ごーれむじいんまえ にて
俺が転移した先はあの苔蔦だらけの岩場である。俺は魔法陣から降りてまっすぐ進んだところで俺はそれに気が付いた。
(ちょっと待て……なんだあの女?)
草むらの前に一人の濃い紺色の着物を着た女性が倒れている。170センチ中盤ぐらいだろうか、今の俺よりも少し背が高く、肩甲骨辺りまで艶のある黒髪が伸びていた。また腰には刀、背中には薙刀を身につけている。そんな彼女の黒い髪の隙間から見える、かわいらしい2本の角を見る限りでは、多分鬼族だろう。
(なんでこんな場所でうつ伏せになってんだ? そもそも生きてるのか?)
俺は恐る恐るその女性に近づくと、アイテムボックスから棒術スキル上げに使っていた木の棒を取り出す。
そしてその棒を持ってツンツンと2度つついてみる。
(反応は無い、もう一度だ)
俺はもう一度ツンツンとつつく。
びぃぃぃくぅぅ。
目の前の女性は一瞬だけ体が痙攣する。どうやら生きてはいるようだ。
俺は落としてしまった棒を拾う。べ、別に驚いてないんだから。落としたのは偶々手が滑っただけなんだから。
「お、お姉さん、お姉さん」
俺は恐る恐る彼女の肩をゆすりながら、声をかける。するとその女性は腕を動かし俺の手をつかんだ。そして顔をあげる。
一瞬ホラー映画を思い出したがそれは本当に一瞬だった。別の事が俺の頭を埋め尽くしたからだ。
(なんてきれいな人なんだ)
雪のように白い肌に、均一のとれた顔。そして少し控えめな口に、少しだけ垂れた目、柔らかそうな頬。
彼女はその震える桜色の唇を動かし、声を出す。
「せ、拙者になにか食べ物を恵んでくださらんか……道に迷ってしばらく何も食べておらぬのだ」
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彼女の食べっぷりに音をつけるとしたらこうだろう。
ガツガツ、ガツガツ。
俺はアイテムボックスから食料を出すと彼女、ツバメさんに差し出した。するとツバメさんは目の色を変えて俺の出した料理を食べ始めた。
それから既に40分くらい経過している。
ガツガツ、ガツガツ。
だけど未だにその食欲は衰えを見せない。君ならフードファイターいけるよ。
(しっかし気分のいい食べっぷりだ)
日本にいた時も思ったが、女性が目の前で美味しそうにご飯を食べるのを見る事って、満たされると言うか、なんて言うか幸せになれる。しかも相手すげぇ美人だし。
「ップ。ふぅ満腹じゃぁ! いやぁ食べた食べた。ありがとう。カグヤ殿は拙者の命の恩人でござる!」
そりゃ彼女は俺の3日分を今食べたからな、それで満腹じゃないって言われたら俺が困る。つかよく食べたな……ってか食べた物何処に消えた? その細い体に入りきらないだろう? 腹膨らんでないし……謎だ。
すると彼女は急に正座をすると、手をついて俺に頭を下げる。
「カグヤ殿に心から感謝を。それと申し訳いのでござるが、拙者、今何もお返しできるものを持っておらぬ!」
突然の丁寧な対応に思わず俺も正座してしまった。
「あ、いえ、そこまで畏まらなくても……。それに困った時はお互い様と言うではありませんか」
ツバメさんは更に頭を下げる。やめて地面におでこついちゃう!
「おお……カグヤどのなんと素晴らしいお方! このツバメ、感服でござる」
「あ、お気になさらずに……とりあえず顔をあげてください」
俺は顔をあげたツバメさんを見つめるとニコッと笑みを作る。
「私は気にしておりません。ですから貴方も気にせず旅を続けてください」
どうせ金はまだいっぱいあるし食料は買い込めばいいだけだからな。
「本当に素晴らしいお方だ……」
そこで俺はある事に気が付いて彼女に尋ねた。
「……って旅の途中なんですよね? 失礼ですが、そんな軽装で大丈夫なのでしょうか」
そう、彼女は武器こそあるが、それ以外の荷物がない。もしアイテムボックス持ちなら話は別だが、この世界でアイテムボックス持ちは少ないと聞いている。
アイテムボックスなしで旅をしていると言うなら、誰がどう見ても明らかに軽装だ。
「それはちょっと理由がありましてな……と、それを言うならカグヤ殿も同じでありませぬか?」
「ああ、私はアイテムボックスがありますから……」
「おお、なんと、アイテムボックスとな! このツバメ、アイテムボックス所持者を見たのは初めてでござる! 是非サイン……紙とペンがないのじゃ! ええいならば握手、握手を!」
そう言って彼女は手を自分の服で一旦拭くと差しだしてくる。俺は自分の手をローブで拭って彼女に合わせた。
温かくて柔らかい。
「おお、アイテムボックス持ちと握手してもうた! 今日は手を洗えんな!」
俺は芸能人か。
「……しっかり洗ってくださいね。ってそう言えば荷物が少ない理由があるんですよね? 差支えなければ教えていただけませんか?」
「そうじゃな、恥ずかしながら、拙者アマテラス大陸に到着して早々に置き引きにおうてな……荷物をすべて奪われてしまったのじゃ、はっはっははははは。武器は身に付けておったのでそっちは大丈夫だったんじゃが。それで仕方がないからダンジョンに行って稼ごうと思ってな。まぁ旅の目的がダンジョンで自身を鍛える事が目的じゃったしのう!」
すげぇ、この人置き引きにあったのに超笑ってるよ。ん、ちょっと待て。何かがおかしいぞ? なんだ。この違和感というかもやもやした感じは……。
……そうだ。そうだよ。この人は鬼族だから、多分ヤマト島出身だろう。そこからアマテラス大陸に来るとしたら船で『カグツチ領』の『ヒノカグツチ』に着くはずだ。そこで置き引きにあってダンジョンに向かうとしたら……、普通なら『ヒノカグツチ』東にある『カグツチ』の町にある『カグツチダンジョン』へ向かうはずだ。ここまで来ると2週間ぐらいかかるのに、なんでここにいる? もやもやの原因はそれだ。
「えと、すみません。確認なんですけど、鬼族であるならば、ご出身はヤマトでしょうか?」
「おお、左様でござる。素晴らしい慧眼! 美しさと優しさだけでなく知識までもお持ちなのじゃな! いやなんと花も実もある御方」
「ああ、いえいえ。ツバメさんの方がお美しいですし、立ち振る舞いが凛としていて私なんかよりも素晴らしい女性に見受けられますよ。私もツバメさんのように美しい姿勢ができればと思います」
「そんな、言葉がうまい。照れるでござる」
顔を赤くしたツバメさん可愛いな……ってちょっと待て、話がそれてる! 違うだろう。話したい事はそれじゃない!
「ええ、とすみません話がそれました。ヤマトでしたら多分ヒノカグツチに船で移動したと思うのですが、どうしてカグツチダンジョンへ向かわなかったのでしょう? そちらの方が近いですよね?」
彼女は目を丸く見開いて俺の事を見る。驚いた様子も可愛いね。
「やはり素晴らしい知識をお持ちのようだ。アマテラス大陸の地理に詳しいとは……。実を申すと拙者、初めはカグツチへ向かっておったのじゃが……気が付いたら『イザナミ』の町におったのじゃ!」
ん? まて、ちょっと待つんだ。俺、頭が痛くなってきたゾ。イザナミって確かヒノカグツチの南だよな。ツバメさん貴方向かう方向ずれまくりですよ? 角度で言えば45度ぐらいずれてますよ?
「摩訶不思議じゃった。指を差してもろうて『この方向、東に進めばカグツチがあるよ』と親切なおじさんが教えてくれたんじゃが……着いたのはイザナミじゃった」
「それでな、今度も人に道を聞いてカグツチに向かって歩いておったら、今度はアマウズメについてのう。その後もしばらくはカグツチに向かって進んでおったのじゃが、気が付いたらミカヅチにいるではないか! それならばとミカヅチダンジョンへ向かっていたのじゃが、ちょいと遭難してのう。お金も尽きておったしもう終わりかと思うておったわ」
やばい頭が割れそう。方向音痴にしてはおかしくないか? だって指さして道を教えてもらったんだろう? ここまっすぐって言われたら普通間違えないよな? てことはこの人騙されてここまで来てしまったのだろうか? いやありえる。箱入り娘っつうかなんていうか、世の中の悪を知らなそうな女性ぽいし。
「なるほど状況は理解しました」
仕方ない、ツバメさんに町までの道を教えて一旦帰ってもらおう。俺はもう少しゴーレム寺院の魔法陣辺りを片づけてから帰る。なんか掃除が凄く中途半端だったからきっちりしたい。だからA型ぽいね、と言われるのだろう。俺はO型だ。そもそも血液型占いは信じていない。
「ではツバメさん、これをお持ちください」
俺はアイテムボックスから大銀貨を2枚取り出すと、ツバメさんに渡す。
「に、二万エルも……! これは受け取れませんぞカグヤ殿!」
「あげるわけではございませんよ、ある程度お金が稼げたさいに返金して頂ければ十分です」
まぁあげるつもりだけどな。『お渡ししました? 夢でも見てたんじゃないですかね』とでも言って。この人は絶対悪い人じゃないだろうし、二万エルなら大した痛手でもないしな。まぁもし本当に稼げたなら何か食べ物でもおごってもらおう。それで十分だ。
「そんな……やはり受け取れませぬ!」
「ツバメさん。今から町へ帰ったとしましょう。そうしたら夜になりますよね?」
「確かにもう日は傾き始めておる……」
「貴方はそれからどうするんですか? 何処で今日を過ごすんですか? ダンジョンに行くにしてもそんな荷物で行けるわけないでしょう」
「その……」
ツバメさんは気まずそうに地面を見つめる。
「ツバメさん。私は怒っているのではありませんよ。私は貴方が心配なのです。このまま何もせずに貴方と別れてしまったら私は心配で夜も眠れなくなるでしょう。だから、私の安眠のためにもぜひ、受け取ってください」
「か、カグヤ殿ぉぉ!!」
ツバメさんは目に涙をためながら俺に接近する。そして俺の手をぎゅっと握った。
ち、ちかいんですけど。あ、あの恥ずかしいんですが……。
「わかりました! このお金お預かりする。このツバメ、一生を賭けてでもお返しいたしますぞ!」
彼女は手を離すとグッと握りこぶしを作って俺に宣言する。
か、顔が熱い……多分俺顔真っ赤だろうな。てか、一生とか……マジで気にしなくていいんだが。
「ゴホン……で、では。私はここですこししたい事があるので、ここで別れましょう」
「そうでござるか? ならば拙者も助太刀いたそう」
いや俺がしたいの草むしりなんだ。ここを少し片づけたい……そう、ただの自己満足だから手伝いは要らない。
「いえ、そう大したことではありませんので。先に町に戻ってください」
「そうか、では御言葉に甘えて拙者は先に街に戻ろう」
「ええ。ではこちらをまっすぐ南へ向かってください。そうすればミカヅチに辿り着けるはずです」
と言って俺は南を指さす。
「おお、ありがとうございます。では失礼!」
そう言って彼女は立ち上がると、そのまま歩きだした。
「まっすぐじゃな、まっすぐまっすぐ……」
彼女が歩きだして20歩ぐらいだろうか。歩くツバメさんの前に一つの大きな石があり、カグヤさんは横、東に向きを変えそのまま石をよけた。そしてそのまままっすぐ東へ歩いて……まっすぐ東へ………………。
「っって! ちょっとまっったぁぁあぁぁぁぁあ!」
俺は走ってツバメさんの所へ行く。
「おお、どうした、左様な声をだして」
ツバメさんは何かを気にした様子は無い。多分彼女はおかしい事に気が付いていない。
「あの、私の話聞いていましたよね」
「ああ、カグヤ殿の言っていた南、つまりこっちに行けば町に行けると……」
そう言って彼女は東を指さす。っておい。
「いえ、違いますから! 貴方の進もうとしてるの東ですから!」
なんで目の前の石を避けただけで方向が狂うんだ? おかしいだろう、マジでおかしいだろう!
「んむ、そうなのか……」
「そうですよ……」
ツバメさん騙されてここまで来たかと思ったけど違うわ。これ普通に迷ってただけだわ。ツバメさんを道案内したおっちゃんゴメン。俺、勘違いしてたよ……。もういい、ここ片づけるのは後日だ。
「……町まで一緒に行きますので、私の後についてきてください」
「おお、何かしたい事があるとか言っておったが良いのか?」
「ええ、なんかどうでもよくなったんでいいです……さあ、行きましょう」
そう言って俺は彼女と一緒に歩き出す。




