう見えても拙者料理が得意なんじゃよ?」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「本当?」
「本当じゃとも、ほれ、かしてみい」
俺は一抹の不安を感じながらも、俺は持っていた包丁をくるりと反転させ、刃を持つとツバメさんに差し出す。ツバメさんは包丁を手に取るとジャガイモを一つ掴み、するすると皮をむく。その手つきに危なげは無かった。
料理に関しては安心してよいみたいだ。一瞬だけ、皮を剥こうとしてジャガイモとまな板を真っ二つにするところを想像してしまった。
「お、本当に上手いじゃないか」
「ええ、上手ね」
「まぁ、女性として当り前のスキルじゃな。ちなみに拙者は裁縫も得意なんじゃよ?」
意外だ。脳筋で戦う事しかできないようなヤツだと思っていたツバメだったが、今評価が変わったぞ。良い嫁さんになれそうじゃないか。
「……でも、3人で立つとキッチン狭いわね。やっぱり手伝いは1人でいいわ」
「じゃあ私がやりますよ? ってことでツバメ、お前は休んでろ」
「そうか、……ならば御言葉に甘えて待っておるぞ」
俺は包丁をツバメから受け取ると、他の野菜をエリーゼに言われたとおりに切る。見よ、私の包丁さばき! 数分もせずに全部切り終わえた俺は、後は任せてと言うエリーゼさんに託し席に着く。
(いや、なんか久々に料理したが凄く楽しかった。今回は手伝いだけど。……出来た物を買うだけじゃなくて、たまには作るのも良いかもしれないな)
それから10分ほどしてエリーゼさんの料理は完成した。
結論から言うと、その料理は……めちゃくちゃ旨かった。
「これは美味! 至極美味であった! 拙者エリーゼさんのご飯をまた食べたいでござる!」
「え、ええー。今日はただ単にお礼のために作ったのよ? つ、次は無いわ……多分」
そんな事を言いながら、少しだけ視線が泳いでいるエリーゼさん。あとふた押し位かな?
「私もエリーゼさんにまた作ってほしいなぁ」
「え、うん、で、でも」
少し顔が赤くなってるし、足がリズムを刻んでるぜ? こりゃあ後ひと押しだな。
「拙者……この素晴らしい料理が二度と食べられなくなってしまうのでござるな……」
「し、仕方がないわねぇ! 機会があれば作ってあげるわよ! 機会があればだからね!」
「やったぁ。ありがとうございます。さすがエリーゼさんですね!」
………………ちょろい。
「ってそうは言ってもあんたたち、これからすぐに神都まで行くのよね?」
「ええ、その予定です」
「じゃぁ料理を食べるのは無理じゃない……」
「ああ、大丈夫です。最悪転移を使うので……」
食器を洗い終わった俺は、ツバメの隣へ戻る。食器洗いは作ってもらった人がしてあげるべきだよね。
「は? 転移、ちょっと何言ってるのよ? んな失われかけた魔法を使える人なんているわけないでしょう?」
「……カグヤ殿。お主はLVが低いはずなのに強い事はしっておる。モンスターと戦闘せずスキルばかりを上げておると、そうなる場合もある事は聞いた事があるからまだ理解できる。じゃがな、『転移』まで来ると理解すら追いつかん、非常識じゃ」
おお、珍しくツバメがジト目で俺を見てる。てか、非常識さではツバメもいい勝負だと思うんだが。お前の方向感覚は理解できない、むしろできる奴がいると思えない。
「一応『ハイウィザード・カオス』はマスターしましたよ?」
「ちょ、ちょっ、ちょっと待って何言ってるの? は、ハイウイザード・カオスって古いにしえの勇者パーティにいた魔法使いしかなる事の出来なかった、伝説とも言われている職業じゃない……そもそもあんたバードでしょう?」
バード? いいえそれは世を忍ぶ仮の姿である。
「実は色んなスキル覚えるためにLV1の時に色んな職業について熟練度上げたんです。ハイウィザード・カオスはその時に……いろいろあって覚えました」
俺の言葉を聞いたツバメは何かを納得したのか、腕を組んでウンウン頷いた。
「なるほどのう、拙者やっとツバメ殿のいびつな強さの理由が解ったわ、それにレベルがやたら低い理由ものう」
ん、ちょっと待て。お、お前分かるのか!?
「ちょ、ツバメ、マジで分かるのか? レベルが低い理由!」
「カグヤ、あんた何言ってんのよ。こんなの常識的に考えれば誰だって想像できるわよ?」
常識なんか知ったこっちゃねぇよ! こちとらこの世界に来て4カ月しかたってないんだぜ? ……いや、ある程度の常識は持ってておかしくないですね。ハイ。
「じゃ、じゃぁ理由は何なんなんだ!?」
「それは転職のしすぎじゃよ。転職で色んな職業を経験すればするほどレベルは上がりずらくなるのじゃ。まぁ本来なら魔法使いやシーフや戦士と言った戦闘職は、その人に適性がない限り転職出来ないはずじゃから、起こる事も滅多にないのじゃが……。
転職を経験すればするほど、はは、そんなまさか……まさかね……まさかだよな?
「うそぉおおぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
マジかよマジかよマジかよ。めっちゃありえる。すればするほどって俺何個経験した? ひふみよ……ゆうに10は越えるぞ!? つかなにそれ何それ知らない…………。そんなのゲームじゃなかったよ! 知らねえんだよばかやろう! 訴訟、訴訟だ! 運営を呼べ!
「……カグヤって話聞く限り色々転職できるみたいだしね……知らないなら転職しててもおかしくは無いか。んで、何個ぐらい職業経験したのよ?」
俺はテーブルに突っ伏すと力なく言った。
「10から先は数えてません……」
キリっとキメ顔したいところだけど今はそんな余裕ない。
「あちゃ、拙者もどうにかしてあげたいが……」
「あんた、ハイウィザード・カオスって聞いた時は凄い人かと思ったけど、ただのバカだったのね」
もうやめて。私のライフはゼロよ。
「……グズッ。もう良い強いモンスター倒しまくってレベル上げするぅ。しますぅ。すればいいんでしょぅ!」
「ほれほれ、カグヤ殿、元気を出せ、拙者が付きあってあるから」
俺の頭を撫でてくるツバメ。ああ、荒んだ心が癒されます。
「ありがとうツバメぇぇぇ!」
俺はツバメの手をぎゅっと握る。どうやら俺は最高の仲間を持ったようだ。
「じゃぁ早速ダンジョンへ行くぞ!」
「……ってあんた、ノリノリだけど道は大丈夫?」
燃えた俺に水を差すような言葉を言ったのはエリーゼだった。おいお前なぁ……確かにその通りだ。少し落ち着こう。
「忘れてました」
結構それどころじゃなかったしな。うん、一旦レベルの事は忘れよう。そう、レベル上げなんていくらでも方法がある。とりあえず今の時点でもある程度戦えるんだから良しとしようじゃないか。そう思い込もう。今は神都への道だ。
「でも、ここから東に少し歩けば大きな道に出るから、大丈夫かしら?」
そう言えば昨日道あるって言ってたな、ゲームであったっけ? いや、あったかもしれないな。神都までは転移ゲートしか使っていなかったから、忘れていてもおかしくは無いぜ……。
「……しかしのう、カグヤ殿がおるから道中は少々不安でな……」
ツバメ、お前はなんでいつも自分を棚にあげるんだ? ……まあエリーゼさん居れば、今度は迷わないだろうし、今回はツバメにフォロー入れてやるか。
「大丈夫よ、道にさえ出れば後はすぐだから」
「そうおっしゃらずに……私からもお願いします、エリーゼさん」
「で、でも神都まで行くってなると……その」
ツバメさんは首を振りながらため息をつく。
「ああ、拙者らはまた迷ってしまうのか……。いつ何時獣に襲われるかもわからない暗闇の中、精神をすり減らしながら……」
「そ、そうだわ。た、確か魔石の数が少ないから神都に行く用事があったんだわ。ついでだし一緒に行こうかしら?」
するとツバメはまるで尻に画鋲が刺さってしまったかのように、勢いよく立ちあがった。そして花が咲いたように笑うと、エリーゼさんの手を取る。
「それはまことか! 拙者、実のところ凄くエリーゼ殿の事が気にいっておってな、出来ればもう少しだけでも一緒に居たいと思っておったのじゃ」
エリーゼさん下向いて感情を顔に出さないようにしてるっぽいけど駄目だ。おさえきれず溢れ出てるぞ。にやけすぎだ。
「ま、間違えないでよね。今回は、た・ま・た・ま、偶々よ。そうよ、偶然なんだから……」
「偶然でも良いのじゃ、エリーゼ殿と一緒に神都に行ける。それだけで拙者は嬉しいのじゃ」
…………エリーゼさん陥落したな。ツバメとエリーゼさんの相性は、ある意味最高だな。
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出発の準備を整えた俺達は一旦エリーゼさん宅の前に集まった。
ツバメはいつも通り着物。俺は白いローブ。そしてエリーゼさんは俺と同じように白いローブを羽織っていた。フードを被れば多分顔も隠す事ができるだろう。男性があまり得意でない、っつてたしな、多分町ではかぶるんだろうな。
「なんじゃか二人が白いローブで、拙者だけが着物だと仲間外れにされたような気がするのう……」
俺とエリーゼさんを交互に見ていたツバメはポツリとつぶやく。
「まぁ偶然だろ……気にすんなって」
「じゃがのう……」
「あ゛ーわかったわかった。新都のダンジョンで稼いだらお揃いのローブを買いに行こう。それならいいだろ」
「うむ、そうじゃな!」
「ずっと思ってたけどあんた達仲いいわね……」
エリーゼさんは心底うらやましそうに言う。まぁこんな人の来ない家を買うくらいだから、エリーゼさんがボッチなのは想像していたけど、やっぱりそうっぽいな。
「何言ってるのじゃ? エリーゼ殿も仲良しではないか!」
そう言ってツバメは慣れ慣しくエリーゼさんの肩に手をかける。おい、ツバメちょっとまてよ。まだ出会って1日目だぜ、さすがにちょろいエリーゼさんも不快感を……。俺はエリーゼさんに視線を向ける。
っておい、俯いてニヤニヤしてるじゃねえか……これ以上ないぐらい嬉しそうだな。
なんか面白そうだしちょっと追い打ちをかけようか。
「そうですよ、私たち仲良しじゃないですか。ですからエリーゼさんもローブを買いましょう。もちろん私たちとお揃いの。これでみんな仲間です。外れなんていません」
彼女は顔を真っ赤にしてしばらく俯いていた。少しやりすぎたかもしれない。
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それから少しして再起動したエリーゼさんは、俺たちに言う。
「さあ行きましょう! じゃぁ……」
「あ、待ってくださいエリーゼさん、ちょっと頭に入れておいてもらいたい事があるんです」
俺は歩きだそうとするエリーゼさんを制止させる。
「……なによ?」
出発しようとしたところに水を差してしまったせいか、彼女は少しおこです。でもツバメとエリーゼさんが二人きりになったら、見ててもらわないと困るしな。ちょっと聞いてくれ。
「まぁ見ててください。……ツバメ、東だってさ。行こう、いや行け!」
「あい、わかった!」
彼女は勢いよくある方向に向かって歩こうとする。俺はそんなツバメの首周りを掴んで移動を阻害する。そして俺は彼女が歩き出そうとした反対方向に指をさして、エリーゼさんに聞いた。
「東ってこっちですよね」
「え、ええ」
「おい、ツバメ。こっちだってさ」
「なぬ! そうか、そうかでは参ろう!」
そしてまた勢いよく歩きだすツバメ。今度は目の前に有った大きな木をよけようとして北へ向きを変える。そのまま北へ行こうとしたツバメの手を取ると俺の方へ引き寄せた。
「こっちだよ。俺から離れるなよ? あ、エリーゼさんお待たせしました出発しましょうか」
「ほう、そうか。しっかりついていくから安心せい!」
お前の安心しろは安心できないんだよ……。
ちなみにエリーゼさんはありえない物を見るような目でツバメを見ていた。うん、そりゃそうだよね。
しばらく東へ進むとエリーゼさんの言っていた通り、大きな道に出る事ができた。車が2台すれ違う事ができるくらいだろうか。なんで俺はこの道に気が付かなかったんですかねぇ……。
「よし、今度は北じゃな」
そう言って南へ行こうとするツバメの腕を掴み引き寄せる。
「ツバメは俺の隣、ここな。絶対離れるなよ。さあエリーゼさん、行きましょうか」
「おう、こっち側は任せるがよい。たとえ闇から手裏剣が飛ぼうと、拙者が打ち落としてくれよう!」
お前は何と闘ってるんだ。
俺とツバメがそんなやり取りをしていると、頭を押さえたエリーゼさんが俺にいう。
「……ゴメンねカグヤ。あたし勘違いしてた……貴方が方向音痴だと思っていたわ」
なつかしい、俺も初めてツバメの方向音痴を知った時は、頭が割れそうだったな。
「別にいいですよ、私は気にしてません。けれど私が居ないときには気をかけてやってください。まぁ、こいつは色々と気にしてほしいですけど」
そう言って俺はツバメの頭を撫でる。
「うぬ、何じゃいきなり?」
エリーゼさんは何も言わず、ただただ苦笑していた。




