さんかげつぶり の まち 2
(そう、こう言う時こそ落ち着くことが大切だ。よし深呼吸だ。ゆっくり息を吸って……)
俺はゆっくり息を吸い込むと鼻からほのかな石鹸の香りが入り込む。
(あ、ツバメさんの髪から素敵な香りがぁぁぁぁ……って駄目だ駄目だ駄目だ! 息を吸ってはいけない。いや息を吸わなければ死んでしまう。鼻で息を吸ってはいけない……)
俺は口で息を吐く。
(そうだ、落ち着くんだ、落ち着くんだ……って、落ち着いたところで俺はどうすればいいんだ?)
俺はとりあえず現状把握を行う。ツバメさんによって俺は腕ごと体を抱きしめられているようで、腕をあまり動かせない。
(ていうかその貴方の柔らかなのが俺の腕に当たってるんですけど!)
視線をツバメさんの後ろへ向ける。そこには布団が捲れた一つのベッドがあった。
(俺が寝ているの、これは俺のベッドのはずだ。ツバメさんがあっち側のはず。俺が入り込んだ訳ではない……よな?)
「うぅん……んぁ//」
(やめろ、色っぽい声を出すんじゃねぇ! それ以上やると俺の血管が切れてしまうぞ! どうしよう、これは一旦起こすか? でもどうやって起こす?)
ちょっとシュミレーションしてみよう。
(まずは俺が声をかけて起こすとしよう。声をかけることで視線が合う、ツバメさん襲われていると勘違いする。大声で叫んで……ってちょっと待て。駄目だ。兵士に連れて行かれるエンディングしか見えない)
不意に隣にいるツバメさんがもぞもぞ動く。俺は背中につめたいものがつたう。
(も、もしかして、起きたか?)
ツバメさんは俺の腕に頬をこすりつけると、ポツリとつぶやく。
「んっ、んっっ。カグヤ殿……もうぅぅぅそっちは東じゃ……ムニャムニャ…………全くギルドはこっちじゃろうに…………ほうこうおんちなんじゃから……もう……ムニャムニャ……」
(それはねぇよぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 何が『もうぅぅぅ』だよよおお! 迷うならツバメさんだろぉぉぉぉおお! お前はどんな夢を見ているんだぁぁぁ!)
俺は必死に口を閉め、代わりに頭の中で叫ぶ。
(危ない、色んな意味で血管が切れそうだった。おちつけおちつけ)
(このふざけた夢はおいといて、だ。どうする? 出来れば俺が声掛けしないで、起きてもらった方がいい)
(でもどうやって起こす? 腕は封印されているのだぞ? なら腕を使わずに……寝ていても自然に行う行為で……)
(そうだ、寝返りだ! 体を少し傾けて寝返りすればいいんだ。俺は眠ったふりをしながらツバメさんを起こす事も出きるし、腕から逃れられる可能性もある。これはいけるっ……! 俺は天才じゃないか? ……よし早速実行だ!)
俺は体を少しずつ傾け、寝返りをうとうとする。すると、
「ん? んーんんっ」
ツバメさんはそんな声をもらしながら、逃げようとした俺の体を引っ張る。そして俺を正面に向き直させると、体を力強く抱きしめてきた。
(ひぇぇぇぇ!)
それだけではない、あろうことか彼女の柔らかい両足は、俺の体を挟みこむ。
(しまったああぁぁぁぁぁぁ! 更に拘束が強くなったぁぁぁぁあああ!)
見つけた希望にすがりつこうとしていた俺に、突きつけられたのは絶望と言う現実だった。
(太ももやわらかいよぉ、温かいよぉ、いい匂いするよぉ、誰か助けてよぉ)
(もうだめだ、おしまいだ……。寝よう。何もかも忘れて寝よう。もう、それしかない……。そうだ、眠ってすべてを忘れよう。起きれば状況は好転してるさ……)
それからしばらくして、俺は意識を夢の世界に飛ばした。
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ツバメさんは自分のベットに腰掛け、あっけらかんと笑っている。
「いやぁすまぬすまぬ! トイレに行ったあとベットを間違えてしもうたわ! カグヤ殿も良くあるじゃろ?」
「無いです、絶っっっ対にないです!」
俺はそんなツバメさんに向かってため息を吐いた。
「いやぁ、それと拙者、抱きつき癖があってな。いつも枕を抱きしめて寝ておるのじゃ」
「私は枕じゃありません……ちなみに男ですっ」
どうやらツバメさんは寝ぼけて俺の布団に入ってしまったらしい。心臓に悪いわ!
「済まぬ済まぬ、でもほら今日は寒かったし、拙者は温かかったじゃろ?」
「た、確かにそうですけど……」
温かかったです……ってそう言う問題じゃねーよ。俺の理性がヤバかったんだよ!
「そんな気にするでない……それよりも、カグヤ殿、今日はどうされる?」
俺は頭を切り替える。もう、忘れよう。
そして腕を組んで今日の予定を思い出す。寺院前の草むしりは……いつでも転移で行けるから後回しだな。
「取り合えず冒険者ギルドによって、そのあとは……食品とかの買いだめですかね?」
予定ではアマテラス大陸の中央、アマテラス大森林のエルフの町だ。そこに行くにはここから一旦アマウズメ領の方に歩いていき、その後北に進路を変える。ちなみに歩いていけば約10日以上かかる。ならばクラウスさんに言われていた盗賊のアジトの報酬を受け取って、食料を買いだめをしておくべきだ。ついでにギルドカードの更新もできるし。
「ほう、ならば拙者もご一緒していいか? 拙者もギルドに行こうと思うておったんじゃが、なぜかギルドに行くまで数時間かかるのでな」
「ええ、もちろん良いです。一緒に行きましょう。ですが、必ず、かならず! 私の横から離れないでくださいね!」
「ほほぅ……そんなにカグヤ殿は拙者と離れるのが嫌なのか? ちょっとうれしいのう!」
ニコニコ笑顔で俺を見つめるツバメさん。嬉しそうに言われると、俺も嬉しくなってしまう。
しかし、一つ忘れないでほしい。確かに居てくれた方が楽しいし嬉しいけどな。でもな、一番の理由はな。
「貴方が、迷うからですよ…………」
昨日飲んで空になった酒瓶を片づけると、俺はツバメさんを伴って真っすぐギルドへ向かう。その道すがら俺はツバメさんに少し疑問に思っていた事を聞いてみた。
「私はギルドカードの更新とお金をおろそうと思ってたんですけど、ツバメさんは何故ギルドに?」
「ああ、拙者は金稼ぎじゃな。依頼を見ていい物があればと……速く稼いでカグヤ殿に返金しなければならぬし……」
ああ、それは気にしなくていいんだがな。むしろそのお金じゃ冒険用の荷物揃えきれないだろうし、追加で渡そうとすら思っていたよ。
「気にしなくて結構ですよ?」
「いやぁ、拙者が気にするのでな。まぁこう見えてもCランクでな、依頼をこなせばすぐに稼げるだろう」
「へぇ、Cランクですか! すごいですね!」
どれくらいすごいかわからないけど、俺のGランクに比べればずいぶんと上だしな。そう言えばCとGって見た目似てるよね。4ランク違うけど。
てか俺異世界来て3ヶ月以上たったのに最低ランクのGですか。ははっ…………。モンスターハ○ターだと強そうなのにね。
「ふふっ、これには自信があるからな」
そう言って彼女は薙刀に触れる。
「ああ~薙刀ってことは『侍』、いえそれは男性だけですから、違いますね。えと『戦乙女』か『巫女』の職業ですか?」
「ほう、さすがカグヤ殿。明察じゃ! 拙者『戦乙女』の職についておる」
戦乙女は戦士派生の上級職である。名前の通り女性限定の職業で、攻撃力、速度が高い。多分彼女の種族の鬼人と相なって攻撃力は龍人や獣人に引けを取らないどころか、追い越しているかもしれない。その代わり防御力は他の戦士系よりも低く、魔法系はさっぱりだが。ちなみにゲームではヤマトの町でしか就く事の出来ない隠し職である。
「戦乙女でLVが80超えてるとなれば、ダンジョンも一人でそれなりの階層までおりれそうですね」
「ああ、一応ヤマトのダンジョンでは30階まではほぼ一人で降りたぞ」
ヤマトダンジョンは妖怪が多く出現するダンジョンで、30階だと……確か40LV以上のモンスターが出現するはずだ。彼女の腕とLVならもう少し降りられそうでも有るが。
「ツバメさんなら40階くらいまで降りられそうですけどね?」
「拙者が一人だったら進んでたのじゃが、その時は拙者の付き添いに帰ろうと促されてのう」
「付き添い?」
「ああ、あやつ、なぜか拙者を一人で歩かせられない、とか言いおってな。ダンジョンまでついて来おったのじゃ。まったくあまり戦えないのに左様な危険な場所へ……」
ああ、あれだ。その人の気持ち『超』わかる。わかるよ! この方向音痴一人で歩かせたくない気持ちは!
そんなこんなを二人で話しながら歩き、俺達はギルドに辿り着いた。俺はローブのフードを深くかぶるとドアを押して中に入る。
行くのは市役所じゃない方の冒険者ギルド。こっちに依頼書があるからね。お金を下ろすのとカード更新はどちらでも大丈夫だけど。
冒険者ギルドの中はもうすぐ昼だと言うのに、結構な数の冒険者たちがいた。
ボディビルダー並みの筋肉を蓄えたおじさんと、若いエルフの魔法使いは机を挟んで向かい合い、何かを言い合っている。また茶色い髪から犬耳をのぞかせる女性は腰にさした短剣に手を載せ、掲示板を物色している。
そんな彼、彼女らの横をエプロンのようなものを来た女性ギルド員がせわしなく走る。
俺達が入ると一瞬視線がこちらに集まる。特に男の視線が。
(無理もない、こんなに綺麗なツバメさんがいるんだもんな。中身はけっこう残念だけど)
「じゃぁ私はカード更新に行ってきます」
「ああ、拙者は掲示板を物色しておるよ」
俺はツバメさんと別れると、いくつかある受付で誰も並んでいないところを選択する。
「あの、すみません、ギルドカードを更新したいんですけど?」
「はい、ギルドカードの更新ですね。カードをこちらにお願いします」
受付の女性は足元から黒い箱を取り出すと俺に差し出す。俺はその箱にカードを差し込んだ。
「では手をこちらに」
俺はその後箱の上に手を乗せると少しして箱からカードが出て来た。
冒険者ギルド
名前:カグヤ
性別:男
LV:3
種族:ハーフエルフ
職業:バード
ランク:G
これが冒険者になって3ヶ月のステータスか。わかっていたけどある意味すげえな。LV3だぜ。1か月で1LVペースだ。ゲームだったら3カ月有れば100なんてゆうに超えるって言うのに。
「あと、私の通帳からお金をおろしたいのですが……残高も確認してもらえますか?」
「はい、カードをお願いします」
俺は彼女にカードを渡すと彼女はカードを見つめて一瞬顔をゆがめる。そして俺の顔を覗き込んだ。駄目だよ仕事中なんだから。まぁ俺も立場が逆だったら覗きこんでるけどな。
「はい、お待たせしました……えと……三百万エルですね。どれくらいお引出しいたしましょうか?」
「じゃぁ百万エルお願いします」
俺がそう言うと彼女は足元からお金を取り出すと、俺に差し出してくる。てかその足元に何があるんだ? 荷物全部あそこから出てきてるよな……?
「……ハイ、お待たせしました」
「ありがとうございます」
「今日は以上で?」
俺は頷き軽く礼をしくるりと向きを変えた。そしてツバメさんの事を探す。
(いたいた、まだ掲示板だな)
俺がツバメさんへ向かって歩いていると、突然横から男性が出てきて俺とぶつかりそうになる。
俺は体をそらすことで、なんとか避ける事ができた。しかしフードが捲れてしまった。
「ああ、すまね…………え」
ぶつかりそうになった彼は静止した。その目はまるで信じられないようなものを見たかのように大きく見開かれ、そして徐々に顔が赤くなっていく。
俺はニコリと笑うと礼をして彼の横を通りすぎ、ツバメさんの元へ歩いていく。
ええ、もちろん確信犯です。
「どうでした?」
「なあに、ダンジョン関連でないのが残念じゃが、良い物を見つけた。ほれ、この近辺の警護じゃ」
確かに彼女の指差した依頼書を見てみる。たしかにここに張られている中では破格だ。ただ、少し日数がかかるか。
「これを受けるのですか?」
「お金がある程度たまるまではのう」
へぇ、と俺が視線を後ろに向けた時だった。俺はその不思議な空気に気が付いた。
(なんか俺たち注目されてる?)
なぜかギルド内の視線、特に男の視線が俺たちに集まっている。
不意に俺の手がキュッと握られる。握ってきたのはツバメさんだった。
「なぁに、美女が居ればこのような反応になることもあるじゃろうて。気にせず行こうぞ」
ツバメさんは俺の手を引くと、そのまま人をよけながらギルドから出ていく。迷いない彼女の行動を鑑みるに、結構こういった事に慣れているのだろう。
普段はフードをかぶっている所為か注目を浴びることは無かったけど、外すとこんなに注目集めてしまうようだ。普通の買い物の時はたまにフード外してるけど、それほどでもないんだけどな。振り向かれるぐらいで。
俺は手を引いたまま歩くツバメさんに声をかける。
「ツバメさんはああいうのって、よくあるんですか?」
「拙者も稀に注目を集めることもあるが、今日は確実にカグヤ殿じゃな。女である拙者から見ても羨ましいぐらい綺麗で可愛いしのう」
「えー、そうですかねぇ……」
まあ注目を集めちゃったのは、多分二人の相乗効果なんだろう。だってツバメさん普通に可愛いし! あと、俺が可愛いのは作った俺がよく知ってる。
10/27 誤字修正+内容を変えない程度に文章変更。




