さんかげつぶり の まち
彼女と一緒に歩き出してから30分ぐらい経過しただろうか、不意に俺の気配察知が何かに反応する。俺は草を掻きわけたまま制止し、その気配を探る。
「ん、カグヤ殿どうしたのじゃ?」
「ええ、ちょっと何かを感じまして……これはモンスター、いや狼かな? こちらに近づいているようです」
「そうか、もし戦闘となるならば拙者が相手をしよう。なぁに腕には自信がある」
「私も腕には自信があるので一緒に戦いましょう」
そう言って俺は腰からヘイストダガーを抜く。それを見たツバメさんはほう、と息をもらした。
「近づいているようですね……戦いやすそうなあそこに行きましょうか」
俺は少し開けた場所を指さすと、ツバメさんは頷いた。
「……全くカグヤ殿は美しさや優しさや知識だけでなく、戦う力まで。本当に何でもお持ちなのだな。まさに才色兼備じゃな」
「多分レベルで見れば貴方の足元にも及びませんよ……」
なんてったって驚異の3LVだからな。
俺達が待機して1分とせずに現れたのは狼だった。数は合計で5匹。確かLVは5。格上相手じゃないですか!
俺はダガーを構えると、ツバメさんも同じように薙刀を構えた。
「拙者は前方三匹を。カグヤ殿は右側の二匹を」
「任せてください」
「では……参る!」
そう言うとツバメさんは地面を蹴って一直線に狼の元へゆく。その速さはまるで獅子のようで、狼なんかよりも素早い。
(ツバメさんは速いな……アイアンオーアゴーレムの数倍はある。いやゴーレムと比較するのは失礼か)
彼女は狼に接近すると、持っていた薙刀を横薙ぎする。そして1体を倒すとすぐに実をひるがえし、他の狼に向かって薙刀をふるう。
(うわ、剣筋綺麗。こりゃ結構LV高そうだな……)
俺はそう思いながら二つファイアボールを生み出すと、自分の担当になっている狼達に放つ。直撃した狼さんはもちろん即死。実は俺、LVは低いけどスキルはマスターしているんだぜ?
俺が狼を倒し終わったとき、ちょうどツバメさんは3匹目を倒す所だった。彼女は口を開いて噛みつこうとした狼を、真っ二つに切り裂くと小さく息を吐く。そしてこちらをむくと、小走りで俺のもとに寄って来た。
「カグヤ殿は魔法使いだあったか! てっきりシーフ系統の職だとおもっておったぞ」
「一応魔法使いもシーフも経験してまして……」
「ほう珍しい! 拙者、腕には自信があったが、カグヤ殿には負けるかもしれぬのう」
「いえいえ、私も自信がありましたが、私が負けるかもしれません。素晴らしい剣筋でしたよ。まるで薙刀がツバメさんの体の一部かと錯覚するぐらいに。レベルも高いでしょう?」
「ははっ、一応レベルは80を最近越えたでござる」
ちょっ。エルさん越えかよ! ちなみに俺と比べると20倍以上です。はい。
「どおりでお強いと思いました……」
「なぁに拙者はまだまだだよ。それよりも、先に進もうではないか! もう暗くなるぞ」
確かにツバメさんの言うとおりだ。日も傾いているしこれ以上ゆっくりしていると真っ暗になってしまう。
「そうですね」
「うむ。では参ろうか!」
(……っておい!)
俺は意気揚々と歩き出そうとする、ツバメさんの肩を押さえる。
「どうした、カグヤ殿?」
ちょっとまて、どうしたは俺のセリフだ!
「そっち逆方向です……」
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町に戻った俺達は真っ先に宿へ向かっていた。もうすでに辺りは茜色に染まっていて、屋台や家や人も綺麗に色づいていたからだ。
俺とツバメさんの周りには狩りを終えた冒険者達、本を抱えたエルフ達、買い物帰りの猫族のおばさん、そして人間の子供たち、多種多様の人々がそれぞれの帰路についていた。
また道の両側にいくつも並ぶ屋台には、もうほとんど商品は置いていない。あるのは明日に持ちこせない商品だけだ。もう捨て値に近いぐらいまで価値が下がった商品すらある。
「ありがとう、おじちゃん!」
「ありがとう!」
目の前ではどこかの子供たちが屋台で焼き鳥のようなものを買って、大事そうに抱えて道をかけて行く。そして走り始めて数秒後に、それは起こった。
「あっ」
俺の隣を歩いていたツバメさんから声が漏れる。多分俺と同じくアレを見ていたのだろう。
一人の子供が転んで、持っていたくし焼き肉を落としてしまったのだ。不意にツバメさんはその子供へ駆けて行く。俺はそんな彼女を横目で見ながら、屋台に立っていたドワーフ族のおじさんの所まで歩く。そして財布を取り出した。
「さっきの子供たちが買った物をお願いします。ああ、渡すのは彼女が来たときに」
俺はそう言って子供達を慰めるツバメさんを見つめる。
「良いのか? 600エルだ」
俺は笑いながら頷いて彼にお金を渡すと、子供たちの元へ行く。
「男であろう! 泣きそうな顔をするでない!」
そこではツバメさんが子供たちを励ましていた。
「……うむ、そうだ。よし、良くぞ言った。褒美にお主らの買った物は拙者がおごろう、ほれ、きなさい」
(おいおい……俺があげたお金は必要最低限だぞ? 本当は奢るのもきつい筈なのに……)
思わず笑みがこぼれる。
屋台の前に行ったツバメさんは屋台のおじさんと話すと、驚いた様子でこちらを振りかえる。そんな彼女に俺は笑みとウインクで返してやった。
苦笑したツバメさんはおじさんから袋を貰うと子供たちに渡す。
子供たちは嬉しそうにツバメさんにお礼を言うと、元気よく駆けていった。
「もう落とすでないぞっ!」
ツバメさんはそう言って、子供たちの姿が見えなくなるまで見送る。彼らの影も見えなくなった所で、彼女は俺のそばまで歩いてきた。
そして俺の顔を見つめながらくすっと笑い、つぶやく。
「拙者、やはりカグヤ殿には勝てそうに無いでござるよ」
「いえ……そんなことありませんよ」
小さく笑いあう俺たち。そんな俺たちに不意に後ろから声がかけられる。俺達はそちらを向くとそこには屋台のおじさんがこっちに向かって歩いてきていた。
「おい、嬢ちゃん達、これ持って行きなっ!」
そう言って彼は持っていた袋をツバメさんに渡す。その袋にはこの屋台の売り物であるくし焼き肉が2本入っていた。
俺とツバメさんは屋台のおっちゃんを見つめる。
「へへっ。なぁに、可愛くて心優しいお嬢ちゃん達に、俺からのサービスさ!」
ツバメさんは俺に視線を送ってくる。俺はそれに頷いて答えた。
「うむ、ありがとう!」
「おう、また来な! 嬢ちゃん達にはサービスするぞ!」
彼はそう言ってくるりと俺たちに背を向ける。そして自分の屋台を片づけ始めた。もう閉店の時間なのだろう。
ありがとう。貴方も素敵ですよ。屋台のおじさん。
でも俺男だからね! 男だからね!
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「ああ、そうだ」
屋台を過ぎてもうすぐ宿と言うところで俺はあることを一つ思い出し、ツバメさんに言う。
「私買い物をしなければならない事を今思い出しまして……私の分も部屋取っておいて頂けませんか?」
「そうか……うむ、任せてくれ」
「じゃぁこれ私の部屋の分なので。宿は……もう見えますね、あそこです」
ここから50メートル先に見える宿、俺が初めてこの街に来た時に利用した宿に指さす。
「あと、一つ確認ですけど、ツバメさんお酒大丈夫ですよね?」
「ああ、拙者も鬼族なのでな! 大好物じゃ」
日本の妖怪である酒呑童子という鬼は凄く酒好きらしいけど、こっちの世界の鬼もそうなんだろうか?
(まぁそんなのはどうでもいいか。とりあえずお酒を買ってこよう。あそこの宿料理美味しいけど酒の種類が少ないんだよな)
結構買いだめしていたストックは、四畳半で全て飲んでしまった。先を考えれば今日大量に買い込むのもありだろう。
「わかりました。じゃあ……これで部屋をお願いします」
俺はそう言って1万エル渡す。そしてツバメさんがしっかり宿屋に入るのを確認してから酒屋に向かって歩いていく。時間も時間だ、少し急ごうか。
実は少しだけツバメさんが宿屋にたどりつけないんじゃないかと思っていました。さすがに目に見えるところでは間違えませんよね。
俺は走って酒屋に向かうとそこでは店主のおっちゃんが、室内を片付けている最中だった。
「あのーまだ営業してます?」
「ん、ああ、まだ大丈夫だ、っと嬢ちゃんか。久しぶりだな」
「あれ、私の事覚えていてくれたんですか?」
確かに前に一度、それも俺が引きこもりする前だから3か月前になるぞ? よく覚えてるなぁ。
「なぁに、嬢ちゃんのような別嬪さんは一回見たら忘れねぇぜ」
確かに今の俺を日本で見たらしばらく忘れられなくなるな。
「そんなぁ、別嬪だなんて……もう」
俺は軽く笑っておっちゃんの顔を見ると、おっちゃんは少し顔を赤くしながら笑う。
「それで、今日は何かっていくんだ?」
「今日はヤマト出身の鬼族の女性と、一緒にお酒飲もうと考えて居るんですけど……何かオススメってあります?」
おっちゃんは腕を組んで天井を見つめる。
「ヤマトの鬼かぁ。じゃぁこの米から作った醸造酒なんかどうだ?」
米の醸造酒ってまさか日本酒? まぁ米も箸もあるんだか日本酒もあるか。
「それ、いただけます?」
「ああ、お勧めは……そうだな『花鳥風月』と『白亜』それと……値段を気にしないなら『清酒・鬼潰し』あたりだな」
「『清酒・鬼潰し』ってなんて言うか……凄い名前ですね」
「確か鬼族で、地上に敵なしって言われるほどの武人が居たらしいんだが、これを飲んで酔ったところを攻撃したらあっさり倒す事が出来たとかなんとからしいぜ」
ふうん。鬼族も酔いつぶせる酒か。やはりアルコール度が高いのだろうか?
「あいえええ、しまったぁ。嬢ちゃんすまん、鬼潰しは在庫がないぜ……。別なのにしてくれ」
おっちゃんはテーブルの上に『花鳥風月』と『白亜』を並べる。
「じゃぁとりあえず、その二つと……ぶどう酒と……そう言えば梅酒とかってあります?」
「ああ梅酒もあるぜ。ただなぁ、うちじゃぁ1種類しか扱ってないんだよ。ほれ、これだ。もし色んな種類のが飲みたけりゃ、ヤマトへ行くのがいいかもしれん」
ヤマト……か。忍者になるためにはヤマトへ行かなければならないし、ある程度の薬をそろえたら獣人の町カグツチを経由してヤマトへ向かうか。
「じゃぁそれもください。お代は……」
「ああ、11200エルだけど……嬢ちゃんの可愛さに免じて11000エルでいいそ」
「わぁ! ありがとうございます、おじさん。また来ますね!」
異世界に来て買い物してる時とかよく思うんだけど、美人って絶対得してるよな。
俺は店を出ると宿まで戻る。宿のおかみさんに名前を話したら2階の角部屋に行けと言われた。ツバメさんしっかり部屋取っててくれたみたいだね。
俺はそのまま階段を登り2階へあがる。
(あ。やっべぇ、ツバメさんの部屋を聞いてないじゃないか……まぁここまで来てしまったし、一旦部屋行ってから酒だけ置いてもう一度おかみさんとこ行くか)
俺はそのまま歩き続け、おかみさんに言われた部屋のドアを開けた。
そのドアの先はある意味楽園だった。
つやのある美しい黒髪、ハリのある白い肌。くびれたウエストに何よりD、いやE以上は有りそうな胸。どうやら着やせするタイプのようで、思ったよりはふっくらとして…………っ!?
俺はドアを閉める。
「な、なんでっ!」
「おお、すまんすまん。部屋が空いておらんでな。ダブルの部屋にしてもうたわ。ふむ入っていいぞ?」
ダメだ。絶対にダメだ。裸の状態からこんな短時間で服を着られるわけがない!
「き、着替え終わったら呼んでください!」
「女どうしじゃろうに」
「ご、ごめんなさぁぁぁぁい。せ、せつめぃしまぁぁぁす。だからぁぁぁぁ着替えてからぁ……呼んでくださいぃ……」
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俺は今、地べた上に直に坐り平伏して座礼を行っている。そう、土下座である。おでこと地面が合体しそうなぐらいの土下座である。このまま腕と頭に力を入れれば三点倒立出来るレベル。
前には、俺のギルドカードが置かれ、それを困り顔で見つめているツバメさんがいた。
「申し訳ございません。このとうり私、男でございまして。つきましてはツバメさんに大変失礼な事をしてしまった事を深くお詫びしておりますどうぞこのとうり」
「カグヤ殿……」
「申し訳ございません。ただ、私の言い訳と言う戯言を聞いていただけるのなら。そう、私は騙すつもりはなかったんです。皆勝手に勘違いするから……訂正してなかっただけで。いえ、騙しているのと同じですですね。すいません。私知ってて黙ってるなんてあああ~すぐにこの宿から出ていくので、どうかお許しを!」
「カグヤ殿」
俺の右肩の上に手が置かれる。
「カグヤ殿が出ていく必要はござらん」
「いえ、私は生物学上男と言う分類になる生き物でして……」
「まぁまぁ、カグヤ殿。男であった事は本当に驚いたが、拙者は見られた事をさして気にしてはおらん」
「しかし……」
「しかしもなんでもないのでござる。拙者は知っておる」
「何をでございますか?」
「カグヤ殿はな、お腹がすいて困っている人にご飯を恵み、金なしで宿なしに泊まる金を貸し与えたり、道に迷うた人を町まで案内したり」
「そ、そんな。私は当り前の事をしただけで……」
「その当り前が普通は出来ない人が多いことを拙者は知っておる。それに嫌な事を考えている男性はなんとなく不快な感じがするものじゃが、カグヤ殿からはそれが感じられん」
俺は首を振って否定する。
「いえ、それは誤解です。私も男のはしくれで、やはりツバメさんのような綺麗な女性を見るとその…………そうなんですよ。だから……」
さらに左肩にもツバメさんの手が置かれる。
「先も言ったがな、拙者はもう十分カグヤ殿が誠実で優しいお方だと言う事はわかっておるのでな。部屋は一緒で構わぬ。なぁに何も起こらない」
「ツバメさん……」
「さあ、もう夕食じゃ、食堂へ参ろう」
彼女は俺の肩から手をどけると、俺の手をつかむ。そして彼女は俺を引っ張って立たせた。
「……ツバメさん…………どうなっても知りませんよ……」
「ふはは、そしたら拙者の目が曇っていただけの事じゃ。それにそんな事は無いと拙者は断言するがな!」
その後二人で夕食を取り、部屋に戻ると酒を飲んだ。どうやらツバメさんは米の酒と梅酒が大好物なようで二人で3本も開けてしまった。俺達は空いた瓶とつまみを片づけると別々のベッドに入る。
そしてランプを消して部屋を漆黒に染めると俺は夢の世界へ旅立った。
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チュンチュンとどこかで鳥が鳴いている。そして俺も心の中で泣いている。
(どうしてこうなった? マジで昨日何も無かったよな?)
俺はゆっくり首を動かし隣を見つめる。
そこには長いまつげの瞼を閉じ、規則正しく呼吸をしているツバメさんが。そしてなぜか彼女の両腕は俺にがっちり巻きついている。
(誰かこの状況を説明してくれぇ……)