しんとあまてらすへのみち
一緒にギルドを出た俺達は、買い物してから帰ろうと言うことになり町の中央通りを歩く。そこには露店や商店が立ち並ぶこの町で一番の買い物スポットだ。
売られているもので多いのは食品だろうか。お肉、お魚、お野菜、フルーツ。人々は並べられた多種多様な食品を物色し、気に行ったものを手にとり買っていく。
俺がフルーツを手に持ったエルフのお姉さん(日本人の年齢に換算すればおばさんかもしれない)を見ていると、その近くに知った顔の人に会った。
「こんにちはゲルトさん」
ゲルトさんも俺が声をかける前に気が付いたようで、笑いながら近寄って来た。
「ああ、お久しぶりです、カグヤさん。と、初めましてお嬢さん、ゲルトです」
「こんにちわ、ゲルト殿、拙者ツバメと申す」
「ツバメさん、こちらのゲルトさんは商人で、以前にお世話になったんです。とても紳士的な人ですよ」
俺は笑顔でゲルトさんを褒める。
「あ、いえ、カグヤさんにそう言われるとその……」
ゲルトさんは顔を赤くして首を振った。ちょろい。
そう言えば『ちょろい』と『ヒロイン』を足して『ちょろイン』って言われるらしいけど、男だとどうなるんだろう? ちょろ坊? ちょろ男? まさか『ヒーロー』と足して『ちょろロー』や『ちょろー』になったりしないよな? さすがにないよな?
ちなみにゲルトさんと俺の様子を見ていたツバメさんは、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。ええ、彼は私が男だと気づいていません。
「それにしても本当にお久しぶりですね、カグヤさん。3カ月ぶりですか?」
ああ、それくらい引きこもってたな。
「ええ、少しLV上げに出てまして……あ、そうだ。ゲルトさん、近々アマテラスの方に行く予定はあります? クラウスさんでもいいんですけど?」
「えと、ウチの商会の者がニニギまで行く予定ならありますけど、そこからはカグツチに行きますよ?」
ニニギと言えばアマテラスの南の町。そこまで行ければアマテラスまですぐだろう。
「本当ですか? それに乗せていただけませんか?」
「もちろん、と言いたいのですが、実は明日出発でして……それにアマウズメに寄ってからニニギに向かうので、遠回りになりますがそれでもよろしいですか」
「ええ、大丈夫です」
歩いてニニギに向かえば、遠回りした馬車以上に時間がかかるだろう。だったら馬車でいい。なにより歩かなくていい。馬車に乗るなら多分護衛も付くだろうし、ザコと戦わなくても良い。最高に良いじゃないか。
今日ちょっと多めに食料を確保しないといけないな。
「むしろ前と同じように荷物を持っていただけるなら、こちらからお願いしたいぐらいですなんですが……」
「ええ、任せてください」
「では明日昼ごろに出発ですので、荷物持つ時間を考えると……10時ごろ。それくらいに商人ギルドで待ち合わせで大丈夫ですか?」
「はい、10時ごろですね、よろしくお願いします!」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします、では私はこれから用があるので」
「ああ、はい。すみませんいきなり無理言って……」
「いえ、カグヤさんの頼みならいつだって大歓迎ですよ! では、失礼いたします」
と言うことで俺が笑顔で見送っていると、隣からため息が聞こえた。
「カグヤ殿は……小悪魔じゃな」
「否定できません」
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その後一日かけて俺は食料や酒を買い込み、アマテラスへ行く準備をした。そして夜は沢山お酒を買って二人で飲み明かした。またツバメさんはその後も同じ部屋に1泊したがその日は特に何も無かった。
もちろん朝は彼女に抱きしめられていたが、なにもなかった。ああ、何も無かったんだ。それに彼女にとっては、何か抱きしめることが普通なんだ。気にしたら負けだ。
そしてついにこの時がやってきた。
「ここでお別れじゃな、カグヤ殿」
「ええ、そうですね」
そもそも俺とツバメさんの目的地は違う。俺は神都アマテラス。ツバメさんはミカヅチダンジョン。いずれ別れが来ることは分かっていた。
「まことにありがとう。拙者、感謝してもしきれん」
「もう気にしないでください。あ、そうだ。ツバメさん。これ」
俺は指についていた銀色の指輪を外すと、ツバメさんに差し出す。アクセサリー系は、基礎ステータスの2%上昇といったように、パーセンテージで上昇するものが多い。この指輪もそうだ。しかしSTR(筋力)の数パーセント上昇とか俺にはほぼ意味はない。そもそもLV3だから基礎ステータスが……これ以上は悲しくなるから考えるのを止めよう。
「私が装備しても恩恵があまり得られないので、ぜひツバメさんに」
「良いのか? ありがとうカグヤ殿!」
ツバメさんはそれを受け取ると、迷いなく自分の左手薬指に……って……え? ……あれ?
そして凄くうっとりした顔で、薬指を見つめるツバメさん。
あれだよね、この世界じゃ左手薬指は特になにもないんだよね? だよね? さすがにツバメさんここでボケたりしてないよね?
「そうじゃ、拙者はこれを……」
彼女は自分の懐から茶色い木のようなものを手に取ると俺に渡してくる。俺はそれを受け取ってじっと見つめた。
それは桜の花が彫られた木の櫛だった。木と木の間、刃の部分は細く均等で、一片の欠けもない。俺は大切に使われていたであろうそれを、そっとアイテムボックスに入れた。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
「カグヤ殿にお借りしたお金は、ギルドの通帳にすぐに振り込むのでな……待っていてくれ」
「昨日の夜に言ったでしょう? もう、気にしなくてもいいのに」
「カグヤ殿が気にしなくても拙者が気にするのだ。っともうこんな時間か……」
辺りに鐘の音がなり響く。もう九時を過ぎたようだ。
「では、カグヤ殿、御達者で!」
「ツバメさんもお元気で」
彼女はそう言って俺に背を向け歩きだす。艶のある黒髪を風になびかせ、綺麗な姿勢で歩く彼女はまるでモデルだ。
そんな彼女の後姿を見て俺は心がざわつく。
俺の中ではツバメさんとの想い出が駆け巡っていた。出会った時の事、ベッドでの事、冒険者ギルドへ行こうとしていた時の事。
いいのだろうか、このまま行かせていいのだろうか? ……やっぱり駄目だ、行かせちゃ駄目だ!
そして俺は間に合わなくなる前に、ツバメさんを大声で呼んだ。
「ツバメさん!」
ツバメさんは不思議そうな顔をして俺に振り返る。俺は一瞬辺りを見回し、口を開く。
「冒険者ギルドは反対側ですよ!」
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あの人はマジで大丈夫か? つか、別れのちょっとした感動シーンぶち壊しだったよ!
もういっそのこと俺についてこさせるべきだったか? 彼女の目的はダンジョンで強くなる事だったしな……いや、もう遅いか。それに俺は多分アマテラスの後に、ヤマトに向かう予定だしな。せっかくヤマトから出て来た彼女なのに、連れていくのは忍びない。
(まぁ運が良ければ……いずれまた会えるだろう)
人との出会いなんて幾千や幾万もある。だけどその出会えた人達の中でずっと一緒にいるのは、ごく限られた人間だけなのだし。小学生の時に会った奴なんか、ほとんど連絡もとっていない。
(出来ればツバメさんとはまた酒を一緒に飲みたいな)
商人ギルドに辿り着いた俺は、すぐにゲルトさんに合流し荷物のあると言う場所へ案内してもらった。
案内された場所に居たのは小太りの中年エルフだった。イケメンなのにビールっ腹とかすこし残念だ。
「初めまして、カグヤです」
「ゲルトからお聞きしていた通りの美人ですね。お初にお目にかかる、ナオムネと申します」
「へぇ……名前からすると、ヤマト出身ですか?」
「ええ、父母はアマテラス生まれでしたが、その後ヤマトに移住してしまったんですよ。それで私はヤマトに生まれました。カグヤ殿もヤマトで?」
「ええ、そのようなものです」
何処出身かはわからないが……種族的に見ればヤマトかアマテラスのどちらかになりそうだな。
「さて、自己紹介も済みましたし、申し訳ないですが荷物を持っていただいてもよろしいですか?」
「ハイ、どれですか?」
「ええと、ここまでがアマウズメ用で……して、ここまでがニニギ用です」
俺はおいてあった荷物をアイテムボックスにしまう。まだまだ荷物は入れる事ができそうだ。
「聞いていた通りカグヤさんのアイテムボックスは素晴らしいですね。どうなってるんでしょう、全部入れてしまうとか……」
「ははは……」
そんなの簡単だ。財産をかなりゲームにつぎ込んだからな。金の力は偉大だ。世界はそれで動いてるんです。この世界だって多分そうなんじゃないかな?
「さて荷物も入れ終わったし、私はここで」
「はい、ありがとうございましたゲルトさん」
「いえ、カグヤさんにはこちらもお世話になっていますし。ではナオムネ、後は頼んだぞ」
「はい」
俺はやたら世話をしてくれたゲルトさんに感謝して、彼を見送る。
「ではカグヤさん、冒険者たちもそろそろ馬車の前にくる頃です。ちょっと挨拶しておきましょうか」
「はい、お願いしますね、ナオムネさん」
俺はその時、ナオムネさんの左手薬指にきらりと光る物が付いているのを見つけた。それはシンプルな装飾の銀色の指輪だった。俺は歩きだすナオムネさんの後ろを付いて行きながら、彼に聞いてみる。
「ナオムネさんは結婚されてるのですか?」
「ああ、そうです。妻がヤマトにおりましてな。ニニギでカグヤさんと別れた後、そのままヤマトの自宅へ帰る予定なんです」
「へ、へぇ~。そうなんですか」
(おい、ツバメさん。指輪大丈夫だよな? 左手の薬指に付けてたよな、大丈夫だよなっ?)
「はは、お恥ずかしながら私には似合わない気立てのよく美人な妻で、おっと、もちろんカグヤさんも美人ですよ! でも私の中では世界中のだれよりも妻が一番ですが!」
「いい奥さんをお持ちなんですね、羨ましいです」
まじで羨ましいわ……。永久的に爆発してくれ。エターナルエクスプローション。
「すみません、のろけてしまって。おっともう冒険者たちも到着しているようですね。では……」
冒険者たちは男三人、女性二人の五人パーティだった。パッと見た限りでは、エルフ族の男性二人と女性一人、ドワーフ族の男性一人に、狼族の女性が一人で普通の人族はいない。
「おう、ナオムネどの……誰だその美しい女性は?」
「こんにちは、皆ざまとご一緒させていただきますカグヤと申します」
俺は笑顔を浮かべ礼をする。どうだネカマ時代に培ったこの完璧な挨拶は!
「おう、おう! 聞いてなかったぜ、まさか今日こんな美人が一緒に乗るなんてな……っとすまん俺はチームリーダーでディルクと言う、Dランクだ」
黒いひげを蓄えたサンタクロースみたいなドワーフが、ディルクさんと言うらしい。重そうな銀色の鎧を着て、これまた重そうな盾を持っているのを見るに、多分チームの壁役だろう。
「そんでこっちのやさエルフがハンスEランクで、こっちの顔に傷があるのがユリアンDランク」
「うっす、ハンスです。よろしく」
ハンスさんはどこぞのジャ○ーズ事務所に居そうな甘いマスクで俺を誘惑しようとたくらむが、あいにく全く効果は無い。それどころか俺から彼の評価は下がるだけだ。
ハンスさんの持っている武器は弓なので、遠距離担当なのだろう。俺も弓スキル上げとこうかな?
ユリアンさんは軽く礼をするだけだった。杖を持っているところを見るに魔法使いかヒーラーかな?
俺は少しだけ髪を掻き上げながら二人に礼をする。笑顔はそえるだけ。
二人の顔を見る限りではハンスさんには『こうかはばつぐん』でユリアンさんにはそれなり、と言ったところだろうか。
「んでこれがウチの紅一点、ヘラだ。Dランクだぞ」
金髪のエルフが頭を下げる。彼女もユリアンさんと同じで杖を所持している。とヘラさんの隣に立っていた一人の女性がディルクさんを睨みつける。
「ちょっと、あたしも女だっての! あたしカーヤ。よろしくねカグヤさん。ちなみにEランク」
「ええ、よろしくお願いしますカーヤさん」
カーヤさんは茶色い髪に二つの犬耳が覗かせていて、お尻のあたりには毛並みのいい尻尾が生えていた。尻尾もふもふしたい。
持っている武器は短剣なので、盗賊系職業だろう。
「んで、そのカグヤさんは商人なのか?」
ブラックサンタクロースのディルグさんは、俺の体を撫でまわすように見つめながら言う。
「いえ、私はアイテムボックス持ちの冒険者で、荷物を持つ代わりにニニギまで送っていただく予定なんです」
「ほお、そうなんですか? 冒険者と言う事は戦闘にも?」
「……実は私、一応冒険者なんですけど……レベルが10にも満たないまだGランクで……戦闘は、その……ちょっと……」
「いや何、みなまで言うな! 大丈夫。俺達が守ってやるよ。だよなあ!」
ディルクさんの言葉で、真っ先に反応したのはハンスさんだった。
「ええ! 任せてください、カグヤさん!」
そう言って彼は胸を叩く。素敵、でも私にあまり近寄らないで。俺男。
「うわぁ! 頼もしいですね!」
戦闘? 面倒だやってられない。どうせレベルが低いザコモンスターとかそこらへんしかでないだろう? そんなもの護衛にやってもらえばいいじゃないか。
「こう見えてもあたしたち結構強いんだから! 安心して」
そう言ってウインクするのはカーヤさん。お願いですから尻尾もふもふさせてください。
「本当ですかあ! よろしくお願いします! あ、私一応バードなので後ろで応援してますね!」
後ろで歌ってるよ。私の歌を聴け! 一応歌スキルは最近400を超えた。もうすぐバード熟練度がMAXになるので、さっさと上げて上位のミンストレルに変更しよう。
そこでナオムネさんが言葉を挟む。
「さあ、自己紹介も終わりましたし、みなさん、荷物をまとめて出発しましょう!」




