(23)
ユーマの覚悟は、凱旋のパレードを終えて、わずかに小一時間の後に済まされた。
王剣騎士団の格納庫に〈レーベンワール〉と〈イストアイ〉を搬入して、今回の交戦フェイズは本部待機の役目を担った第一騎士隊の面々や整備員、魔術師のトオミなどと賑やかに再会の挨拶を済ませていた所に、ユーマとエンノイアは団長の執務室に呼び出しを受けた。
「また、ボクらは何か怒られるのかな?」
「……エノアさん。何か、身に覚えが?」
「うーん。あり過ぎて、どれだかもう――」
「自重してくださいよ。隊長なんですから」
そんな風に互いにため息を吐きつつ、執務室の重いドアをノックする。
敬礼しながら中に入れば、ローマンは既に旅装から正式な団服に着替えていた。
「ああ、よく来た。俺はこれからすぐに、今回の大勝利について陛下に報告に行かなければいけない。その前にせめて、お前達には一言と思ってな」
どうやら何かしらの御叱りを受けるのではないらしい。
エンノイアが胸を撫で下ろすのを、ユーマはそれとなく横目で見守った。
「三人だけだから、無理にかしこまる必要もないぞ」
ローマンにそう云われて、エンノイアは途端に緊張を解く。
「団長殿。喉が渇いたので、そこの高そうなブランデーを頂戴しても?」
「……さすがに、そこまで傍若無人になれとは云っていない」
ローマンはそう云いつつも、機嫌が良いようだ。いつものようにエンノイアを叱り飛ばすことはなく、にやりと楽しそうな笑みをユーマに向けてきた。
「お前には、問題児の世話を任せて申し訳ないと思っているぞ」
「ああ、いえ。そんな……」
「問題児? ボクのこと? ああ、そんな風に云われるなんて心外だよ」
子供のように頬を膨らませながら、エンノイアはユーマを抱き寄せる。
「口ではいつも、あれこれと抵抗するけれど……ねえ、実の所、ユーマはこうしてベタベタされるのが嫌いではないよね? ほらほら、身体の方はこんな正直に――」
抱き寄せられて、互いの身体は密着し、繊細な指先が身体中を撫で回し――。
もちろん、ユーマは身動きできない。固まるしかなかった。
「エンノイア騎士隊長!」
ローマンの怒声が響き渡る。
エンノイアは背筋を伸ばし、ビシッと敬礼のポーズに変わった。
「はい! やり過ぎました、調子に乗りました! 申し訳ございません、団長殿!」
「貴様はいつも返事だけは調子が良いな。いい加減、俺は叱るのにも飽きてきたぞ!」
しばらく、額を押さえたままうな垂れるローマン。
やれやれと首を振って、気を取り直すかのようにこう云った。
「お前達を呼んだのはもちろん、今回の交戦フェイズの活躍を改めて褒めようと思ってだ。それなのに、見事に出鼻をくじいてくれるな……。まあ、いい。とにかく、よくやった。お前達の活躍がなければ、今回のような歴史的な大勝は為しえなかっただろう。今期、残りの戦いにも期待する」
「はい、ありがとうございます!」
「……あ、ありがとうございます!」
間髪入れずに敬礼するエンノイアと、彼女に倣って胸を張るユーマ。ローマンはようやく満足そうに頷いて、「お前達ならば、いつかは〈天騎士〉の座にも至れるかも知れないぞ」と告げた。
ユーマとエンノイアは一瞬、顔を見合わせる。
天騎士――唯一無二の称号、騎士としての到達点。
それは、遊戯戦争の一年間を通して最も華々しく、目覚ましい活躍を遂げた者に与えられる。ただし、毎期、必ず誰かに授与されるものではなく、あくまでも管理代行者である教会が十分な資格を持つと判断した場合に限る。
現在、大陸でその称号を持つ者はわずかに四人しかいない。
「団長殿は、かなりの夢想家でいらっしゃる」
エンノイアはそう返した。
「そうかな? 俺は割合、本気だぞ」
「天騎士に選ばれようと思うならば、まずはこのアルマ王国が大陸の覇権を争う程の大国に成長しなければいけません。そうでなければ、強敵に出会えない。大国同士の交戦フェイズとなれば、彼らも――既に、天騎士の称号を得ている彼らも、戦場に出て来てくれるでしょうから。現在の頭が固い教会を認めさせるぐらいの活躍と云えば、ボクには天騎士を倒して見せるぐらいのやり方しか思い付きません」
「お前にしては、随分と真っ当な意見を云う。だが、わざわざ云われなくても、俺だってちゃんと理解しているぞ。お前達ならばいつか、このアルマ王国を大国に押し上げ、そして一騎当千の化け物である天騎士すら打ち倒してくれると思っているのだ」
ユーマは、二人のやり取りを黙って見守っていた。
天騎士。
最強としての称号。
実の所、それほど心を動かすものではない。
強くなりたい――それ自体は正直な気持ちである。ただし、ユーマの心を大きく占めるものは〈シルバーフィオナ〉や〈イストアイ〉という彼女達の存在であり、強くなりたいという気持ちは、彼女達を想えばこそ出てくるものだ。
天騎士という称号を得れば、万人に認められる。
賞賛されるだろう。歓待されるだろう。
そう、先程のように――。
万雷の拍手と歓声。
それは、心地の良いものだ。
だが、それは麻薬のようなものである。
遥かな昔、ユーマは世界に五人しかいない存在の一人だった。世界を救える存在の一人だった。英雄だった。だから、責任があった。使命があった。命をギリギリまですり減らし、日々はキリキリと身体を締め付けてくるぐらいの閉塞感の中で、それでも、英雄で在り続けなければいけなかったのだ。
もう一度、それを望むかと問われたならば――。
「天騎士は、神にも対面できる」
しばらくの間、ユーマは一人で思考の海に沈んでいた。
一方で、ローマンとエンノイアの何気ない会話は続いている。
「……神?」
不意の一言に、ユーマは興味を惹かれて顔を上げた。
「ん? どうした、不思議そうな顔で?」
ローマンと目が合えば、彼は大いに笑う。
「そうだ、神様だよ――教会の中枢に存在する偉大な存在だよ」
教会と神。
創世の物語。
大陸に存在する宗派教義はたった一つである。それゆえ、名前はない。区別される必要がないからだ。唯一無二の教会の教えの下に、大陸全土の人類の価値観は統一されている。
瞬間、頭痛が――。
ズキリ、と。
ユーマは額を押さえた。
複数の宗教、様々な神、雑多な価値観が混沌と渦巻く世界を、ユーマは確かに知っている。それこそが遥かな昔に生まれて、育ち、戦い抜いた世界であるからだ。
今と昔の常識が、頭の中で衝突していた。
例えば、神が実在すること。
十四年間、何も思い出さないままに生きてきたから、ユーマの中にはこの世界の常識もしっかり根付いている。神の存在、唯一の宗派、滅びの連鎖、済世と済世の神話――否、歴史。神の登場とそれからの人類の物語は、フィクションとしての神話ではなく、事実としての歴史としてあった。
ユーマはそれを知っている。
疑うことなく、この世界はそういうものと受け入れていた。
「天騎士は、神様に会えるんですか?」
ユーマは額を押さえたまま、改めて尋ねてみる。
「……大丈夫か? いつもの頭痛か?」
「は、はい。大丈夫です。それよりも……」
「ああ、俺も知人から酒の肴に聞いた話だが――」
ローマンはゆっくりと話し始める。
「騎士の位は、それぞれの国家元首から与えられるものだ。天騎士の位と云えば、唯一、神から与えられるものだ。それゆえに、教会の本部である始原の塔、その最奥――本来ならば四人の神徒しか立ち入ることを許されない場所に招かれる」
すなわち――。
「神から直接、天騎士の位を賜るわけだ」
ローマンは感慨深そうに呟いた。
「実を云うと、この話を教えてくれたのは天騎士の一人だ。俺はこれでも交友関係が広いんだぞ。酒を呑み交わしながら、あいつからは色々な話を聞いたものだが……さて、そう云えば、妙に興味を惹かれた部分もあったな。本当は、気軽に話して良いものではないが――まあ、お前達はいつか天騎士になるのだ。その期待も込めて話してしまおうか」
ローマンからすれば、そこまで深い意味のない話だったに違いない。
所詮、ただの雑談である。ユーマとエンノイアが、天騎士という称号に興味を持ってくれると良い――今後の遊戯戦争の戦いにこれまで以上の熱意を出してくれると良い。その程度の考えだったに違いない。
結果として――。
ユーマの想いを駆り立てるという意味ならば、十分な効果が発揮された。
そう、これ以上なく――。
覚悟と決意。
この瞬間に済まされる。
「神は、御自らを〈旧き神話の存在〉と――〈神話型〉と名乗るそうだ」
× × ×
大陸の中心、始原の塔にて――。
最も古く、最も忌まわしき場所に鎮座するは〈神〉と呼ばれるもの。
――神と呼ばれし、機械。
『ユーマ・ライディング』
彼女は呟いた。
悠久の時の流れを感じていた。永遠に近しい。かつて世界を救った。人類の守護者となった。知恵を授けた。力を授けた。神のように――自らの化身として、ゴーレムというまがい物を人類に授けた。そして、時は流れに流れて――今は、遊戯戦争という平和の形すらも築き上げている。
『ユーマ・ライディング……ユーマ、ホシノ――ホシノ、星野悠馬……』
懐かしい名前を呟きながら、彼女はしばらく無邪気に笑い続ける。
『はい、ユーマ。――ええ、待っているわ』
最後にそう呟くと、彼女は再びの眠りに就いた。
END
>>> 【第5話 戦争という遊戯】
NEXT
>>> 【第6話 (タイトル未定)】
【作者コメ】
当初の想定より異常に長くなりましたが、第5話『戦争という遊戯』の終了です。第6話のタイトルがパッと良いものが思い付かないため、ひとまずは未定。センスがほしいです。
さて、八月の連載開始から今まで、それなりのペースで投稿を続けて来ましたが、ここらでしばらくお休みを頂戴したいと思います。
理由は、『THE FIFTH WORLD』の方を書かなければいけないため。あちらが一段落した所で、こちらに戻って来たいと思います。順調に行けば、一ヶ月ぐらいでしょうか。最悪でも、年明けぐらいから連載再開できると良いなと考えております。
勝手な都合で間が空いてしまうため、誠に申し訳ありません。
それでは、また。
シロタカ / 藤代鷹之




