表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・転生機神のシルバーフィオナ  作者: シロタカ
第5話 戦争という遊戯
56/64

(16)

 王剣騎士団の第三騎士隊は、大掛かりな編成と周囲を最大限に警戒する陣形で、慎重にフィールドを進んでいた。騎士ナイトと従騎士は、四方をゴーレム〈サーラス〉に囲まれる体勢。これならば、もしも敵にうっかり背後に回り込まれたとしても、いきなり操者が倒されるような心配はない。


 ユーマは見習い騎士であるため、何処の小隊にも所属していなかった。

 そのため、急場の措置として第三騎士隊に組み込まれている。


 組み込まれていると云っても、命令系統は整理されないままで――。


 ローマン曰く、「臨機応変にやれ」とのことである。


 それに対し、「無茶苦茶だ、ダンナ」と愚痴を零したのはガルシアだった。


 ガルシア・シトロエン、第三騎士隊長を務める伊達男。


 普段はへらへらとふざけた調子の男であるが、戦場では打って変わって凛々しく――などということは残念ながらなかった。ピリピリと張り詰めた戦場の空気の中だろうと、彼は冗談も茶目っ気も絶やさない。


 しかし、そんなガルシアですら言葉を失っている。


 彼方から、轟音――。


 ゴーレム同士の白兵戦が起きれば、かなりの音が立つものだけど、それにしても凄まじい。地震か、地滑りか。天災かと錯覚するぐらいの轟音に、第三騎士隊は自然と進軍をストップしていた。


 警戒すると云うよりも、皆、不安そうに周囲をきょろきょろと見渡す。


 そんな中で唯一、周囲と様子が異なる者がいた。


「おい、ボウズ」


 ガルシアは、どうにも様子のおかしいユーマに呼びかける。


「どうした? 何があった、いや……」


 反射的に、彼は云い直していた。


「何をやった、ボウズ?」


 ユーマは顔を伏せている。

 そして、思いっきり頭を抱えていた。


『ご、ごめんなさい。ご主人さま』


 この場において、そんな幼い少女の声――。黄金色に輝く〈デバイス〉を通じ、〈イストアイ〉の声が聞こえているのはユーマだけである。


 当然、二人の以下の会話は他の誰にも知れない。


『いや、大丈夫。敵は倒せたから、まずはそれを喜ぼうよ』


『は、はい。ご主人さま、ありがとうございます』


 ユーマは、持病である頭痛のために頭を抱えているわけではなかった。


 轟音の原因――。


 それは、〈イストアイ〉が天乃超弦剣で岩肌を斬り崩したためである。


 もちろん、彼女が勝利したのは良い。だが、勝利はあくまでも前提に過ぎないのだ。どんな風に勝利するか――〈イストアイ〉の自動戦闘に対する評価のポイントはそこであり、今回の結果は完全にやり過ぎ(オーバーキル)というものだった。


 無駄な、魔力の消費――。


 ぐったりと身体にのし掛かる疲労感に、ユーマはため息を吐いていた。


 しかし、こんなものかも知れない。

 最初から完璧を求めるなんて、それこそ馬鹿な話である。


『うん。初めてにしては、僕に比べれば……』


 初めての戦闘であり、初めての戦場なのだから。


 ユーマは束の間、思い出していた。


 遥かな過去――。


 養成所スクールの年若いパイロット候補生が、戦況の悪化に伴い、訓練不足のままに駆り出された初めての戦闘のこと。否、初めての戦争のこと。遊戯ではない。だから、敗北はそのまま死に繋がった。


 実際、養成所スクールのクラスメイトは初戦で幾人もいなくなった。


 空っぽの机。

 泣いているクラスメイト。


 それなのに、淡々と続く日常風景――。


「おい、どうした?」


 ユーマは突如として肩を強く揺すられ、我に返る。


「あ。すみません、ガルシア隊長」


「ボーっとしているな。戦場だぞ、ここは……」


 ガルシアはいつになく厳しい口調で云った。


「ここらのフィールドはまだまだ、アルマ王国の側と云っても、デーゼルの奴らがこっそり進軍していたり、斥候が少しばかり潜んでいたりする可能性は十分に……」


「はい、もう大丈夫ですから」


「……ん?」


「斥候ならば、もう大丈夫です」


 ユーマは繰り返した。


「片付けました。そのためにうるさい音を立ててすみません」


 ガルシアは、ポカンと口を開いたまま呆けた。


「片付けた?」


 思わず、彼はオウム返しに尋ねる。


「倒したのか、リル・ラパを?」


「はい。とりあえずは一体目を……」


 ユーマは何でもないことのように頷く。


 ガルシアはさらに何も云えなくなる。


 確かに――。

 そう、確かに――。




 ――ボウズ、自由にやってみろ。




 ガルシアは最初、敢えて、土壇場で自分の隊に同行することになった見習い騎士に、あれこれと命令を下したり、指図や注文を付けたりはしなかった。いつも通りの笑みを浮かべながら、半分冗談で、半分本気で、とにかく自由を与えてやったのだ。


 それはある意味で、ローマン以上の投げやりな采配と云われても仕方ない。


 だが、予感ならばあった。


 騎士ナイトとしてのキャリア、第三騎士隊長としての自負と責任。軽々しい男であることは重々自覚しつつも、ガルシアの芯にはそうしたものがちゃんとある。だから、普段ならば、初めて戦場に出る子供の面倒を見ないなんて馬鹿はしない。


 面倒を見ない――。


 否。


 そんな発想からして、今回は違うのだ。


 自由を与える。

 縛らない。


 ガルシアは、己の選択をそんな風に捉えていた。


 ユーマ・ライディング――肩書きこそ見習い騎士であるけれど、その実力は疑いないものである。そしてまた、戦場における嗅覚というものに対しても――。


 進軍を開始したその瞬間、ガルシアはちらりとユーマの表情を盗み見た。


 それ自体は、何気ない行動だったけれど――。


 だが、ガルシアは思わず、ギョッとしたものである。緊張も戸惑いも、殺気も敵意も、ユーマには何もなく、ただ凪いだ海のように静か。初戦だというのに、小柄な体躯から立ち上る雰囲気はベテランの騎士ナイトか、それ以上の落ち着きと風格を感じさせるもので――。


「先行します」


 あっさりと、ユーマは自分のやるべき行動を宣言した。


 迷いはなく、堂々とした声色である。


 ガルシアが許可を出すよりも早く――もちろん、ユーマは第三騎士隊の下の命令系統に置かれているわけではないから、自由に行動して良いのだけど――とにかく、素早く、疾風のように〈イストアイ〉は第三騎士隊の〈サーラス〉の集団から飛び出した。


 先行すると云ったが、何処まで行くのか――。


 皆が呆然と見送っている間に、〈イストアイ〉は岩場の果てに見えなくなった。


 当たり前であるが、ゴーレムは騎士ナイトが杖の〈デバイス〉を介し、事細かに意思を飛ばすことで操るものだ。目視できないぐらいに離れてしまえば、それはもう目隠しされたのと変わらない。今回のフィールドは入り組んだ岩場が無数に存在するため、操者から見えない状況で動かせば、何処かにぶつかって倒れたり、壊れたりする危険性が高かった。


 あるいは、〈デバイス〉の有効範囲の問題もある。


 騎士ナイト力量レベルにも依るが、ゴーレムと騎士ナイトは近くにいる程、本来の実力を発揮できるものだ。逆に、遠く離れてしまえば、騎士ナイトの意思は届き難くなり、ゴーレムの動作も鈍くなっていく。


 今さら、ユーマのやることにいちいち驚くまいと思っていたが――。


 やはりまた、ガルシアを始めとした王剣騎士団の面々は驚かされてしまった。


 遥か彼方、一切の状況が見えないままにユーマは〈イストアイ〉を自由に動かしているらしく、それだけで驚きに何も云えないような状況だったけれど、それに加え、あっさりと〈リル・ラパ〉を仕留めてしまったと云い出すのだから――。


 これはもう、とにかく褒め称えるしかない。


「おい、やったな。ボウズ、いきなりの大手柄……」


 敢えて道化のように大声を上げたガルシア。


 だが、ユーマは笑っていなかった。


「はい。ありがとうございます」


 ユーマはもう、頭を抱えるのはやめていた。

 顔を上げて、前を向いている。


 全てが、淡々と――。


「それでは、次です」


 ユーマはそう呟く。


 淡々と、機械のように――。


「再び、先行します。目標を確認後、速やかに排除を開始します」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ