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真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第5話 戦争という遊戯
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(18)

 大鎌が――。


 起動を開始したばかりの〈リル・ラパ〉に狙いを付ける。

 真っ直ぐに、〈レーベンワール〉は愚直とも取れる突進で戦端を開いた。


 陽炎、灼熱。

 紅蓮のエーテルフレーム。


 アルマ王国の面々――エンノイアの護衛を務める第二騎士隊の面々にとっては、既に見慣れたもの。しかし、デーゼル王国の面々はそうではない。〈レーベンワール〉の圧倒的なスピード。特に、亀のような〈サーラス〉と比較した場合の機動力は馬鹿らしい程で、思わず誰もが引き攣った笑いを浮かべるぐらいなのだ。


 実際、襲い掛かられた者達はポカンと呆ける。


 そんな場合ではないのに――。


 間が抜ける程に、速い。


 滑空するように姿勢は低く、〈レーベンワール〉はゴーレムらしくない獣染みた動きで――否、悪魔染みた動きで戦場という舞台に躍り出ていく。音楽の代わりに、けたたましい警報の鐘。ただし、何が起きているのか、デーゼル王国の側で完全に理解できている者は少ない。風が強烈に吹く。砂塵が舞った。大鎌が振り上げられて、そして――。


 ガキン、と。


 耳障りな鈍い音が、周囲一帯に響き渡る。


 ゴーレムの戦いに使用される一般的なソードの類は、刃と云っても、人間が扱うもの程には鋭くない。ゴーレムの攻撃はそもそも、『叩く』と表現する方が正しい場合が多かった。


 そのため、装甲が重要になる。


 人間で云う所の生身に相当するエーテルフレーム。装甲は、それを守るための鎧に云い変えられる。『叩く』という攻撃に対し、エーテルフレームが決して損傷することのないように衝撃を受け止めなければいけないのだ。


 詰まる所、生身の人間同士の決闘にも通ずる。


 フルアーマーを着込んだ敵に対し、どれだけ鋭い刃を振り降ろしても、それは有効な一撃にはならない(鎧の隙間に刃を滑り込ませる技量があるならば別だけど)。『斬る』よりも、『叩く』という攻撃方法の方が効率よくダメージを与えられるのは、そうした決闘の際に重量のある武器が用いられることが証明している。


 ゴーレムの戦闘も、『叩く』という攻撃によるダメージの蓄積で勝敗が決する――それが一般的である。そして、そうした〈普通〉の戦闘においては、ゴーレムが大破するような最悪の状況に陥ることは少ない。なぜならば、騎士ナイトは幾らかのダメージを受けた時点で、これ以上はエーテルフレームが危うい、もたないと判断したならば、そこで降参してしまえば良いからだ。


 遊戯戦争は、ルールに守られた戦争である。


 降参という選択肢も、しっかりと盛り込まれていた。


 さて、この瞬間、デーゼル王国にまず訪れた不幸は、『降参』という選択肢を選ぶ余裕が一切与えられなかったという事である。


 なぜならば、これは〈普通〉ではない戦闘だった。正確に云うならば、エンノイアと〈レーベンワール〉は既に〈特別〉の域に踏み込んでいたからだ。


 一撃。


 死神の大鎌は『叩く』のではなく、正しく『斬る』という攻撃を見せた。


 ガキン、と。


 耳障りに鈍いその音は――。


 大鎌の刃が、〈リル・ラパ〉の胴体を真一文字に両断した音である。


 ありえない。


 異常。

 異質。


 化け物の突然の襲来。


 浮足立つなと云う方が無理である。だが、デーゼル王国の騎士ナイトや従騎士に浮き足立つような者は少なかった。逆に、凪いでいた。静か。息を呑んだまま、動けず、悲鳴も怒声も上げられず、〈リル・ラパ〉の一体が完全な〈死〉と共に荒野に崩れ落ちて行くのを見守っていた。


 音もなく、苦もなく、デーゼル王国の本隊、その喉元に迫った〈レーベンワール〉。これから起動を始めようとする〈リル・ラパ〉の大軍勢を前にして、悠々と、瀟洒に、大鎌をくるりと回して見せる。


 束の間の静寂。


 風が止まる。

 そしてまた、吹き抜けた。


 エーテルフレームは、紅蓮の輝き。


 大鎌の刃もまた、紅蓮に染まり始めており――。


「不思議だ」


 エンノイアは、独り呟いていた。


「誰にも負ける気がしない。誰にも……ああ、いや――」


 杖を高々と掲げたポーズで、敵陣に単騎で放り込んだ〈レーベンワール〉を細い目して見つめつつ、エンノイアは小首を傾げながら笑う。「まだだ。まだまだ、ユーマには勝てる気がしないね。足りない、足りない、全然足りないよ。血が、死が、戦いが、死闘が、心を震わせるものが……」と、歌うように続けながら、指揮者のようにゆらりと杖を振り降ろした。


 大鎌が――。


 ようやく動き始めようとした別の〈リル・ラパ〉の腕を斬り落とす。

 手首を返す動きで、さらに別の〈リル・ラパ〉に柄を叩き付け、弾き飛ばした。


「おいで」


 エンノイアは笑うのをやめた。


「おいで、全員。ボクが抱き締めてあげる」


 デーゼル王国の騎士ナイトや従騎士は決して油断していたわけではない。


 覚悟が欠けていたわけでもない。


 もちろん、長年低迷していたアルマ王国を侮っていた所は大きく、慢心があった事は否めないかも知れない。それでも、少なくとも、エンノイア・サーシャーシャという大国にも知られる最高峰の騎士ナイトと最新の試作機〈レーベンワール〉は十分に警戒していた。それだけは確かである。


 今、目の前に最大の脅威がいる。


 予想していた以上の脅威として、そこにいる。


 我に返り始めたデーゼル王国の面々は、その瞬間から恐怖に捉われた。


 理解できない。


 何だ、この化け物は――。


 覚悟が欠けていたわけではないのだ。


 騎士ナイトはもちろん、騎士ナイトを目指す従騎士だろうと、そう在るからには戦場に立つことは避けられない。戦場に立つ覚悟を日常的に抱いていなければ、そう在る資格はないのだから。戦う覚悟はあった。最悪、死ぬ覚悟すらもあったはずなのだ。


 それなのに、怖い。

 理解できなくて、怖い。


 一手目。


 それだけで、覚悟は折れた。


「さあ、行こうか――」


 エンノイアは呟き、杖を再び高く掲げようとする。


 二手目。


 それもまた、彼女が繰り出すかと思われた。


 しかし、違った。


 大鎌の不吉な動きに、全員が催眠術でもかけられたかのように目を奪われていたその刹那、戦場に響き渡ったのは、何とも不可思議な声である。〈レーベンワール〉が目を奪っていたならば、もう片方は耳を奪ったのだ――そんな風に云えれば、少々の恰好も付いたかも知れない。残念ながら、そうではなかった。


 その声は、心に直接響くものだったからだ。


 無垢なる童女の声は、〈イストアイ〉のものである。




 ――あい! 遅れました、行きます。全力全開!

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